曇天があなたを隠すなら   作:ネコノトリ

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第7話

深きものども

 

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 五月 十五日 二十二時 インスマス漁村

 

 「ブラウンさん。こんな夜遅くに動く必要があったんですか?暗すぎてほとんど見えないのですが……」

 

 ほとんど街頭のない漁村。そんな暗闇を私たちは月明かりのみを頼りに静かに移動していた。

 

 「ここに住む奴らは夜はしっかり眠るんです。そういう点だけ見ると労働者にとってはロンドンよりも素晴らしい場所かもしれませんね。」

 

 魚に近い性質を持つここの住人は夜は光で生き物を捉える習性があり、我々のような暗い色のコートを来ている人間が夜間見つかることはまずないだろう。問題はアンバーに預けてもらった蝿も同じ習性であることだが……。

 

 「あん?夜目は聞くのかだって?この子達は普通の蝿じゃないんだ、なんせ蝿の王(ベルゼブブ)の眷属だぞ?」

 

 だそうだ。指に乗った小さな蝿の示す方向を頼りに進むと、小さな家に辿り着いた。

 

 「どうやらここみたいですね……」

 

 小屋の中からは男が啜り泣く声が聞こえてきた。

 

 「……ワトソン先生。」

 

 「どうかしましたか?」

 

 「彼は精神的に不安定な状態です。私とホームズさんで外の警戒をするので、彼の説得をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 「構わないが……君たちも気をつけてくれよ。」

 

 ワトソン先生は一言そう言い残すと小屋の中へと足を踏み入れた。

 

 「Missブラウン。君は今回の事件どう思う?」

 

 「……母親のことですね?」

 

 「あぁ、あの書物の情報が本当だと仮定すると、父親、または母親が怪物との混血ということになる。」

 

 「ここに連れてきた母親が連れ戻すことを許すかどうか……」

 

 「幸いなことに、窓から軽く覗いてみたが母親の姿は見えなかった。何事もなく連れ帰れるといいのだが……」

 

 まるでホームズさんと私の声が聞こえていたかのようなタイミングで、一つ、また一つと松明の明かりがこちらへ向かってきていた。

 

 「口は災いの元とはよく言ったものですね……」

 

 「探偵にアクシデントは付き物さ。特に名探偵にはね」

 

 私とホームズさんはアイコンタクトをして、ホームズさんは小屋の中に、私は怪物たちの元へと足を進めた。

 

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 二十二時 十分 

 

 「よそ者がこんな時間に何を嗅ぎ回っている」

 

 混血ではない……深きものども(ディープワンズ)だ。予め存在することを伝えてはいたが、この怪物の姿は、ホームズさんならともかく、ワトソンさんには荷が重いだろう。

 

 「いえ、仕事で探し物をしていたのですが。どうも、この漁村ではなかったようで、まだ遅い時間ですが帰ろうかと……」

 

 くらい闇の中、松明の光で照らされる怪物の顔は、黒い飛び出た目玉に、突起がなく目立たない鼻と耳。その背は魚鱗で覆われ、体は光沢かかっている。目は引くが街にいてもおかしくない混血とは違い、紛れもない怪物だ。

 

 「お前のことは知っている。エヴァ・ブラウン、怪物退治を得意とする探偵だ。もう一度聞くぞ、何を嗅ぎ回っていた。」

 

 隣に立っているのは……そうか、どうやら戦闘は避けられなそうだ。

 

 数匹の深きものどもの隣にはヴァージル・ジェンキンスさんの奥さんであるアグネス・ジェンキンスさんの姿があった。恐らく探しに来ているであろうことを伝えていたのだろう。

 

 「……千八百八十九年、今から三年前のことを覚えているか?」

 

 「…………」

 

 深きものどもは顔の構造上、表情の変化はないが、私の言葉に反応してその場の雰囲気が変わったのが分かる。

 

 「神の使徒(アポストル)による、お前たちの一掃。女王陛下が生き物の命を惜しむ方だったおかげでお前たちは種を絶やさずに済んだ」

 

 「…………」

 

