酒に狂った男   作:鶏肋

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遅れてすみません
長くなったので分割です


立川、即ち我が庭也 -case.FUSHI & 芦花-

ヤチヨカップが終わって、変わったのは酒寄達──あー、呼び方変えたんだった──彩葉達との関係だけじゃない。周りの環境だって割としっかり変わっていく。

 

「おうFUSHI、おはような」

「ああ。おはよう、現っ」

 

まず特大要素一つ目。家の水槽にFUSHIが戻ってきた。

と言っても実体は無く、スマコンを起動すると水槽の中にFUSHIが現れるって形。まぁ今からウミウシ飼育は色々と手間がヤバいし、水槽を掃除しとくだけなのはこちらとしても有難い。

 

「オイオイ、まさかウインナーとチョコパンだけで朝を済ます気か?卵ぐらい焼け、あと野菜に果物っ」

「るっせーなタンパク質と炭水化物と糖分は足りてんだから別に良いだろ、好きなモンを最低限取ってりゃ精神的にはそれが一番だ」

「お前ってば昔からそうだ、緑物嫌いを精神論で都合よく誤魔化して。慎也と一緒に頑張って直したのに、再発して悲しいよ僕は」

「だーっ!分かった分かった感謝してるっての、ホラ野菜ジュース呑んでやるからそれで我慢してくれや!」

 

お小言を貰う日常に、消えた筈の記憶が懐かしさを覚えさせる。“ウザいのに心地いい”というなんとも不可思議な距離感と存在感を、俺はFUSHIに対して覚えていた。

そんなFUSHIが、わざわざ俺の家に留まってまで何をしてくれているかというと……

 

「ああそれと。ファンからのリクエストを整理しといたぞ。普通のパルクール関連が1割、KASSEN要望が2割、帝への憎悪・雷への嫉妬・乃依への情欲を拗らせたヘイトメールが5割だ。残り2割が他ライバーからのコラボ依頼で、あと狂ったまみまみファンからの殺害予告も3件あった」

「サンキュー。ヤバい奴はヤチヨにBANしといて貰ってくれ。あとまみまみファンの奴はちょっと考えあるから住所教えて」

「何する気だ?」

()便()()事を済ませる。真実の金蔓が減るのは嫌だからな」

「金蔓て。ああそうだ、昨日取った動画の編集終わらせといたぞ」

「マジ?確認しとくわ」

 

俺のライバー活動への支援だ。割とかなりめっちゃ助かる。四苦八苦の末に放置していた手続きとかまでしっかり終わらせてくれたし、このままだと依存しちまいそうなぐらいには。

ヤチヨと一緒にツクヨミ創世したってのは伊達じゃねぇ。その偉大さを身に沁みて分からせられてる毎日だよ。

 

「ヘン!これを機に態度を改めて敬う事だな、なんせ僕は4000歳だぞっ」

「はいへいほいFUSHIサマ神サマ親方サマ~」

 

そんな俺の機微を感じ取ったように図に乗る友を、程々に流しつつ食んだチョコパン。それを野菜ジュースで流し込んでから、俺はFUSHIを軽く撫でたのだった。

 

────俺とFUSHIがかつてどんな関係だったのか、俺は未だに思い出していない。

FUSHIも話してくれない。「まだその時じゃない」と申し訳も無く告げてきたコイツに、俺はそれを受け入れた。

知りたくないと言えば嘘になるが、今ここにFUSHIがいる。それだけで充分だったから。

 

「じゃ、行ってくるわ。留守よろしく」

「いってらっしゃい。寄り道するなよー」

「華の男子高校生にそれは無理ゲーだろ」

 

そんなアイツに見送られて、俺は出る。

何の事はなく、日銭を得る為のバイト。でも送ってくれる奴がいるってだけで湧いてくる、この活力は何なんだろうな。

 

 


 

 

現のバイトはスーパーイーツ。要は料理の注文配達だな。

朝からこの仕事に取り掛かる時、現はいつだって“固定位置”に行く。それはこの立川で最も電波の通りが良い場所、かつ立川のどこにだって最短距離を行ける地理的中心地。

 

「どっこいしょ」

 

監視カメラ越しに見上げた、立川駅の隣の高層ビル。

 

……の、()()……!もちろん無許可の秘密裏……!!壁を蹴り昇って……!!!

 

(あんの(莫迦)またやってやがるー!)

 

無論止めたさ!止めたけど……現実の肉体を捨てた僕達は、アイツを止める決定打を持ちえない!“落ちない手段(2段ジャンプ)”と“落ちても大丈夫”の両方を提示されたら打つ手無いんだよ!

“落ちても大丈夫”の実証?目の前で頭から落下されたらな……あの時は普通に悲鳴上げたわ……。

 

(こんな事になるぐらいなら捨てなきゃ良かったなー……あ、通知来た)

 

その時、現のスマホが震えた。配達要望の申請だ。朝ごはんの時間という事もあって複数一気に。

皮切りに現が動く。2、3度ほど跳ねて体の調子を確認した後──疾走。

 

跳躍。隣の建物の屋上へ。

更にその隣へ。僕の視界は町中のカメラを介して、その背を追うのに精いっぱい。

 

「~♪」

(流石に速い……!)

