酒に狂った男 作:鶏肋
こんなのは愛じゃない。
恋ですらない。
「転校生の石実現くんだ。仲良くしろよ──ほら、あいさつ」
「……」
「………いや、あいさつをだな」
「チッ」
10歳当時、あの頃の俺には何も無かった。親無し縁無し身寄り無し、yachi8000に拾われなきゃ自分の存在そのものさえ見失ってた石実現。FUSHIとの約束が辛うじてハリボテの外殻となっただけで、中身は空っぽの餓鬼畜生。
女より強く在りたい?笑わせる。具体的にどう強くなるのか、強さとはそもそも何なのか、親父みたいにならない為にはどうすべきなのか、そのどれ一つとして分かっていなかったクセに。そしてそれを幼いながらになんとなく分かってたから、焦りに巻かれて余計に擦り切れてたっけ。
「────!」
「ぁ……っ」
そうして見回した教室。その視界に、俺は初めてアイツを入れた。今より少しぽっちゃりとしてて、何よりずっとオドオドと怯えてた真実を。
目にした瞬間、ビビッと来た。といえば嘘になる、と言えばそれこそ大嘘になる。クラスメートが並ぶ中、好みじゃなければ最初に目に付いてなんていない……いや、そもそも自分の好みを自覚したのがあの瞬間だったか。
でも言っちまえばそれだけだ。拗らせた小学生男児の自己分析なんて碌に機能する訳も無く、己の一目惚れにも気付かないまま俺は彼女をスルーしたつもりになった。無意識に目で追ってた気もするけれど、ソレはソレでコレはコレ。
ただ一つ言える事。それは即ち、真実との関係の始まりは、俺の恋心なんかじゃないって事に尽きる。
「また給食全部食べてる!」
「我慢できないの?」
「……あはは。気付いたら口に運んじゃってた~」
真実は良く絡まれていた。ある時は同学年女子から、ある時は男子から。
人気者、と呼ぶには棘のある付き合い。それに刺されてもヘラヘラと笑う姿に、少なくない戸惑いを覚えた。
「メタ山ぁ、痩せたいんならおれが給食食ってやろうか?」
「やめてよ~。これは私の分っ……」
(……なんで受け入れてんだよ)
訂正、イライラした。親父が俺を置いて逝った時にも急性的にムカッ腹が立ったモンだが、こっちは慢性的にフラストレーションが蓄積する感じ。
でも本人が曖昧でも笑みを浮かべるから、癇癪起こして中断させるのも違うと踏みとどまって。それで余計に苛ついて。
俺は何が気に入らないのか。
真実の、真実を取り巻く奴らの何が気に食わないのか。
俺は彼女をどうしたいのか。
────その全ての答えを、俺は唐突に得る。
「なんで……何でそんなことするのっ!」
「は?」
「落ち着けって、何キレてんの?」
「だってもうウンザリ!もうやめてって、ずっとそう言ってんじゃんっ!!」
ある朝、彼女の声が聞こえた。
校門をくぐって教室に向かう途上、鼓膜を叩いたそれに誘われて、駆け込んだ教室に見えた光景を今でも覚えてる。あの胸糞悪さを。
「やめなよ真実~。ここは笑いどころじゃん?」
「イヤ!やられる私の気持ちをなんで考えてくれないの?!だって……」
「だって、何だよ?おれは旅行のおみやげを置いただけだぞ?」
「喜んでもらえると思ったのにな~」
「あやまれ!」
「あやまれっ」
「っ……!!」
真実が叫んでいた。声を震わせて、慣れてない喉で精いっぱいに。ただビクついてる事しか出来ない、多少可愛いだけでその他は有象無象と同じ弱虫だと思ってた彼女は、その実、自分の不満を表に出せる奴だった
けどそんな真実を、クラスメートが寄って集って囲んでいた。弱虫らしく群れて、それで自分たちが強者だと勘違いして、真実を嗤っていた。
「何が……ッ」
何がおかしい?何がおかしくて笑ってる?
