酒に狂った男   作:鶏肋

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酒寄彩葉、休めない

夏休みというのはあっという間に過ぎ去っていくもので。バイトに勉強についでにKASSEN、真実からの誘いに明け暮れる俺も例外ではなく、遂に久々の登校日を迎えてしまった。

 

「こんな濃厚な夏休みは人生初めてだったよ」

「そりゃそうですとも。この諌山真実とずっと一緒だったんだから」

「何様だこの」

「ぐぇー」

 

……あっミスった。1学期で折角離した筈の距離感が、この1ヶ月の所為で完全に逆戻りしてる。

しかし、いや本当に濃密だった。その原因は真実との付き合いもあるが、やはり最も大きな要因は酒寄の存在に他ならない。

 

(真実が関わらない時間はずっとアイツを意識し続けてた。条件を等しくする為にバイトまみれにしたし、置いて行かれない為に勉学に励んだし、上回る為に心血をフル稼働した)

 

果たしてそれが実を結んだのか、これから結ぶのか、それとも無残に散るかは分からない。だがやるだけはやったという自負と共に、1限目を迎えた俺は、幾らか離れた席に座る天敵へ執念を燃やs────ん?

待て。アレって……いやまさか。酒寄に限ってンなバカな。

 

(綾紬ー。聞こえっかー)

「……」

 

ダメだ聞こえちゃいねぇ。となると位置的になんとか出来るのは俺だけ。この緊急事態を。

 

 

……酒寄が意識トばしてやがる。あの酒寄彩葉が!!

 

(あの糞多忙(ブラック)カフェで週5勤務なんかするからだ超人ッ!)

 

このまま生活態度が乱れて成績落とせば俺の天下再来だぜイェーイ……なんて御めでたい頭は生憎してない。お前の事だから授業を聞き逃した事を精神的に引き摺りかねんし、他の誰かが気付く前にちょっと塩送らせて貰おう。

 

消しゴムを極小サイズにちぎり、親指の腹に乗せて──デコピン狙撃。当たれ。当たった。

 

「~……?っ、!!」

(やったぜ)

 

二の腕へ当たった感触に、酒寄が目に見えて反応・覚醒したのを見届けた俺は内心ガッツポーズ。だがその直後に授業を聞いてなかったのを見抜かれて当てられたのはご愛敬だ。

 

 


 

 

石実現。

私にとってお母さんをラスボスとするなら、彼はきっと道中で何度もぶつかるライバル。超えるべき壁で、でも失礼ながら、超えなきゃ()()()()()()相手だと思っていた。

 

ファーストコンタクトは入学式。新入生代表としてスピーチする最中、ひときわ鋭い視線を感じて見下ろした席の一つに、彼を見つけた。剣呑なのに敵意や害意のようなものを感じ取れなくて不思議だった。

 

最初に話しかけてくれた芦花曰く、私が来るまで環境トップだった子だという。つまり私は彼からその座を奪ってしまったという訳で、そこはかとなく申し訳なく思ったりしないでもなく。

 

けれど、私が目指すのはお母さんだ。親に頼れず弟妹を養いながら学業でぶっちぎりの先陣を切り、見事身を立てたお母さんに認められる事なんだ。

つまりお母さんは、こういうライバル達を当然のように撃破してきたという事に他ならない。なら遥かに恵まれている私は、もっと彼みたいな人を軽々と踏み越えて行かないといけない筈だ。

 

そう思い励む日々。幸いにも、私の半端な才能は半端なりにて広い範囲に渡っており、努力に見合うだけの成果を出力してくれる。それで勝ち獲った学年トップの成績は私を肯定してくれる。

 

でも……石実は悠々とそれに追い付いてきた。

少しの凡ミスをしてくれるから辛うじて先んじているだけで、私と彼の間に差はほぼ無い。それ即ち、私の方に凡ミスは許されないという事で、そのプレッシャーは中々にしんどい。

 

 

