酒に狂った男 作:鶏肋
「ほら、アレやってよアレ!パパパーって走ってピョーンって跳んでゴロンって着地するヤツ!月にいた時にさぁ、ぅゎめっちゃ自由じゃん羨ましって思って!それで
「……電波って月まで届くのか?電離層とかで阻まれると思うんだが」
「あの“壁”を地球じゃそう呼ぶの?ま~見れたモンはしょーがないでしょ」
「月のアンテナすげー」
カフェへと向かう真実達を見つけた時、ソイツは彼女達の後ろにいた。ストーカーにしちゃ幼過ぎてる子供。
だが挙動不審過ぎるのは間違いないので、後ろから不意を突いて声をかけてみて……目が合った瞬間、気付く。
コイツ。あの夜に、月から俺を見てたヤツだと。
その勘を元手に鎌をかけてみればビンゴ。月から来た事をあっさり自白したこのガキは、しかし同時に俺がツクヨミライバー・Re:ALである事を即座に言い当ててきやがった。その底知れない情報力と嘘偽りの見えない無邪気さに当惑を覚えつつ、そこらの自販機で仕入れたジュースと引き換えに物陰で詰問中……ってのが現状だ。
「で。酒寄とはどういう関係?さっきめっちゃ嫉妬してたけど」
「知ってるけど個人情報だよ?。欲しいならそれ相応の対価は貰いますぜグヘヘヘヘ」
「そのジュースが対価っつったら?」
「ぐぅっ、飲んでから要求とは卑劣な……うーんとね、彩葉は私を育ててくれて、家に置いてくれてるの。でもあんまり外に出るなって言われて、けどつまんないのは嫌だから出て来ちゃった☆」
「……数日前に酒寄が赤子を抱いてるのを見たんだが。まさかそれって」
「あーそれ私だね」
流石は宇宙人、理解の範疇を軽々と越えてくる。なんだそれ、他の人にどう説明しろと?一から十まで虚言癖のなせる幻惑と捉えた方が整合性あるわ。
……でもコイツが、他の一般人と一線を画す
「じゃー次はリアルの番ね。リアルと彩葉はどういう関係d──って、対価になるもの何も無いや。どーしよ」
「いいよ、先に話してくれた礼だ。俺と酒寄は元同級生ってだけの仲。どっちかっつうと、俺が縁深いのは酒寄と一緒に歩いてるへにゃっとした可愛いヤツの方だな」
「おお。つまり彩葉の友達の
「変な言い方すな」
「アタッ」
耳年増と評すべきか、どことなく生々しい物言いをする銀髪の
但しそれは、俺の拳に対する不平不満ではなく。
「──あーっ!彩葉!そういえば彩葉どこっ!?」
「はぁ?とっくの昔に行っちまったぞ」
「そんな~!!」
もう見えなくなってしまった探し人の消息についてだった。
「やだやだやだぁっ、リアルの所為だ!彩葉の行くとこに私も行きたいのに~!」
「随分入れ込んでんなー。そんなに酒寄が好きになったのか、月星人」
「大好きだよっ!」
意図せず慄く。言葉に込められた想いの
そうか。お前、酒寄が好きなのか。
「彩葉の目ってね、すっっっごいキレイなの。分かるでしょ?あの目とおんなじ物を見たいの。私と違う目で、同じ物を見て、違う事を見出して、違う感想抱いて──でも、その上で同じ“楽しい”を味わいたいんだ!」
……。
「ハッピーエンドいらない〜だなんて、言わせたくない!一緒に幸せになりたい!って、そう思ってるのっ」
…………ふーむ。
「──なんて、会って数日の相手に思うだなんて、
「まぁ、期間としてはちと短い気はするな」
「やっぱりそっか。けど、これが私の……うぇっ?」
「もういい。問答無用だ」
話はそこまで。急な転換にコイツも戸惑っただろう。
急に腰を掴まれたと思ったら、中空に
そのまま、懐で目をパチクリと瞬かせるガキと視線を合わせ。
「
「えっ、いいの?っていうか信じてくれるの??」
「そんなとこ。オラ行くぞ、舌噛むなよッ────!!」
「ゃぷっ────」
姫抱きしながら、両隣のビルを交互に壁キックし駆け上がる。スピードを殺さず一挙に15m、躍り出た立川の空。
一人で町を跳ぶならバイトの時に何度もやったが、誰かを抱えながらするのは流石に初めてだ。けど失敗する気がしなかったのは、きっと
「わぁ……!」
あまりにも屈託が無かった。
コイツの言葉は、想いは、見てられないくらい純粋で眩しかった。
信じられるか否かじゃない、信じたくなっちまったんだ。果て無き光景に目を輝かせるこのガキを。その瞳が酒寄を見染めた事実を。
爛々と輝きを放つ蘇芳色の瞳を横に見て、俺は一層その思いを強くした。
ちなみにその後。
「楽しかったー!ねぇもっかい、もっかいやって!屋根飛び乗って!!」