 

口笛を吹きながら駆け巡る彼の挙動は、先日KASSENで見せたそれよりキレが良い。やはり現の本来のフィールドはツクヨミではなく現実世界の方という事なんだろう。つくづくヤチヨを含む月人とは真逆を行く生態だな、と舌を巻く他無い。

そうして路地裏にて着地した現は、何食わぬ顔で要望の店に進入。品を受け取って籠に詰め込み、またも路地裏から空へ跳び出していく。

 

周囲に気付く者はいなかった。気配にも敏感な現は、周りの視線をどうすれば切れるかを熟知しているらしく、的確に地上から死角を縫って駆け回る。母方の酒寄の家系がヤバいのは既知の事実だけど、父方である石実の家系って祖先ニンジャだったりするのか?後で調べ直すか……。

 

「スーパーイーツで~す」

「ありがとうねぇ。いつも早くて助かるよ」

「どーも。今後ともご贔屓に」

 

考えている間にお届け完了。終えるやいなや次の配達へ駆け出す彼。その連続こそが、バイトがある日の彼の日常だと言える。

その配達速度たるや、申請受諾から店まで10秒。店で商品を受け取ってから配達先まで、商品を壊さないように速度をセーブして40秒。店側の調理時間を除けば計1分弱で終えているという訳だ。

こんな速度での配達を繰り返しまくる物だから、市内における他のスーパーイーツ配達員は顧客を独占されて商売あがったり。「立川には天狗がいる」という噂まで立ち、彼の独断場となっていた。

 

 

「……おっ」

 

それを繰り返すこと数十件。区切りとなる10時頃、跳ねた空から現は彼女を見つけた。

眼下には……彩葉にずっと寄り添ってくれた女の子。ヤチヨにずっとできなかった事をし続けてくれた娘。

 

「綾紬!」

「え?石実!?どこ……空耳か」

「残念こっちだ」

「キャア!?」

 

背後へ突如着地した現に、芦花が挙げたのは悲鳴。うん、これはお前が悪い。後で説教な。

しかし流石は慈悲深き綾紬芦花というべきか、すぐに持ち直して粗暴者に応じていく。

 

「奇遇だね。バイト中?」

「まぁな。とは言っても平時(いつも)だったら個々のプライベートっつう事でスルーしてたんだが……()()()()()事してたんじゃ、気になって声も掛けるだろ」

「らしくない?何が?」

「これ」

 

現が指さしたのは、芦花が睨めっこしていたショーウインドウ。女物の服であれば“らしい”と言えたかもしれないが……なんと、彼女が対峙していたのは男物(メンズ)のスポーツウェアで。

 

「あ……確かに私のイメージとは違うかも」

「新規層狙いか?身嗜みに気を遣うような陽キャ男子をお前のファンに組み込むのは割と博打にも思えるけどなぁ」

「そんなんじゃないよ。えーっとね……例えばの話、石実は日々の中で“これとか替えが欲しいな~”って思う物ある?」

「俺?特には……いや、」

 

問いに対し現が目を遣ったのは下方。自分の靴と、擦り切れ切ったその裏側だった。

 

「お察しの通り、町中を飛び跳ねてたら摩耗激しくてな。早めに買い替えた方が良いのはその通りなんだが、どうせすぐダメになんの分かってるから食指が伸びん」

「うっわツルッツルじゃん。それで立体機動するのはリスクが過ぎるでしょ」

「いよいよとなったら素足で空気蹴るさ」

「はだしの(ゲン)やめてね────もう。ちょっと待っててよ」

「?」

 

()()()()()()()()、と呟きつつ店の中に姿を消す芦花、それを現は棒立ちで見送るのみ。やがて2分も経たない内に出てきた彼女の手には、一組の運動シューズが。

 

「これ、受け取って」

「いや悪いわ。とりま幾らだったか教えてくれ、ここで払う」

「ううん、これは“お礼”のプレゼントだから」

 

引き下がろうとするその手に靴を取らせる芦花、その姿勢は強硬。どうやら意地でも渡すつもりらしく、有無を言わせぬ笑顔で以て現を圧する。

 

「ホントは消耗品じゃなくて、形の残る物にしたいんだよ?でもそしたら石実はきっと死ぬほど大事にして奥に閉まっちゃうだろうし、だからこうやってよく使う物にしたんだよ。それぐらい妥協したんだから受け取れっ」

「分かった分かった!けど結局何のお礼なのコレ?それを言ってくれない事にはどんな感傷を懐けば良いかも……」

「……彩葉の事に決まってるじゃん」

 

そう言って、朗らかに彼女は紡ぐ。ようやく辿り着けたこの結果への満足と、それを齎してくれた男への感謝を。

 

「彩葉が変わったの、分かるでしょ。あの竹取合戦でさ」

「まぁなんとなくは」

「屈託なく笑うようになった。本人はこれまでもそのつもりだったかも知れないけど全然違う──私達に、素直に頼って、甘えてくれるようになったよね」

「散々“頼る”≒“利用する”って刷り込んだ甲斐があったってもんだ。お前らとかぐやの頑張りが身を結んだな」

「石実の、だよ」

「俺ェ?」

 

