酒に狂った男   作:鶏肋

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諌山真実、浮かれる

ふと疑問に思った。真実の彼氏って結局誰だ。

 

「アイツに男の影は無かった筈だが……」

 

何故か綾紬から「コレに従って。じゃなきゃ考え得る限りの酷い事を君にする」という文面と共に送られてきたファッション指南書、それに沿う形で買った服を纏いつつ唸る。なんでも、女の子からの誘いに半端な服で応じた男は万死に値するらしい。

 

そう。今日は即ち、真実と約束したショッピングの日だった。

 

(でもよく考えたらそもそも彼氏持ちのJKがそれ以外の男と街に繰り出す事自体が不味くね???)

 

だが引っ掛かるのはやはりそこ。というか考えれば考えるほど体調悪くなるので早急に脳から追い出したい思考なのだけれど、そうも言ってられない状況なのが面倒臭い。俺の所為で彼氏君との仲が拗れるような、そんな真実の幸せを邪魔するような真似なんかしたかないってのに。

 

いやでも腹立つな。誰の目盗んで真実に手ェ出してんだソイツ。やばっ、殴りてぇ。でも真実にとって大切な彼氏なんだよな。いやでも…………いやいやいやいや……

 

(とりあえず会ったらまず聞こう。話はそっからだ)

 

物騒な方向へ舵を切る脳を抑えながら、待ち合わせ時間より遡ること1時間。充分に間に合った、その筈だった。

 

「───っ」

 

真美は既にそこにいた。

幾らなんでも早過ぎる。でもかねてより示し合わせていた時計台の根本で、ソワソワと落ち着き無く振る舞う姿は俺の見知ったそれで。

けど、何だこれは。

 

(真実……だよ、な?)

 

着こなしに関しては部外漢極まる俺ですら分かるほど、気合の入ったコーディネートだった。

往時のふんわりした雰囲気から一転、どことなく締めた雰囲気を感じさせる装い。でありながら窮屈さを感じさせず、後ろに纏めた髪も相まって清涼な風さえ感じるような……

 

……ここで、少しだけ話を逸らす。

 

俺は初めて酒寄に出会った時、“綺麗”だと思ったんだ。

綾紬を見た時には、“美人”だと思ったんだ。

なら真実はどうかというと、“可愛い”。あの3人で、そういう風にジャンル分け出来ると思ってたんだ。

 

でも今の真実は。

 

「……ふふっ。〜〜〜♪」

 

髪を弄りながら、はにかむその見目は、

 

綺麗で、

美人で、

可愛い。

 

その三つを兼ね備えてた。

 

……動けなかった。

 

「──み」

 

声が出ない。けど、これ以上待たせたらダメだ。

アイツを1人にしたらダメだ。近くに俺がいるって示さなきゃ。

その思いで絞り出した声は、信じられないくらいか細く頼りなくて。

 

「……っ、真実」

「──!ゲンちゃん!!」

 

それでも、聞いた瞬間にぱあっと花開いたその笑顔に。

意味はあったと、そう信じられた。

 

 

「わ、すっごいキメてきたねゲンちゃん。ううん褒めてるんだよ、素直に受け取ってってば。私?ああ無問題(モーマンタイ)、今来たばっかだから気にしなくて良いよ〜……彼氏?あっごめん!それ嘘!詳細は言えないけどそれ嘘だから!私独り身だから浮気してないからっ!!」

「ホォォォォォォ……」

「溶けたー!?」

 

 

 

彼氏は嘘らしい。良かった。

何が良かったって、刑事事件を起こさずに済んだ。

 

で、そんな感じで持ち直した俺は今──ショッピングモールに夏限定で開かれた水着コーナーにいる。

女物の場所にいる。

目の前で真実が品を手に取ってるその後ろで、佇んでる。

 

(居心地()っっっる!?!)

 

神経の半径(図太さ)R=3000kmの俺でも、時折突き刺さる他の客の視線が痛いんだが!?しかも俺が無駄に背が高くて、かつ真実が小さくて棚に隠れるから余計酷い!目立つッ!!

 

「なぁ……コーナーの外で待ってて良いか……」

「えーっ、それじゃあすぐに意見聞けないじゃん。ほら、早速選んでよ」

 

敢えなく却下。俺の逃避願望を切り捨てつつ、真実はにこやかに二種の水着を自分の体に並べた。うーん……?

 

(これ正解ってあるのか?)

 

衣服センス0の俺の意見が参考になる気はまるでしない。女性の水着に関する名詞なんて“ビキニ”くらいしか知らない訳で、そのビキニの中でもさらに細分化されたデザインとか口出しのしようが無くて困る。

 

というかそもそも、彼氏でもない男に選ばせるなよ。俺じゃなかったら勘違いしてるぞ。オイちゃんと真実を守れや彼氏ィ!あぁそうだ居ないんだったな!!

