酒に狂った男   作:鶏肋

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幕間
⬛︎⬛︎楓


「お姉ちゃん、いい加減にしてっ!!」

 

その日、あの子は叫んだ。私の目の前で。

 

「私はお姉ちゃんとは違うの!何でもかんでも同じ当て嵌め方しないでよ!!」

 

きっと甘やかし過ぎたのだ。父も母も失せた家、私が守らねばと走り続けた。私が守ってさえいれば良いと、そう勘違いした結果がコレなのだろう。

 

「何度言っても分かってくれない……もうウンザリっ」

 

こちらのセリフだ。貴女に何度言ったか、幾度嗜めたか、それを聞いてこなかったのは貴女じゃないか。

嗚呼、そうだ。叱るのが遅過ぎた、嗜めるのがあまりにも遅過ぎた。だからこんな、世の中の悪意を舐め腐った15歳が生まれてしまったんだ。私の責任だ。

 

「もう顔も見たくない……!」

「待ちなさい!!貴女が1人で生きていける訳────!」

 

手を伸ばしてももう手遅れ。飛び出した彼女を追えど、唯一の取り柄である肉体を存分に使いこなした彼女の背に追い付ける筈も無く。

 

その日、私は家族の1人を失った。人生で最初に、彼女に置いて行かれた。

 

だから誓ったのだ。私が家族を持った時、もう同じ過ちは繰り返さないと。甘やかさず、〆る所をちゃんと〆て、妥協の無い、筋の通った強い子に育てなければと。

 

あの子の轍は踏ませない。

あの子の二の舞になんてさせない。

あの子みたいな甘ったれた子なんて、絶対許さない。

 

 

────でも。

 

以来ずっと会えてないあの子は、今頃どうしているのだろうか、

元気でいるのだろうか。

困っていないだろうか。

 

とっくの昔に成人してると分かってるのに、私が預かり知る義理など最早無いというのに。

 

それでも私は、あの子の姉である事を、いまだに辞められないでいる。

 

 


 

 

「はぁーーー〜〜〜〜♪」

「参考書とかは一先ずリビングに置いといて貰えれば」

「はいよー」

「ふゎーーー〜〜〜〜っ☆」

 

ヤチヨカップを経て。お兄ちゃんから勝ち得た補償を元手に、私はかぐやが憧れてた高級マンションに引っ越ししていた。ご機嫌に跳ね回るお兎様を尻目に、私は業者さんへ荷の場所を指示していく。

ところで、引っ越し費用というのは段ボールの数や重さで決まるのが通例だ。なので節約するならそこをどうにかしてコンパクトに纏めないといけないのが通例、なんだけど……。

 

「嬢ちゃん、これで終わって本当に良いのかい?冷蔵庫とか残ってたろ」

「あ……多分大丈夫です。後はこっちでやっとくんで、お気になさらず」

「なら良いけどよ。オラ新人、次行くぞ」

「あいよ親方〜」

 

……石実。大丈夫かなぁ。

 

「やっぱ流石に無茶振り過ぎたかぁ?」

「最強になった気がする〜♫」

「こっちはこっちで実に満喫してるし……私は全然落ち着かないよ」

「いやいやいや、かぐやだって心配してるよ?」

 

けどリアル自身が「出来らァッ」って言ってたし〜、と再びソファに飛び込むかぐや。相変わらず信頼度の激高っぷりに溜息が出る。

でも、最初に条件を突き付けたのは私だ。つまり私もまた同じくアイツを信じる事にしたって事だ。じゃあもうドンと構える他無い、そうでしょ?

 

「そうだぜ。まぁ安心しなって、ここからちゃんと信頼してもらえるよう頑張っからさ」

「別に頑張らなくてもアンタは頼もしいよ。真実を守り続けてきた自分をちょっとは誇りなよ」

「なぁにまだまだ。そこで慢心して事を仕損じるのが一番怖ぇからな」

 

そうそう、アンタはそうやって絶対油断してくれない御人でしたそーでした。そういう所にめっちゃ苦しめられもん、よーく知ってますとも。

っていうか噂をすればじゃん、よく来たね。まず何を持って来てくr……

 

…………んん???

 

「開けてくれー。おっ、サンキューかぐガキ」

「リアりがとー!いらっしゃいリアル、ようこそ我らが城へっ」

「な、ななな、なんでっ!?」

 

いや、持って来てくれてありがとう!だけどもだっけーど!!