「ここじゃ人目が多すぎる。それに第三者目線だと普通に危ないし、また別の機会にな」
「え゛〜!」
アンコールをねだるガキに喚かれたり。
「彩葉ノートで赤点回避記念〜」
「お礼の品でーす」
「あ、ありがとう!」
「アレ何?えっ美味しそっ!リアル、私おんなじの食べたい!!」
「わーったわぁーった。買ってやっから」
バレないように遠い席に忍び込んで、渋々財布の中身を確認したり。
「あむ、もぐもぐ……うんんまあああ!!」
(ここからだと真実が食べてる様子見えにくいなー。でもここ以外の席だと見つかって邪魔になっちまうかもだしなー。儘ならんなぁ)
「これがパンケーキってマジ?彩葉のと全然違〜う」
「酒寄がパンケーキ?意外というk……電話。大人しくしてろよ」
「はぁ〜い────ムフフ」
真実に次ぐレベルで「THE・幸せ!」オーラを纏いながら甘味を頬張るガキに思わず頰を緩ませちまいながら、忍び足で裏手に行ったり。まぁ、そんな事があったりした訳だ。
しかし誰だよこんな時に。yachi8000か……いや違う。
「
『──HAHAHA.しばらく聞かない内にそこまで英語を上達させてたとはね、驚いたよボーイ』
「こちとら敗戦国の民だからな、学校教育からして全力で媚びさせて貰ってるよ。アメリカサマ、今後ともよしなに」
相手は海外番号、なんでもyachi8000の知り合いだという米国紳士である。接触回数こそ少ないものの、相手はどうにも俺を気遣ってくれているらしく、援助もしてくれてるのであまりデカい顔は出来ない。
舐めたクチを利いてるのだって、ただの強がり・甘えだという自覚もあった。向こうはそれを愛嬌として受け取ってくれているようだが、はてさてどこまで許して貰えるやら。
『そう卑屈にならないでくれ。前にも言ったように、私が君を支援するのは私自身の為だ。そちらが気に病む必要は毛頭無いのだよ』
「そうは言いますけどねぇ……しかし、本当になんのご用件で?近況報告の書類ならつい先日送った筈ですが」
『いや別件だ。旧い友から、
「……yachi8000氏から?」
流暢な日本語に切り替えた彼の声音は、何故か俺に対する罪悪感を纏っていて居心地が悪い。それを避けるように本題に移れば、次に出てきた言葉に戦慄を覚えさせられる事となる。
『月の姫には逢えたかい』
「──」
沈黙は悪手。そうと分かっていても、反応に詰まった俺を許して欲しい。
なぜ。いや想像はつかないでもない、ないが
だとして、わざわざそれを教えたこの電話の意図は……?
『強張る必要は無いよ。知っているのはyachi8000と私だけだ、そして少なくとも私の方は干渉するつもりなど無い』
「……そうは言ってもだぜバーガンディさん。アンタがそれなりにヤバい職に就いてるのもこちとら察し付いてんだわ、警戒するなって方が無理だ」
『安心したまえ。引退済みだから』
「元は現役って事じゃねぇですか」
『だが、君に信用して貰えるだけの札が私の手元に無い事も確か。歯痒いけれど、ここは曖昧かつ汎用的なアドバイスだけ送らせて貰おう』
そう言うと、一つ息を吸って彼は告げる。特大のカミングアウトからは考えられないくらい、卑近で凡庸な忠告を。
『……仲良くしてあげてくれ』
「はい?」
『出来る限り沢山の、悔いの無い思い出を。どうか月の姫と共に送ってくれ』
まるで、預かった他所の子と実子の関係を取り持つ親のような意見だった。俺はもう親がいなくなって長いけど、諌山家のおやっさんや夫人を見てたからなんとなく分かる。
『ワインとは時間が経つほど深みを増すもの。だがそれは飽くまで嗜む側の軽率な感想で──永き日々を樽に封じられる者からすれば、到底堪ったものではない』
「……?」
『ならばせめて、その日々を、その肌寒さを耐え凌げるだけの温もりを。どうか彼女の胸の奥へ灯してあげて欲しいんだ』
端的に言えば、要領を得ない。ワイン?あの無垢なガキが?例えるなら最上流のせせらぎだと思うが。少なくとも年月を経たアルコールだけはあり得んだろ。
仮にワインだとして、例えをそのまま受け取るなら今後あのガキは身動き取れない地獄に陥る事になるんだが……
「……なんだ?近い内に特殊部隊か何かが来て、あのガキ攫って、月との交渉材料にでもすんの?」
『詳しい事は言えない。私も知らないからな。だが、
「ふざけんな」
悪いなバーガンディさん。そこまで言われて大人しくしてられる程、俺は出来た人間じゃねぇんだ。なんせ親無しだぜ?
