1.覇王
現在、漢は全体主義国家ではありますが、揺りかごから墓場まで保証されている訳ではありません。
人は食べる為に稼がねばいけません。
情報統制とプロパガンダにより、子供の頃に愛国心を叩き込まれ、皇室への忠誠を高めました。そんな中で、立身出世を望む者も多く居ます。
曹操こと華琳は「征服」「支配」と言う言葉が似合い、王たる風格と才能を持つ少女です。才能を愛し部下を重宝しましたが、その反面で才能の無い凡人──その他大勢を理解できませんでした。それは華琳にとっての欠点とも言えます。
今回、彼女が拾った野比のび太は才能を持つ者か、凡人か、どちらに当てはまるか頭を悩ませていました。
凡人を理解する事も統治者には必要です。なぜなら凡人の嫉妬が足を引っ張る事もあるからです。
極端な話、戦争になれば総力戦で凡人であっても動員されます。凡人であっても上手く使いこなす必要性がありました。
華琳がのび太に与えようと考えていた職責は、武官か文官のどちらかでした。
自立できてこそ人は一人前と言えます。
「春蘭、相手をしてあげなさい」
「はい、華琳様!」
片腕である夏侯姉妹の長女、夏侯惇にのび太の才を見るための試験を命じました。
「のび太、剣を構えろ」
やる気満々の春蘭におびえるのび太。虎を前にした兎のようです。
「ま、待ってください。僕、本物の剣を持って戦うなんてできませんよ!」
のび太はドラえもんの秘密道具である電光丸ぐらいしか扱った事がありません。本物を振り回す腕力もありませんでした。
「始め!」
合図と共に春蘭の斬撃がのび太を襲います。悲鳴をあげて逃げ出したのび太が無様なのか、本気で襲いかかる春蘭が大人気ないのか判断は難しい所です。
(逃げ足は大した物ね……)
のび太が必死で逃げる様子を華琳は冷静に観察します。でものび太の持久力は少なく、体力は限界のようです。
「はぁ、はぁ、何で……僕が……こんな目に!」
春蘭はスタイル抜群ですが、巨大な剣を難なく振り回しています。正にアマゾネス!
ジャイアンなんて目ではありません。
「後ろががら空きだぞ」
追いついた春蘭がのび太の脇腹を剣で殴打しました。呻き声をあげて倒れるのび太をさらに足蹴にします。
戦場では敵に止めを刺すまで油断はしません。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言いますが、力加減を誤ったのか、肋骨が折れ内臓が傷付き、口から血を流してのび太は気絶しました。
「姉者、相手は子供だ。やり過ぎだぞ」
妹、秋蘭の言葉に春蘭はけろりとした表情で罪悪感すら感じてない様です。
訓練で兵士が骨折、打撲、裂傷する事は珍しくありません。時には死ぬ時もありますが、戦で足を引っ張られるよりも訓練で死んでくれた方がましと考えていました。
「手加減はしたぞ」
殺さなかったと言う事が春蘭の手加減だそうです。主君である少女に報告しました。
のび太は、自分の腕が上が武と共に上がっていく楽しみや喜びを知りません。それでは判断するにはまだ早いのですが、春蘭は断言しました。
「華琳様、のび太は武官どころか兵にも向いてませんね」
人には向き不向きがあります。
「そうね」
次は文官ですが、採用するには最低限度の読み書きが出来ないと仕事になりません。何しろ行政を司るお役所の役人ですから。
しかし──
「失念してたわ……」
溜め息を吐く華琳。頭痛を覚えました。
のび太が天の御遣いであろうと、異国の者である事に変わりありません。漢文の読み書きは不可能に近いです。先ずは文字の勉強から始めねば成りません。
才の無い者にも使い道はあると言いますが、使い道を考え出せないなんて事は華琳の矜持が許しませんでした。
(まるで、負けたみたいじゃない!)
