曇天があなたを隠すなら   作:ネコノトリ

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第32話

望まない契約

 

 「ここは……」

 

 私が怪物と会話をしていると突然目の前にホームズさんとワトソン先生、そして見知らぬ老人が現れた。

 

 「これは一体どういうことですかツァトゥグァ様!」

 

 老人は取り乱した様子で怪物に迫った。

 

 (この怪物の名前はツァトゥグァというのか……覚えておこう)

 

 怪物は老人の言葉に地面に響く低い声で返事を返した。

 

 「落ち着きなよ僕の信者。この女には新たな信者……もとい契約者を紹介させる約束をしたんだ。」

 

 「ですが、この者たちはあなたに捧げるための殺人を調査しに来た探偵で!」

 

 「なんだ……君。僕に意見しているのかい?」

 

 「いえ……それは……」

 

 場の雰囲気が一瞬にして変わった。ツァトゥグァの視線が老人に向き、老人が怯えているのが見て取れる。

 

 「君には沢山の呪文を教えたけど、教えれば教えるほど傲慢になっていくのを感じていた。僕への敬意を忘れちゃったのかな?」

 

 「……!滅相もございません!私はあなたの従順たる信者です!あなたの決定ならば疑う余地もありません!」

 

 老人の言葉にツァトゥグァの声色は少し明るくなり、機嫌が良くなったのが分かる。

 

 「そうか、そうか。だったらこれから僕が君に行うことも君は許してくれるよね。」

 

 「一体何を……」

 

 ツァトゥグァが視線を送ると、暗闇から黒いタールのような不定形の怪物が現れ、まるで主人の意図を汲み取っているかのように老人の体にまとわりついた。

 

 「ツァトゥグァ様……一体何を……」

 

 「君は知らないだろうけど僕の信者にエイボンっていう優秀な人間がいてね。僕のお気に入りだったんだけど、追ってから逃げるために別の惑星に行ってしまってね。会えなくなってしまったんだ。」

 

 あまりに規模の違う話に、その場にいた私やホームズさん、ワトソン先生は話している内容を理解することができずにいた。

 

 「君は彼に劣るが僕のために働いてくれた信者だ。僕の話し相手として僕の住処に滞在することを許してあげようと思ってね。」

 

 洞窟には不定形の怪物の手によって「バキッ、ゴキッ」という骨の折れる音と共に老人の悲鳴が響き渡った。

 

 「やめ……やめてくれお願いだ!」

 

 「君は僕に永遠に仕えるんだ。光栄に思うといいよ。」

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」ツァトゥグァの体に見合った大きく低い声、それを掻き消すほど老人の悲鳴は大きく、長く響いた。

 

 「もう……殺してくれ……頼む……」

 

 老人は縋るような表情で私たちに顔を向けた。多少の同情の気持ちこそ抱くものの、老人の行いを考えるとその気持ちも吹き飛んだ。

 

 「安心していいよ。もう痛みを感じることはないから、永遠にね。」

 

 まとわりついた不定形の怪物が一匹を残し老人から離れると、そこには折り曲げられた老人の姿があり、残った一匹が捕食をするように体を飲み込んだ。

 

 「グチャッ、グチャッ」とまるで口の中に入れた食材と溜まった唾液が混ざるような音だけが洞窟の中に響いた。しばらくすると音は鳴り止み、そこには老人の姿はなく不定形の怪物が一匹増えていた。

 

 「さて、待たせたね。そろそろ君たちの意識を元の体に戻そう。エヴァ・ブラウン……私との約束、夢夢忘れるな。」

 

 最後にツァトゥグァの言葉を聞き、再び私たちの意識は闇へと落ちた。

 

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 目が覚めるとそこは、ホームズさんたちと乗り込んだ建物の中で、建物の中には、以前ケントさんと新たなジャック・ザ・リッパーと思われる人物の遺体が転がっていた。

 

 「Missブラウン!」

 

 大きな声を上げホームズさんとワトソン先生が建物へと入り込んできた。

 

 「ホームズさん、ワトソン先生……無事でよかった。」

 

 この後しばらくして、発砲を聞いた警察が到着して事情聴取を受けた。事件の経緯を話したところで理解してもらえるはずもなく、拘束は教会とアンダーソンさんの話し合いが終わるまで続いた。

 

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 「……ワトソン先生は大丈夫そうですか?」

 

 「彼も曲がりなりにも医師だ。自分の心の落ち着かせ方くらい身につけているさ。」

 

 ヤードの近くの人気の少ない路地裏。私とホームズさんはパイプを吹かしながら、今回の事件について何があったのかを報告しあっていた。

 

 「お互い大変だったようだね……だが、それよりもだ。Missブラウン、あの怪物は何者なんだ……ツァトゥグァと呼ばれていたが。」

 

 「……ホームズさんは()を信じますか?」

 

 「君に会うまでは信じていなかったさ。だが、聖書に登場するルシファーやベルゼブブを見てしまったからには、さらに上位の存在がいてもおかしくはないだろう。」

 

 「では、ホームズさんの考える神とは、どのような存在を指しますか?」

 

 「面白い質問だ。そうだな……()()()()()()()()()()()()()()()かな。」

 

 「この大英帝国でそんな発言をするのはあなたくらいのものでしょうね。」

 

 「話しているのが君じゃなければ違う回答をしたさ。そういう君はどう考えているんだ?」

 

 「私……というより神の使徒(アポストル)の定めた神の定義、それは唯一の存在であることです。種としてではく個として産まれ落ちた存在を我々は()と呼んでいます。」

 

 「今その話をしたということは、つまり……」 

 

 「そうです、あの家の家主である老人が崇拝していたことからも、神だと考えるのが自然でしょう。」 

 

 しばらくパイプを吹かしながら、お互い頭に溜まった情報を整理して再び口を開いた。

 

 「君のしたツァトゥグァとの約束だが……」

 

 「ホームズさんも同席したいんですよね。」

 

 「本当に君は……話が早くて助かるよ。」

 

 ホームズさんと私はパイプの中の燃え残ったタバコの葉を地面に捨て、路地裏を出た。

 

 「では後ほど日程が決まり次第、手紙を送ります。」

 

  

 

 

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