 

「どこから()()()()に入って来たの!?ここ10階だよ?!!」

「おー酒寄、冷蔵庫はキッチンの奥で良いか?」

「あ、うん。是非そこで。じゃなくて!?!」

「どっからっつっても、そりゃ決まってるだろ」

 

片手で担いでた冷蔵庫をどっこらせ、と軽く運び込んできた石実は、そのままUターンして再びベランダへ。「どこ行くのー?」と後ろをついて回るかぐやを手で制してから、欄干を超えて()()()()()しまう。

 

「「ふあっ!?!?」」

 

これにはさしものかぐやも動転。2人揃って変な声を漏らしながら欄干に身を乗り出して下界を見下ろすと……降りていく石見が見えた。

 

タンッ、という音。

自由落下じゃない。落ちていくのではなく、()()()いく。

何も無い()()()()()()、およそ2〜3mずつ高度を刻むように。音が何度も響いて、その度に不可視の階段を踏みつけるが如く。

それはいつぞや、というか竹取合戦でアイツ本人が見せた2段ジャンプそのもの──でも仮想世界ならともかく、ここは現実の筈では?

 

「空気を蹴ってる……?」

 

かぐやが呟く頃には、彼の頭頂部は既に点。地上に先に置いていたのだろう本棚の前に着地していた。

そこから先はまるで巻き戻しだ。本棚を担ぎ上げ、また虚空を踏み締めて2〜3mずつの跳躍。遠ざかっていた姿がみるみる内に大きくなり、やがてまた欄干の上に。

 

「なんか出来たわ」

「なんで出来んの?」

「さぁ?コツだよ多分。お前もいけるって」

「無茶言うな」

「うーん、この“穢れ”の塊」

「さり気なく酷ぇぞかぐガキ、このっ」

「あわわっ、ごめん語弊!悪い意味じゃなアギャー!」

 

芦花越しに聞いてた石実の私への過大評価。初めて直に聞いたそれを全力で否定しながら、私は今見た記憶の虚実を激しく疑う他なかった。

 

 

さて、とはいえ現のお陰で引越しは完了。お礼も兼ねてお昼ご飯を食べていってもらう運びに。石実は固辞したけど、そこはかぐやのおねだりが特効入ってなんとか。

 

「ご照覧あれ!虎の子にして奥の手、本場イタリア直送のパルミジャーノ・レッジャーノだぁー!」

「はいはいすごいすg、ぅおっマジですげぇ香り」

「でしょ〜?でも味見厳禁、“待て”だよー」

「ハッ。一丁前に焦らしを覚えやがって」

 

製麺を終えてソース作りに意気揚々と励むかぐや。一方で、私と石実はソファで一息つかせてもらう。

しかし……やっちゃったなぁ。優勝しちゃったんだなぁ。本当に引っ越しちゃったなぁ。

 

「ああ。俺を斬首して俺をこき使って、なぁ?」

「悪様に言ってくれちゃって。交換条件でしょ、文句言わないの」

「気を害したならすまんかった。が、悪い気分じゃぁねぇんだろ?」

「……まぁね」

 

競う楽しさ。勝つ喜び。それを知って思い出せた今、前の私と比べて一皮剥けた気がしていた。

でもそれだけじゃない。一度競走に身を置けば、そう易々と降りる択もまた失われるんだ。続く争いに、勝ち得た結果に、負け失せた欠落に、覚悟を持って臨まなければ。

 

「はぁ〜〜〜。目下、一番覚悟が必要なのはヤチヨとのライブだよ。上手くこなせるかなぁ」

「慰めてやりてぇとこだが、生憎何を躊躇ってんだかサッパリだぜ。楽しくやるのが第一目標、そのクオリティなんざ正直どうだって良い。損するのは客どもであってお前らじゃねぇんだから」

「いや期待を裏切るのはちょっと。アンタほど図太くは在れないって」

 

そう楽観的に唆してくる石実に苦笑する。やっぱり良くも悪くも私に無い姿勢と傾向を持ってるなぁと、羨み呆れる。

 

 

「全く。親の顔が見てみたいよ」

 

 

その気安さに絆されて、口が滑った。

 

「────ぁ」

 

失言だったと気付いたのは1秒後。

なんて事を忘れて、なんて事を言ってしまったんだ私は。だって石実の両親は、もう……!