この日から華琳によるのび太教育が始まりました。
2.才能
春蘭から受けた傷の療養で、のび太は二ヶ月ほど寝たきりの生活を送りました。勿論、その間寝てるだけで済むはずもありません。文字の習熟は最低限度、ここで生活や仕事をする上でも必要です。
療養中は歴史、漢詩、文学、社会情勢等あらゆる物が詰め込まれました。これも才能の芽をどれでも良いので伸ばす為です。
春蘭の失敗から華琳は秋蘭に指導を命じました。
「お前の得意な物は何だ」
少しでも得意な物があれば伸ばしてやろうと秋蘭は考えました。
「あや取りと射撃です」
聞き慣れない言葉に秋蘭は意味を尋ね、あや取りの遊びに感心し射撃で使う銃と言う飛び道具に興味を持ちました。
「銃と言うのは便利な武器の様だな。傷が治ったらのび太には弓を教えてやろう」
「弓ですか」
秋蘭が取り扱う得物は弓。のび太には近接戦闘ではなく遠距離攻撃が可能な弓を教えました。二、三手解きしただけで弓のコツを掴んだようで的の中心へ矢を次々と命中させるのび太でした。
「ほう」
秋蘭は弓の腕に覚えがありました。自他共に認める腕前でしたが、のび太には自分以上の才能を感じました。
(これは拾い物かも知れん)
のび太は本来、射撃の才能に特化していました。将来は自衛隊で特級の射手になり、オリンピックの選手や特殊作戦群入りも目ではなかったかもしれません。本人にやる気があればですが。
優しいお姉さん、秋蘭の教えも良かったのでしょう。射撃の才能と言う基礎があり、のび太に弓の才能が開花しました。
報告をする秋蘭の楽しげな表情に対して、妹を取られてのび太への嫉妬の表情を浮かべる春蘭が可愛く、華琳は笑みを浮かべました。
「そうなの。秋蘭が言うなら相当の腕前ね」
「はい。のび太は将来、必ずや華琳様のお役に立てると思います」
ようやく使い道が出来たと華琳はほっとしました。
のび太は小学五年生。天の御遣いとしての威厳には欠けており、華琳から見てもただの子供でした。
(着てる物の素材こそ珍しいけど、どこかの豪商か貴族の子弟と言えばそれまで。それで天の御遣いだなんて説得力も無い)
ただの子供にただ飯を食べさせるほど華琳も慈善活動家ではありませんでした。権力者として更なる高みを目指さなくてはいけません。
「秋蘭はのび太の才を伸ばしてあげなさい」
「はい」
返事を返す秋蘭の傍らで、春蘭は犬のように構って欲しそうです。
「華琳様、私は?」
「貴女は駄目よ。折角の才能を潰してしまうわ」
今後、天の御遣いとして活用するかは未定ですが、秋蘭が信じたのび太の将来を待つことにしました。いずれは秋蘭の補佐ぐらいは出来るようにしたいと華琳は考えました。
落ち込む姉を可愛いと思いながら、秋蘭は華琳の信頼に喜びを感じていました。
人は一生の内に何かを残す為に生まれたと言えます。
女として生まれたならば、何れは結婚し子を成して家を継がせる事でしょう。ですがまだ相手は現れていません。このままかもしれません。
ですがのび太が現れました。子種を貰う相手には幼すぎますが、自分の全てを継承させれられる相手が出来た事に、秋蘭は喜びを見出しました。
3.お勉強
「すげえ、また当てたぞ」
「全部真ん中か!」
練兵場で兵士に混じり弓を射るのび太。矢を射る度に歓声とどよめき声が沸き起こります。
注目の的ですが驚異的な集中力でのび太の意識は外界と遮断されていました。
手持ちの矢を全て使い切った所で今日の課題は終了です。監督をしていた秋蘭がのび太の肩を叩きました。
「のび太に私が弓で教える事はもう何もないな」
「そうですか?」
照れ臭くなって頭をかくのび太でしたが、秋蘭は微妙な表情を浮かべて続けます。
「だが、それ以外はからっきし駄目だな」
ガクッと肩を落とすのび太。武官として一芸に秀でている事は誇っても良い。ですが基礎体力が低すぎます。本人も自覚している事でした。
「ああ、それと今日から兵の動かし方を学んで貰う」
「兵?」
講師は有識者として名高い荀家の少女でした。この少女は最近、華琳の下に雇われたばかりで実績をあげようと躍起に成っていた所です。
「荀彧よ。あんたに私がしっかりと常識って物を教えてあげるわ。感謝しなさい」
のび太の視線は少女の頭に向かいます。荀彧が被っているのは猫耳に似たデザインのフードコートで彼女の金髪によく似合って見えました。
「孫子何て、あんたみたいな子供に言っても理解出来ないでしょうけど、黙って聞きなさい」
