酒に狂った男 作:鶏肋
なのでこれらを本作のイメソンとします(唐突)
第一印象は、過激。
第二印象は、錯誤。
第三印象は、“男”。
総じて「錯誤の末に過激化した男」。そう思ってた。
間違ってはいないと今でも思う。私の判断は現実が証明してる。
でもきっと、解像度は足りてなかったんだろう。
「えっ」
「なにっ」
「何だァ!?」
避ける権利は無い。俺はそう思った。
精算を受け入れるべきだ。そう思った。
思ったが……防御しないとは言ってない。これ詭弁な。
(金属バットは流石に響くなぁ)
鈍器を受け止めた掌、その光景に相手一同は目をかっ開いて動揺を隠せてない。
そうビビんな、こちとら酒寄に体育成績で負けて以来ガチで体鍛えてんだぞ。これぐらいの打撃ならバットの重心くらい余裕で見切れるわ。ちなみに多分酒寄なら得物の方が砕けてる。
っとと、奴らがビビってる内に先手取っとかないと。
「ストップ」
「えっ、いや……何だよ」
「ちょっと交渉しよう。お前らの為に、だ」
俺が防御したのは、狙われたのが顔面だったからだ。流石にそこは不味い、
「俺を尾けてたなら、ついさっきまで諌山と一緒にいた事は知ってんだろ?」
「それがどうしたってんだ」
「よく考えろ。諌山は一軍女子だ。もちろんめっちゃ交友広い。そんな奴の前に、俺が顔面挽肉で現れたらどうなると思う?──めっちゃ騒ぎになった末に、お前らの居場所も無くなりかねんぞ」
「「「ッッッ!!!」」」
まさか真実をダシにして脅迫するなんて情けなくて涙が出そうだが、だからこそでもある。俺だってそんな、アイツに心配かけて頼るような真似はしたくないんだよ。
「だから、狙うなら服の下に隠れる部位な。今日の服装で言えば肩・胴・腰・股・脚。他の露出部分は避けて殴ってくれ。そこ以外だったら俺も防がん」
「そこは良いんだ……」
「こう見えて反省してるんでね。諌山をあんま待たせたくないし、手早くボコボコにしてくれると助かるよ」
「バカッ、絆されんな!コイツはなぁ、悪魔なんだぞ……!」
おーおー言ってくれる。概ね事実だからしょうがないけど、出来る限り早くやって欲しい。俺だって痛いのは嫌だしな。
「悪魔なら討てば良い。お前の判断は俺が保証する」
「舐めやがってぇぇぇ!!」
意図的に刺激してやれば、フルスイング。今度は防がない。衝撃と激痛を覚悟しながら、右脇腹へ吸い込まれる金属塊をゆっくりと目で追う。
直撃。覚悟していたショック。
「っ
やべぇ。痛ぇ。ちょっと立ってられねぇ。
一方的に殴られる痛さと怖さって、こういう事か。こんな事を、今までの俺はやってきたんだな。
「……えぇ」
「マジかコイツ」
「こわっ。こぇーよ」
この一発じゃ済まない筈だ。気の持ちようだけで何とか出来るかは分からんが、せめて真実の所は辿り着いて、別れを告げるだけの意識は残さないと。次はどこだ?逆の左脇か?肩か?足か?
息を整えてその時を待つ。だが一向に来ない。なんだ、今更怖気付いたのか?俺だったらここぞとばかりに連打するのに、何故。
「こっちです!おまわりさーん!!」
停滞した状況を切り裂いたのは、そんな声だった。一回聞けば分かる。
綾紬。
「やっべ、ずらかるぞ!」
「コイツどうすんだよ!?」
「知るかよ逃げるしか無いだろ!!」
蜘蛛の子を散らすように走り去る卑怯者、その姿が全員見えなくなるのを見計らってから顔を出す。現場に残ってるのは、蹲る石実だけ。
「……礼は言わねぇぞ……なんてほざける立場じゃねぇな。助かった」
「言わなくて良いよ。私も半ば、見て見ぬフリしてたようなものだし」
水着コーナーから出てきた石実が奴らに囲まれてから今まで、ずっと見てた。でも最初は彼らがどういう関係だったか分からなくて静観に徹して、最初にバットが振り下ろされそうになった時にやっと警察を呼ぼうとした。
それをやめたのは、石実が受け止めて交渉を始めたから。つまり、石実の意向を優先した……という建前の下、彼が暴力を振るわれるのを黙認したようなものだ。
「今、救急車呼ぶから。真実には私が説明して、」
「よせ」
その後ろめたさを隠すようにスマホを取り出した手を、他ならない石実が制してくる。意図が読めず怪訝な表情を浮かべた私に、彼は気丈にも、脂汗を拭いつつ笑みさえ浮かべてくれた。
「これは俺の問題だ。真実には知らせるな。この程度なら、今日一日はしっかり付き合ってやれる」
「なっ……その身体でデートを続行するつもりなの?!」
「安心しろ……ヒッ、ヒッ、フー。ホラもう大丈夫」
「んな訳ないでしょ、見せてみなって!!」
「ぅゎやめろッ」
明らかに強がっている石実の隙を突いてシャツを掴み、思いっきり引き上げる。どうせ脇腹が酷いことになってる筈だ、すぐに処置を────
処置、を……。
「ほらな?」
「ゑぇ……???」
無傷?そんなまさか、アホな。あり得ない。同学年男子高校生による鈍器殴打だよ?