『石実?アイツか……ここだけの話、アイツ親御さんがいなくてな。一人でよくやってるとは思うんだが』

 

気になって探ってしまえば、境遇はむしろお母さんに近しいとまできた。私の中で、石実の存在感が際限なく大きくなっていく。

 

『俺は1番(トップ)の俺が大好きだ。逆説的に、それ以外の負犬(おれ)が大っ嫌いだ』

 

本人からストイックな姿勢を聞くほどに、その在り方がお母さんと重なっていく。

 

だから私は、石実に勝たなきゃいけない。勝ち続けなければいけない。夏を経た今、最早彼は通過点ではなく、お母さんを目指すにあたっての避けられない壁となっていた。絶対に。

 

……のに。

 

 

「え~……あぁ、ベクトル計算っすね。A・Bは内積、A×Bは外積になります。前者は三角数cosを用いまして、後者は……平行四辺形の面積だったかな」

「あー、そこまで分かってるならもう良い。全く、授業はちゃんと聞けよ」

「うぃー」

 

さっきの授業。私がほんの少しだけ現を抜かした時、左肘のポツン、という感触で正気を取り戻した。

見れば消しゴムの欠片。角度的に、石実。そして間を置かず、集中してなかったとみなされた彼が当てられ……流暢に答えてみせた。

凄いヤツだと、流石だと。そう簡単に尊敬できるなら、どれだけ良かっただろう?

 

(ダメだ)

 

()()弱みを晒した。それを助けられた。これで二度目だ。

一度目は夏期講習。それとなくお父さんの事を打ち明けてしまった。お母さんに似ている彼から、私があの日からずっと抱えている後悔の糸口を掴みたいと思ってしまった。剰え、返ってきた答えに勝手に傷付いて、彼に気を遣わせてしまった。

 

そして今回。彼の事だから、私が疲弊してるのをきっと理解してしまう。なら放っておけば自滅して、彼が頂点に返り咲けるかもしれないのに、それでも陰から助けてくれた。弱みを掬われてしまった。

 

弱みを元手に背中を刺してくるなんて事をするような奴じゃない事なんて分かっていても。

 

(私が納得できない……!)

 

主題は私。お母さんの教えを無駄にして、弱みを晒し続ける私を、肯定できない私なんだ。

 

 

「ご、5秒90……石実。お前やっぱり陸上部入れ」

「え?嫌です」

「あのなぁ……」

 

 

「酒寄さん6秒台出したんだって!?凄いじゃん!!」

「……あは、は。そうかな」

「そりゃそうでしょ。酒寄さんだもん」

 

50M走で新記録を叩き出す石実を見ながら、その思いを一層強くした。

とっくの昔に体育じゃとっくの昔に抜かされてしまってる。これ以上の()()はもう晒せない。

勝った石実は孤立して真実達や先生以外関わろうとしないのに対し、負けた私には周囲がこぞって持て囃してくるのも最早恥ずかしくて、居た堪れなくて。

 

──憐れまれて良いんか、彩葉。

 

ダメだ。

 

──恐れを振り払うならば。

きっと最も確実なのは、

真正面から踏み越える事だと。

ヤチヨはそう愚考するのです。

 

やらなきゃ。

 

勝つんだ。私は。

 

 

 

 

「石実。勝負しよ」

「へ?」

「学期末、成績良かった方が命令権。それで良い?」

「えっ……!?」

 

決意してからの行動は迅速だった。

背水の陣。自分を追い込むための宣戦布告。

 

石実。決着を、付けよう。

 

 

 


 

 

 

「同盟結んだ傍から何を彩葉に吹き込んでくれちゃったのかな君は???」

 

石実です。放課後、綾紬に校舎裏で胸倉掴まれた石実です。石実です……。

 

「待て綾紬。ちょっと待って。まず、昼はお前のお陰で助かった。サンクス」

「どういたしまして。遺言はそれでOK?

