酒に狂った男 作:鶏肋
結局のところ、私は石実のどんな所が苦手だったのか。
お母さんみたいにストイックな所?それは間違いなくある。
お父さんを全否定した所?それも間違いなくある。
でもそれだけじゃない。もっと根源的な“恐怖”が、彼と対峙した時の私の中に渦巻いていた。
執拗に追いかけられた記憶が、追い縋られた記録が、脳にこびり付いていた。どれだけ時間を経ようと、彼と顔を合わせる度に何度だって掘り起こされた。
一方的に狙われてたって、そう思ってたんだ。
でも今は、もう違う。
そうじゃないって今更気付けた。気付くのに1年もかかった所為で余計に拗れたけど、あまりにも単純な事だったんだ。
(双方向だったんだね、私達)
決して恋情やその類ではないと前置きしたうえで記すけど、ある意味で
隣の芝は青い、とはよく言ったものだと思う。自分が願う完璧な自分という、同じ物を探して。なのに別な軌道の惑星みたいに、互いに無い物ばかりを求め合って。こだわったが故に傷付け合って。
「大丈夫なの?」
「うん。いける」
でもそれを理解し合えた今、私にとって石実は、私と同じ人間だって気付けたから。違う世界に生きてなんていない、同じ場所で同じ空気を吸ってるライバルだって。
そうと分かれば怖くなくなった。“別々の世界で、隣り合って生きていく”だなんて思った時もあったけど、もはやその必要さえ無いだろう。
「じゃ、ログインしよ!早く皆と会いたいしっ、結果気になるし!」
「こーら、変にはしゃがないの」
何故なら。恐怖が無くなった今。
彼と競える
「……で。男衆は何してんの」
するとその時、あまりにも聞き慣れた声。俺にとっても帝にとっても。
目を向ければそこには妖狐がいた。隣には因幡の白兎、先に合流していたROKAも後ろに侍っている。
「彩葉!お疲れ様っ」
「大変だったけどねぇ、誰かさん3人のお陰でさ」
「……」
「〜♫」
「こら目ぇ逸らすなRe:AL。兄貴もこれ見よがしに口笛吹くな」
抱きついてきた真実をその両手に迎え入れて、酒寄は笑う。その笑顔が微笑ましいやら後ろめたいやら、思わず目を伏せれば咎められちまった。
ああでも、間違いない。一目見て分かった、アイツを煽ってた仄暗い水底みてぇな陰鬱さが消えている。全ての憂いから脱却した、初めて見る
(……この結果を誇る権利なんて無ぇだろうに、俺って奴はよ)
少なからず自嘲が漏れる。
酒寄が俺に勝てたのは結果論だ。憂いを捨て去れたのもそうだ。決して俺の功績なんかじゃないし、寧ろ邪魔しかけてしまった側。改めて考えると合わせる顔も無い、だからこの結果発表の場に来る気も無かった。
だからこそなんだろう、真実が俺を連れて来たのは。罰でもあり、そして──
「リアルもお疲れ様ーっ☆」
──出会えば誰も彼も救ってしまう、このかぐガキと俺を触れ合わせる為。
「おう、健勝でなにより。こっちはテメェに殴打された頭が今も痛ぇよ」
「え゛、後遺症!?マジで?!」
「冗談に決まってんだろ」
その軽快なノリに巻き込まれれば、先ほどまでのシリアス精神を引き摺る訳にもいかない。強制的なギアシフトで気分を上げられてしまえば、そこから先はもうかぐやの真骨頂でしかないだろう。
「じゃあ大丈夫って事だね?ならリアルも混ざろっ、勿体ないよそんな立ち位置!」
「っとと、おまっ……!」