 

「ご、ごめん!石m」

「あ、知りたい?良いz」

「えっ」

「あ?」

 

けれど肝心の彼に気にした様子は全く無く。聞き逃した風でもない、ちゃんと耳に入った上で些事と切り捨てたかのような態度だった。

 

「あー。大丈夫、俺そういう事全く気にしねぇタチだし」

「そうもいかないよ。ごめん、デリケートな事言って」

「だから気にすんなって。それに俺にとっても()()()()だった」

「……?どういう事??」

「一年前の夏期講習でさ。お前が先に明かしてくれたんだろ、身内の話を」

 

そう言って示唆したのは、ある意味で私が石実に対し初めて断絶を感じた出来事。私の……お父さんの事について、仄めかしながらも明かしたあの日についてだ。

 

「あの時、俺はお前の……なんだ、大事な奴だったんだろ?そいつの事を貶した。俺自身しっかり覚えてるさ」

「貶したって……私が勝手に明かして聞いた事だし」

「でも傷付けた事に変わりは無ぇよ。だからこの際、俺の家族についても存分に踏み込んで踏み荒らしてくれや」

 

相変わらずの無作法というか何というか、投げやりに言う彼。けどそれが石実なりの気遣いと精算だともう分かっているから、私もそれに乗る事にした。

 

「──じゃ、聞かせてもらおうかな。石実の両親ってどんな人だったの?」

「アホだった」

「あh……!?」

 

と思えば、飛び出して来たのは耳を疑う罵倒。いや石実、もうちょっと……こう……無いの!?

 

「じ、実の親だよね?」

「ああ。ただしめっちゃアホ。特に母さん」

「幾ら遠慮の要らない関係だとしてもアホ呼ばわりは……」

「いや聞いてくれ。母さんな、九九を覚えられないタイプの人だったんだよ」

 

前言撤回。小学校レベルの算数も覚束ないのは流石にちょっと。

 

「買い物とか大変だったわ。俺や父さんが横でツッコミ入れなきゃレジが進まん」

「それは……うぅん……些か抜けてた人だったんだね」

「些か程度じゃなくて“洒落にならん”レベルでな。あと酸性洗剤とアルカリ洗剤をよく混ぜてた」

「それは確かに洒落にならなさ過ぎない!?!」

「ククッ、仰る通り──ただ、()()()()んだ」

 

思い出を愚痴りながらも、そう述べた石実の瞳に宿るのは情景の光。覚えがある……きっと私がお母さんを見上げる時も、同じ輝きを纏っていただろうから。

 

「まず身体。俺の肉体スペックは間違いなく母さん譲りでな、うっすら覚えてる範疇でも隔絶してたよ。一番印象深いのは……清水の舞台から落下した子供を抱き抱えて着地した事だっけ」

「すっご。ニュースとかになってるかな」

「俺もそう思って後年に検索したんだが見つからん。なにせ10年以上前だからなぁ……けど、そういう風に、誰かの危機に駆け付けられるヒーローだった」

 

身体の強さを語りながら、でも主題は心の方。他者を守るその在り方に、倒れないその姿勢に憧れたと彼は告げる。

 

「一家の大黒柱だったんだ。迷った時はいつも母さんの一声で決めた。困った時は母さんが打破した。母さんが働いて、脅かしてくる物と戦って、俺と父さんを守って、庇って、支えてたよ」

「……凄いね。もしかして()()を目指してたり?」

「間違いなく参考かつ、性別以外は理想のモデルケースって感じ。()()なりたいモンだね」

「真実を囲うアンタを見てたら納得だわ〜。めっちゃ盾の人って感じ」

「“囲う”言うなし。人聞きの悪ィ」

 

 

そこで一旦の収束。噛み締める余韻は故人を偲ぶ物であり、また次の議題へと話を続ける覚悟の為。

 

 

「じゃ、お父さんはどんな人だったの?」

「雑魚」

「…………」

 

今度は茶化せない。そんな空気じゃなかったから。

親しみを孕ませた“アホ”とは全く違う侮蔑の色。そしてそれだけでない()()()を、その声音は孕んでたんだ。

 

「……悪い、酒寄。笑い話にしてくれるか」

「アンタが本当にそうして欲しいならね」

「そりゃ助かる」

 

でもここに来て芋を引くなんて無様、特に石実の前では晒せない。私の煩悶を取り祓う為に尽くしてくれたんだ、今度は私の番だって。

その想いで真剣な視線を向ければ、石実は観念したように話し始めてくれた。

 

「母さんがモデルケースなら、親父は反面教師そのものだったよ。本当に弱い、何も出来ない、何もしない。なっさけねぇ雄だったぜ、今思い返してもな」

「働いてなかった感じ?」

「さぁな、在宅ワークだったかも知れん。だが稼ぎの9割は母さんっぽかったし、何よりマトモな仕事に耐えられる身体じゃなかったよ親父は……代わりに脳だけは使い物になったっぽいけどな」

