酒に狂った男   作:鶏肋

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暑くなって参りました。夏がやって参りました。
皆様、どうか無理せず水分補給とクーラーの活用の程を──

──え?まだ5月中旬?
バカな………そんなバカな……!


酒寄彩葉、謝る

────洗いざらい話した。かぐやに。私の根幹と醜態を。

 

憧れだったお母さんの事。

そんなお母さんとの摩擦の事。

その中でなんとか勝ち取った私の自立(そんげん)の事。

 

「いやいやいや、ラッキーじゃないっつーの!宇宙人調べでもそのお母さん激ヤバおかしいって!」

 

その結果、かぐやにはこう断じられてしまったけど。

 

「……かぐやには……」

「え?」

「ううん、何でもない」

 

“分かんないよ”。

その6文字が喉に支えて、でも止めた。

想いを受け取ってもらえない悲しさを、かぐやに味わって欲しくなかったから。

 

「そっか」

 

他者を想える子だ。今の躊躇も取り止めた意図だって分かってしまったかもしれない。けどその上で、かぐやは私への追及をやめてくれた。そんな彼女の優しさが暖かくて、けれど寧ろ痛かった。

 

「じゃあリアルと距離あるのも、お母さんが理由?」

「違うよ。私だけが悪い」

 

でも、そうだよね。ここまで話しておいて、せっかく判明した石実との蟠りをかぐやが知りたがらない筈が無い。そして彼女にも知る権利がある。

何より、私が有責でしかない案件で、お母さんの所為にはしたくなかった。

 

──いや。でも、違うかも。

 

「お母さんと石実、なんか似てるんだ」

「どんなとこが?」

「自分にどこまでも厳しく在れる人。甘えを許さず、歩みを止めない人」

 

妥協無く走り続ける覚悟。何もかも半端な私が求めるそれを手にしてる2人。

その矜持に突き進む彼と彼女に焦がれた。孤立の逆風に負けない石実の姿に、苦境を打ち破って立つお母さんの姿を重ねた。羨ましかった。

 

そんな憧れの2人が、敵だった。

 

「お母さんに、ずっと挟み撃ちにされてるみたいに思っちゃってさ」

 

お母さんからは突き放され、石実からは追い立てられた。

憧れが拠り所にならず壁として立ち塞がる。そんな時間だったんだ、高校入学からの8ヶ月は。

 

「もちろん、私がそう思い込んだだけ。石実はお母さんじゃないしお母さんは石実じゃない。2人は別人……って、早く気付けたら良かったんだけどね」

「……そっかー。リアルが心の重しになっちゃったんだね」

「なっちゃったというか、勝手にしちゃったというか。石実からすれば良い迷惑でしかないよ」

 

彼はずっと真正面から挑んでくれてたというのに、私は逃げ続けて。ヤチヨの応援(アドバイス)が無きゃ立ち向かう気にもなれず。

それでようやく、冬季期末試験で真っ向から対峙できたと思えば、彼の凡ミスが無ければ負けてて──

 

──ううん。負けなら負けで良かったんだよ。必要なのは、それも結果の一つとして受け入れる度量だったんだ。

 

「それでも怖くて怖くて、勝手に怖がった末に、」

 

でも私は拒んだ。勝因が明らかなマグレ、実質的な敗北を受け入れられなかった。

石実に負けた。

おかあさん

石 実 (紅葉)追い付かれた(置いてかれた)

 

その重圧に耐え切れなかった。

絞られた雑巾から汚水が滲み出るみたいに、本音が漏れた。

 

「消えて欲しい、って。言っちゃったんだ」

「……」

 

お母さんへの想いは捨てられない。

ならせめて、もう1人の紅葉(石実)はいなくなって、と。

私の視界を惑わせないで、って。邪魔しないで、って。

 

「きっと、聞こえてたんだ。怒っても良かったのに。そもそも、石実からすれば私が消えて当然なのに」

「……だから、彩葉とリアルは違う学校なんだ」

「そうなの。石実は聞いてくれたの。私の願いを叶えてくれたの」

 

鞭打たれるべき敗者は私で在るべきだったのに、その役を引き受けた彼の辛苦はどれ程の物だったのか。それを私は自覚もせず忘れ去り、まんまと堕落の玉座を享受していたなんて。

 

