酒に狂った男 作:鶏肋
星降る海は配信許可されてなかったので伏字です(急いで書き直した人並感)。どの部分を歌ってるのかは、文字数とモノローグをヒントに察してください。
先に言っておくと、俺は月見ヤチヨという存在にほとんど興味が無かった。
存在は流石に知っている。自称AI、ツクヨミの創造者にして管理人な8000歳のライバー。現れるやいなや、愛嬌とカリスマとその歌声で世界を席巻し、仮想空間から世界を股に掛ける女傑。
が、生憎俺には縁が無い。特に1年前、障がい者用スマコンを得る前は本当に。
音楽の造詣はほぼ0ゆえに関心を持てず。
実利主義だから電子の美貌にも惹かれず。
不適合体質ゆえにそもそもツクヨミに入れない。
これら三拍子がまず最初に揃ってしまった所為で、俺はヤチヨと全く接触し得ない人生を送ってきたのだ。スマコンを得てからこそツクヨミに入れたものの、その中枢たる彼女とはチュートリアルで出会ったきりで触れる機会も無かった。
だから、今回のライブも、席さえ取っていろたちと合流し終えたら即退散するつもりだった。その場に残っても、周囲の盛り上がりを邪魔しかねなかったから。酒寄が気兼ねする
結果として、それは「ここまで来たんだよ?リアルも一緒!!」というかぐやの頼みに引き留められている内に、ライブが始まってしまった事で瓦解し。
そして俺は、今。
「……凄いな」
圧倒されていた。
(これが仮想?見下してた過去の俺をぶん殴りたい気分だぜ)
偽物だとは到底思えない声音が紡ぐ譜面が、鼓膜を介さず直に脳を揺らしてくる気分。実際そうなんだろう、だってスマコンとはそういう物なんだから……なんて理由付けが莫迦らしく思えるほど、そこには
音楽に造詣の無い俺ですらこうなんだから、素養が合ったり感受性が高いヤツはどうなるか。
「やちよぉほ~……」
隣の酒寄が証明していた。これ綾紬には見せられんな。いやアイツならこれはこれで受け入れそう。
その間にも歌は紡がれる。詩の通り、まるで物理的な距離なんて意味がないとでもいうように。心を直に震わせて。
本当に、長く永く、見守ってきた実感を伴うかの如く。
そこに嘘を見出せない。疑えない。俺は……本当に、ヤチヨの眼差しの下で、育ってきたかのように思えた。
唄が終わる。色とりどりの魚たちが天空にその姿を消し、残るは鳥居に立つヤチヨ一人。
「月見ヤチヨぉ~~~!!」
「最ッ高だったぁぁぁぁぁ!!!」
瞬間、怒号。いや違う、歓声だ。ついさっきまで黙していた観客が一斉に叫び始め、それは会場を揺らし水面を泡立たせるほどに震わせる。
平時なら「何マジになってんの?」とかぬかして冷笑してただろう俺だが……まさか、共感を覚える事になるとはなぁ。
「やちよぉ~……」
(ふぅーん。彩葉ってああいうのが好きなんだ)
「……ヤチヨは俺の母親だった……?」
「リアルはリアルで何言ってんの!?」
「!!!!!」
言うなかぐや。俺自身、口から洩れた言葉のキモさにビックリして……うおっなんだ酒寄そんなに詰め寄ってッ!!?またなんか気に障るような事言っちまったか?!
「分かるの!?」
「なにがッ」
「そうだよ、ヤチヨは心の母なの!!ヤチヨの曲を聴くとね、なんというか救われるの。というか救われてなきゃいけないのっ!一人でも独りじゃなくて大音量の中なのに閑かで満たされてなくとも豊かで──ともかく、Re:ALもそれを感じ取れたんだね!!!」
「落ち着いて彩葉ぁ!それ以上気を高めちゃダメ!」
あっ違う、これオタク心の暴走だ。月見ヤチヨに執心してるのは知ってたが、よもやここまでとは思わなんだ。今の俺だと普通に同調出来てしまって止めにくいのが猶更タチが
「あ、ここでお知らせ!ヤチヨカップっていうイベントを開催しま~す☆」
「「「ヤチヨカップ???」」」
幸か不幸か、ここで渦中のヤチヨからの宣言に、俺達3人はようやく動きを止めたのだった。
なんでも、ツクヨミの全ライバーによる新規ファンの争奪戦。
期間は1ヶ月。
勝者に与えられる栄誉は、ヤチヨとのコラボライブ……?