「はい先生」
先生と呼ばれ荀彧は表情を緩めて頷きました。
「私を敬う姿勢は良い心がけね。しっかり着いてくるのよ」
最初は実例をあげて目的、地勢、敵情の解説から始まり、例題の研究に進んで行きます。
「味方が包囲した山の上に賊徒が砦を構築している。敵は籠城の構えを取る物と見られる。味方第一線の攻撃進路、攻撃目標は何か?」
模範解答は、陽動を出して敵の攻撃を誘致。その間に挟撃するとか答えが出るのですが、時に子供は無邪気なまま残酷です。
「山を丸焼きにしたら良いと思います」
「あんたね、山を燃やすのにどれだけの薪が要ると思ってるのよ……。常識を考えなさいよ」
出題を代えて荀彧の講義は続きます。
「何で敵の本陣にいきなり兵を置いてるのよ! あんた馬鹿?」
のび太の様子を見ようと秋蘭が歩いていると、外の廊下まで荀彧の怒声が聞こえてきました。
「その兵糧庫は敵の一番奥でしょ! 迂回出来ないのに、どうやって送り込むのよ。ねぇ、あんた私を馬鹿にしてる?」
「えっと……」
空を飛べば良いと答えかけてのび太は思い出しました。この世界は化粧品や下着、眼鏡、野菜に果物と日用品や食材も豊富ですが、基本的に古代中国で空を飛ぶなんて不可能です。現代でヘリコプターや輸送機を使った空中機動はありふれた戦術ですが、この時代の技術では追い付いて居ません。
「しっかりしてよね!」
「はい先生……」
荀彧は有能な官吏ですが、優秀である為に自分以下は馬鹿と見なす欠点がありました。今回は子供相手と言う事でこれでも押さえている方で、成人男性相相手の時はさらにどぎつい罵り声をあげています。
扉の隙間から覗いた秋蘭は苦笑を浮かべ、心の中で愛弟子を応援すると二人を邪魔しない様にそっと離れた。
4.お使いイベント
朝礼やミーティングは、連絡事項を伝えて仕事を円滑に進める為です。朝議を終えた華琳はのび太に仕事を与えました。
「ちょっとしたお使いに行って貰うわ」
行って帰ってくる、単純なお仕事ですよねと思いたい所ですが、のび太も華琳の人使いの荒さを知っています。使える者なら親でも従姉妹でも使う。
「昨夜、町外れで追い剥ぎが現れたの。警備隊の捜索に下手人はかからなかったわ」
かねてから入っていた噂や情報を分析すると、近くの廃村に怪しげな者が出入りしていると言う事で、ここが根城じゃないの? と言う話になりました。ドラえもんなら「やったね、のび太君、簡単な仕事で」と言う所です。
「十中八九、そこに居るでしょうね。初仕事よ。兵を率いて賊を捕縛して来なさい」
「ええっ!」
初陣、文字通り初めての戦いです。殺し合いの覚悟はのび太にありません。
「嫌ならそれでも良いわ。他の者を向けるだけだから」
ほっとした表情を浮かべるのび太でしたが、続く華琳の言葉に表情は固まります。
「でもお使いさえ出来ない者は、私は要らないわ」
意味はわかるわね、とのび太の瞳を覗き込み視線を合わせて離しません。
傍らで見ている秋蘭ははらはらとした心境でした。のび太の優しさが今の世に合ってない事は言うまでもありません。
ですが華琳の配下で働く武官なら戦いは避けられません。
「……ぼくが行く事で、他の人の為に成るんですよね?」
「ええ、民の為よ」
のび太は自分で考え、自分で決断しました。
「行きます」
ふっ、と華琳から威圧感が消え部屋の空気が弛みました。
「桂花」
「はい!」
荀彧の真名です。
「のび太の補佐をしなさい」
「承ります」
のび太は将軍である夏侯淵の補佐と言う事で、対外的には校尉(将校)待遇でしたが、実権も実績もありませんでした。
その為、今回のび太に与えられた兵は十名。伍が二つです。実質的部隊運用は桂花が執る形になります。
これは非常に甘過ぎる特別待遇だと言う事にのび太は気づいていません。
「しっかりしなさいよ」
部屋から廊下に出ると桂花はのび太の背中を叩きました。のび太本人に自覚はありませんが、曹孟徳に見込まれた天の御使いであるのですから。
「はい先生。よろしくお願いします」
すると桂花はむすっとした表情で告げました。
「桂花よ」
「え?」
このタイミングで真名を預けられる理由が理解出来ません。
すると桂花は眉間にしわを寄せると早口で捲し立てました。
「私を先生なんて呼んでたら、兵に示しが付かないでしょう。察しなさいよばか!」
ふん、とそっぽを向くと出発の準備で自室に戻って行く桂花の背中をのび太は唖然とした表情で見送りました。