 インスマスの漁村の存在を知った神の使徒による襲撃。だが、どこから情報が漏れたのか、女王陛下直属のロイヤルナイツによって襲撃は中止させられた。

 

 「お前たちが戦闘を望むのならば……私だけであの日の続きをしよう」

 

 私はルシファーと契約した際に渡された銃の銃口を自身の頭に向けた。

 

 「人間ごときが……ダゴン秘密教団を舐めるな……!」

 

 深きものどもが襲いかかって来るのを見た私は銃の引き金を引いた。

 

 この銃には二つの使い道がある。一つは時間指定し、ルシファーに捧げることによる不完全なルシファーの顕現。一対一ではそこらの怪物では相手にならないほど強く、扱い方も様々だ。

 

 「な……なんなんだ、これは!体が……!」

 

 そして二つ目が寿命を宣言せずに撃つことで行われる、自身の体を媒介とした降霊術。

 

 「【悪魔憑依(サタノファニー) ルシファー】」

 

 私の体を包んだ黒い霧は、地面に着くほど長い黒いロングコートを形作った。憑依は大きな代償を伴い、一秒につき、一時間の寿命を失う。

 

 「フォール!(落ちろ!)

 

 悪魔憑依状態の私はルシファーの力の全てをつかうことができ、()() ()()() ()()()を操ることができる。

 

 憑依した瞬間【斥力】の力で地面と反発する性質を与えられた深きものと、混血は次の【引力】を使った命令により地面に吸い寄せられ、頭は潰れ、内蔵はぐちゃぐちゃになった。

 

 「ば……化け物!」

 

 その場に残ったのは私と依頼主の奥さんであるアグネス・ジェンキンスさんのみで。私のことを見て酷く恐れている。

 

 「アグネス・ジェンキンスさんですね?私と一緒に家に帰っていただきます。」

 

 憑依を解いて少し安心したのか、堂々とした態度で私に接してきた。

 

 「嫌よ!あの人は私たちのことなんて心配してないわ!あの子があんなに苦しんでた時も、自分はクラブに通い続け帰ってくることなんてなかったもの。」

 

 クラブとは上流階級の人間が集まる社交場であり。様々な施設が備えられており、一日の時間をそこで過ごす貴族も少なくない。アグネス・ジェンキンスさんが大切にされていないと感じるのも無理もないだろう。

 

 「では、あなたは息子のダグラス君の意志を尊重してこの漁村に連れてきたのですか?」

 

 「それは……」

 

 恐らく彼女の旦那への不満と息子の不安定な状態が重なった結果の失踪、もとい里帰りだったのであろう。もしもダグラス君が望んでいたのであれば日中に姿を目撃しなかったことも、小屋で一人泣いていたことも説明はつかない。

 

 「……恐らく今頃は協力者の手によって、ダグラスくんは教会に移動させられているはずです。あなたはどうしますか?」

 

 「……あなたたちは、あの姿になったダグラスが普通の人間と同じ生活が送れると思っているの?」

 

 「Mrsアグネス。普通の人間の生活とはどのようなものだと思っていますか?」 

 

 「…………」

 「爵位を持つ上流階級の生活ですか?それとも産業革命に大いに貢献した中流階級?それとも一日十時間以上の仕事は当たり前で、幼い子供まで働かされている労働者階級?」

 

 彼女は悪くない……だが、これは仕事だ。そして今のダグラス君には選択肢が必要だ。

 

 「果たしてこの世界に普通の人間など存在しているのでしょうか?住む世界が違えば感じる普通も違う。私はその点に置いて人間は怪物以上に怪物だと感じています。」

 

 私の考えを長々と話すとMissアグネスは膝をついて泣き始めてしまった。

 

 「私が……!私が間違えていたというの!?私はいつもダグラスなことを考えて……」

 

 「あなたは間違えてなどいませんよ。あなたの意思は尊重されるべきものだと思います。ですが、それと同時にダグラス君にも選択肢は必要なのではありませんか?」

 

 「……そうね、あなたの言うとおり一度あの人の元に帰ってみるわ。」

 

「もしも困ったことがあれば、ブラウン探偵事務所に相談しに来てください。アンバー……あの教会のシスターよりはマシな相談相手になれると思うので……」

 

