曇天があなたを隠すなら   作:ネコノトリ

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第6話

不調続きな名探偵

 

 千八百九十二年 五月 十日 ベーカー街二二一B

 

 「まったく君はいつまでそうしているつもりなんだ!」

 

 ベーカー街にある、とある下宿。その二階で、とある名探偵と医師が相も変わらず口論をしていた。

 

 「いい加減依頼を受けたらどうなんだホームズ!たった一度や二度、事件を解決できなかっただけじゃないか!」

 

 「……三度だ」

 

 「なんだって?」

 

 「解決できなかった事件は三度あったと言っているんだ。口に出すなら正確に話したまえ。」

 

 怪物の関わっていた事件。現実主義者のシャーロック・ホームズは度々起こる怪物が犯人の事件を解決できず、スランプに陥っていた。

 

 「とはいえだな……おっこれなんかどうだ?人探しの依頼みたいだぞ?リハビリにはちょうどいいんじゃないか?」

 

 ホームズの同居人であるジョン・H・ワトソンは一通の手紙の封を切り、ホームズに進めた。

 

 「……何度も言っているが、人探しなんて退屈な依頼は、そこらの探偵に任せておけばいい。」

 

 「そうでもないみたいだぞホームズ。この依頼、あのエヴァ・ブラウンも受けているようだ。」

 

 「……ほう。」

 

 落ち着きなく歩き回っていたホームズは足を止め、身だしなみを整え始めた。

 「人探しには興味は無いが、エヴァ・ブラウンと話すのは少し面白そうだ。」

 

 ホームズとワトソンは依頼主の元へと足を進めた。

 

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ヴァージル・ジェンキンス

 同日 十八時 三十六分 ジェンキンス邸

 

 「ようこそMr.ホームズにMissブラウン!……それからワトソン先生も。どうぞ中にお入りください、直ぐに紅茶を入れさせます。」

 

 私はホームズさん、ワトソン先生と共に応接間に案内され、私、ホームズさん、ワトソン先生の順番でソファに腰掛けた。

 

 「申し訳ありません、ソファが一つしかなくて……」

 

 「シャトル・ワースのソファですね。他の家具も全体的に新しくいい家具を揃えているようですね。」

 

 「流石は名探偵だ!そうです最新のシャトルワースなんです!やはり見る目がある人は違う!」

 

 依頼主のヴァージル・ジェンキンスさんはホームズさんが家具に関心を持ってくれたことが嬉しかったようで、少々興奮気味に食いついた。

 

 「失礼……家具に詳しい友人がいないのでつい……。依頼について話しましょう。」

 

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 ジェンキンス邸前

 

 「Missブラウン。君はどう思う?」

 

 「いなくなった奥さんと息子さんの捜索とのことでしたが、荷物がないことを考えるに……」

 

 「あぁ……十中八九愛想をつかして家を出たのだろう。Mr.ジェンキンスはさほど裕福な家柄ではないというのに、あの様子では家具を頻繁に変えているのだろう。」

 

 ジェンキンスさんから聞かされた話や、失踪した奥さんのアグネス・ジェンキンスと息子のダグラス・ジェンキンスの部屋の様子からして普通なら子供を連れて実家に帰ったと考えるだろう。

 

 「それで?私は怪物の専門家としての君の見識を聞きたいのだが……」

 

 「……なんことですか?」

 

 「とぼける必要はない。()()()()()()()Mr.ジェンキンスの奥さんの故郷がそこにあると聞いたとき君の表情が少し崩れた。何か心当たりがあるんじゃないか?」

 

 確かに心当たりはある、あるが……怪物の存在を安易に人に話せば混乱が広がる可能性がある。しかし相手は、あの名探偵だ。遅かれ早かれ真実に辿り着いてしまうだろう。

 

 「……先に一つ質問をしてもいいですか?」

 

 「もちろん」

 

 「では質問です。お二人は未知の生物がいたとして、それを恐れますか?」

 

 「愚問だな。人は未知を恐れるが、探偵は未知を暴くものだ。恐るどころか大好物だとも。」

 

 「……君は怪物を信じていないから、そんなことを言えるんだ。私は……少し怖いよ。吸血鬼が出たと言われた通りは避けるくらいにはね。」

 

