酒に狂った男 作:鶏肋
【P.S.】
真実に弟妹がいると聞いて……俺は……
ビックリした……(エレン並感)
7月。
幾ら日が沈もうと冷えるなんて事はあり得なく、東京は暑い夜を迎える。湿気が火照る身体から熱の逃げ場を奪い、それは水場の近くであっても変わりはしない。寧ろ酷い。
「────えー。テステス。配信開始」
そんなジメッとした空気に纏わりつかれながら、俺は河原にてストレッチしていた。左手には自撮り棒およびスマホ、瞳を特注スマコンにより爛々と輝せながら。
目の前には障害物だったり壁だったり、兎にも角にも怠けてる奴が挑めば間違いなく物理的に骨が折れるような状況が広がっている。全部俺が自費で用意した物だ。
さて。
「音声良し。モーションキャプチャー良し……あるあるリアル。どーも、フィジカル系ツクヨミライバー・Re:ALでぇーす」
◢1コメ
◢2コメ
◢納涼感謝 2000ふじゅ〜 今日も肝冷やしに来た
◢事故りそうでヒヤヒヤする
◢天さん死なないで…… 1000ふじゅ〜 小遣いやるから身を大切にしてくれ
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スマコンとは便利な物で、機械に詳しいって訳でもない俺ですら「現実の自分の映像にアバターを重ね合わせる」という編集まで手を伸ばせる。お陰で素性を隠しつつ実写映像を流せるんだから、凄いモンだぜ技術の発展ってヤツはよ。
んで視聴者もいつも通り程度に集まってるし、さっさと始めようかね。じゃないと
「今回のルートはSARUTOBI*1モチーフ。視聴者の皆さんには、精々俺がダーウィン賞にノミネートされないよう祈ってて貰いたい」
◢どうせAI生成映像でしょ?
◢いやぁどうだろうねコレ……
◢良いじゃん見応え凄いんだし
◢自称人非人 1500ふじゅ〜 命はどうでもええからはよ
◢マリオごっこ、スタート!
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コメントを見つつ準備運動を終え、特に感慨に耽る事も無くスタートダッシュ。足音一つ立てないままトップスピードに至るやいなや、その勢いのまま跳んだ。
浮遊感。わざと派手に姿勢を崩しながら、スマホに映る自分および背景の景色が映えるように自撮り棒を振るって障害を超えていく。時にリズミカルに、時に気持ち優雅に、時に激しく。
◢アル様儲! 10000ふじゅ〜 パルクールキター♪──O(≧∇≦)O───♪
◢フィジギフ乙 2000ふじゅ〜 はじまた!
◢凄い 1600ふじゅ〜 初見だけど中々良い動きだな
◢いやコイツがヤバいのはここからだから
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流れていく文達を横目に、そろそろ見せ場だな口角を上げる。
そしてその笑みがニヒルだの何だのと言った感じで女性視聴者にウケたらしく、更に投下される赤スパ。自分で言うのもなんだが気を良くして──垂直に聳える10mの鉄柱群へ、全力疾走。
そのまま、
◢界侠アカシ 3000ふじゅ〜 出た!重力無視!!
◢は!?
◢食寝遊踊見阿呆 2200ふじゅ〜 このチャンネルが嘘である理由
◢人には人の乳酸菌 5000ふじゅ〜 現実です……これが現実……ッ
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「酔ってろ酔ってろ」
慣性を利用しつつ、重力に縛られそうになるたびに壁キックの要領で次の柱へ。マンネリにならないよう、時折柱を中心にスイングしたりわざと落下して前転着地するのが個人的ポイントだ。
そしてそろそろこの配信の山場。最も高い15mの鉄柱を駆け上がり、頂点で止まらずそのまま更に5mほど跳び立つ。宙空へ。
◢あっ
◢アル様ー! 20000ふじゅ〜 綺麗……
◢これは死んだ
◢成仏してクレメンス
◢誰も!通報しないのである!
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そのまま迎えるは自由落下。けれど10mを頭から落下した事もある俺からすると恐怖なんて微塵も無く、迫り来る地面よりも街並みの輝きの方が大切だった。撮れ高になるからな。
「……?」
────が。今日は少し違っていて。
脳裏にピリッと電流が奔る感覚。こういう時は決まって、その方角に
◢どした
◢月しか映ってないぞ 綺麗だから良いけど
◢流れ星だ!
◢虹色!?
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振り向いた背後。ビックリするほど煌々と佇む月の手前に、一瞬閃いた黄金の光。
それはやがて極彩色の輝きを放つ流星となって、この東京の空を落ちていくように見えた。
でも……ううん?