「うっそ!コラボライブ?ヤチヨが!?」
「何それ凄いの?」
「当たり前じゃん!!!」
再度興奮した酒寄の解説によれば、月見ヤチヨは配信でコラボする事こそあれどライブでのコラボなど前代未聞との事。そりゃ確かに一大事だ、たった今ヤチヨに惹かれたばかりの俺でも隣に立つ奴の顔を拝んでみたくなったぞ。
「へー。じゃあ彩葉、一緒にやろ」
「私らみたいなモブとやる訳無いじゃん。こういうのは最初から誰にやるかだいたい決まってんの」
「じゃあリアルっ」
「パスだ。あのレベルで目立つと後が
「え゛ー!!」
ぶータレるかぐやを流し、「ヤチヨ~!」と声援に戻る酒寄を横目に見つつ、俺は再びヤチヨを見上げようとして……刹那、爆音。
「よう、子ウサギども。お前らの帝様が来たぜ」
「げ」
「ぅゎ出た」
「?」
何処からともなく、虎に引かれて現れた神輿。それを内側から斬り裂き、推参したのはいけ好かない男衆×3だった。
……ブラックオニキス。俺が言えた口じゃないけど、勘違い厨二病が」
「口、出てるよ」
「スマン」
「ううん。概ね同意だからOK」
「お前も大概黒鬼アンチだよな。仇か何か?」
「……兄弟いる?もしくは親友とか」
「えっなに京都人特有の厭味?真実以外にいる訳ねぇだろ俺なんかに」
「卑屈すぎでしょ。じゃあ例えば、まみまみが似合わない悪女ムーヴでライバー活動してたらどうする?」
「…………悪女系まみまみかぁ。推せるかも知れん」
「聞いた私がバカだったわ」
「なにおう」
祭りだの作画だのコラボよろしくだの好き勝手にイキリちらし寿司する男衆を尻目に、かぐやそっちのけで口論する俺達。そう、かぐやそっちのけで。
今思えばそれが不味かった。このかぐガキは、ちょっとブレーキを怠ればその瞬間に最大加速する暴走車だってのに!
「ヤぁぁぁぁぁーチぃぃぃぃぃヨぉぉぉぉぉーーーッ!!!!」
かぐや。咆哮。
それは野放し故の自由か、鬱憤か。
「かぐやがヤチヨカップ優勝する!そんで絶対コラボライブするっ!!いろh……むぐっ──リa……ごむっ……」
「「ストップーー!!」」
酒寄が急いで口を塞ぎ、しかし足りぬとばかりに今度は俺まで巻き込もうとしやがったぞコイツ!
いやでも止めて良かったのか?コイツの爛漫っぷりに希望を見出したばっかなのにそれを封じて……だが流石に目立ち過ぎ……クッソいずれにせよ手遅れか、周囲から視線の矢だらけで肌が痒いわ!アバターなのに!!
「────ほいでわ、ライブは一旦ここでクローズ♪みんなとちょこっとお話させてね」
救いとなったのはヤチヨの〆のあいさつ。それ再び耳目を自身へ集めた彼女は、「さらば~い」と宣いながら消えていった。ありがとうヤチヨ、現実で会ったらパンケーキ奢るわ。何処にいるかも知らんけど。
……さて。かぐガキよ、何て申し開きするつもりだ?
