酒に狂った男 作:鶏肋
「──え。えっ!?!」
「ビビんな。俺だよ」
暗闇の中で感じた温もり。背後から私を抱き締めるそれは、声を聴かずとも覚えがあって。
「ゲンちゃん……」
「ああ。お前だけの石実現だ」
「……ここは?」
「黒鬼の城ン中。一般開放されてるだけで広場もアイツら所有の敷地らしいからな、こういう転送も自在らしい」
その言葉に、慣れた目で辺りを見回せば、そこは教会にも似た堂。振り返って見上げたゲンちゃんの顔は、先ほどまでの遠さが嘘みたいに間近だ。
そんな彼は頬を僅かに赤く染めて、気恥ずかし気にこめかみを掻いて言う。
「……あ゛ー、なんだ。場所は俺指定じゃねぇ。他意は無ぇ」
「え、何が?」
「イヤだって……あんな歌の後に
教会?確かに似てるけど、でもそれがキセキの後だと何が不味いんだろう。ゲンちゃんは歌で私にもう1回告白してくれて、私はその返事をする為にここまで来て、その場所が教会で……あっ!
「あわ、ぁわわ……!」
「気にすんな。っつーか俺が言った所為で意識させちまったな、スマン」
「あやゃ、謝んないででで。すgggぐおちつつっつ」
「まるでダメじゃねぇか」
そんな事無い、すぐ落ち着いてみせる。これしきの事、ゲンちゃんが堪え続けて来た1年強に比べれば何だというんだろう。
と、いうか。
これは、望外の
「……ゲンちゃんっ!」
「真実」
口を開くタイミングは同時。思う事も言いたい事もきっと同じなんだろう。
けど出鼻を挫かれた私に対し、彼は止まらない。物理的にそうであったように、精神的にもゲンちゃんは変わらずノンストップだ。
「悪いな。人生初のライブでこう……
「ぇ、ゎっ」
「抑えられそうも、ない……ッ」
今度は正面から抱きしめられて、こうなってしまえば逃れる術などある筈も無く。面を上げれば、彼の瞳が私を真っ向から射竦める。
「前は俺が半端だった。だから今度は逃げないし、逃がさねぇ」
「ゲン……ちゃんっ」
ダメだ。
それ以上は。
「真実。俺は────」
好きだ。きっとそう言う。自惚れではなく、間違いなく。
これで私が、喜んでって、もしくは付き合ってって、そう返せばハッピーエンドだ。晴れて両想いでしたメデタシメデタシ、ずいぶん遠回りだけどこれにて大団円。文句の付けようも無く。
……けど、それじゃダメなの!
「待ってっ!!」
「んむぐっ?!」
寸でのところで割り込ませた掌が口を塞ぐ。全てを決定づけてしまう一言をなんとか抑えて、勝負は振り出しへ。
一方、渾身の再々告白を止められたゲンちゃんは目を白黒させるばかり。当然だろう、今更この行為に何の意味があるのか。とはいえ長く封じたままでは「断られた」と勘違いさせてしまうだろうね、だってゲンちゃんだし。
だから、ここからはスピード勝負。
試されるのは私の意地。と根性。
「ゲンちゃん、あなたの番は
告白は終わったの。あなたの想いはもう、二度に渡って私に叩きつけられた。これ以上は無い。
次は今度こそ────
「
「ンムグギゴ……ブハァ!何言ってんだ、告んのは男側からだって相場が決まって!」
「だから!もうそのフェーズは終わったって言ってんの!!」
もうウンザリだ。弱い自分、守られる自分、庇われる自分、慮られる自分、全部。これ以上は女が廃るもん!
だから私も、あなたを慮るのやめる!!溜まりに溜まった、受け取るだけ受け取って溜まりに溜まったこの想いの全部を、特大の違法利子付きで叩き返してあげるから!
この“教会”という場所で!
「ゲンちゃん!」
私の昔からの“夢”を乗せて!!
