酒に狂った男   作:鶏肋

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滑り込みセーフ


石実現、拒む

本当は現実で謝りたかった。物理的に頭を下げた所でなんだという話だけれど、私たち人間が生きてるのは現実の世界だから。

 

けど、どうにも石実側の都合がつかない。あれからバイトが忙しいのかそれとも後見人との折合いがあるのか、芦花も真実も(あずか)り知らない用事で時間が無いらしかった。その事についてもちろん真実は激おこ、いずれ徹底的に問い詰める予定だという。

 

「……久しぶり、だね」

「おー。無事回復したようで何よりだ」

 

それでもやっと掴めた機会はツクヨミの夜。真実が大枚(ふじゅ~)はたいて買い上げた仮想世界の家での集まりだった。

 

石実は、Re:ALの様子は変わり無い。不機嫌ぶりながら私と対峙する姿は私の知る彼その物。

けどその裏で彼は何を思っているのだろう。その存在を一度拒絶した私に対し、どんな気持ちでいるの?

 

──それを知る為に、私はここにいるんだ。

 

「で、この会合の主旨は何なんだ。全員揃って妙に改まっちまって」

「私としてはもっと気軽にいきたいんだけどね~。でも彩葉が本気で真剣なら、じゃあもうそっち優先なんですわ」

「そうそう。今日ばかりはかぐやも悪童ムーブは自粛~……ってこれが既にふざけてたね。コホン、沈黙沈黙」

「私達は飽くまで立会人。気にせず、2人で話を詰めて」

 

敢えて一歩引いて“待ち”に徹してくれる友人達。その姿勢に無言の感謝を捧げながら、私は再び目の前の彼と向かい合う。未だ事態を掴み切れず惑う、私のライバル。私の憧れ。私に立ちはだかった牙城へと。

 

「石実。一つ聞くね」

「ンだよ、手早く頼むぞ」

「転校したのは、私の為?」

 

その石垣に、私はとうとう手を掛けた。

石実の動きが止まる。アバター体で分かりにくくとも、その目が驚愕に見開かれる。

次いでその視線が向かうのは真実。そして頷きで返された事で、彼もまた事態を把握したらしかった。

 

「……俺の選択だ。お前は関係無ぇ」

「その選択は何がきっかけ?」

「言う義務は無ぇな」

「私には知る義務がある」

 

水掛け論だ。なおかつ無意味。だって、私は既に知っている》》から。

 

「聞こえてたんでしょ?」

「……」

 

真実から聞いた。石実は嘘が苦手だと。

元より腹芸は不得手、だからこその暴君ムーブ。正直に力と勢いで己の無理を道理に通す、それが石実現の生き方だと。

私だってよく知っていた。真正面から挑み続けてきた彼を、見てきたから。

だから、図星を突かれた時、それを押し通せない時。彼が選ぶのは黙秘なのだ。

 

「私があなたに、消えてって願ったの」

「それがどうしたってんだよ」

 

その状況をこそ狙って作った。

卑怯にも、この自己満足を貫くその為だけに……頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「ッ────」

 

今更何にもなりはしない。身勝手に吐き捨てた、あまりにも一線を超えた拒絶の唾を飲み込む事はもう叶わない。叶ったところで、石実がそれを言われた事実を無かった事になど出来るものか。

だからこれは私自身の為だ。1年前に置いてきた私達の関係に決着を付け、私が前に進む為。

 

それでももし、あなたもまた其処に置いてきた忘れ物があるのなら……それを取り戻す一助になれれば、とも思いながら。

 

「迷惑だと分かってる。こんなの、石実が望んでない事も」

「…………」

「それでも、私は私のやった事を……してしまった事を、無かった事にはしたくない。貴方がその仇に義で報いてくれた事だって」

「……何が言いてぇ?」

「返させて。今度こそ、恩を」

 

どうか挽回を。あなたと向かい合える自分を取り戻すチャンスを、ください。

そう願って再び下げる頭。その中で“反論も持たずに謝るな”と喚く母を前例を込めて黙らせる。自分が悪い事なのに反論なんか持ってたら、そこに誠意は無いって思うから。

 