この期に及んですっとぼける、というか自覚していない現。彼に対し、芦花はここぞとばかりに畳み掛けた。

 

「あの日、石実が全てを打ち明けてくれた。触発してくれた。だからこそ彩葉も全部を解き放てたんだ」

「そりゃ過大評価って奴だ。仮にそうだとして、俺だけの功績だと思い上がるつもりにゃ毛頭なれねぇな。百歩譲って関わった全員……もっと言や、頑張り続けた酒寄自身へのご褒美ってとこだろこの現状はよ」

「関係ない」

「は?」

「あの日、観客席で見上げた私の感動には、そんなの関係ないって言ったの」

 

……KASSENはツクヨミ専用ゲーム。ならもちろん、観客席のデータだってしっかり残ってる。

あの日、芦花は泣いてた。喜びに泣き咽いでたんだよ、現。

 

「貴方にあんなに怒りを露にした彩葉。貴方へあんなに溌剌と挑んだ彩葉。貴方とかぐやちゃんとで、あんなに楽しそうに、舞うように戦った彩葉……全部見た事無かった。全部最高だった。その感動を、貴方に返したい」

「いやそれは……酒寄に返せば?」

「それはまた別の機会に、今はただ石実へ!受け取ってくれないと恨むからね!?」

「もう謝礼なのか脅迫なのか分かんねぇなコレ?!」

 

その思いの丈を強制的に叩きつけ、無事授与。しどろもどろの現を前に、芦花はそれはもうご満悦となれたようで。

 

「私からはこれだけ。時間取っちゃってごめんね」

「……ハッ。いいや、お前が我を出すのも充分珍しいからな?良いもん見れたって事で、お代に貰ってってやるよ」

「それでヨシ。もってけ泥棒!」

「応、じゃあまたな!」

 

不意の邂逅と井戸端会議はそれでおしまい。人目が切れたその瞬間に宙へ躍り去っていく彼の背を、芦花は薄く微笑みながら見送ったのだった。

 

さて、とはいえ現の昼は始まったばかり。というかここからが本番。昼食前の掻き入れ時だな。

無茶はしないで欲しい物だが、はてさt「っとと、思ったより結び目キツイな」……ん?

 

ちょ。

えぇ!!?何やってんだお前ッ!!!

 

(空中で靴を履き替えるなぁあああ!?!!)

「ハハッ、笑える。あと5秒で終わらせねぇとアスファルトダイブってか」

 

何斜に構えてんだ、そういうのは地上でしろ地上で!幾ら無事だとしても程度がある、っつーかこの高さでの垂直落下はお前でも無事か分からな、ああああ落ちるうううううう!!!

 

「……っしゃあ出来たッ」

 

ホッ。寸での処で結んだ靴紐、そのまま空気を蹴っての進路変更&体勢復帰。あわや大惨事の寸前で、現はその未来を回避したのだった。

もうダメだ、寿命が4000年どころか万年あっても足りん。今日が終わったらヤチヨに回復させてもらおう。

 

「──へぇ。相変わらず良いセンスしてんじゃん、綾紬のヤツ」

 

そんな中でも覚えてしまう。カメラに僅かに映り込んだ、お前の笑み。

 

「これなら……どこまでも跳べそう、だッ!」

 

それに対する、あまりにも深い安堵を。

 

良い友達を持ったなぁ。現。

大事にしろよ?その得難い絆を末永く、な。

 

 


 

 

彼は駆けていく。

私は見送る。

いつだって、そういう関係。

 

(使ってくれるかな)

 

使い潰してくれると嬉しいな、なんて?

貴方の背を押すしか無い私の、ほんの僅かな助力がそれでも、貴方を彩葉へと繋げられるのなら。

 

私が感動したのは、何も彩葉だけじゃないんだよ?

 

「……格好良かったなぁ」

 

思い出すのは竹取合戦。座していた城の中で、舞い降りた砦で、粉塵と爆炎の中で、彼が見せたニヒルな笑み。どんなに追い込まれても気丈に立ち続けた、簡単には倒れなかった“強さ”の姿。私達女の子とは違って、苦境の中でこそ輝く男の子の輝き。

それに……惹かれた。

 

(とと、ここまでここまで。ここから先はNGだよ綾紬芦花)

 

強く脈打ちそうになった心の臓を平気な顔で抑える。これ以上は真実に不義理だから。

彩葉への想いは嘘じゃない。かぐやちゃんが歌った詩みたいに、私は彼女の事が好き──でも、もう純心とは言えないかもね。華の女子高生は恋多き、なんて言い訳にもならないから。

 

だから私は、私の中に芽生えたもう一つの想いには、もう少しだけ気付かないフリをしておくんだ。

 

(これからもよろしくね。彩葉、石実)

 

今はただただ、彼女達に。そして彼に、憂い無く輝いて欲しいと、そう願っている為に。




違うんです。百合に挟まった訳じゃないんです
現は百合の隣に立っただけなんです(言い訳)
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