俺は女子に引きずり回される星の下にでも生まれたのか?もう今日で何度目か、今度はかぐやに首根っこを掴まれてまた人の輪の中へ。酒寄兄妹、真実、綾紬、駒澤兄弟が形成したその中へと。
「お?かぐやちゃん相変わらず強引だねぇ、解釈一致だ」
「帝ぉ!リアルもそうだけど、勝ったのかぐやだから!格下共は格上の言う事聞けぇ!!」
「開口一番に何言いだしてんの!!」
「ぎにゃーっ☆」
早速制裁のゲンコツを下した酒寄は、次にその視線を俺へと向ける。ニッコリと微笑。いやさっきの試合のラストといい、その急転した俺への感情は何だ。こわ。
「……格付けにはまだ早いんじゃない?」
けど幸か不幸か、それを遮ったのは不敵な帝の声。奴が見上げた先には、この後ヤチヨが出てくるのだろう鳥居の頂上がある。
「本題も本題、ヤチヨカップの結果発表はこれからなんだ。もう勝った気になられちゃ困るなぁ」
「へん、2連敗して泣きべそかくんじゃねーぞっ!」
「威勢良いね、解釈一致──彩葉はなんか無いのか」
「……じゃあさ。もしウチらが勝ったら、お願い聞いてもらうからね」
「おお~、バチバチですな」
「バチバチだねぇ」
いよいよ高まる熱気、期待、その他諸々。そんな彼ら彼女らが見上げる先に、とうとう彼女は現れた。
「いと大儀~~~☆」
刻限。総ての結末を知る月見ヤチヨが。
「ヤッチョは途中退場しちゃったけど、とっても楽しいKASSENでした。そして、たった今!ヤチヨカップの投票を締め切ったよー。FUSHI、集計お願い!」
「了解!一、二、サン、スーファイブ、セイス、ズィーベン、ヨドル……ちーん!集計完了」
「それではヤッチョとコラボる人を、発表ー!」
FUSHIから受け取った巻物を宙に広げ、ヤチヨは高らかに謳い上げる。その巻物が投影したスクリーンには、伸びていく棒グラフの頂点で笑うゆっくり帝──これ分かる人いるのか?yachi8000から仕込まれたネタって大概古臭いからなぁ。そもそもゆっくりじゃなくて顏アイコンだし──が元気そうに飛び跳ねていた。
だが飽くまで途中経過。さぁて次は誰が上がってくるか……?
「ヤチヨカップの優勝者は~~~☆」
「えっ」
「なにっ」
おお来た来た。追い縋るように伸びてきた棒グラフ、その上で
って
「何だァッ!?なぜそこで俺!!意味不明意味不明意味不明、どういうこった説明しろ!!」
「こっちのお前まで
「11位ィ?誰がァ!!」
「お前だよ知らないのかよ!」
「!??!!!!?」
「ねぇまみまみ。彼氏さんと推しが後ろで凄い事になってるけど」
「いやぁROKAさん、ちょっと私にもキャパオーバーという概念がですね」
いや冗談じゃねぇって、万一俺がこのまま1位になりでもしたら誰得だってんだ!俺にヤチヨの隣で歌って踊れと!?!不特定多数への
「踊りはいけるだろう。ヤチヨの後ろでドラゴンボールしていれば話題性も抜群だ」
「そりゃいけなくはない……けども!それとこれとは話が別ッ」
「あ、お兄ちゃんが振り切った」
「と思ったらまた食い付かれちゃった。うぇーん、Re:ALに食べられる~」
茶化してくる雷さんに追いかけっこを実況する酒寄、更に乃依までふざけだしてもう滅茶苦茶だ。いや頼む、俺の優勝だけは勘弁してくれ。そんなつもりは無かったんだってマジで!
(俺が優勝してどうすんだよホント!トップを取るならそれこそ……!)