「責めて、かぐや」

「……彩葉」

「罰して」

 

こんなの私じゃない。なりたかった紅葉(わたし)じゃない。

こんな卑怯で姑息で恥晒しなのが彩葉(わたし)だなんて認めたくない。

でも私だ。どうしようも無い程に私なんだ。それを受け入れる度量こそが必要だって、さっき思ったばかりじゃないか。

 

でも、でも、だって。

言い訳はやめろ。

 

すぐに謝りに行け。償う術を探せ。彼にどれだけ助けられたかちゃんと思い出せ。受けた恩と返した仇を、それ以上の報いで埋め合わせろ。それが出来ないなら三流以下の阿呆も下回る屑だ。

 

怖いよ。

石実の顔、見れないよ。

 

芦花は?真実も知ってるの?知ってるに決まってる。あの日、真実の家で、私達は3人揃ってたもの。

じゃあ何?真実は、恋人を傷付けた私とずっと笑い合ってくれてたの?芦花はこんな私の面倒を朝まで見てたの?

 

無理だ。

皆、私を憎んでたら、立ち直れない。

 

「無理は怠けモンの言い訳や」

 

そうだよね、お母さん。

分かってるよ。

分かってるんだよ。

でもどうすれば良いの。

それとも、もうどうかする権利すら無いの?

 

お兄ちゃん。何か言ってよ。

私、お兄ちゃんみたいに上手く出来ないよ。生き方も償い方も分かんないよ。

 

かぐや。

助けて。

もう、他に、頼れるのなんて、

 

「この世で頼れるんは自分一人や言うたよな?」

 

ああ。

お母さん。

石実。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ……!!

 

 

「キッチリ片を付け!忘れるっ!!」

 

 

────え?

 

「って、前にも言ったよね。あ、違うか。多分お悩み相談の時のだコレ」

「かぐや?」

 

雲間に差した月光が。

陽光に見紛うようで、しかし決して苛烈ではないそれが、暗鬱を押し除けた。

 

「要はさ?彩葉は、リアルと決着付けられなくて悩んでるんだよね。そこでずっとモヤってるんだ」

「いや決着は……形式上は私の勝ちというか、それでいて実質的には石実の勝ちって事でついてるというか」

「それ、地球人含む宇宙人調べじゃ“付いてない”って言うんだよ?というかテスト勝負だけのことじゃなくて、彩葉とリアルの関係そのものの決着の話だからっ!」

 

見上げたかぐやの目は力強く、そして私が望んだ叱責の色は無い。けれどその勢いで以て、その言葉を私の芯まで響かせてくる。

 

「じゃ、ちゃんと()()()()?それでまた()()()()よっ」

「!」

「もう今までの関係のままじゃいられないなら、片付けてハイ次もう1回!そうすれば全部解決ってね⭐︎」

 

終わらせて良いの?それっきりになっちゃったら?

簡単に言ってくれる。今また縁が繋がってるだけでも奇跡なのに、それ自体が石実や芦花や真実の苦痛なのかも知れないのに、全部断ち切る決断を易々とできるものか。自分を繋ぎ止めてくれた命綱を切る覚悟なんて、私には。

 

「その元気も無いなら──」

 

なんて、思ってたのに。

 

「──かぐやの元気。分けたげるから」

 

正面から抱き締めてくるかぐや。その鼓動が胸元に伝わってくる度、同調していく私の拍動。強く波打つ心臓。

尽きた活力が満ちていく。動けなかった心が、身体が、動き出す。

かぐやの力が、伝わってくる。

 

「……どうして……?」

「んー?」

「どうして、かぐやはずっと笑っている?」

 

こんな私相手でも、ずっと笑いかけてくれるの?

その問いに、彼女は笑ってこう答えるのだ。

 

「約束したもん!彩葉をハッピーエンドに連れてく、って!」

 

もうダメだ。叶わない。

すっかり元気になってしまった心身が、意志に応えてしまった。ギュッと力強くかぐやを抱き締め返し、立ち上がる。

 

「分かった。頑張るよ」

 

流れる涙は決意か喜びか、自分でも分からない。

分からないけど、それでも立ち向かう勇気を、もう一度。

 

 

「という訳で、まず芦花と真実に状況を聞きます」

「行動早っ」

 

完全回復した翌日の夜、店長に融通利かせてもらったバンブーカフェの個室。善は急げ、とはまさにこの事。

 