(
根拠は一つ。さっきのピリッとした感覚は、決まって誰かから見られてる時に覚える物だから。それを感じたって事は、あの流星は一瞬とは言え俺を見てたって事に他ならない。
が、流石にそれは常識から逸れ過ぎてるので考慮から外す。宇宙人なんていないさ、宇宙人なんて嘘さ。
(ま、とりあえず願いごと願いごと。内心で3回復唱、ヨシ)
でももし実在するなら、不思議な道具なり超技術なりで叶えてくれ。
そう現金に念じつつ首を捻れば、地面まで残り2m。急ぎ体を反転し、両足での着地に成功する。
ちょっと無理な体勢だったからか足痺れたな、今後に活かそう。
◢アル様儲! 50000ふじゅ〜 お見事!今日も格好良かったです
◢何故生きている 8000ふじゅ〜 なんだかんだミスらないよなお前
◢誰も!通報しないのである!(2回目)
◢犬には犬の乳酸菌 1700ふじゅ〜 生成映像だろコレ 現実に無量空処1時間耐えれるような奴が いないように、こんなフィジギフが実在する 訳が無い。さっきの虹色流星も演出だ
◢でも流星はSNSに発見報告あがってるよ
◢えっ
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「……もう見えねぇか」
見上げた空に先刻の光は既に
つー訳で、配信〆。今日はここまで。
「ま、こんな感じでまたパルクール動画あげるから。よろしくー」
◢相変わらず愛想0の挨拶で安心した
◢もっとこう……あるだろう!
◢ジョナイゴールド 2000ふじゅ〜 乙〜
◢登録者増やす気無くて草
◢チャオズーッ 1000ふじゅ〜 元気なのは良いけど頼むから安全第一で……
◢アル様儲! 10000ふじゅ〜 また見に来ます!
◢自称人非人 2000ふじゅ〜 ええもん見れたわ、また今度な
◢誰も!通報しないのである!(3回目)
◢本人曰く合法らしいのでセーフ
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プツン。それっきり、真っ黒になったスマホが映すのは俺の顔。半年前の自殺未遂で負った額の傷から苦い思いで目を逸らした。
────この配信を始めたのは、転校してから1月ほど経った頃からだ。スーパーイーツで鍛えて来た踏破力を別の小遣い稼ぎに利用できないかと、妙に成長が止まらない無駄な身体能力を活かして始めてみた。
結果は見ての通り成功。初期に気前の良い視聴者を捕まえられたらしく、再生数やチャンネル登録数を伸ばさずとも時たま動画を上げるだけで中々稼がせてくれている。この障害物群もその金で仕入れたものだったり。
(仮想通貨は泡銭、だのほざいてた俺が酷ぇザマだぜ)
悪銭身につかずとも言うから稼ぎの8割は寄付してるけれども、見方によっては“落魄れ”と言ってなんら差し支えない。俺も変わっちまったなぁと、そう独りごちながら片付けに取り掛かっていたら。
「ゲンちゃ〜んっ!」
「!!」
オイオイ、なんでまたこんな時に。待ち合わせの時間にゃ1時間は早ぇぞ?
「配信見て来たの。私も片付け手伝おうか?」
「いいよ、お前の力で持ち上げられる代物じゃねぇ──と言いたいとこだけど。こんなデカいモン担いで人様や街の物にぶつけたらコトだしなぁ。持ち運ぶのを後ろから監視してくれ、真実」
「うん!任されたよ、ゲンちゃんっ」
本来ならこの後、知る人ぞ知るような飯屋で合流する筈だった想い人が、わざわざこっちまで迎えに来てくれている。
その幸福を噛み締めながら、俺は集めた鉄塊を担いで彼女の隣に就いたのだった。
ちょっと目を離してる間に彼氏がサイヤ人と化しました。諌山真実です。
いやサラッとやってくれちゃってるけど、「どっこいせ」のノリで鉄骨やら
「いやー酒寄なら……」
「できないよ!も〜彩葉まで怪物扱いするのも大概にしてよねっ」
相変わらず元ライバルへの異常評価が激し過ぎる。お互い高く見積もり過ぎなんだよゲンちゃんも彩葉もさぁ……と評するのは、第三者からすれば簡単。けどきっと、ゲンちゃんは今も彩葉最大の壁として見ているんだろう。彩葉の方も、彼について言及する機会こそ著しく減ったけど、きっと。
なぁんて、辛気臭い空気は表に出す前に取っ払っちゃってと。目の前でホカホカと湯気を立てる丼をいただいちゃおっか!