 

頭だけは親父譲りって訳だ、と皮肉げに浮かべる笑みは自嘲そのもの。痛ましさに顔を顰めれば、彼は咳払いと共にすぐさまやめる。違うのに、嫌悪感があった訳じゃないのに。

 

「何より……心が、本当に雑魚だった」

「……」

「母さんに依存してた。肉体に引っ張られたパターンなのかな、いつだって自分だけで決められずに最後は母さん、母さん、母さん。子供心に“アンタそれで良いのか”って何度思ったか」

「それはお母さんが凄過ぎたのかもね……って、そんな事言われるまでもないか」

「悪いがそういう事だな。何より親父自身、そういう自分が嫌いで仕方なかったようだし」

「え?」

「“俺みたいになるな”」

 

そうして彼が告げたのは、父から託された言の葉達。

或いは、呪い。

 

「“屑の血を引かせちまった”、“強い男になってくれ”。アイツの遺言だよ」

「屑の血……?」

「親父自身の事な。母さんが入った棺に縋りついて、みっともなく泣き咽びながら、一瞥もせずに言ってきたわ。で、そのまま伴侶の後を追いやがったよ」

 

……そうか。

だからアンタは、あなたは、そう生きてきたんだ。全てに納得した。

 

「私、お母さんの言葉を忘れられないんだ」

「?」

 

気付けば、聞き役を投げ捨てて口が開く。思いの丈が、共感が溢れ出す。

 

「厳しい言葉。苛烈な教え。正論で、でも受け入れ難くて……でもずっと覚えてるの」

「そりゃ難儀だなぁ」

「石実も同じ、なんでしょ」

「っ」

 

私はお母さんを嫌いになれない。から、振り切れない。

あなたはお父さんを嫌おうとして、でも振り切れない。

過程は違えど収束した結果、つまりそういう事なんだ。私達は似た物同士でしかなかったんだね。

 

()()()()()()()()()に、強い男で在ろうとしてるんだ」

 

知った風な事を言う私の姿は滑稽かも知れない。けれど、この考えがあながち間違ってるとは思えない。それだけの確信と共に言い放つ。

それを受けた石実は、幾許かの咀嚼を経て……答えてくれた。

 

「……そうかもな。自分を否定したがってた親父に代わって、親父を否定してる。ある意味で親孝行ってか、笑うわ」

「笑わないで。全肯定は出来ないけど……きっと、あなたのお父さんは、今のあなたを誇ると思う」

「やめろよ、あんな雑魚に誇られるなんて御免だね。それに一つだけ間違ってるし」

「どんな点が?」

「俺の強さは俺自身の為、って事」

 

交わされる視線。石実の瞳に嘘も偽りも誤魔化しも、照れの一片さえ存在しなくて。

 

「約束したのさ。俺の未来について、俺が最も信頼できる“友達”と」

「……真実と?」

「違ぇ。でもお前もよく知ってる奴さね」

 

それ以上言うつもりは無いらしく、彼は笑みと共に再び前を向いてしまう。でも私としてもそれだけで充分だった。

 

「……強いなぁ」

「まだまだ。慢心NG、ってさっきも言ったかコレ」

「いやいや。既に強いよ」

 

まだ私に、私自身の芯と呼べる物は無い。でも石実は既に持ってるって事が、今の話で分かったから。

自分の在るべき姿。自分の魂の輪郭。それを把握して次へと歩みを進め続ける人を、私は無条件に尊敬する。

 

「見てなよ。絶対追い付くから」

「いや追いかけてるのは俺の方なんだが」

「じゃ、それもライバル関係って事でっ」

 

だからこそ、そんなあなたに優っていたい。

そんなあなたを追い掛けていたい。

 

「完成〜!2人共来てってば、バエる角度で撮った後に実食!そしてSNS投稿!!美味しくてバズる最強コンボ決めるよ!!」

「だってさ」

「しゃーね。御相伴に預かるぜっとな」

 

彼が突き進むなら、私はその更に前へ。

私が駆け上がるなら、彼はその更に上へ。

そしてかぐやが間に入れば、3人並んで誰よりも果てへ。そこに限りなんて無いと、そう思えるから。

 

 

ところで、コレは余談だけれど。

 

「いやバカ美味ぇわ。確かにここ10年で最高だわ。3番石実、踊ります。ゲッダン」

「アンタ意外とノリ良いよね……って待って、これもしかして私が2番で何かやるパターン?!」

「……“石実”で思い出したけど、なんでリアルだけ皆と苗字で呼び合ってんの?」

 