「……と勇んだは良いものの……」

 

待ち合わせの時間が近付けば近付くほどに高まる緊張。この半年強、恋人を追いやった女に真実は何を思いながら接してきたのだろう。

そんな考えが脳内を堂々巡りし、申し訳なさで吐きそうになる。身体的な不調はともかく、精神的なデバフっぷりとしては脱水症状で倒れた時にも匹敵するんじゃなかろうか。

と、僅かに震えた私の手を取る温もり。かぐやの手だ。

 

「私もいるよ」

「──っ、うん。ありがと」

 

お陰で収まる戦慄。それによって漸く覚悟を決めて、来る芦花達を迎え入れたのだった。

 

 

「え、思い出しちゃったの?ゲンちゃんがいた事も??うわー、そっかー。で、謝りたいと。うんうん成程。ぜひ私も手伝わせて」

「軽っ」

 

結果としては拍子抜けというかなんというか。気不味げな芦花はともかく、真実は予想外に気の置けない振る舞いを続けてくれていた。

 

「なんで?真実は、怒って良いんだよ?」

「それこそなんで?彩葉とゲンちゃんの問題でしょ」

「だって、私の所為で離れ離れになったみたいなものじゃん。もし私だったら……」

 

隣に座って見守ってくれてるかぐや、もし彼女が同じ目に遭ってたら。

そう考えると一瞬で腹の底が絶対零度の様相を呈した。私だったら刑法に手を出すかも知れない……でも恋人がその憂き目を見た筈の真実は、遠い目をしながら告げる。

 

「……そんな事したら今度はゲンちゃんに叱られちゃうよ。出しゃばんなーって」

「真実は、それで良いの?」

「良いよ。ゲンちゃんの意志を尊重するし、彩葉が安泰ならそれが何よりっ!────ま、それだけじゃないんだけど」

 

そう言って目配せしたのは俯く芦花。一体何があるのだろうかと唾を呑めば、尚も口を開いてくれない彼女へと真実は更に問いかけた。

 

「芦花、腹を括ろう。彩葉が勇気出してくれたんだもん、次は私達の番だよ」

「……っ」

「おっ?2人も何かヒミツあったりする感じ?」

「実はね〜……私達も、彩葉を裏切っちゃってたんだ」

「へ???」

 

話が読めない。2人が私を?いつ?何処で?記憶を浚っても彼女達から損を押し付けられたりした記憶など全く無く、故に意図を図れない。かぐやの茶化しも脳の片隅に追い遣って、その真意へと意識を傾ける。

けれどそれより一歩先んじて、とうとう芦花が先に動いた。

 

「ごめん!!!」

「……っ!?ちょ、何してんの芦花!!」

 

急に立ち上がったかと思えば、なんと腰を90°に折って謝ってきたのだ。いや、謝りたいのは私の方なんだけど!?その為に用意した場なんだけど!?!

 

「私……高1の時、石実と組んでたの!彩葉を蹴落とす為に!!」

「「え」」

「真実にも黙って、石実の勉強の手伝いしてた!ずっと頑張る彩葉に、立ち止まって欲しかったからっ」

「……厳密には、私も途中参加してたけどね。だから私も同罪なんだ」

 

すると出るわ出るわ新事実。知らぬ間に構築されてた対彩葉(わたし)防衛線に、芦花と並んで頭を下げようとする真実を止めながらビックリし続ける。

次に口を開いたのはかぐやだ。

 

「んーと?……2人はリアルと一緒に彩葉になんかしたの?」

「命に懸けてしてない。けど彩葉が成績トップの座に何を懸けてるかを薄々知っていながら、それを奪う為に石実を(けしか)けた。それは紛れも無い事実なんだ」

「芦花は彩葉を止める為に、私はゲンちゃんと彩葉が仲良くなれたらな〜って能天気に思いながらね。本当に……思慮が足らなくて、ごめん」

「真実は悪くない!私が石実に持ちかけた事だよッ」

「いやそもそも2人とも全然悪い事してなくない???」

 

庇い合う両者を前にして漏らしたその一言は、けど間違い無く正論だ。完全に同感で、もはや言う事も無い……けど、2人が責任感を発揮して反論し始めるのを防ぐ為に私も続く。

 

