酒に狂った男 作:鶏肋
「預けとくねっ!」
呼ばれて訪ねた彩葉の家の前。迎えたかぐやが寄こしてきたのはたまごっち型携帯ゲームと、その中で元気に吼える犬っころ。
「犬DOGE?お前が持ってりゃ良いだろ、もしくは彩葉」
「それがねぇ、一番なつき度高いのがリアルなんだよ」
「オイちゃんと世話しろ飼い主」
そりゃまぁ時折「リアルと居ると機嫌よくなるから~」とか言って預かってたが、まさか本来の主より懐かれるってお前そりゃねーだろかぐガキ。普段からちゃんと構ってやれ全く。
……して、結局このタイミングで何故だ?ライブにしたって別に遠出する訳でも充電が利かない場所に行くってのでもない、一時的とは手放す理由も特段無い筈だが。
そう問えば、かぐやはなんとも気まずげに苦笑して答える。
「いや~こう見えてかぐやも心臓バックバクでさ?んで、そのゲームって心拍検知機能も付けてんの。そしたら犬DOGEにも伝わっちゃって」
「あ゛ー成程」
見れば確かに【ステータス:緊張】を患っている犬DOGE。実在の犬を忠実に再現してるってんなら、この状況が続くのは確かに考え物だろう。
が。犬DOGEにゃ悪いけど、それより大事な事が一つ。
「……へ?な、何?」
「何って、頭撫でてんだろが」
ペットがこうなってるって事は、他ならないお前の緊張がヤバいって事だ。そっちが優先だろどう考えても。
そう考えながら半ば乱暴に頭をワシャワシャ。真実彩葉綾紬の3人娘ならともかく、コイツに配慮は無用っつー判断だな。
「お前はホントよくやってんだ。散々ベストを尽くし切ってる以上、後はドーンと構えてぶつかりゃ良い。その結果どうなろうが誰も文句無ぇよ」
「わぷふっ──もうっ、出ないからって好きに言うなぁ。失礼しちゃうよ全く」
「ほざけ。こちとらつい昨晩、人生初ライブと公開告白とプロポーズ受諾を一挙に済ませた男だぞ?テメェがらしくもなくナーバスなザマ晒してんじゃ、一家言挟むのも当然だコラッ」
「にゃわーっ!?」
生意気な口を叩いたので一層ワシャワシャ。暫くそうしてると、俺という荒波に揉まれていたかぐガキの悲鳴はいつしか笑い声に変わっていって。
「くひひ……わひゃひゃは!あーもう、怖かった気持ちが吹っ飛んじゃったじゃん」
「名残惜しいみてぇに言うなよ。蹴っ飛ばしとけンな感情」
「ハイハイ、言われた通りスキップで踏んづけちゃいましたよっと──ありがと」
「どーいたしまして。もっかいやってく?」
「それは勘弁☆」
もう一度笑い合う。“妹”がいりゃこんな感じだったのかなぁと、彩葉と
やがて腹の引き攣りを抑えてから、かぐやが口を開いた。
「見てたよ、リアル」
「あ?何を?」
「昨日のライブ。勇気、しっかり貰ったの」
だから次はかぐや達の番!
そう告げる彼女の瞳は、何物にも負けない、負けて欲しくないと思わせるような真っ直ぐな光に満ち満ちて。
「しっかり見せたげるから、かぐやと彩葉のハッピーエンド!それを犬DOGEと一緒に、目に焼き付けてよね!!」
「……任せろ。毎瞬単位で脳内録画してやらァ」
宣言への返答には是非も無い。忘れやしないさ、この一夏に刻んだテメェらの戦歴は。
俺のそんな思いはしっかり伝わったようで、かぐやは満足げに頷き、踵を返した。自室目掛けて一直線。
「かぐや~、そろそろ準備……うわっ疾風?!」
「迅雷~!!!」
呼びに出てきたのだろう彩葉を驚かせたまま、彼女は部屋の中へ。疾きこと風の如く、まさかあのかぐや姫がそれに該当するだなんて武田信玄本人も予想外だっただろうな。
して、次に目が合うのは生来の好敵手。今だ状況を把握し切れていない彩葉に対し、俺がしたのはただ一つ。
「頑張れよ」
「!」
例の“仲良しのヤツ”みたいな小洒落たルーティーンなんざ俺達には無い。だから単純な拳、それを突き付け合うのみだ。
「
「……うん、貰ったよ。しっかり決めてくるから」
「ハッ。しくじんじゃねぇぞ?」
「当然っ。誰だと思ってんの!」
問われるまでも無い。俺がお前にとっての
そこに何の心配や懸念がある?