 

「……ゲンちゃんはさ」

 

そうして長考に陥ってしまった俺を見かねてか。このタイミングで助け舟が差し出される。

上目遣いで覗き込んでくる琥珀色の瞳が俺の目を捉えていた。恥ずかしいのはこっちの筈なのに、その頬をどことなく上気させて。

 

「どっちを着た私が、見たい?」

「────」

 

……ズル過ぎる。

迷ってたのがバカらしい。そう思えるぐらい、その一言で全てが決まった。

 

「お前が言い出したんだからな」

「えっ、ちょ」

 

水着をひったくり棚へ戻す。そして真実の手を引き、コーナーの奥へ。

後悔すんな。お前が求めたんだ、俺の欲望を。だったら他の人からどう見えるかなんて関係無い、俺が思う理想の姿を押し付けてやろうじゃねぇの。

 

立ち止まって、引っ掴むハンガー。そこに掛けられた水着を、俺は勢いよく真実へ押し付けてやった。

後で調べたが、名称は“オフショルダー・ビキニ”。白地にウインドウペンチェックの青い線が引かれ、水色のスカートも併せてかとなく涼しげな印象を与える。そしてトップスにはフリルが添えられ、細やかながら華やかさも演出していた。

 

先述の通り、今の真実は美人で綺麗で可愛い。けれど俺の手で真実を彩るのなら、やっぱり可愛さを際立たせたい。

さっき通り掛かった折に見かけたこの水着一式は、それにそぐう物だと思ったから。

 

「……ゎ〜ぉ」

 

それを受け取った真美は一瞬硬直。まさか気に召さなかったかと戦慄するも、すぐに杞憂だと分かるレベルの速さで、ギュッと水着を抱き締めてくれた。

 

「えへへ。ありがと、ゲンちゃんっ」

「……俺以外にウケるかの保証はしねぇからな」

「ううん、ゲンちゃんの見たい私になれればそれで良いから」

 

だからー!そう勘違いさせるような事を易々と吐くな食いしん坊!!

 

 

ちなみに試着を見るのは遠慮した。ちょっと耐えられる気がしなかった。

 

 

「見ろよーっ!このヘタレー!もしもし彩葉、じれったいし私ちょっとやらしい雰囲気にしてくるね。えっ駄目?そんなー」

 

 


 

 

私の想い人が格好良過ぎる。

 

「────真実」

(おゎあああああ低い声ぇぇぇ下の名前で呼ばれたぁぁあああ!!!)

 

いつもの激情に任せた輩口調からは考えられない落ち着いた声音で、久しぶりに口にしてもらえた名前。その瞬間だけで、私のボルテージは最高潮に達してしまった。

しかも、全部が“良い”。サラッとした生地の半袖にジャケットを羽織り、タイトなパンツが全体を引き締めてる。ただでさえガタイが良いのにこれは反則。

 

(嘘でしょ、フツーに帝様・彩葉の二推しに食い込んできかねないってコレ!芦花ナイス!マジ感謝ですっ)

 

縁の下で整えてくれたという親友に心からの謝礼を抱きつつ、この幼馴染の隣を一日歩くという事実に心臓が跳ね回る。想像を絶するメロさに耐えられるだろうか、私の肋骨。

 

 

……結論から言おう。耐えられない。

 

「荷物よこせ。こういうのは(おとこ)の十八番だろ」

「ここのフードコートのクレープ屋さ、チェーン店とは思えんぐらい美味いらしくてな。あ?お前と行くんだから調べるに決まってんだろ」

「そっち歩け。理由?なんとなく」

 

(車道)側を歩いてくれるのは勿論の事。

私の趣向に合わせたルートを予め考えてくれて。

積極的に荷物を引き受けて、私の片手が絶対に空くようにしてくれる。

何だこのスパダリ。私、コイツ相手にどうやってのほほんとしてたんだ。思い出せない。

 

だからこそ悔やまれる。

 

「諌山ぁ。流石に……彼氏“役”とはいえ、付き合ってない相手を水着コーナーに引き入れるのはどうかと思うぞ」

(なんで見栄張っちゃったかな過去の私ーっ!!)

 

 

一つずつ説明していこう。まず、「彼氏がいる」という虚偽の噂についてだ。

 

中学時代、ゲンちゃんと一番近い……というか、唯一気軽に話しかけられる異性は私だけだった。当時のゲンちゃんはカーストの絶対的頂点、半ば神域として崇められつつ避けられていたから。そして私も、ゲンちゃんの“お気に入り”という事で、他の男子と親交こそ築けど手を出されるような事は無く。

だからこそ思いついてしまったのだ。この状況で、「諌山真実には彼氏がいる」という風潮を流せば。

 

その相手は確定レベルで石実現だ(限定される)と。皆を誤認させられると。

()()()()()()()()って、そう小賢しく考えついてしまったのだ。

 

もっと言えば、この噂がゲンちゃんに届けば意識してくれるかも……とも。

 

この作戦は半分成功。噂を信じた子達は皆、私は既にゲンちゃんの物だと思い込んでくれた。万が一にも、勇気を出した他の娘にゲンちゃんが盗られる危険は無くなった。

一方でもう半分の失敗部分は、ゲンちゃんの不機嫌を恐れて彼に噂が伝えられなかった事。でもこれは大きな問題じゃなかったんだ、外堀は着々と埋まっていってたから。このまま積極的に動かなくとも、緩やかにゲンちゃんと繋がり合えるって、そう臆病な安心に身を委ねて──

 

中学卒業。

高校入学。

彩葉が来ちゃった。

 

(この件に関してだけは逆恨むよ〜……!)