「かぐやの言う通りだよ。要するに3人で勉強会してたってだけでしょ?普通の事じゃん、それがダメなら私が2人とノート貸し借りしてるのだって有罪だよ」

「……目的の問題だってば。自分の学力の為じゃなくて、私が私の目的で貴女を邪魔した」

「じゃ、私の目的で石実からトップを奪った私も有罪かな」

「そんな訳ない!」

「あるよ。だからここにいる3人全員、それぞれ罪を背負ってるんだ」

 

尚も食い下がろうとしてくる芦花だけど、その両手に私の掌を添えて真正面から向き合った。久方ぶりに見据える彼女の瞳は、懺悔と後悔に潤んでいた。

芦花ほどの女性が、私を想って涙を浮かべ、化粧を乱してくれている。その事に心からの感謝を捧げながら、私は二の句を紡いだ。

 

「だから芦花。卑怯な言い方だけど、私はあなたを許す。だから私の償いを手伝って」

「……酷いなぁ。彩葉は何も悪くないのに、そんな事言われたら」

 

もう絶対手伝うしか無いじゃん、と浮かんだ笑みに手応え。これで彼女が彼女自身を許せるなら、それに越した事は無い。

 

「真実も手伝ってくれる?ホラ私、石実にめっちゃ借りあるからさ。1人だと返せるか分かんないんだよね」

「しょうがないなぁもう……うん。こちらこそよろしくお願いするね、彩葉。私もゲンちゃんに改めて償いたいから」

 

真実も加えて、重なる3人の手。罪から再スタートする友人関係なんて酷い話だけど、でも今はこれで良いと思えた。ここから0へ、0から(プラス)へ向かえるなら。

と思っていたら、追加でもう1人。真っ白な、太陽を知らない夜の肌色。

 

「ハブるなーっ!かぐやも混ぜてよ!」

「えぇ……アンタ悪い事なんもしてないじゃん」

「彩葉忘れちゃった?なんとこのかぐや、居候1週間で124400円を無断浪費しているのだ!どやっ」

「今思い出したわこの悪童(わるわらべ)め」

「ぐぇ〜っ⭐︎」

「……眩しいなぁ。2人ってば、本当に」

「まだまだここからだよ、芦花」

 

来年の事を言えば鬼が笑う。先の見えない未来に皮算用をしたところで意味は無く、然ればこそ万全の準備を施して臨むべし。

とは言うけれど、それでも私は明日に希望を見出してた。鬼より先に笑ってた。

久方ぶりに人に頼る安堵と、頼もしい親友達。それに囲まれて、本当に幸せだと再確認できたから。

 

 


 

 

「彩葉、笑ってたね」

「……うん」

 

帰り道。かぐやちゃんを連れて戻った彼女を見送った後、隣の芦花にそう言った。私を置いてゲンちゃんと2人で彩葉のお兄さんと会いに行ってた事、それに対する怒りなんか既に無い。

今日は、本当にお祝いするべき革新的な1日だったから。

 

「彩葉、頼ってくれたね」

「うん」

「やっと、お願いしてくれたね……!」

「うんっ……!!」

 

今度こそ芦花の頬を雫が伝う。叶うなら抱き締めたかったろうに、よく我慢したものだ。というか普通に抱き締めて良かったでしょ……とは言えないなぁ。かぐやちゃんいたし。

 

でも本当に嬉しい。あの彩葉が、私達にさえ壁を設けてた彩葉が、ただ頼ってくれるだけでこんなにも。

 

(ゲンちゃん。やったよ)

 

私達の功績じゃないけど。きっと、かぐやちゃんが導いてくれたんだけど、それでも!

 

(彩葉が普通(ただ)の女の子になったんだよ!!)

 

あの日に目指して挫折した私達のゴールが、今目の前にある。いや、最早辿り着いたと言っても過言じゃない?油断は禁物だと分かってるのに、親友の前途へ差した光明に興奮が止まらなかった。

 

(彩葉は償う償うって言ってるけど、ゲンちゃんはとっくの昔に許してるようなものだし。なんならゲンちゃんの方も謝って和解して、それで終わり!ハッピーエンドだ!!)

 

そう確信できた。まだ見ぬ明日が光り輝いて見えた。

 

 

 

「受け入れられねぇよ」

 

 

まさか。

()()なんて、想像だにしてなくて。

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