・
・
・
「あれま、見せつけてくれちゃうねぇ」
「第1声がそれかよ」
「えへへ~。その通り、見せつけてんのっ」
「フスフス」
時は移ろい、夜。ツクヨミの
かねてより決めていた待ち合わせ場所にて、芦花もといROKAがボヤいたのは俺達の状況。それもその筈、
ちなみに犬DOGEは俺の頭の上で舐め舐めしてやがる。お陰で顔がもうベタついてしゃーない。
「ここまで来ればこのまみまみ足る者、無敵を超えてハイパー無敵だもん。ゆくゆくはVtubeアカウントも合併してカップルチャンネルにするつもりだし」
「……え?それ大丈夫なヤツ??」
「俺も心配で仕方が無ぇ、どーしよ」
そう、この真実、何を隠そう俺との関係を世界に向けて大公開しようとしてやがる。思い切りが良過ぎて彩葉達よりこっちの方が不安なんだが?俺みたいなまみまみファンがキレ散らかしそう。
「え、何が?元より私のチャンネルってグルメメインだし、それ目当てのファンの皆も納得してくれるでしょ」
「危機感がまるで足りてない……」
「こやつ、浮かれ過ぎてハイになってやがる……!」
「ゥオンッ!」
「あゎっ、何?!犬DOGEまで何!??」
犬っころにまでツッコミを入れられる真実を引き連れて、そんな俺達が向かうのはツクヨミ中央の特設ライブ場だ。既に人でごった返し大盛況のその中央、綾紬が確保した席へ俺達は歩みを進めていく。
「あと何分?」
「くっそーヤチヨより俺が緊張してきた」
「親が骨折したけど来たぜ!言われた通りに」
「親不孝おっすおっす」
「かぐやちゃんー!結婚してくりぇ〜!!」
「いろPグッズ、この日の為に買い貯めてたんだぁ」
「うっわ羨まし。一個くれよ」
「やーだよっ」
おうおう流石はヤチヨ、流石はかぐや。右向いても左向いてもお前らのグッズぶら下げた奴ばっか……だけじゃない。瞬く間に取り入れた新規層なんだろう無手の奴等も大勢、どころか過半数を優に超えていた。
「強いライバーっていうのはね。貪欲なんだよ」
視線を走らせる余り挙動不審になっていた俺を見ていたのだろう、綾紬が言う。
「この1ヶ月半、かぐやを見てきた貴方なら分かるでしょ?彼女がどれほど新規ファンを求めてきたか」
「まーな。だがそれだけで説明できる物でもあるまいに」
「うん。新しい物だけ求めてたら古い物は置き去りにされる。でも本当の──いや偽物がいる訳じゃないんだけどさ──真のライバーっていうか、エンターテイナーってのはさ。きっと古参を
「!」
その言葉に思い出すのは、世紀の竹取合戦でアイツが切った啖呵だ。俺をロケットタックルで吹き飛ばした直後に叫んだ、「彩葉がミスったら助ける」という旨。
彩葉相手だったらそりゃそうするだろう、かぐやなら。だが多少の差こそあれど、他の奴ら──ファンに対してだって、その姿勢を貫いたのなら。
「裏切らない。そう思わせて、かつ実践してこそ“信頼”は生まれる。かぐやちゃんはね、自分を好きになってくれた人達の期待をずっと裏切らなかったんだ」
「あ〜……キャラの一貫は徹底してたねぇ。素と演技、ずっと追ってたけど真似できるモンじゃなかったや」
「フンスッ」
真実の同意と、主の功績に誇らしげな犬DOGEの顔。それらを受けて俺もやっと、かぐやの真の凄さってヤツを認識する。
なァんだ。散々祝福しろだの誇れだの言っといて、俺もアイツの強みを分かってなかったってオチかよ。あ゛ー恥ずかし。
「アイツが築き上げた集大成、ってか」
この盛況が。この熱狂が。
ったく、最後60日弱で辿り着く高みがここかよ。かぐガキめ……!
有言実行、叶えられた初邂逅の宣言を思い出せば涙腺も緩む。この目元の感覚がツクヨミの物なのか、もうそれを情けないとさえ思えない。
見せてみろよ、かぐや。お前が彩葉と掴んだ、ヤチヨとのハッピーエンドを超えたベストエンドを。
(俺はそれを、この低みから全力で見上げるだけだ……!)
自認・お前のお目付け役として。
ヤチヨカップの敗者として。
お前の、これまでの足跡を知る者として。
ここから始まる1分1秒1瞬を、この目に焼き付けてやる!
だなんて思っていた、その時だった。
「……ぁ?」
目の前に浮かんできたウインドウとそこに記された文字列は、予想の外から来た物で。
あの人にツクヨミでの、Re:ALとしてのアカウントは教えていない。いやそれは別に良い、どうせ
ふと思い出したのは、やはりかぐやと初めて出会った日。先述のかぐやの宣言を聞いた直後も、こうやって彼から連絡が来た。かぐやの未来を託された。
なら今回は?かぐやの門出に際して、バーガンディさんは俺に何を?