おかしいのはお前らの頭だ。空っぽなのか?中身が無いからそんな事が出来るのか?だって脳があるなら、見えてる筈だ。
「なんでっ……なん、でぇ……!」
理不尽に晒されて、彼女の頬を濡らす滴が。
その潤みに揺れる琥珀の瞳に射抜かれて、ようやく知った。これでも遅いくらいだけど、それでもやっと分かった。
真実が受けていたのはイジリなんかじゃなかった。
イジメだった。
あんな可愛い女の子が、俺の目の前で、イジメられていたんだと。
刹那。
今思い出しても信じられないぐらいに、俺はブチギレた。
────その後?覚えてねぇよ。ガチで意識が飛んだというか、
で、駆け込んできた先生の「石実、ちょっと……えっ何これは」という言葉で我に返れば、目に入るのは真実をイジメてた男子リーダーが鼻血を噴き出しながらグッタリしてる姿。周りの机はグチャグチャになってて、奴がそれらを巻き込んで吹っ飛んだという事が辛うじて分かる程度の惨状。
じゃあ誰が吹っ飛ばしたか?それを探るべく見回すと、さっきまで調子こいてた弱虫共は一転して俺から後ずさる。それすら出来ない奴はただただ硬直して震える。中には股間から湯気立たせてる弱虫も。
まぁつまり……俺、って事なんだろう。そう当たりを付けて先生と向かい合った折に、その隣からこちらを見つめる真実と目が合った。
「ひ……!」
怖がられた。残念でもないし当然。当時の俺も落胆なんて覚えなかったと思う。
というか……
(先生を、呼びに行けたんだ)
囲まれた状況から脱せた。全員の視線が彼女から逸れたから。
(まわりの矛先が、お前じゃなくなったんだな)
俺はきっと、その一助になれた。
あの女の子を助けられた。
(あ)
アハ体験って言うんだろう。この時、俺の脳内で起こった
去来する情けない親父の姿。それを守る母さんの背中。本来“逆”であるべき形に感じた違和……今の俺の行いは、それを覆し得るものだという全能感。
FUSHIと約束した“強い男”って、
「……ハッ」
良い子なんかでいる事じゃない。暴力でも権力でも良い、自分の強さを誇示して、俺のものに手を出すなって知らしめる事。俺の尊厳はそこに有ると知った。
そうだよ真実。だからこれは、愛なんて綺麗なモンじゃない。純粋な恋ですらない。
怯えるお前に笑い掛けたのも。
女子グループの動向に注目して、お前と女子リーダーが拗れた瞬間に仕掛けたのも。
そいつを孤立させて学校から逃げ出すよう誘導したのも。
ぜーんぶ俺自身の為だ。お前を本当に想っての事じゃないんだぜ。
お前を、守るって。父さんが母さんにしてやれなかった事を成し遂げる事で、それでFUSHIとの約束を達成し続ける事で、それを
こんなものが愛なものか。愛はもっと双方向の美しい心である筈だ。
こんなものが恋であって堪るか。恋はもっと純粋な欲望である筈だ。
じゃあなんだ?と言われれば……今の俺なら、妄執と形容するかな。或いは寄生。もしくは依存。
一方的に寄り掛かった。本当に強い存在なら、そんな甘えた真似なんてする訳も無いのに。
だから俺は、本当の意味じゃ真実を好きじゃなかったと言える。
────最初の頃は。
今は、違う。言い訳がましく見えるかもだけど、本当に今はもう違っている。
きっかけはある日の下校。今日も今日とて真実を守る、という自己満足の為に彼女の帰路を後から尾けていた折の事。ストーカー?皆まで言うな、自覚しとるわ。小坊なんざ遵法意識どころか法律の存在を知ってるかも怪しい時期だろうが大目に見やがれ。
ともかく、毎日のように繰り返したそれが……その日だけは違っていて。
(……?)