 ワトソン先生はもちろん、現実主義者のホームズさんも本物の怪物を目の前にすれば危ういかもしれない。本当は話すべきではないのだが……。

 

 「さて、私たちは君の推理を聞く資格はあったかい?」

 

 「資格というよりは適正です。怪物を前にした時に立ち向かうことができるかどうかが重要なのです。……どちらにせよ、あなたなら遅かれ早かれ怪物を目撃することになるでしょう。話はしましょう……」

 

 私は神の使徒(アポストル)時代に貰った、怪物たちの情報が乗った書物から今回遭遇する可能性のある怪物のページをめくって見せた。

 

 「コーンウォールにはインスマス村という小さな漁村があり……その村は、このページに乗っている深きものども(ディープワンズ)や、この怪物と人間の間に生まれた生き物が暮らしています。」

 

 深きものども(ディープワンズ)は眼球の大きさから瞬きができず、体を左右に振り、頭を上下させながら飛び跳ねて移動する。その姿はまるで魚やカエルと人間を合わせたような姿で強い海の香りを身にまとっている。

 

 この怪物と人間との間に生まれた子供は幼い頃は普通の人間と変わらぬ姿で成長するが、身体が大人になるにつれ、その姿は深きものども(ディープワンズ)に近いものとなる。その姿のおぞましさから自殺するものも少なくない。

 

 そんなことが書かれたページをホームズさんは食い入るように隅々まで見ているのに対して、ワトソン先生は口を片手で覆い、恐る恐る目を通した。

 

 「ほう、上等な本だ……他のページは?めくって見せてくれないか?」

 

 「見せるのはこのページだけです。このページを見せるだけでも本当は禁止されているのです。他言はしないでくださいね。」

 

 「それは残念だ……しかしだ、これが本当だと仮定すると。失踪した息子のダグラス・ジェンキンスの体が変異を初め、何かを察した母親が故郷のコーンウォールの港町へと連れて帰った可能性があるということだね?」

 

 そうだ、深きものどもと人間の間に生まれた子供は、変異と同時期に生まれ故郷を夢に見るようになり、最終的には海に帰るものも多い。

 

 「待ってくれ!話についていけない……つまり、なんだ?この怪物たちの住む港町に私たちは向かうのか!?」

 

 現実離れした話についていけなくなったのかワトソン先生は酷く取り乱している。

 

 「いえ、あくまで可能性の話です。まずはインスマス村以外を探索しましょう。」

 

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 五月十五日 十時五分 インスマスの港町へと向かう乗合馬車の上

 

 「結局行くことになるのか……」

 

 駅で駅員に親子の写真を見せると、息子が目を引く姿をしていたことから、一緒にいた母親を覚えており、コーンウォールへと向かったことが分かった。

 

 コーンウォールへと着いた私たちは写真を頼りに聞き込みを続け、乗合馬車の御者がインスマス村の近くまで乗せたことを聞いた。その御者に同じ場所で下ろすように頼んだ私たちは今に至る。

 

 「私は楽しみだがね。怪物がいるのならこの目で見てみたいものだ。」

 

 「君は怪物なんかは存在しない、非現実的だ、とバカにしていなかったか?」

 

 「非現実的だとも。バカにしていたのではないさ、私は自分の目で見たものしか信じない、ただそれだけだ。それに彼女が嘘をついているようには見えない。もしも嘘をついているのだとしたら探偵などは辞めて役者になることを勧めるところだ。」

 

 ホームズさんとワトソン先生の軽口を聞いているとあっという間に馬車は目的地のコーンウォール前へと到着した。

 

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 インスマス村中

 

 「確かにこれは……少々不気味と言わざる負えないな……」

 

 村に入った我々を待っていたのは深きものどもと人間の混血たちだった。髪はなく、鼻は潰れ、耳は異様に小さくなっており平たい顔をしている。中には骨格から変異しているものおり、その異質さが見て取れる。

 

 「……約束は守ってくださいね」

 

 この漁村に入る前にした約束。この村の生物はよそ者を極端に嫌い、身内にのみ優しくする傾向がある。失踪した二人連れ戻しに来たと知れば間違いなく襲われるだろう。

 

 「もちろん。だが、どう探す?建物の中にいるとしたら探しようがないが……」

 

 「そこは考えてあります。着いてきてください」

 