「痣になるかもなぁ*1」
「金属バットの。フルスイングを喰らって。痣」
「この程度で引いてんじゃねぇ。酒寄だったら肋骨の隙間に挟み込んで逆にへし折るまであるだろ」
「ねーよ」
コイツ彩葉を何だと思ってるんだ。そんな視線を無視するのように右脇腹と掌を摩りつつ、石実は立ち上がる。真実の下へ戻る為に。
「けどマジでありがとう。この借りはしっかり返すから、待っててくれ」
「…………」
……分からなかった。何が彼をそうさせるのか。その献身は、挺身は何処から来るのか。その善性を持ちながら、どうして悪ぶって……ううん。善でありながら、あんな所業ができたのか。
や、違う。私は既に答えを得てる。前に真実の家へ彼を招き入れた時、彼が持つ信念に私は確信を抱いたんだ。
「石実の……」
「あ?」
奇しくも前と酷似したシチュエーション。呼びかけに足を止めた彼に、私は問う。
「君の考えてる男尊女卑って、要は“
────『“盾”で考えてみろよ。人の柔肌より脆い盾が防御手段として成立するかっつったら、そりゃあ否だろ』
盾。彼はそう言った。
“弱い男は害悪だ”とも。“弱いまま出しゃばれば重荷”だとも。
つまり、石実現という男は……
「
「!」
「出しゃばれるくらい強い男として、守りたかった」
これだ。これが石実が抱く本当の夢なんだ。
支配して、縛って、その代わりに
“女のクセに”は、“黙って大人しく守られてろ”の裏返しなんだ。
「そうなんでしょ?違った?」
「────沈黙を答えとするよ」
「じゃあ是、だね」
勘違いしないで欲しいけど……とても立派な願いだと思う。出力方法があまりにも“暴”なだけで、もっと穏やかな方向で為されたならそれはもう聖人君子そのものだろう。やり方の過激さで、その根本の部分を否定したくはなかった。
でも、だからこそ私は問いたい。その理想に秘められた大きな矛盾を。
「そんなに女性は
「あー……そうだ。信じられないね」
ダウト。露悪的に言い返してくるけれど、それが悪意を疑うが故の不信でない事はお見通しだ。そのレベルの人間不信なら、彼の懐に彼女はいない。
「真実を信じてないとは言わせないよ」
「その真実が女子グループに裏切られたって話を前にしたじゃん」
「あなたと彼女の話をしてるの。逸らさないで」
「あーもう。キッパリ言うが、俺は
「……!」
ここでトーンが、“信じてない”の意味が変わったのが分かった。
石実が言いたい不信の形。それは……「頼れない」という事なんだって。
「同性同士ならともかく、男女の役割は先天的に明らかに決められてる。男は“外”で“命を燃やす”のが仕事。女は“内”で“命を繋ぐ”のが仕事だ。これは膂力の性差だけじゃなくて、寿命の長さや免疫力の分野じゃ女の方が秀でてるのも根拠になるな」
「じゃあその点で頼れば──」
「それが
吐き出されたその憤怒に、思わず息を呑む。まるで
その気圧されを機と見たか、石実はそのまま畳み掛けてきた。
「俺はそんな男を無条件に軽蔑する。先天的に
「……っ。誰もそんな事、決めてない」
「そう開き直れりゃ話も早いんだがね。残念ながらそうそう騙し切れんモンだぜ、自分自身ってヤツはよ」
諦めを孕んだ笑みで以て、石実は私の反論を跳ね除ける。その言葉の裏に隠した果ても宛ても無い激情に、それでも私は対峙を選び続けた。
「でも、ホント勘弁なんだ。何も守れないまま、蚊帳の外で見てるだけの愚図に成り下がるのは。守るべき者に守られて、そいつが傷付くのを前提としなきゃ生きられない屑なんて」
「そうなるぐらいなら、死んだ方がマシとでも言いたげだね」
「ああ。
……けどそろそろ限界だ。石実の話を聞いてると誰かさんを思い出して頭が痛くなる。ガンガン殴られたみたいにフラッシュバックして、面影が重なるようだった。
「どこまで行ったところで、命だけ守ったって、弱い自分からは逃げられねぇからな」
だったら弱い自分を殺すまでだろと。彼はそう言う。
弱い自分を否定しようと躍起になる、
だから私は、こう返すしか無い。
「そんなの……辛くて窮屈で……生きてる意味、無いじゃん」
そうだ。ずっとこう言ってあげたかったんだ。
だから私はあの子が気になって。
そしてあなたが気に入らなかったんだ。それを今、
彩葉。
石実。
あなた達は、どうして自分に優しくなれないの?
「こんなの、あんまりだよ……」
「……憐れむなよ。俺は、俺自身を誇れなくても、この生き方だけは譲れねぇんだから」
違う。どんな信念があろうと、その為に自分を犠牲にしてたらそれこそ本末転倒だ。男女の前に私達は同じ人間で、人間ならまず自分の幸せの為に生きて良い筈なんだ。
そう言おうとして顔を上げても、言の葉は喉元で引っ掛かる。当然だ。言って何になる?彼が今まで支えにしてきた指針を否定して、その後私に何が出来るというんだろう?
彩葉もきっと同じだ。彼女の根底となる物──母への憧れを否定したって、拒絶されて終わり。そも、信念も無く生きてきた私の弁論が彼・彼女に敵うと思う方がおかしい。
打開策を求めて視線が地面を彷徨えば、石実を痛めつけようとした連中の残した金属バットだけが転がっている。
「綾紬?」
「石実」
数秒か、数十秒か。その沈黙を経てやっと、私は絞り出した。
「一緒に、地獄に堕ちて」
現はいわばアナザー彩葉、という話でした。
自分なりに格好付けてようとして、大事な事を置き去りにして、自分を苦しめている若人×2。相性が良い訳が無い。