「ここの丼屋ねぇ、フォロワー曰く“オシャレさとヘルシーっぷりを両立しつつタンパク質を摂れる”って紹介されたんだぁ。今度動画にもするつもりなんだけど、参考意見よろしくっ」
「そりゃまた俺にとっても助かる要素特盛だなぁ。ほな、お言葉に甘えて」
「「いただきます!!」」
サイヤ人らしく──いや歴とした地球人の筈だけど──私に負けない健啖家であるゲンちゃんは勢いよく唐揚げ丼を搔き込み始めた。その食べっぷりや、グルメインフルエンサーである私でさえ見てるだけでお腹いっぱいになっちゃいそうな程。
(……ゲンちゃんの姿にお腹いっぱいになるなんて、ご飯の時に限った話じゃないか)
でも思い直す。最近の彼は、穏やかに満たされてるようだったから。
転校してからのゲンちゃんは、目標を失った事で成績を落とすかもと思ってたんだ。実際、勉強意欲は落ちて応用問題とかを解いたりはしなくなっちゃったんだけど、落ち着いた事で寧ろ凡ミスは減った。総じて成績は転校前から維持してて、体育を含めれば寧ろ向上してるまである。
というか成績の話だけじゃなくて……なんというか全体的に、リラックス出来てるんだよ。最近のゲンちゃんは。
(彩葉がゲンちゃんに追い掛けられるのを嫌がってたみたいに、ゲンちゃんも彩葉に負け続けるのが凄いストレスだったんだろうね)
努力しても突き放せない相手が、ずっと近くにいる。
努力しても追い付けない相手が、ずっと前にいる。
最悪の相性だ。本当に寂しくて悲しい話だけれど、あの時点の彼と彼女は出会わない方が良かったのかも知れない。
冗談でも信じたくない可能性だとしても……余裕ができた彩葉とゲンちゃんを見る度に、そうなんだろうなって思っちゃう。
「酒寄」
「へ?」
「アイツのこと考えてるだろ。お前ともあろう食いしん坊が箸止まってんぞ」
……言い当ててくるあたり流石はゲンちゃんだ。尤も、彩葉だけじゃなくてあなたの事も考えてたんだけどね。
「彩葉は変わんないよ。でも幾分マシにはなったと思う……会ってみる?」
「いやいい、会わせる顔が無ぇんでな。今後ともアイツを頼むわ、いやなに親ヅラしてんのって言い草だけど俺」
「……」
頼む、か。
別に現状でも、私と芦花は何にも出来てないのに。あなたにも、彩葉にも。
(穏やかに満たされる?ううん、停滞してるだけだ)
あのXデー以来、芦花は彩葉を取り巻く環境に踏み込めなくなった。当然だ、私でも無理。何がどう作用して、彩葉の心の柔らかい部分を抉ってしまうか分からないから。彼女へ想いを寄せる芦花に、そのリスクを冒せだなんて残酷極まりない……かと言って、芦花より彩葉への理解度の低い私が動いた所で勝算は薄いだろう。
そうやって言い訳しつつ、なのに理解できてる筈のゲンちゃんにだって何もしてあげれてないのが私の実情だ。何が「リラックス出来てる」、だ。ゲンちゃん自身を輝かせてたギラつく闘志が燃え尽きてるのを、良いように言い換えてるだけじゃないか。そんな有様で彼女面なんて、笑っちゃムグゥ!?
「今しがた“頼む”って宣ったクチで言うのもなんだが……そう気負うなって。お前がただ気楽にしてりゃ、それだけで救われる人間が絶対いる。酒寄もきっとそうさ」
いつの間にやら私のレンゲを手に取ってたゲンちゃんが、掬った具を私の口に突っ込んでた。鼻腔へと突き抜ける芳醇な香りに、頭の中の靄が押しやられていく。──っていうか、前にもあったなこんなの。あの時押し込まれたのはフライドチキンだっけ。
「んぐむぐ…………ゲンちゃんは、気楽な私がいたら助かる感じ?」
「生きる糧」
「!」
不意にそんな直球で言われてしまえば、私の乙女心は容易くシリアスを押し除けてしまう。ああもう、しょうがないなぁ……!
「分かった、分かったってば!このマミマミ、そんなこと言われたら頑張っちゃうもんねっ!!」
「ハッ、無理に頑張んなって話してんのに何言ってんだか。でもそれでこそのお前かもnムギゥ!?」
「ほらお返し!丼は冷めないうちに、これ鉄則だよっ」
そうと決まれば、とばかりに口から喉へ、喉から胃へと流し込むだけだ。
病は気から、気はご飯から!お腹いっぱい元気いっぱいで彩葉もゲンちゃんも支えちゃうぞ、お〜っ!
「ったく、お前は最初から最後までそれで良いんだ──それでもダメだってんなら、後はもう神頼みでもしとくか」
「おやおや、自力救済の塊みたいなゲンちゃんも神頼みとかするんだ。新解釈ですな~」
「お前俺を何だと思ってんだ。ついさっきも流れ星に律儀に願い事する程度には信心深いんだぞこちとら」
「あっ、流れ星!そういえば綺麗だったねぇ、私はタイミング悪くて願えなかったや。ゲンちゃんは何を願ったの?」
「俺か?確か──
──酒寄に良縁ありますように、だよ」
思いもしなかった。この時は微塵も。ゲンちゃん本人もびっくりしてた。
こんな些細な願い事を、まさか本当に、あの流星が叶えてくれただなんて。
の精神で始めたのがこの物語だったり。なのでここから色々方向性がバカになるかもです
あっ、〆の