パスタを頬張りながらの、かぐやのその一言で。

 

「彩葉と芦花と真実は下の名前で呼び合ってるのに、リアルを現呼びしてんのは真実だけじゃん」

「いや俺達異性同士だぞ。下の名前はハードル高ぇわ、っつーかお前もアバター名で呼んでんじゃねぇか」

「かぐやは月で初めて見たリアルがRe:ALだったから良いの〜」

 

石実の呼び方についての話が始まり。

 

「あ、じゃあ私は現って呼ぶから彩葉って呼んで良いよ」

「ファッ!?距離感どうなってんだよ、あぁ゛ッ!?!」

「情緒がバグって半ギレじゃん」

「でもお兄ちゃんとも既に知り合っちゃってるんでしょ?呼び分けにはこの方が都合良いでしょ、私は構わないし」

「……ぐう」

「ぐうの音が出ちゃってる〜」

 

私の鶴の一声で完封したのは、また別のお話。

対石実、改めて現。細やかに1勝!

 

 


 

 

酒寄法律相談所の朝は早い。なんせ訴訟資料の収集の為に方々を駆けずり回らなアカン以上、整理できる時にしとかな後々の時間を圧迫してまうからな。

 

(……せやけど珍しいな。先生がこんな遅いなんて)

 

この善庵、弁護士見習いとして先生に師事して早5年。毎日ように叱られ怒鳴られブン殴られながら、彼女のルーティーンは完璧に把握済みや。

で、いつもならもう30分前には出てきてる頃合いなんやが……なんかあったんかな。報告したい事が2つ程あんねんけど。

 

(っと、噂をすれば)

 

廊下を歩く足音。直立姿勢で出待ちすれば、開いた扉の先に女傑が独り。

 

「おはようございます!重役出勤ご苦労様です!!」

 

\ ド ゴ ォ /

 

「やるんか?」

「やる前に聞いてください……」

「先に喧嘩売っといて何言うてはるの?そもそも早出する習慣を私が仕込まな碌に遅刻癖を改善出来んかったんは誰や?1年目で25回総計10時間、コレは誰が誰の所為でどれくらい失った業務時間やろなぁ」

 

くぅ〜〜〜っ、これこれ!この暴力と正論と暴言が同時に飛んでくる、これが無きゃ事務所の朝は始まりまへんわ。酒寄紅葉大先生の醍醐味やな!それはそれとしてすんません!

 

「ところでツクヨミのニュース見ました?彩葉ちゃんが大暴れですよ、可愛ぇなぁ〜」

「知らん。ウチには連絡来てへんし」

「いやいや、凄いんですよ?ホラこれ一面」

「やから、連絡来てへんって事はあの子視点で“知らせる価値も無い”って判断したって事やろ。その程度の事にうつつを抜かしとる暇あるなんて、随分ええ稼ぎ見っけたらしいね」

「たは〜厳しい」

 

そして情報その1、なお反応はけんもほろろ。相変わらず愛してないフリがお上手な事で。フリをされ続ける子供達の気持ちを分かっていれば満点なんやけどねぇ。

 

「何や?まだ言いたい事あるんやったら早よ言い、後が詰まっとんねん」

「いえいえ。今日も馬車馬に成らせて頂きますさかい、是非ともご贔屓に」

「慇懃無礼。どこまで続くか見ものやわ」

 

まぁええわ、それならそれで。そんなに時間が無いんやったら、この情報も言わんでおきます。

 

バレてんで、先生。世にも珍しいお寝坊さんやけど睡眠不足やろ?化粧、いつもより濃うなっとんで。

その原因も、とっくの昔に察し付いとります。やから何やねん、と貴女は言うでしょうけど。

 

(()()()()()()、分かったんですけどねぇ)

 

ああ悲しいかな、時間があらへんのでしたらしゃーないですわ。今伝えられても迷惑ですもんね?残念残念、至極無念にまた来年。

君もそう思うでしょ?ねぇ────

 

 

(────“楓”さん?)

 

旧姓、酒寄。

 

改姓────()()

 

もうこの世に亡い、書類の中だけの笑顔に、その名を呼ぶ。

 

(こんな所で縁があるなんて奇遇やね、現君)

 

いつぞや出会った少年に覚えた面影、既視感。そこへ後から付いてきた“原因”の判明に、俺は笑いを堪えるのにも苦労したんやった。




つまり石実現は酒寄現だったんだよ!
\ナ、ナンダッテー!?/
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