「not OK」

 

何に対する感謝かというと、今綾紬が言及した“同盟”についての事だ。

真実とのデート中に助けられた一件を皮切りに、なんと綾紬は俺の勉学をサポートしてくれるようになった。どうやら彼女も酒寄が自分に厳しすぎる性格(タチ)なのを懸念に思ってるらしく、

 

──彩葉の固定観念を砕く。

その為に利用させて貰うよ。

 

との事。俺は「おk把握」の二つ返事。もっと単独で気張りたかったところだが、それが綾紬にとっても利になる事なら特に断る理由も無かったから。

具体的にどんなサポートかというと至極単純で、一日終わりにオンラインで復習会議を執り行うだけ。だが一人よりも二人、ただ視点が増えるだけで目に見えて効率は上昇した。俺が見落としていた箇所を綾紬が拾ってくれる時もあるし、綾紬に教える過程でもその学識は俺自身の脳に定着しやすくなっていく。

昼、数学ベクトルに関して先生に当てられても凌げたのはその影響だ。1学期の俺のままだったら、分からないまま開き直ってまた評価下げられてただろうな。

 

それはそれとして、あの酒寄の宣戦布告 is 何?むしろ俺が聞きたいんだけどォ!?

 

「いや俺としちゃ酒寄の方から仕掛けてくれるなら受けて立つ!って感じなんだけどさ。むしろ俺からの一方的なライバル視じゃなかった事が普通にめっちゃ嬉しいまであるんだけどさ、急に人権賭けて最終決戦とか心の準備追い付かねぇよ」

「心当たりは無いと。分かった、信じてあげる」

「ああ、真実が上手いこと聞き出してくれることに期待しようぜ。真相は酒寄のみぞ、だ」

 

現在、真実が下校を共にしつつ、宣戦布告に至った経緯を酒寄本人から聞き出そうと四苦八苦してくれてる筈。その結果如何によって今後の行動も変わってくるだろう。

 

……けど、俺自身としては“徹底抗戦”一択で既に定まっていた。

酒寄の方から挑んできてくれる。その事実が、悔しい程に嬉しい。

 

「許せよ綾紬。命令権なんかどうでもいいが、俺はアイツと()るならとことんまで全力出すぞ」

「……うん。私にとってもチャンスかもしれないし、ここまで来たら最後まで乗る。とことんまで死力を尽くして」

「ああ、とことんだ」

 

為せば成る。為さねば成らぬ、何事も。つーか為るように成れ。

そんな半ばヤケクソだったり望外の機に対する高揚だったりを抱きながら、俺達は各々の士気を高めるのだった。

 

 

「え?とんこつ??」

「真実ってば、食い意地張りすぎでしょ」

「いや違くて!誰かがとんこつって連呼したんだよっ、本当だってば!」

 

 

 


 

 

──“勇気出してみたよヤチヨ。吉と出るかは分からないけど、頑張ってみるよね”

 

──“2029年9月15日。酒寄に喧嘩売られた。期末テストにて受けて立つ。日記〆”

 

「……ああ。やっちゃった」

「けど、必要な事だ」

 

電子世界で歌姫が嗤う。ほくそ笑み、嘲り、運命に舞う。忘れること叶わぬ大恩を、仇で以て返すべく。

その様をただ、一匹の海牛は見つめるのみ。

 

「FUSHIは、私を恨んだりしないの?」

「悪ぶるな。今じゃなくとも、アイツらはいつか同じ問題に直面しただろ」

「そっちこそ悪ぶってるじゃん。お互いキツイね」

「……」

 

因果に縛られるが故、だなどという言い訳が何の慰めになるか。己の不義理と矛盾に歌姫は一層笑い、海牛は唾棄した。どちらもその対象が自分自身である事など、言うまでも無い。

 

「……ごめんね。いろは」

「許すなよ、ゲン」

 

これは二人だけの罪。

 

死の概念さえ喪った彼女と彼が、それでもありはしない墓へと持っていく、彼らだけの咎の記録。

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