唐突に周囲を見回して誰もいない事を確認したかと思えば、彼女が選んだ道は家の方角から真逆。その
やがて到着した駅前の新しいスイーツ店に入店する真実。俺はその視界に迂闊に入らないよう、息を潜めて外から様子を窺う。
浮つく気持ちを抑えられないのか、ソワソワしながら幸運にも窓際の席へと就いた真実。いつもと違う彼女の秘密に、見た事の無い期待で上気した頬に、俺の心拍も何故か上昇し……やがて。
お目当てだったのだろうブツが運ばれた瞬間、花が咲く。
「やった……いただきます!!」
そう、花だ。ふんわりと咲いたあの笑顔を、他にどう言えというんだ。
目を見開いたのは完全なる無意識。本能がこの絶景を見逃すな、とでも囁いたように。
甘味を口に運ぶ度、強張らせていた表情を解かせていく彼女の顔は、あまりにも仄かで、眩くて。
……触れたい。
あの温かい笑顔を、もっと近くで見たい。
「おいしい……おいしいよぉ……」
「……」
「何なのよ。おいしいじゃないのよ。体がよろこびであふれてくじゃないの……」
もう自己満足だとか実現だとかどーでもいい。んなくっだらない感覚など放り出して、気付けば歩きだしていた。向かう先はもちろん店の入り口だ。
入って、迎えてきた店員に対して真実を指差して、連れだと嘯けば後は流れのまま。出来る限りその楽しみを邪魔しないよう、でもここまで来てる時点で既に邪魔になる事実から目を背けながら、気配を殺して近付くも。
「そんなにか」
「そんなになのよ……って、へ?」
最後の最後で我慢の限界だった。掛けた声、それに振り返った彼女の顔は期待通りに惚けて、期待を超えて愛しい。
その瞬間、思ったんだ。
(……守りたい)
変わってねぇじゃんって思うだろ?俺もそう思う。けど、なんて言うんだろうな。
それまでの俺にとって、真実を守る理由に「俺が俺で在りたいから」という
でもこれは、この時俺が抱いたのは「守りたい」から「守りたい」。A=A、B become B、そんな循環論法が完全成立した瞬間だったんだ。
この笑顔を、それを浮かべる真実を、“永遠”にしたいって。
なぁ真実。それからずっと、だ。
お前に近付きたくて、お前に都合の良いことばっか言ってきた。それを嘘にしないよう立ち回って、自分で言うのもなんだけど東奔西走してきた。その内の幾らがお前にとって本当の利になったかなんて知る由も無いから、これこそ自己満足なんだけどな。
けどそれを経てお前と触れ合うたび、もっと深まる。お前に抱く感情が、お前の可愛さに熱されて、どうしようもなく膨れ上がる。止まってくれない。
……最初の執着について自己弁護する気は無ぇ。薄汚い
でもそこから生まれたこの想いは、今度こそ“恋”だって。そう胸を張って叫べるし、叫びたい。
だから、叫ぶよ。今このツクヨミを彩る前夜の下で。
「全部込めた。俺が抱くもの、望むもの、全部」
……お前に対して思ってきた事。
胸の内で育ててきたものを。7年間の思いの丈を。
「──受け止めてくれ」
その瞬間、帝が鳴らした指の音が合図。俺と黒鬼達の身体を光の粒子が包み込み、瞬時にその出で立ちを別のものへと変えていく。
別に勿体ぶるような服装でもない、デザインが統一されただけの半袖のラフな格好だ。別に現実世界でも容易にできるそれは、けれど共通する「狐・兎・鴉・ウミウシが鬼の頭上で戯れる様」を描いたオリジナルのロゴが否定している。
そしてありのままの気持ちを謳う事において、これ以上に似つかわしい軽装があるだろうか。
後は俺が踏み出す、ただそれだけ。初めての歌、初めてのライブ、初めての大舞台。
もう、躊躇は無かった。
口遊む。昨日交わした言葉が、朝に目覚める糧となった事を。
それを繰り返して昨日より好きになった。そして今日も、明日もまた。
その積み重ねだ。
今更簡単に説明できるもんか。俺達の関係は。なぁ、真実。
描いてきた軌道が俺を生かした。
お前から貰って来たもので俺は生かされた。
コレが俺の全てなんだよ。命なんだよ。
取るに足らないカスだった俺の前に、お前が現れたのは何故だ?
“要らない子”として生涯を終える筈だった運命を、お前が変えたのはなんでだ?
もしただの奇遇に過ぎないってんなら。
寧ろそれこそ……!
2人、寄り添って歩いて!