 私たちは混血たちの嫌悪の視線に晒されながら、海岸から少し離れた場所にある教会へと向かった。

 

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 十一時 三十分 教会内

 

 「たく……ここにはアンタらの信仰する神はいないよ!早く帰んな……」

 

 教会の扉を開けると祭壇の上で酒を煽る修道女の姿があった。

 

 「アンバー、久しぶり……」

 

 「ん……この声は……エヴァか!久しぶりだな!神の使徒(アポストル)を抜けて以来か?元気そうで何よりだ!」

 

 アンバー・ダレル。神の使徒(アポストル)の一人で幼かった頃に姉のように接してくれていた。今は彼女の戦闘能力が評価され、インスマスの漁村を監視している。

 

 「で、そっちの殿方は?」

 

 「私の名前はシャーロック・ホームズ。そして隣の彼は友人のジョン・H・ワトソン。」

 

 二人はアンバーに対し丁寧なお辞儀をして名前を名乗った。

 

「そうか……あんたがあの名探偵か……おっと私の紹介がまだだったな。私の名前はアンバー・ダレル。この教会を任せられてる普通の修道女だ。」

 

 アンバーは酒を片手にフラフラとホームズさんたちに近寄り軽く頭を下げた。

 

 「それで、ここには何をしにきた?私に会いに来たってわけでもないんだろ?」

 

 私は親子の写真と依頼の内容を話して聞かせた。

 

 「この親子なら一週間くらい前に私のとこに来てたな……徐々に周りと違う生き物になることに息子が困惑してて、励まして欲しかったみたいだったが、追い返しちまった。」

 

 「相談に乗ってあげるのが教会の人間としての役目なのでは?」

 

 「相談つってもな……姿は変わったかもしれないけど、生物的には人間の枠組みだぜ?私が言えることなんて姿なんて気にすんなくらいのもんだぞ?」

 

 アンバーは昔から弱者の気持ちが分からない。私が両親を殺されたと知った時も、「大したことじゃない」と言われたことがある。

 

 アンバーは物心着く前から一人で生きてきたせいで大抵の事は問題とすら認識しない。だが、アンバーはとても優しい。アンバーが相談に乗らなかったのも逆効果と考えてのことなのだろう

 

 「今からでもあの親子のために何かできるなら力は貸すぞ?何をして欲しいんだ?」

 

 「アンバーの力で居場所を探して貰いたい」

 

 「そういうことならお安い御用さ。力を貸しな蝿の王(ベルゼブブ)

 

 アンバーは自身の手首を切り血液を教会の床へと垂らした。床に落ちた血液は一瞬で消え、二対の昆虫のような羽を持つ両目の隠れた男が眼前に現れた。

 

 「なんのよう?」

 

 「この漁村にいるアグネス・ジェンキンスとダグラス・ジェンキンスを探し出してくれ」

 

 「……見つけた」

 

 この漁村は魚が打ち上げられ放置されているせいで、大量のベルゼブブの眷属である蝿が湧いており、力を存分に発揮することができる。

 

 「場所が分かる蝿をエヴァに預けてくれないか?」

 

 「殺さないでね……」

 

 私の肩に一匹の蝿が飛び乗り、ベルゼブブは姿を消した。

 

 「ワトソンくん……私は今日、驚かされてばかりだ……ワトソンくん?」

 

 ホームズさんの声はワトソン先生の耳に届いておらず。ワトソン先生はアンバーに向かい真っ直ぐ近づいて手を取った。

 

 「まったく君という男は……」

 

 ホームズさんはワトソン先生が何をしようとしたか悟り、「やれやれ」というジェスチャーをしている。

 

 「ちょ……大した傷じゃないから、そんな包帯なんて大袈裟……」

 

 「傷の善し悪しを決めるのは君じゃない。医師の役目だ。」

 

 ワトソン先生は石炭酸(フェノール)で傷口を消毒して、見事な手捌きで包帯を巻き傷を塞いだ。

 

 「悪魔を目撃したというのに、反応がないと思ったら、やれやれ……私は君のそういう所は嫌いじゃないよ」

 

 「ホームズ……気持ち悪いことを言わないでくれ、君らしくもない。」

 

 ワトソン先生は突然のホームズさんに褒められたことに赤面しており、背後でアンバーの顔が赤くなっていることには気づいていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

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