そんな興ざめの展開、俺が観客なら死んでも嫌だ。息を呑んで推移を見守るかぐや達の横顔を見遣り、願いを込めたその瞬間。
ズドンと、急上昇。
黒鬼と俺の棒グラフの間ド真ん中、両者を跳ね飛ばす勢いで──実際にゆっくり帝とゆっくりRe:ALを轢いていくみたいに吹っ飛ばして──一躍、その輝きはトップに躍り出た。
月の白兎。満面の笑みの、かぐガキのアイコンが。
「めでたしや~~~~!!!」
瞬間、ヤチヨの背後から花火と共に溢れ出したのはコメントの津波。かぐやに魅せられた旨、
そして次の刹那に、歓声とコールが沸き起こる。コールの方の内容は……言うまでも無い。
「「「か・ぐ・や!い・ろ・P!!か・ぐ・や!!!い・ろ・P!!!!」」」
「あ、やっ……やったあああああああああああ!」
「マッ──ジで勝っちゃった……嘘ぉ?!」
クソデカ熱狂の中、自分が花火みたいに打ち上がるかぐや。さっき切った啖呵の威勢は何処へやら、いざ掴んだ栄光に戸惑いを隠せない酒寄。そんな彼女達を、周囲の奴らは拍手喝采で以て祝福していた。
俺?クソデカ溜息で安堵。
「ビッッッッッックリしたぁ……!」
改めて見上げた棒グラフの上には、最終結果となる順位とその基準となった増加ファン数が表示されていた。ぅゎ俺含めて全員100万人越えの大台乗ってんのかよ。というか3位の俺はマジで何?この数字がガチなら、さっきまでの視線の中にもっと好意的なモンが混じっててもおかしかない筈だが。
「答えてやろう、その疑問」
「うおっ!?……ンだよFUSHIか」
すると首元から聞こえてくる丸みを帯びた声。いつの間に潜り込んでいたのか、旧来の友がヨイショと顔を出した。どうやらこの絡繰りについて何か知っているらしい。
「まず、さっき帝が言ってたようにお前のファン増加数は中間発表時点でギリ圏外の11位だった。かぐやとのコラボの影響だな、それでお前の身体能力を見初めた奴等が地味~に流入してたんだよ」
「はぇー知らんかったわ」
「自分の順位に興味無さ過ぎだろ。でももちろん、それだけで3位なんて高位に上り詰められる訳が無い。
「察しは付く。今日の竹取合戦だろ」
というかそれしか要因になり得る出来事が存在しない。けどあのKASSENでの俺のムーブなんざ、アンチこそ増やせどファンが増えるような代物じゃなかったぞ?それがどんな化学反応を起こしたこの始末に。
「……百聞は一見に如かずだ。覚悟しろ」
「え」
「いくぞー」
すると唐突に輝き出すFUSHIの目。その光が俺の瞳に充てられると、どういう理屈かは分からないが“情報”が脳へ直に送り付けられてきた。その内容は、竹取合戦に対するコメントの中で俺について言及した物だ。
どれどれ、その内実たるや?
「……」
「……まぁ、そういう事だ」
あーそういう事ね完全に理解した。前回と違って“←分かってない”が付いて欲しいけど、理解出来ちゃった。
「黒鬼アンチ勢の受け皿になっちまったパターンかぁ~……!」
ブラックオニキスのファン数は確か1900万人以上、真実が言ってたし間違いない。でもそれだけ名を広めれば、反発する奴らも当然出てくる。得てしてそういう層は逆張りやら嫉妬やらで
そんな掃き溜めを浚い集めた俺は差し詰めチリトリってかガハハ──笑い事じゃねぇよ俺のファン層最悪じゃねぇか!!?
「ふ、FUSHI。今から入れる保険っつーか、コイツら全員切り捨てる手段とか無ぇか?一人につき10秒でブロックしていっても100日以上かかる計算なんだが」
「可哀想だが身から出た錆だ。諦メロン」
「ぐうの音しか出ねぇ正論をどうも」
真実の万難を排すと誓った傍からこれだ。真実の推しの万難になってどうする石実現、いや帝は嫌いだけどこんな爆弾を投げつける気は流石に無ぇっての。なんかこう……駒沢兄弟に擦り寄って視聴者に失望してもらうかぁ?