いつまでも
足りる訳が無い。口にするだけで報いれるなら、贖えるなら、こんなややこしい事になってない。
いや、だからこそだ。万感の想いを、恋心をギュッと詰め込んで、その億分の1でも伝わってくれと願いを懸けて、せめてもの思いで人はこう言うんだろう。
……明日はきっと、今日より笑顔になれるだろう。
お前がいるだけでそう思えるから。絶対そうに決まっているから。
どんな年月が過ぎ去っても、この想いは変わらない。
「逃げられないよ」
終わり。静寂。宴の後の、そして嵐の前の静けさ。
その中で、親友は呟くように告げてきた。
「あなたは石実から逃げられない。ううん、逃げちゃいけない」
それは刑の宣告に近い。私の縁、私に絡みつく
「ここまで彼の脳を灼いといて、どこへ行こうって言うの?」
「……芦花……」
「そんなの、彼が許しても私が許さない。石実があなたを7年間見続けて来たのなら、4年に渡って2人を見続けて来た私だって口を出す資格はある」
言いながら、彼女は私と目を合わせようとはしなかった。私も同じ。今見上げるべきは壇上ただ1点、それだけだと分かっていたから。
「新曲“キセキ”!作曲は他ならない我が妹、いろPだ!聞き惚れたか子兎共ォ!!」
瞬間、帝様のカミングアウトと同時に大歓声。広場に響き城をも揺るがせるのではと聞き紛うその中で、心地よさげにその振動に身を委ねている。
ゲンちゃんも、その例外ではない。
「あ゛~……帝が言った通りだ。そして明日、
前夜祭らしく、本祭への導線を敷く行程。それは効果てきめんに広がり、集った観客達の明日への意欲を更に引き立てる。
でも、ゲンちゃんの言葉はそこでは終わらなかった。
「いろだけじゃねぇ。かぐやのガキが報われるその瞬間でもある」
彼が想いを馳せるのは何も彩葉だけじゃない。ハッピーエンド目掛けて邁進し続けて来た月の御姫様にだって。
「そしてきっと、ヤチヨも」
更には、この世界の女神にだって。
「……だから、絶対見ろ。死んでも見ろ。親が死んでも見に来い」
「えっ」
「言うねぇRe:AL~」
「俺は本気だ」
その手段は暴力的かも知れない。威圧的で、褒められた物じゃないかもしれない。
でもそこに込められた真心、それだけは紛れも無く……
「結果は努力を裏切るかも知れない。正直者がバカを見る時もある。だったら、」
「だったら?」
「努力家と正直者を、お前らは裏切るな」
本物だった。
彩葉の頑張りを、かぐやちゃんの真っ直ぐさを見つめ続けた彼だからこそ言える言葉、そこに宿る真。マイクを通して放たれたそれは喧噪さえ押しのけて広がり、再び広場を静寂に鎮めてみせる。
でもそれは決して醒めさせた訳じゃない。暴発しかけた熱を籠らせて、明日に爆発させるための。
……凄いよ。ゲンちゃん。私の、大好きな
初めてのライブだとは思えないぐらい完璧だったよ。本当に、格好良いよ。それでいて皆を、彩葉達を想えるその優しさが輝かしいよ。
私って。
そんな彼に、
「応えてあげなよ」
「……っ」
「あんな熱烈なラブレター、返事しなきゃ真実の方が損だよ」
分かってる。今すぐ駆けだしたい、奔り出したい、彼への恋情を心の底から吼えたい。
でも足が動いてくれないんだ。臆してなんか無い、むしろ逆に高揚が空回って強張ってしまってた。心の機微を正確に拾い上げてしまうスマコンの精密さが、この時ばかりは恨めしい。
そんな私の肩に、ポンと乗せられる掌。
「私さ~、リアルに腹立ってんだよね」
「かぐやちゃん?」
「だってさーリアルってば基本的にずぅっと上から目線じゃん!?今のだってそうだよ、かぐやはリアルの妹かっての!帝が彩葉のお兄ちゃんなのも含めて納得いかな~い!」
「いやそれは……仕方ないでしょ」
「仕方なくなんて無いっ」
でもっ、と言って押し出される。それはまっすぐな彼女からの遠回しなエールに他ならなくて。
「そんなリアルをギャフンと言わせるの!」
「!」
「真実なら出来る!任せたぜっ☆」
私がこの場で、彼をギャフンと言わせる?そんな手段なんて──1つしか無い。
それは私の義務で。
何より、私が今、やりたくて仕方の無いこと!
「行って……来る!!!」
「「頑張れ!!」」
芦花からの叱咤、かぐやちゃんからの激励。それを背に受けて、ようやく足が言う事を聞いてくれた。
人混みの中を走る。小柄な図体を生かして隙間を探し、前へ……少しでも壇の近くへ!
「さて、今宵の祭りもたけなわだ……が、明日こそが本祭。そろそろお開きとしよう」
「っつーワケだ!じゃあな子兎共、次に月が満つる夜にまた会おう!」
「じゃ~ね~♥」
でもそれより先に閉会宣言。ゲリラライブは開催も撤収も早い、それがタイムリミットとなって差し迫ってくる。
「待って!」
待って、帝様。彼を連れて行かないで。
今言わなきゃ。1度目は逃した返答のチャンス、2度目もなんて芦花が許さない以前に私も許せない。あなたがくれたチャンスを、手放すなんて嫌だ。
「ゲンちゃん!」
「…………──────」
マナー違反のリアルネームで思わず叫んで、手を伸ばしたその先で。思い届かず、転送の光の中に彼の姿は消えた。
私の身体が、足元に現れた影の穴に引きずり込まれたのもその時だった。
次回で幕間終了です
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