 教会で合流した私とホームズさんたちはアグネスさんと息子のダグラス君を連れ、依頼主の元へと戻った。

 

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 五月 十七日 ジェンキンス邸前

 

 「Mrsアグネス。まずは家族水入らずで今後について話すといいでしょう。私どもは外にいますので、お話が終わり次第、お呼び立てください。」

 

 アグネスさんは軽く会釈をして息子のダグラス君とと共に遅い帰宅を果たした。

 

 「Missブラウン。少々話をしたいのだが、いいかな?」

 

 依頼の報酬に胸を膨らませていると、ホームズさんに声をかけられた。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「なに、君にお礼を言いたくてね。どうやら私は少し常識に囚われていたようだ。今回の依頼で君と仕事をできたことに私は感謝している。しばらくは退屈しなくてすみそうだ。」

 

 「私こそ、あの名探偵ホームズと一緒に仕事できて、とても嬉しいです。」

 

 現在の私を構成する上でシャーロック・ホームズは大きな影響を与えている。彼の()()ことで、事件の真相に()()能力に惹かれ、私は探偵として怪物と向き合う道を選んだのだ。

 

 「……止めても無駄だと思うので、これは忠告です。今回は私が対応できる怪物でしたが、中には人間がどうやっても敵わない怪物も存在します。」

 

 「わかっているとも。君が三十五匹の怪物と戦っている間に、私たちも一匹相手にすることになったからね。」

 

 「戦ったんですか!?」

 

 「あぁ。そして、もちろん勝ったとも。怪物の体を調べたが、君の本に描かれている通り、水中での行動に重きを置いているというのは間違いないようだ。」

 

 私が戦闘中、銃声は聞こえなかった。つまりホームズさんはその身一つで深きものどもを完封したということか。

 

 「ホームズ、ブラウンさん。Mrsアグネスが家の中に入ってくれだそうだ。」

 

 「では行こうか」

 

 家族会議の結果、依頼主のMr.ヴァージル・ジェンキンスとMrsアグネス・ジェンキンスは互いに自身の間違いを認め、今後は共に協力して息子のダグラス・ジェンキンスの成長を見届けることを誓った。

 

 ダグラス・ジェンキンス君は自身の体の変異を受け入れた上で、上流階級の人間として生きることを諦め、堺の少ない労働者として生きる道を選んだ。

 

 その道は決して楽な道ではないが、上流階級よりは見た目で差別されることは少なく、インスマスで怪物たちと生活よりはずっとマシな生活なのだろう。

 

 そしてホームズさんたちは……

 

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 「ホームズ!君はいつになったら次の依頼を受けるんだ!」

 

 ベーカー街 二百二十一B。とある名探偵と医師が同居する部屋に相も変わらず口論の声が響き渡っていた。

 

 「またその話か……君は余程仕事が好きなのだね。」

 

 大量の本の山が名探偵の部屋にとどまらず共同スペースまで侵食していた。

 

 「ブラウンさんが言っていただろ?人間では敵わない相手もいると……」

 

 「だからって本だけで得られる知識にも限界があるだろ!それに、事件の全てが怪物絡みな訳でもないだろ!」

 

 同居する医師の言葉に名探偵は本を読む手を止め、立ち上がり着替えを始めた。

 

 「本だけで得られる知識には限界があるか……君にしては確信を着く一言だ。出かけるぞワトソンくん。」

 

 「どこに?依頼の手紙は見ないのか?」

 

 「必要ない。なぜなら私宛に届く依頼が怪物関係なわけないからね。」

 

 「なんだって?ということはまさか!?」

 

 「これからの事件、怪物が関わらないとも限らない、だから調べる。本はあらかた調べ尽くした、今度は怪物の目撃情報のあった場所に赴く。君も来るかいワトソンくん?」

 

 「……僕がいなきゃ君は無茶をするからね。着いていかないわけにはいかないだろ?」

 

 怪物の知識を得た名探偵は調子を取り戻し、数多の怪物と遭遇しながら、幾つもの事件を解決していった。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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