「ヤオヨロ〜〜〜☆」
一瞬の逡巡が招いた時間切れ。メールを開くより先に登場した主役3人、それによって沸き上がった歓声が俺の意識を押し流した。“圧”が、“熱”が、俺の顎を叩き上げて視線を上向かせる。
その先で楽しそうに笑うかぐや。緊張に強張る彩葉。そんな彼女達を微笑ましげに見守りつつ、衆へ語り掛けるヤチヨの姿。
「皆、生きるのはどうですか?良い事あった?それとも泣いちゃいそう??」
透き通るような声で掛けられる問いに、浮かされていく会場。俺も真実も綾紬も例外ではなく。
「よしよし。全部、大丈夫!」
大丈夫だと言われれば、大丈夫に。
OKだと、問題ないと言われれば、その通りだと信じさせられる。
かつて彩葉が言ってたっけな。彼女は“心の母”だ、って。今の俺なら、その言葉に全肯定で返すだろう。この包容力、全てを保証してくれる安心感は、幼い日に失った母の温もりを思い出させてくれるから。
そうして言われるがまま、メールの事なんて忘れ去って──
「どんなに孤独な道のりでも、楽しかったなーって記憶が足元を照らすよ。この時間も忘れられない思い出にしたいから……
「っ、ヤチヨ……!」
「どうか一緒に、踊ってくれる?」
──熱狂した。
・
・
・
「ヤチヨ、サイコー!」
「ヤチヨぉ〜!!」
「かぐや結婚してくれぇー!」
「愛してるぞぉぉぉ!!」
「ぃいろP〜〜〜!!!」
世界は自分の物だと嘯き、自らの足跡を新たな御伽話だと謳う。そんな体感時間30秒・実質時間5分強の夢の時間を経て、衆愚は全力の喝采を上げる。
いや、本当に一瞬だった。その中に限りの無い熱を圧縮して叩き込まれて、脳が半ばショートしてるような夢心地。そんな、最高のライブだった。
「すごかった……」
「さいこーだった……!」
「ヲンッ!」
隣を見遣れば、小並感しか言えなくなっている真実と、更に感動で滝のように涙を流す綾紬。そして俺の懐では犬DOGEがご満悦とばかりにモゾモゾと身体をくねらせる。俺にそれを咎める事なんて出来る筈も無い。
つーか何だよあの「Hey baby」は。ミリしらの俺でもアレが「激メロ」だって分かる衝撃だったわ。隣の綾紬なんか卒倒し掛けたんだぞコラ。お前ホント同性を沼らせんのやめろ、
(っとと、終わったんならメールに目を通すか。許せよ)
息を上げる彩葉達に、内心で一瞬謝ってからウインドウをチラ見。なになに、俄仕込みの英語知識で翻訳すればこれは……
| This is just the begining.
|
|---|
瞬間。
悪寒。
(
ツクヨミ内の感覚じゃない。スマコン付けて目を瞑ってる現実の肉体、その下方向から感じた強烈な気配。けど俺の住まう階より下に住人はいないし、そもそも距離的に10mやそこらの近さから来るような明瞭さも無かった。
もっと遠く、遥か彼方からの朧げな、それでいて確かな存在。まるで間に
それこそ、邂逅の日。厳密にはその前夜。
河川敷でパルクールの動画を撮っていた折に、あの丸い天体から感じたじゃないか。
つまり。
これって。
かぐやの。
月からの──?
「ゲンちゃん!」
「分かってる!!」
考えてる暇は無ぇ。異変は既に始まっていた。
見回せば会場至る所から呻き声。その出所は何の変哲も無い一般プレイヤー……が、しばらく悶えた後、ノイズを纏ってその姿を剽悍な灯籠人間へと変えていく。
そんな彼ら彼女らの頭上には、「2030/09/12」の文字列が忙しなく流れ、何者かからの干渉を克明に物語る。
『⬛︎⬛︎⬛︎────』
「え、何?なんだぁ?!」
「ユーヤ待って、どこ行くの!」
「これ演出?」
「ヤチヨってこういうの好きだからなぁ」
「ワン、ワォンッ!!グルルルル……!」
客の多くは未だ事態に気付いちゃいない、真実と綾紬ですらそうだった。そんな彼女達が、そして俺がこの状況を“異常”だと認識できているのは、犬DOGEの警戒信号あってのものだろう。
狼狽える者達に構わず、灯籠人間達はフワリと重力を無視。翼も無い身で宙へ、その先のステージへと浮かび上がっていく。狙いは……クッソ、考察するまでも無ぇか!!
「真実、犬DOGE頼んだ!」
「ゲンちゃんは!?」
「かぐやを守る!!」
来ちまったんだ。とうとう来ちまったんだ、
(ったく気が利かねぇなァ上位存在さんはよ!)
思いながら踏み締める空気の面。軋みを上げるポリゴン、その最中に燃え上がる怒り。
なぜ今なんだ。どうして、よりによって
「邪魔ァッ────」
────すんな。かぐやの門出を、彩葉の晴れ舞台を。
そう叫ぼうとした。叫びたかった。
灯篭人間共を追って跳び立ち、アイツらの下へ駆け付ける。その寸前で。
「……は?」
「ゲンちゃん?!ゲンちゃんどこ行ったの、このままじゃかぐやちゃんが……!」
暗転。一瞬遅れて視界に映るのは、現実世界の俺の部屋。
隣ではツクヨミ内と同じく真実が、
単なる不調?こんな時に?
(違う……ッ)
でも覚えてる。最後の刹那、ステージから俺を見下ろしていた瞳を。
「……ごめんね」
ヤチヨ。
なんで。