……沈黙。誰かの唾を呑む音さえ聞こえるほど、場を静寂が支配していた。音という音が殺され、その中で私はただ沙汰を待った。

はたして、彼の決断は。

 

 

「────受け入れられねぇよ」

 

 

拒否。

 

 

「……そっ、か」

 

拒まれてしまった。乾いた声で、まずはそう返すしか無かった。

 

「何が……ダメだった?直せるところなら直すよ。手遅れかもだけれど……それでも」

「知らねぇ」

「教える価値も無いって事?」

「……違ぇよ。アホか」

「ちょっと石実……ッ」

「芦花待って!お願い!」

「リアル、どうしたの?頭痛いの??」

 

覚悟していた事だったのに、いざ言われるとここまで堪えるのか。謝罪を受け入れて貰えない、という至極当たり前の罰は。

私がまず拒絶した。そして今、拒絶し返された。それだけの事なのに、こんなにも……胸が、痛い。

 

(落ち着け……っ)

 

遠くなる耳がかぐや達の声さえ遠ざけ、でも気をしっかり保つ為に深呼吸。ここで平静を失う事ほど無責任な態度は無いんだから。

ただあるがままを受け止める。今一度その覚悟を決めて……目の前の現実へ、再び私は目を向けた。

 

「……え?」

 

「ッ……!」

 

石実は、苦しんでた。

眉間に渓谷のような皴を寄せ、歯を食いしばって、頭を血が出るんじゃないかってぐらい爪を立てて掻き毟って──想像を絶するような苦悶を、堪えていた。

 

「違う……違う違う違う、そうじゃねぇんだ……!」

「何、が……?」

「分ッかんねぇよ、だから困って……!」

 

何が違うのか。何に困ってるのか。その真意を量り取れず、私もかぐやも芦花も、あの真実でさえも困惑を隠せない。

やがて彼のアバター体に、仄かなノイズが走り始める。やがてそれは石実の激情と比例するように、規模を大きく、頻度を早くしてその姿を崩れさせていった。

 

「ゲンちゃん、なんか変だよ!いったん落ち着いてログアウトを──わわっ?!」

 

迸るスパーク。心配の余り駆け寄ろうとした真実の足は、慄きに止まってしまう。既に石実(Re:AL)の周囲を夥しい量のERROR表記が取り巻き、その異常性を表していた。

 

「謝んなよ……何に謝ってんだよ、お前の何が悪かったってんだ……!?」

「……!石実、待っ……」

「ンな謝罪、俺が受け入れtcno;aerlsmc-oe────」

 

それが臨界点。アバター体が原形を保っていられる最後の。

物言わぬ無数のポリゴン片となったRe:AL、その散りざまに私達は開いた口が塞がらない。何が起こった?彼に何があった?

訳も分からぬ沈黙を経て、最初に口を開いたのはかぐやだ。

 

「──思念オーバーヒート」

「……なにそれ」

「人間でいうとねぇ、興奮し過ぎてキャパ超えちゃう的な?依り代の無いかぐやの故郷(つき)だと活動維持に関わる重めの病気とかそういう扱い……だった気がする。地球人は回復可能な肉体(よりしろ)があるし、リアルも多分大丈夫だけど」

「っごめん!ちょっと行ってくる!!」

 

その分析を聞いてログアウトした(飛び出した)真実を止めはしない。そりゃ心配にもなる、だってこんな事初めてだし。

 

数分後、真実からのRINNEで“ゲンちゃんは無事。けど今日はもうツクヨミには入らないって”という連絡。それに安堵しつつ、私達は私達自身の問題へと専念する事にした。

 

 

……結局。また私は、アイツを苦しめちゃったのか。

 

「どうすれば良いんだろ」

「分かんない。と言うか、私に出せる口なんて無いよ」

 

私だけでなく、芦花が浮かべるのもまた苦悶。責任なんて感じなくて良いのに、徹頭徹尾において私が発端なんだから。

でも、石実は最後に何を言おうとしたのかな。私に何を伝えたかったのかな。それを聞きに行ったとして、口をきいてくれるのかさえ。

 

「そんなに深く考える必要ないんじゃない?」

 

そこへ、場違いなくらいお気楽な声が軽く響いた。

 