 

私がアプローチしてなかった所為で、ゲンちゃんは意識をそのまま打倒彩葉に向けちゃった。

しかもゲンちゃんが失墜する際に無駄に器用に私を巻き込まないようにして、私はそれに気付かないまま彩葉と仲良くなっちゃった事で「あっ諌山の彼氏って石実じゃなかったんだ!?」と周囲に捉えられ。

結果、ゲンちゃん本人には今になって「真実には俺以外の彼氏がいる」と誤解されるという最悪の展開になっちゃった!

 

誰が悪い?うん。奥手な上に、失墜するゲンちゃんに巻き込まれてあげられなかった無思慮な私が悪いね。

 

(それでも今日なんとか誤解は解けたけど……流石にこの状況で告白するなんて無理だったし、芋引いて“彼氏()”を頼むしか出来なかったなぁ)

 

今の自分が恥ずかしいやら、過去の自分が恨めしいやら、ゲンちゃんに申し訳ないやら。そんな複雑な感情を抱きつつ始まったデートだけれど……

 

 

……やはり私は、どこまでいっても現金な性根らしい。

 

「お前が言い出したんだからな」

「ゎ……ぉお……」

 

ゲンちゃんが私に向ける欲望。それが形になった、オフショルダーの水着。

これがゲンちゃんの色。

着れば、私はその色に染まる。

それを承知で、ゲンちゃんは押し付けてきた。押し付けてくれた。

 

(……嬉し過ぎるよ)

 

試着スペースで纏う布を、自分の体ごと抱き締める。ゲンちゃんの欲に相応しい形になった諌山真実を、私は心から好きになれそうで。

 

敢えなくゲンちゃんは水着コーナーの外へ逃がしてしまったから、今この姿を見てもらう事は出来ない。けれどもし機会があるなら──ううん、作るんだ。近いうちに絶対、この私をゲンちゃんにプレゼントするんだ。

 

そう思うと、どうしようもなく体が熱くなって。その火照りを冷ますのに、少々時間を掛けてしまったのだった。

 

 


 

 

……さて。こりゃ真実から逃げた罰か?

いや、順当に自分の業ってヤツだなこれは。完全な自己責任だわ。

 

「久しぶりだなァ、コラ」

「……」

「ポッと出の奴に負けたんだって?ダッセ」

「……誰だっけ」

「殺すぞ」

「いや待て。見覚えはある。10秒待て」

 

水着コーナーから逃げ延びて真実が出てくるのを待ってたら、途端に囲んできた不良集団。明らかに俺に用があるみたいだったので、真実がいない内に済ませるべきかと、裏手まで素直に連行された。

で、あともうちょっとで思い出せそう……うーんと、えーっと、ごめん誰?

 

「……豚の陶器の借り、ここで返してやる」

「あっお前かぁ!」

 

相変わらず名前は思い出せないけど真実をいじめてた男子!真実が好きだったけど素直になれないからいじめてた男子じゃねぇか!!今の俺以上に惨めなザマになって他の校区へ落ち延びた筈だけど、こんな徒党を組めるまで再興するなんて見上げたモンじゃんか、えぇ?今の俺なら叩き放題っつー事でノコノコ出てきた訳だな、いやー目敏くて困るね。タハー。

 

(って言ったら流石にキレさせ過ぎるかな……実際見上げたモンだけど……)

「テメッ……マジで忘れてやがんのかゴルァ!!」

(いや手遅れだったわ)

 

勘違いしないで欲しいんだが、本当に挑発したつもりは無かった。のにこうなってるのは、偏に俺の積んできた人生経験の薄っぺらさ故か。割と本当に申し訳なくは思ってるんだが、それが通じる相手では最早ないらしい。

 

「死ねェェェ!!!」

 

迫り来る金属バット。風を切るその音は、俺の頭蓋めがけて一直線。すんげぇ殺意。

でも、俺に避ける権利は無い。今まで他人にやってきた事が、ただ返ってくるだけだから。因果応報が正しく働くなら、それを拒む理由がどこにある?

それを跳ね除けられる地位(つよさ)を失った俺は、その精算を受け入れるべきだ。

 

(……でも)

 

ただ一つ思うのは。

真実にバレないようにしないとなと、それだけ。

 

鈍い音が、暗がりに響いた。

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