臆病な狼男
「ち……違う!俺じゃない!殺さないで!」
私は警察からの依頼で遺体の見つかった、ロンドンのイズリントン区にやってきていた。
遺体には、鋭い爪による傷と致命傷となった喉への噛み傷が見つかった。他にも犯人の目撃情報や足跡噛み傷の深さまで、全てが犯人が人狼であることを知らせていた。
そして挙動不審な男性がいたので話を聞こうとしたのだが……ご覧のありさまだ。
「失礼……驚かせてしまったようですね。私は探偵をしてまして、知覚で起きた殺人事件について調べております。……その様子では事件に何らかの関係があるように見えるのですが、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「探偵!?嘘をつくな!お前からは銀の匂いがする……俺たちを殺しに来たんだろ!」
どうやらいきなり当たりを引いたようだ。普段の私なら怪物に匂いで悟られないように銀の弾丸やナイフは持ち歩かないようにしているのだが、今回は相手が人狼であり、月のでない日中であれば容易に殺すことができると思い持ち歩いていた。
狼男なら気づくとは思っていたが……事件の犯人にしてはマヌケすぎる。
「残念なことに今回の依頼相手は警察でね。できることなら捕獲を目的としているんだ。だから少しは落ち着きついてくれ。」
「あ、あぁ。取り乱して悪かった。」
目の前の怪物が少し落ち着きを取り戻したところで、私たちは人の目を避けるため近くのパブへと足を運んだ。
「紅茶も届いたことだ。まずは自己紹介から、私の名前はエヴァ・ブラウン。」
「俺は……」
男は一言呟くと、名前を名乗らず固まってしまった。
「名乗らなくても結構だが、その場合は人狼くんと呼ぶことになってしまうね。」
「俺、自分が人狼だって、あんたに話したか!?」
「遺体や目撃情報に人狼の痕跡があったと言うだけで君が人狼であるという確証はなかったのだが……今、確信したよ。」
目の前のマヌケな怪物はやってしまったと言わんばかりにテーブルに頭を抱え丸くなってしまった。
「他にも。俺じゃない、や、俺たち、と言った言葉から事件の共犯者あるいは目撃者であることと、この街には君以外にも狼男がいることが分かった。」
既に手遅れであることを悟った目の前の怪物は、私に向き直り口を開いた。
「アルベルトだ……アルベルト・ホランド。それが俺の名前だ。」
「いい名前ですね。では、ホランドさん。わざわざパブに着いて来てくれたことを考えるに、あなたは事件の目撃者だと私は考えている。あの日何を見たのか話を聞かせてくれますか?」
事件の目撃情報は幾つか聞いた。だが、夜遅く暗がりだったこともあり、その殆どが不確かな情報だった。だが、夜目が効き優れた嗅覚を持つ人狼なら話は違う、きっと事件の役に立つ情報が手に入るはずだ。
「……あの日のことを話す前に、あんたは人狼のことをどの程度知っている?」
「なにぶん、怪物が関わる依頼が多くてね、怪物以上に怪物に詳しいつもりではあるよ。」
「だったら知っているとは思うが、俺たち人狼は吸血鬼やグールのように人間を食べる必要のない種族だ。だから……」
「今回の事件は犯人の私情での殺人であり、人狼全体的の危険性を示すものではない。君たち人狼が人社会に溶け込むために努力をしていたことはよく知っているから安心していいよ。」
狼男や魔女などの一部の怪物は遥か昔に人間との生存競争に負け、生き残った人狼は人間の中に溶け込み生活することを選んだ。
だが、ドイツでは人狼がフランスでは魔女が問題を起こし、大量虐殺と共に住処を追われることになり、今では世界中に生息している。人狼として、過去のような過ちは避けたいのだろう。
私の言葉に安心したのか事件の人の夜に起きたことを、ホランドさんは赤裸々に語り始めた。
「あんたの言う通り。俺たちは、まだ文明の発達していない人間達に住処を追われてからというもの、人間として生きることを選んだ。」
そんなに昔の話だったとは知らなかったな……これは事件の話だけでなく面白い話を聞けそうだ。
「今の人間の筋力の低さを知って。当然、俺たち人狼も誇りを取り戻そうと考えたさ。だが、人間たちは力と引き換えに恐ろしい武器を手に入れていたことを知り諦めた。」
人狼たちの中にも、そういった思想を抱くものがいたのか、当然と言えば当然だが……一部の
「そんな俺たちを情けなく思ったんだろうな。若い世代の奴らは、人狼が多く住んでいる、この街を出て、窪んだ目が印象に残る男に着いて行ってしまった。確か教授とか呼ばれていた気がする。」
窪んだ目の教授と聞くとモリアーティ教授が頭に浮かぶ。彼は弱者に知恵を貸すような男だ、今の人狼に力を貸すこともありえない話ではない。
「話の流れからして、街を出た若い世代の犯行だと?」
「……だと、思う。少なくとも、この街に住んでいる人狼ではないはずだ。この街の人狼なら匂いで分かったはずだから……」
「……姿に関してはどうでしたか?」
「俺より背の高い人狼だったよ……」
ホランドさんの身長は百八十cm後半だろうか……ホランドさんがハッキリと自分より身長が高いと名言するということは、犯人の身長は恐らく百九十cm以上あるだろう。
この後、来ていた衣服や犯人の身体能力など細かい話を聞き、ホランドさんへの質問は終わった。
「ありがとうございました、これで質問は終わりです。ここの支払いは私が払うので、甘いものでも何でも注文して大丈夫ですよ。」
私は席を立ち支払いを済ませ出口へと向かった。
ホランドさんからは大した情報を得ることはできなかったが、犯人が人狼であることは確定した。問題は目撃者が人間体の姿を見ていないことだ。これでは犯人を特定する方法がないも同然だ。
「待ってください……」
ロンドンの街を歩きながら犯人について整理していると、背後からホランドさんに呼び止められてしまった。
「俺も犯人探しに協力します。」
「いいのかい?犯人は人狼だ。裏切り者扱いされるかもしれないよ?」
「裏切り者は一般人を殺した犯人です。俺たちが今までどんな思いで生きてきたかも知らずに……お願いします手伝わせてください。」
「そこまで頼まれては断ることはできないね。それに私もいき詰まっていたところなんだ。喜んで手を借りることにするよ。」