「どうしたのRe:AL。急に蹲っちゃって」
「ROKAか。FUSHI曰く、俺ァキラークイーンに触られたっぽい」
「じゃあ吉良吉影の顔面を趣味悪くしなきゃだね。って、FUSHI?近くにいるの?」
「お前そのネタ分かるのかよ──あ?近くも何もここに、あれっ」
問われて見た首元に、既にフワフワはいない。まぁ俺みたいな一般モブと下手に馴れ合って関係を取り沙汰されるとめんどいもんな、と自己解釈して立ち上がった。
そこから先は流れのまま。
まず去ったのは帝と駒沢兄弟。ファンと敗戦の痛みを分かち合うだとか何とか云って、真実へファンサしてから去っていく。勿論真実は倒れた。俺は黒鬼アンチ層の手綱を捨てずに握ると決めた。
次に帰ったのはROKA。気絶した真実の面倒を見てくれるとの事で、感謝を告げてそれっきり。去り際、
「……本当にありがとう、石実」
と改めて個人チャットで伝えてきたその真意は、まだ分からない。
「じゃ、俺もここいらで。今後の調整やっといてくれや」
「あ、石実!」
タイミングを見失ったものの、最後に帰ろうとした俺を呼び止めたのは酒寄だった。何だ何だ、お前は実の兄に保証人になって貰えて有頂天だろ。自分で読後感壊すような真似すんなよマゾかよ。
「マzッ……ああもう!そういうのやめてってば」
「ああ、だから個人チャットにした。そんな酒寄さんが今更何用で?」
「最後に私が言った事、覚えてるよね」
「!」
……まぁ、ほんの数時間程度で忘れられる訳が無い。俺の人生で二度目、酒寄からの競争のお誘いなんてレアイベントは。
それも1度目、高校1年生の冬に期末試験で挑まれた時の緊迫した状況とは全く違う。何処までも朗らかに快活に、まるで遊びにでも誘うような。
「私、もうアンタが怖くない。怖がらない」
「……そうか」
「一度拒絶しておいて、ムシの良い話だって分かってる……けど、もし石実さえよければっ」
そして差し出される手。込められた意図は、すぐさま口に出して放たれた。
「もう一度、私の
────そうっかぁ。
そう来たかぁ。
どうしよっかなぁ。あーあ。
「生憎だけど、俺ってばかなりスッキリしちまったんだわ。今回のKASSENで全部出し切っちまったというか、もうお前にそんなに執着してねぇんだよ」
「っ……」
「ちょっとリアル―!折角彩葉が勇気出してんだから答えてあげなよー!」
「ハイハイかぐガキかぐガキ乙」
こちとら根性ねじ曲がった天邪鬼。そう易々と「ハイよろこんで」を言えるほど真っ当な育ちは出来てねぇんだ、残念ながら。
その上で、対等な関係になりてぇっつーんなら。
「分かるだろ?酒寄」
総計1年強。1年半にも満たない俺達の間柄、でももう
そんな期待を込めた眼差しに──コイツはやっぱり、期待以上に応えてくれる。
「じゃあ……
「!」
「それが交換条件!文句ある!?」
「待って彩葉。それリアルが一方的に損してn「乗ったァ!!」それで良いんだ!?」
そうだ。それだよ、酒寄!
お前は他人を
「じゃあ改めて……よろしく頼むぜ、
「こちらこそ……付いて来てよね、
「テメッ──!」
これでようやく
いや~、良かった良かった。感動した。本当に!
彩葉は栄光を得て、かぐやは煌めきを手にして、現は濁りの無い熱を取り戻した!これ以上があるでしょうか?いや、無い。コレ反語表現ね?
「思念体の修復も間に合って無事祝えたし、彩葉達に無事コラボライブの案件についても伝えられたし、激励できたし!」
悪役に徹した苦悩も報われるという物ですよ。ヨヨヨ~……
────それでさぁ、FUSHI。
改めて見返すと……ねぇ?
「……ああ。概ね、お前の懸念通りだろう」
「ダヨネー」
私はね、ずっとこう考えてたんだ。現は実力を
オートマモードの挙動だけじゃない。最後に私達にブチ当ててくれたあの“波動”。それをひた隠しにしてるって、ずっと。
だからこそ煽った。OYADAMAモードという場を整えて、ラスボスという格好の役割を与えて、デバッグモードまで使って危機に瀕させて。それで出し惜しみの帳を取り去って、引き摺りだしてやろうとしてたの。
でも。多分、違った。
現は、リアルは、隠してなんていなかった。ずっと全力だった。
私が
つまりどういう事かって?
「ヤッチョ、
「完全に僕達が
眠らせたかった獅子を、起こしちゃった……!!
というワケで、ひとまず中章ことヤチヨカップ編はここまでです!応援、ありがとうございました、これからも力にさせていただきます
次話から暫くは、ハッピーシンセサイザを聞きながらお楽しみください