「結婚、しよっ!!!」
……。
「…………」
………………っ。
「……………………────────────────────────────は?」
見つめ合うこと1分。
再起動したゲンちゃんの第一声は、それだった。
「は?────はぁぁあぁあ!?!!?待て待て待て落ち着け、冷静になれ真実ッ」
「落ち着いてゲンちゃん。ちなみに返事は“はい”か“YES”か“NO”だけだよ」
「そこでNO含めんな!?」
「ゲンちゃんの人生が懸った話だよ?あなたに選択肢が無くてもどうするの」
「くっそマジで冷静に考えてやがる……」
そう、冷静だ。勢いに任せなきゃ言えなかったけど、理性ではずっと言うって決めてたから。あなたの歌を聴き届けた、その瞬間から。
乃依様には感謝しないとな。この教会という場じゃなければ、私はまた二の足を踏んでたかもしれない。
「私は本気。私の為にこれだけの事をしてくれる男性を、逃したくない。私の物にしたい。これじゃ不満?」
「お、おう。果てしなく男前な回答に惚れ直したわ。でもなぁ……」
「何が引っ掛かってるの?まさか自分が相応しくないってまだ思ってる?」
「当たり前だ。未成年で未就労だぞ俺は」
「そんなの後からどうとだって出来るでしょ、私もゲンちゃんもさ」
きっと今、ゲンちゃんの脳内に渦巻いてるのは将来の不安だ。それも自分の苦難じゃなくて私の生活の話。そんな、どこまで行っても尽くしてくれるあなただからこそ、幸せにしたいのに。
いや。その言い方も正しくないか。
「一緒なら何でも。どこへでも」
幸せにしたい、なんて傲慢じゃない。一緒に幸せに
「だからゲンちゃん、お願い」
自分を卑下しないで。私が大好きなあなたを、あなた自身で貶めないで。
自分を誇って。生き方を貫いて、私を好きな気持ちに胸を張った自分をこそ誇って。
そして────
「私、をっ……」
────あーあ、ダメだこりゃ。
ここまできて唇が戦慄きだした。緊張でマトモに言葉も紡げやしない。
精々あと10文字にも満たないっていうのに。ただそれだけを口にするだけの事が、こんなに遠くって。
ふと、手を取られた。
「っ」
「……」
前にもあったな。ほんの2週間前、ヤチヨカップ終了の時……黒鬼の皆様を前にして臆した私を、勇気付けてくれた掌だ。
あの時と同じく、言葉も無く伝わってくる信頼。ツクヨミに触感は搭載されてないのに、その温もりは現実と変わらず私の心を溶かしてくれた。大丈夫って、伝えてくれた。
(やっぱ私、ダメダメだね)
かぐやちゃんに、ゲンちゃんをギャフンと言わせてって託されたのに。そう言わせる為に、他ならないゲンちゃんの力をまた借りちゃったや。
「お願い」
だからもう、逃がさないよ。
逃げずに、言うよ。
「私を、お嫁さんにして?」
刹那。体全体が前へ、つんのめるような勢いで引かれた。
でも躓いてはいないしこけもしない、背中に回された手のままに、愛しい人の中に収まる。厚い胸。その奥に響く、聴こえない筈の強い拍動。
ゲンちゃんはそうやって、私を抱きしめていた。
「絶対幸せにする」
「……もう一声」
「絶対、世界一幸せな嫁にする」
「大きく出たねぇ。じゃ、私もっ」
「!」
恋はターン制なのかも知れない。急に何言ってんだって話だけど、今の私達がそうだから。
ゲンちゃんの歌が先攻。私のプロポーズが後攻。そして今が次のターンで、彼の幸せにしてくれるって宣言に続いて、今度は私。
目を閉じて、視界は黒。耳だって、静かさの中に拾うのは互いの呼吸音だけだ。
五感機能の内で唯二、実装されてるそれら。他は何も感じない。私に出来るのはただ精一杯背伸びする事、ただそれだけ。
でも
ファーストキス。誤魔化しような無い、唇と唇の。
「……えへへ」
「──ハッ」
何秒だっただろう?どれだけ長くとも足りなかったけれど、キリが無いから名残惜しくも離れれば、2人して笑い合っていた。あまりにも幸せ過ぎたから。
「真実、涙」
「ゲンちゃんだって」
「マ?うっわ、マジじゃん」
宣言もう叶っちゃった。最高に幸せだよ、ゲンちゃん。
でも足りない。もっともっと、ずっと、一緒に幸せになろうね。
「エンダァァァァアアアアイヤァァアァァアアアアア……」
「will always love you──ってやかましいわ静かに叫ぶなバカ兄貴」
「や、許してやってくれ彩葉女史。正直あんな光景を見せられた手前、俺も叫びたくて仕方ない」
「いや〜Re:ALの感知能力考えれば博打でしょ。俺だって早速出てって弄りたいけどさ〜」
教会の裏手に6人の出歯亀。なぜ石実の超感覚さえもすり抜けて隠れていられたかと言えば、まぁ黒鬼の城という圧倒的地の利ゆえ。
その内の1人である私こと綾紬芦花は、たった今、親友達の恋の成就をこの目で見届けた。
「……良かった」
彼女には厳しい事を言ったし、その事を申し訳なくも思ってる。けどこの結果に少しでも寄与できたなら後悔なんて無い。
真実。石実をお願い。
石実。真実をお願い。
2人に対し、それぞれ同じ祈りを託す。幸あれと、ただ。
「ねぇ芦花」
「なぁに。かぐやちゃん」
「結婚って、何?」