「彩葉が自分のダメな所を聞いて、リアルは“知らない”って言った。教える価値も無いのかって聞かれて、違うって答えた。じゃあつまり、リアルは彩葉がダメとは思ってない・教える価値もあると思ってるって事で良いでしょ?」

 

惑う必要があるのかさえ心底分からない、と肩を竦めるかぐや。その様子に私達も毒気を抜かれ、思わず肩の力を抜いてしまう。

 

「そんな単純な……じゃあなんで思念オーバーヒート?なんて起こしたのよ石実は、負担に思ってないとああはならないでしょ」

「さぁ?それはリアルの考えてる事だから知~らないっ、何考えてたんだろ」

「アンタねぇ……はぁ」

「……プフッ、あはははは。うん、かぐやちゃんの言う通りかも知れないね」

 

ここで予想外にもかぐやの援護に回ったのが芦花。よもや2対1になるとは思ってなかった私を他所に、表情から険を取って彼女は言った。

 

「“分かんない”って言ってたんだよ、石実は。これを言葉通り受け取って良いなら、彩葉の謝罪を受け取れなかった自分自身を、彼自身が理解できてないんだ──と、楽観的に捉えればそうなるかな」

「石実自身が自覚してない何かがある、って事?」

「うん。でもそれを把握して解決できるとしたら恐らく彼自身だけで、ワンチャンあっても真実ぐらいなもの。今私達に出来る事と言ったら……」

「待つだけか~。じゃ、そんなザ・シリアスにしてたってしょ~がないよっ☆」

 

その意見に便乗したかぐやに抱き着かれれば、抱えていた真剣(シリアス)もプレッシャーも否応なく試算させられてしまう。もちろん全部丸ごとではなく徐々にだけど。

 

でも、そんな楽観的に考えて良いのかな。

 

私まだ、チャンス、あるのかな。

 

「あるよ。彩葉と石実なら、きっと」

「無くても~、かぐやが作るっ!」

 

弱音を吐いても応援の姿勢を崩さない2人。それは意地の悪い変換を施せば、“逃がしてくれない”と言い換えることも出来る。

けどそうじゃない。純粋な善意と好意で後押ししてくれる彼女達に、応えたい。

 

「……ありがと」

 

幾度目かも分からない真心の感謝を、ここにいる皆と、ここにいない2人へ捧げた。今私が持てる最大の誠意がそれだったから。

 

 

それにいっぱいいっぱいだったから、気付くのに遅れて日を跨ぐ事となる。視界の隅で控えめに浮かんだ、ただ1通の通知を。

かぐやと共有しているライバーとしてのID、そこに送り付けられてきたダイレクトメッセージを。

 

世に憚るブラックオニキスからの、私達への挑戦状を。

 

 




 

 

──まただ。

またやらかした。私は成長していないのか。

 

去年は、彩葉の気持ちを考えずに石実を唆した。

そして今回は、石実の気持ちを踏まえずに彩葉の背を押した。

 

丸っきり、同じ轍だ。何一つ為せず、何一つ変えられず、何一つとして進歩していない。かぐやちゃんみたいに折れかけた彩葉を癒す事も、真実みたいに崩れかけた石実を支える事も、自分のミスを埋め合わせる事も何一つだって。

 

だからただ、見てるだけ。私の役割は傍観者、それ以上を望んではいけなかったのだろう。

 

 

……本当に?

 

 

(認め切れないよ)

 

 

それでも何かしたかった。

彼女と彼に、何かしてあげたかった。だから私は、足掻く事をやめられなかった。

彩葉に、石実に、喜べる報いがあって欲しかった。

 

 

結果としてはどうだったのか。実の事を言えば分からない。私がどこで寄与して、どこで足を引っ張ったのか、全てが決着した今になってさえ何も。

でも私は……()()なった事を、後悔する訳にはいかない。

 

 

目の前に横たわる現実も。

褪せた(いろどり)も。

 

傍観者ではいられなかった私が、自分の意思で介在した。紛れも無いその結果でしかないのだから。

視点変更の時

  • 「●●side」みたいな表記が欲しいなぁ
  • くどいッ!現状で構わぬ、このままで良い!
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