ジャック二世
「ホームズ……彼女を一人にして本当に大丈夫なんだろ
うか?私はなんだか嫌な予感がするんだが……」
「もう忘れたのかワトソン君。彼女は一人じゃない、恐ろしい悪魔がついているじゃないか。」
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二十二時を過ぎたホワイトチャペルの裏路地。点々と存在している街頭の下には、体を売ろうと露出の多い服で男を魅了しようとする女たちの姿が確認できる。……現在は私もその一人として彼女らに紛れこんでいる。
女たちの何人かは客に買われ、私を含め四人の女性が裏路地に残った。
(やはり乳か……)
女性の胸部の違いに悲壮感を感じていると、買われた女の入った建物から悲鳴が響き渡った。
(間に合うか!?)
私は急ぎ建物の中に入り、絶えず声をあげている部屋へと入り込んだ。
「なんなんだあんたは!」
部屋の中では男女が交わっていただけでも、血の一滴も飛び散ってはいなかった。
「ハァ……なんだか萎えてしまったな。悪いが今日は買えるよ。」
「ちょっと!金は……!」
「途中で終わったんだ、払うわけがないだろ。」
男は部屋から去り。私を物凄い形相で睨む露出の多い女性と私の二人ダケが部屋に残った。
「何してくれんだ!あんたのせいで客が帰っちまったじゃないか!」
女は私の体を突き飛ばし、油断していた私は尻もちをついてしまった。
「……最近、新たなジャック・ザ・リッパーの事件が立て続けに起きているので、もしかしたらと思い……」
「私が襲われてると思ったってのかい!?あんたね……あれは客を喜ばせるための演技だよ。無理やりするのが好きな男は、ああいう演技をすると喜ぶからね。また買ってもらうためには必要なことなんだよ。」
女は私が助けに入ろうとしたことを聞いたからか、先程までの怒りは……消えていないようだが、何とか堪え私に接してくれている。
「申し訳ありませんでした。あの男性の代わりに代金はお支払いします。」
「あんたに払うことができるとは思えないけどね。」
女は私の胸を見て鼻で笑いながらそう言った。
「いいから教えてください。」
「私はここらじゃ一番の娼婦だからね。あの客はいつも二ポンド払ってくれていたんだ。」
驚いた……このような路上で体を売る女性は通常三ペンス(コーヒー一杯くらいの値段)で買われることが多いというのに、この女性は高級娼婦と同じ値段で買われていたという。
私は想像以上の値段に驚きながらも二ポンド(当時の女性の内職一ヶ月後分の給料)をコインパースから取り出し手渡した。
「あんた……一体何者だい?こんな大金を簡単に手渡すなんて、お貴族様ではないみたいだけど。」
「自己紹介が遅れました。私はブラウン探偵事務所のエヴァ・ブラウンです。」
「探偵さんか……。私の名前はヒルダ、ヒルダ・ティリット。」
ヒルダはパイプを引き出しから取り出し、タバコの葉を詰めてマッチで火をつけた。
「ジャックが現れるようになって、客足が減っちまってね。私たちも困ってるんだ、できることなら早く捕まえておくれよ。」
「それが手掛かりという手掛かりが見つからなくて、よろしければ質問してもよろしいでしょうか。」
「あんたは私の時間を買ったんだ。好きにすればいいでしょ。」
「ありがとうございます。では、質問です。ここ一ヶ月でホワイトチャペルに何か変わったことはありませんか?」
「変わったことって言ってもね……いや、一つあるか。最近になってこの街に年寄りが一人越してきてたな。わざわざ、こんなキケンな 街に越してくるなんて変わってるって話題になってたっけ。」
「……その方の住まいがどこか分かりますか?」
「そこまでは……」
ヒルダさんから情報を少しでも引き出そうと躍起になっていると、窓の外から女性の悲鳴が部屋の中へ入ってきた。
「エルダさんは、扉の前に重たいものを移動させて朝まで出ないよう気をつけてください。」
「ちょっと……エヴァ!」
私は窓から飛び降り、ナイフの刃を壁でガリガリと削りながら地面へと着地した。
「Missブラウン!今のは……」
「向こうからです!行きましょう!」
私は声を聞きつけたホームズさんたちと合流をして悲鳴の聞こえた場所へと向かった。
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(おそかった……)
悲鳴の聞こえた場所には血塗られたナイフを片手に一心不乱に殺害した女性の臓物を切除して袋に詰める男の姿があった。歳は三十を過ぎた頃だろうか?ナイフを持った男は私たちに気づくと、私に対して獲物を見つけた獣のように飛びかかった。
「……クッ!」
相手がどんなに怪物でも避けられる心の準備はいつもしている……しかし、男の動きは早いだけではなくどこか洗練されており、私の腹部を薄皮一枚傷つけた。
「ブラウンさん……大丈夫かい?」
「大丈夫です……何とか薄皮一枚ですみました。」
ホームズさんは自分の着ていた上着を私に羽織らせ前に立った。
「Missブラウン、今回は自分に引き金を引くのはなしだ。ルシファー君ほど頼りにはならないかもしれないが、私とワトソン君が君の力になろう。」
ホームズさんは杖を構えた。ホームズさんは柔術、ボクシング、サバット、棒術(フェンシング)を組み合わせた格闘術バリツ(バーティツ)の使い手だ。バリツは路上での戦闘を優雅に制する格闘術で、会得している英国紳士は少なくない。
中でもホームズさんは達人の域に達しており。杖を構えた瞬間、男は動くことができなくなっていた。動けない理由にリーチの差ももちろんあるが、それ以上に厄介なのが構え方だ。
体を斜めに構え利き足を前に、杖を右側を完全に守れるように構えることにより、右側への攻撃はほぼ不可能な状態となり、左側にのみ意識を集中させることができる。
「…………」
男は言葉を発することなくホームさんへと襲いかかった。ホームズさんは臆することなく構えた杖で男のナイフを叩き落とそうと手首を捻り攻撃を仕掛けた。
「な……!」
ホームズさんの杖での一撃に驚異的な身体能力で反応した男は、攻撃を躱すだけでは飽き足らず。手に持ったナイフで杖を半分に両断した。
「ホームズ伏せろ!」
ワトソン先生はホームズさんが伏せると同時に五発の弾丸を男に放った。完璧なタイミングと完璧な軌道……だが、男に弾丸が命中することはなかった。
男は距離をとりながら弾丸を避け、死体の転がる位置まで下がった。
「参ったな……まさか、杖を容易く両断する切れ味のナイフが存在するとはね。」
「……いえ、そんなナイフが存在するはずありません。恐らく魔術か何かで切れ味が増しているのでしょう。」
「魔術……昔の私なら鼻で笑っていたが、今は笑えない話だな。」
一進一退。お互いの動きを警戒する膠着状態がしばらく続いた。
(……仕方ないルシファーの力を借りよう。)
私がホルスターに手を触れたと同時に何かを感じ取ったのか、男は闇の中へと姿を消してしまった。