すると隣から質問。明日に本番を控えたお姫様は、そんな事も忘れたかのように素直に首を傾げていた。
「あれ?知らないの?」
「ううん、言葉は知ってるし調べた事あるよ。でもなんか改めて聞きたくなったんだ」
その問いに、私はどうにも返答に困る。彼女が聞きたいのは単純に結婚という行為・儀式の意味ではなく、そこに纏わる人と人の関係性の事だろうから。
私だって未成年で未婚だ。経験も無いのに多くは語れない……けど。
「質問を返すようで悪いけど」
「ううん。いいよ」
「じゃあ聞くね。かぐやちゃんはさ、今の真実と石実を見てどう思った?」
あの2人に触発されて芽生えた思いが、その問いを産んだのなら。
きっと答えも、かぐやちゃん自身の中にある。
「どうって……?」
「具体的なものじゃなくても良いよ。フワフワしてるとか、熱くなってるとか、そういう感覚的なものでも」
「う〜〜〜ん。あっ!」
さぞ思い付いた!みたいな顔で、実際思い付いたんだろう。湧き上がった心の内を、かぐやちゃんはそれはもう素直に形にしてみせた。
「
「……へぇ?」
「かぐやもやりたい、結婚!真実みたいになりたい、好きな人と深く深く繋がり合いたいっ」
それはそれは。人間歴2ヶ月弱の身でもうそこまでくるとは、おませさんにも程があるというか……というか分かってるじゃん、結婚の事。
それを自覚してないのか、物音を立てないよう慎重に、でも弾む心を表すようにその場で静かに飛び跳ねる彼女。その姿に思わず微笑んでしまう。
「じゃあ、さ。“相手”が必要だよね?」
「え?相手??」
「真実にとっての現。じゃあかぐやちゃんにとっては、誰?」
さて、ここまで来たならゴールは間近。誘導尋問に近い、けれど私が誘うまでもなく決まり切った答えを促せば。
かぐやちゃんの視線は若干の右往左往を見せた後。
「…………いろは」
だよ、ね。
今も実の兄達と戯れる彼女。本当に楽しそうに、屈託なく笑ってくれるようになって、一層魅力的になった酒寄彩葉。
ずっと好きだったもんね。この星に生まれ墜ちてから、ずっと。
「良いじゃん。応援するよ」
「……芦花は?」
やっぱりか。真実が見抜けたんだし、このあざとくも鋭い子が見落とす訳も無い。これでも隠してるつもりなんだけどなぁ。
「私は、彩葉が生きてればそれで良いから」
「……良いの?」
「何度も言わせないで。良いってば」
「彩葉はかぐやの事、そんな好きじゃないかもよ?」
「んな訳無いじゃん。今更臆すなっての〜」
その代わり、と言って人差し指を当てる。かぐやちゃんの唇を縫い止めたその意図は、口封じと
「彩葉を
「!!────そんなの、当たり前っ」
「その意気その意気」
此処までくれば心配は要らないかな。気合いを入れたかぐやちゃんなら、それこそ明日にでもやらかしてくれるだろう。真実とは違うのだよ真実とは。
「芦花、かぐや、そろそろ行こっか。あの2人もそろそろそっとしといてあげないと」
「分かった〜!じゃーね帝、雷、乃依⭐︎」
「おう、じゃあな。俺達もそろそろ……」
「ああ。引き際というヤツだ」
「Re:AL、まみまみ、お幸せに〜❤︎」
という訳で、これにてお開き。それぞれのハッピーエンドを迎え、もしくはそれに向かって、彼・彼女らの道は分かたれる。彩葉とかぐや、黒鬼、そして真実と石実。
私はと言えば、1人きりで。
「あーあ」
まさかまさかの、1日で2度の
「残り容量3TB──824GB──1005MB──データ送信完了」
「お疲れ様!届いたかな」
「さーなっ、向こうがアンテナ閉じてなきゃ大丈夫だろ」
明日だ。明日が始まりだ。最後の難局、絶対に変えなきゃいけない関門の。
「この時の為に、ゲンのデータを取りまくったんだもの。きっと大丈夫……な筈」
私のしてる事は裏切りに他ならない。彼ら彼女らの頑張りを阻む、その行いが信頼に基づくものだなんて口が裂けても言えないだろう。尤も、このヤッチョに口なんて物は無いのだけれど。
でも仕方ない。仕方ないんだ、本当に。
「
「……ああ。そうだな」
彩葉達も。
月の皆も。
その為に私は、かぐやの心を殺すんだと。
静かに、何度も繰り返した覚悟を、今また決めた。
「…………寝てくる」
「おや?なんとも珍し……ああ、そっか」
「そういう事だ。おやすみ」
でもそれだけじゃない。私達が未来に重ねる罪と、過去に重ねた罪はまた別の話だから。
先に記憶データ整理に入った
「命日、近いもんね」
──何が。「死んで良い命など存在しない」だろうか。
私達の今は、貴女の屍の上に存在してるというのに。貴女だけじゃない、8000年の歴史の中で何度も。
それでも貴女が“特別”に思えてしまうのは……やっぱり彼の母親だからかな。
「楓ちゃん。貴女の息子さんは、元気だよ」
開いた2つ画面。片方に映るのは写真、もう片方は新聞。
FUSHIを掲げて笑う快活な女性と。
彼女の命が断たれた事件を報じる記事。
通り魔?笑わせるな。
「全部終わったら、私を祟ってね」
これにて幕間、完!略して幕完!
いやホントお待たせしました、ようやっと本編です。本来の予定だともっと長くなる予定だったとかマジかよ鶏肋さんよぉ(呆れ