「ぷはっ。ねぇ彩葉、リアル、いっしょにやろっ?」
ダメだコイツ反省してねぇ。口を解放するなり物怖じもせず言い放つその様を見てると、先刻の躊躇なんて杞憂でしか無かったんだと思い知らされるようだ。
「だからパスだっつったろ。お前のハッピーエンド根性は見上げたモンだが、俺のハッピーエンドはもっと別方向だ。そういうのは酒寄に当たれ、支援はすっから」
「えぇー、一緒がいい~。というか別方向って具体的に何?」
「そりゃあお前……」
取り敢えず真実が笑えるような環境を作ることだろ。その為にそれなりに身を立てて……身を立てる?俺が?いややる気はあるけど、具体的なイメージは??そもそもアイツが笑える世界に俺要る???
──不味い。分からん。
「何も思い付いてないじゃん!!だったらやろうよ~~~!!!」
「ワフワフ、ワンッ!」
「ええい犬DOGEまで動員して纏わりつくな、このッ」
酒寄、お前からもなんか言ってやれよ!マジで優勝目指すにしてもやめとくにしてもお前次第だ、それによって俺の動きも変わってくる!だからお小言でも諦めでも良いから一言……急にどした。俺達の背後をじっと見て。
「や、やちよだ……」
「は?おっマジじゃん」
ちょうど真実の弟くらいの背丈まで縮んだヤチヨが歩み寄ってくる。何だ何だ、さっきかぐやが叫んだのがライブ妨害と見做されて注意でも受けるのか、と思い周囲を見るとそこらかしこに同じように小さいヤチヨが溢れていた。ああそうだ、コレそういや握手会を兼ねたライブだった。
(……失敬)
となれば、同伴者に過ぎない俺は後ろに下がるのみ。間違っても酒寄の楽しみを邪魔したくないので。
気配を消して一歩後ろに下がれば、もう酒寄もヤチヨも互いしか見ていない。かぐやはきょろきょろと見回した後、ヤチヨの言葉に耳を傾ける択を選んだようだ。
そこから先は徒然なるままに。「参加権を持つのはライバーのみ」というヤチヨの忠告を受けたかぐやは意気揚々とログアウト、恐らく配信用のチャンネルでも立ち上げに行ったのだろう。アイツの行動力はホント見上げ果てたモンだぜ。疲れるけど。
続いてある意味で主役の酒寄は、推しから直々に労わりの言葉と柔らかい握手を貰って有頂天に。俺が学校にいた時には絶対に見せなかったとろける笑顔を浮かべて、感謝と共にログアウトしていく。
「あ、Re:AL!今日はホントありがとね!」
「おう。またな」
アイツらの事だ、現実に帰ったらそれはそれでまた騒動起こすんだろうな。それが哀れやら羨ましいやら、複雑な情動を抱きつつ俺もツクヨミから出ようとして。
「君は握手不要かな、Re:AL」
「……チケットに当選したのはいろだけなんでな。でも十分楽しめたよ」
「それは何より。やはりヤチヨは果報者です」
主催者に呼び止められた。そのまま彼女は、俺のスカーフを一撫でし告げてくる。
「うん、やっぱり似合ってる。君にはこれが無きゃ」
「チュートリアルのこと覚えてんのか。一人一人にそれやってたら記憶パンクするだろ」
「心配ご無用!ヤッチョの頭脳は電子配列その物、やろうと思えば無制限に拡張可能なのだよ~」
「
既に握手会フェーズは終わって殆ど人もいなくなっているのに、俺だけ何故?なんて疑問を挟もうにもヤチヨは曖昧に微笑むのみ。そして彼女は、なんとも驚くべき行動をしでかし始めたんだ。
「ではそんな最新AIから、今日ファンになってくれた君へ特別待遇。オリジナルじゃなくてカバーだけど、君にぴったりの曲でアンコールしてあげるね☆」
「は?!いやいや待て待て、ンな事したらまだ見てる奴にどんな勘繰りされるか」
「せーのっ」
「聞けよ」
予想外のライブ延長。しかも俺限定。俺の何がそんなに刺さったんだ、と問う暇もなく震え始める電子の声帯。
いったいどんなものがお出しされるのか……と身構えてみれば。
「!」
何の事は無い、知ってる曲。俺が唯一好きと言って良い、自分を元気づける為にリピートしている代物だ。
それは酒寄に負け続けて、地位を失って気が滅入ってた折に。そんな情けない自分を発奮させてくれるにはちょうど良い歌詞だったから。
そして、それに没頭した結果、傷付けたくなかった
ああ、そうだ。分かっている。こんなの独りよがりだって、自己嫌悪も反省も何一つ酒寄への償いになりはしない事なんて。
それでも、この生き方は捨てられなかったんだ。
親父みたいにだけはなりたくないっていう俺の望みを、この歌は肯定してくれた。だから俺は、曲に込められた言の葉を胸に生きている。
思わず口遊んだ詞は、滞る事無く重なった。それが無償に嬉しかった。ヤチヨも肯定してくれたって、そう思えた。
分かってる。歯を食いしばって思いっきり守り抜けって。
「えっ」
……違った。思ってた歌詞じゃない。
何それ、知らないんですけど?