「分かってる悲劇を前に傍観してたら、そいつはもう人間じゃなくて家畜だ。やれる事を、やるだけやらせて貰うぞ」
『……全てが徒労に終わったとしても?運命を何一つ変えられなくても、君は同じ事を言えるか?』
「言っただろ?“やるだけやる”、って」
出来るか否かの話じゃない。実行するかだけが俺の価値を決める。
そうだ、これはあのガキの為でもなんでもない。俺自身の尊厳の為に、やらなきゃいけない事なんだ。
「よっ、彩葉!一緒に食べよ〜っ!!」
チラと目を遣った店内。そこにはパンケーキの皿を持って、酒寄達の席へと突撃するガキの姿があった。
「……ば、おま、あーーーっっ!!」
「えー、可愛い。誰この子」
「彩葉の服着てる。彩葉の友達?」
俺には見せた事無いくらい、表情を崩している酒寄の姿があった。
それにコロコロと笑いを溢す真実の姿があった。
受け止め引き入れる綾紬の姿があった。
俺がいた
……上等じゃん。
「アイツは既に俺にとっても希望なんでね。アンタがそれを阻むってんなら、相応の覚悟はしてもらうぜ」
『……ふっ……』
「チッ、所詮高2のイキリ脅迫なんざ屁でもねぇですか。厳しいっすね本職は」
男は女を守るもの。かつて現実を前にへし折れた筈の指針が、ここに来て息を吹き返す。
折角舞い降りたアイツらの救いを、俺の希望を、穢させて堪るかと。何者にも、何人にも、絶対に!
……そう前のめる俺の姿勢を向こうも感じ取ったんだろう、バーガンディさんは真剣に応じてくれていた。
「それは違う。私はね、心から嬉しくて、そしてだからこそ泣きたくなるほど申し訳無いんだよ」
「はぁ?何だそりゃ、さっきも言ってた俺への支援理由に関係する事ですかい」
「ああ。だが知る必要は無い……Mr.ゲン。月の姫を、頼んだ」
何とも勝手な物言いをしてくれるが、この距離感がありがたい。天邪鬼な俺でも素直に引き受けられるから。
サンキューな、Mr.バーガンディ。俺、割とアンタの事好きだぜ。
「ま……その時まで時間はあるっぽいしな。暇だったら、頼まれた“思い出”とやらで、精々アイツを生き埋めにしてやんよ」
『!!!……素直じゃないな、君は』
「なんせ親なしですから」
それでおしまい。通話は切れ、俺は再び静寂に取り巻かれる。
だが先程までとはもう違う、俺のすべき事は決まった。
あのガキを守り、あのガキが酒寄を救うのを助ける。外野が為すべき事はそれなんだと、俺は俺を定義出来たから。
さて。そうと決まれば、ガキと合流して酒寄にバレないよう退散を……ん?
ちょっと待て。
オイ待て!!!
「大人しくしてろっつったろガキィーーーッ!!!」
「ゲンちゃん!?」
「あ、おかえりリアル。略しておかえリアル」
「石実と知り合いなの?」
そうだよお前、しれっとなに突撃してんだバカ!!折角酒寄が休息してるんだから邪魔したらダメだろ!コイツ休ませないとダメなんだって言って、ああチクショウ言うの忘れてたわ俺のミスだ!!!
「ガキじゃないよ、“かぐや”だよ!
「今?」
「
「築地じゃないの??」
「ぶーっ!リアルってば酷いー!!」
「お前の無軌道っぷりが原因だろうがァーッ!」
「「二人ともまず私達に説明して!?!?」」
ああ悪い真実、綾紬!コイツはな、ええっと何処から説明すべきかなコレ。取り敢えずバーガンディさんの事は省いて、やっぱり時系列順に満月の夜の流星から一つずつ…………あ。
「……えーと」
「……うん」
目が合った。その時点で俺は、俺自身が最も致命的な破綻を齎した事に気付いた。
酒寄の前に、現れちまった。
「何と言うべきか……久しぶりだね。石実」
「………………うす」
彼女にとって特大のストレス源である俺が。
休んでた所に、大声で喚き散らかしながら。
大々的に現れちまった。
酒寄の休息を壊した。
その事に今更、気付いた。
ふぅーっと深呼吸。状況把握完了。
「────失礼しまーす」
「させるかぁーっ!!」
「まず!説明!!しろー!!!」
「ねぇ彩葉。リアルと仲悪いの?」
「いやぁ……どうなんだろ」
2階のバルコニー目掛けて走り出そうとする俺。をタッチの差で抱き止める真実。をサポートする綾紬。
最悪の再会劇は尚も続くか。取り押さえられた俺は、その事実を反芻しつつゲンナリするのだった。
読み返したらだいぶ勘頼りの主人公で最早もと光る竹生える