そうこうしてる内に、恙なく曲終了。伴奏無し演出無し、でも確かにめっちゃ良かった。没入出来て最高だったよ。
そうだっただけに……はしごを外された気分、というか。
「1番しか聞いてこなかったでしょ」
そんな俺へ追撃するように言い当ててくるヤチヨ。言われてみれば確かにその通りで、聞き心地の言い最初のパートだけをリピートしまくってたかも知れない。
けど、戦慄させられたのはここからだった。
「ヤッチョが歌ったのは3番の一部。ちゃんと最後まで聞いてあげないと曲が可哀想だよ、
「……俺の、名前」
「ホントは
現実を
リアルネームを言い当ててくるその様に二の句を継げない。俺だけでなく酒寄の名まで。
彼女はどこまで知ってる?俺達を何処まで見ている?
まさか。
最初の曲。
“見守っている”って、本当に────
「そこまでだ」
「────ッ」
白いフワフワに視界が包まれた瞬間、
「言いたいことは全部ヤチヨが言ってくれた。お前、いい加減全部背負おうとするな」
「…………」
「って、ボクが言って止まるようなお前じゃないか。分かってる」
「……し……」
「ボクがお前に掛けた呪いは、この程度じゃ解けない。だから今できるのは此処までだけど……せめてコレだけは言わせてくれ」
「Fu……」
「今日、
「ふ……shi……ッ────」
──あ?
気が付けば閑散とした広場。その端っこで独り尻餅を突いていた。
何やってんだ俺……確か、ヤチヨが酒寄と握手しに近付いてきて、かぐやがライバーの準備のために勇んでログアウトして、それを追うように酒寄も去った後……ああ、ヤチヨが消えて一息ついてたんだったわ。
「どうかな、FUSHI?」
「……全力でやった。でも表層も表層、その内の最新1分間が関の山だ。これじゃふとした拍子に思い出しかねない」
「そっかー……やっぱり彼は、
いやはや凄まじいライブだったぜ。曲にしたってちゃんと3番まで聞くようにしよう、そうしよう。
そうしてログアウト。覚えておくべき事の何もかもを無様に忘れ去ったまま、俺はツクヨミを後にしてしまう。それがこの時点での俺の限界だった。
「アレが噂のチーター容疑者、Re:ALか」
「ねぇ〜もう良いでしょ帰ろうよ〜。今もログイン出来てるって事はチートじゃなかったって事だろうし」
「……乃依に同意だ。正直、奴に頓着するメリットが全く見当たらない」
「そう言うなって、俺達の誼じゃん」
ヤチヨに干渉されて朦朧としてたから、視線に気付けなかった……だなんて言い訳にもならない。
「妹に付いた虫を推し量るんだ。それぐらい、付き合ってくれたって良いだろ?」