1.討伐
追い剥ぎは昼間より夜の活動を好みます。日暮れまでに町や村にたどり着けなかった通行人を襲うからです。
昼間はゆっくりと休み鋭気を養い、夜はお仕事と言うのが定番のサイクルです。
「人影は見えないですね」
「でも見張りは何処かに居るはずよ」
桂花とのび太は並んで小高い丘から廃村の様子を観察していました。人が手を加えないと雑草が生い茂り建物の風化も早いです。壁や屋根が崩れた家も多くありました。
(夏場のぼくの家みたいだな)
ママに庭の草刈りを命じられた事が遠い過去のように思えました。ママの小言が懐かしく感じ、色々と思い出が涌き出てきます。ふっ、と目の前が熱くなりのび太は泣きそうになりました。
(だめだ、だめだ!)
今は余計なことを考えてはいけません。それはのび太にも分かります。
意識を目の前の仕事に無理矢理切り替えました。
村は一見、無人な様ですが、報告ではこれまでに此方に向かう人影や足跡が何度も確認されています。
(何で今まで逮捕しなかったんだろう)
のび太の疑問も仕方ありません。
曹操は都の警備をやっている時に宦官の親族ですら処刑した。その様な噂が広まっており、華琳の所領で悪事する者はほとんど居ませんでした。居ても軽犯罪か余所者で、今回は後者の流民だろうと考えられました。
「ここで賊を取り逃がし華琳様の顔に泥を塗る訳にはいかないわ。しっかりやるのよ!」
桂花の真剣な眼差しにのび太も緊張した顔で答えます。
「はい、桂花様」
呼び捨てで良いと言ったのに、様付けをするのび太の言葉に溜め息を吐く桂花。
(律儀なのは性格か。こいつの場合、計算って事は無いだろうし……まあ、それがこいつのマシな所なのかもね)
真名は人によっては神聖な物です。ここでのび太が調子に乗って呼び捨てしていたら地面に頭から埋めていたかもしれません。
弓を握るのび太の表情は緊張で強張っていました。訓練で弓を与えられた時は新しい玩具、新しい遊びの感覚でしたが、今では誰かを傷付けるかもしれないと恐怖を感じています。桂花はのび太の表情から内心を悟り、指揮官ののび太に代わって指示を与えました。
「崔林伍長は村の北側で待機。私達が突入したら村から出てくる者を捕縛しなさい」
「了解」
本来、桂花は十人程度の兵と現場に出向くような立場にありません。大規模な反乱でも無ければ賊が百人や千人も居るわけがありませんから、先任の伍長か什長で事足ります。つまりは、のび太の目付役で御守りです。
のび太は先任の郭淮伍長が指揮する伍と共に村に入ります。槍を構えた兵士達は扇状に散開して中心はのび太です。桂花ものび太の後にぴったりと付いています。
「危ないですよ。桂花様は待っていた方が良かったんじゃないですか?」
何と言っても女性だからと心配して出たのび太の言葉ですが、桂花はきっぱりと断ります。
「嫌よ」
のび太はまだ子供だから許せます。二人の伍長も同性の女だから問題ないですが、他の兵士は男です。男と二人っきり何て桂花には耐えられませんでした。
村の周囲には柵を築き害獣侵入を防ぐのが一般的ですが、所々に壊れた箇所があります。手持ちの駒が少ない時は、正面から向かうのは愚策です。そっと隙間から入りました。
砦のような監視の高台も無く、見張りの位置は分かりませんでした。
(賊何て本当にいるのかな?)
気負ってやって来たのに人の気配すら無い。と言う分けで、のび太の緊張が緩んできました。もし罠の一つでもあれば大損害を受けていたかもしれません。幸いにして地雷の類いは存在しませんでした。
他の兵士は分散して捜索を始めました。動き回っていると、うっすらと汗ばんで来ます。
「異状無し」
「こちらも同じです」
報告を受け取り、さらに奥まった場所に向かう事になりまた。
村と言っても住宅が密集してるわけではありません。他にも点在してる小屋が見受けられました。
「次はあの家を調べます」
武器は自分と仲間を守る物と言いますが、実際、効率の良い殺人の道具です。道具を使うのは人で、何事も頭の使い様です。
武具と甲冑の擦れる音は廃村に響きます。
(賊に気取られたとしたら逃げるか待ち伏せしかない)
そんな事を考えていると獣皮に似た臭いが桂花の鼻腔をくすぐりました。次の瞬間、丸太のような腕が桂花を抱き締めました。
「きゃっ」
「軍師様!」
一同が叫び声に振り返ると、賊が桂花の細首に短刀を突き付けていました。
「武器を捨てろ!」
無精髭が延びて髪も後ろで縛っただけと言う汚い格好は浮浪者の一歩手前でした。賊は桂花を人質に恫喝して来ました。
「隊長……」
郭淮伍長が囁いてのび太に指示を仰ぎますが、のび太は悩みました。
(どうしたら……どうしたら……)
賊から漂う汗と老廃物の混じった不快な臭いに桂花は気絶しそうでした。のび太の狼狽えた視線と合いました。
(のび太の腕は秋蘭が保証している。あいつに必要なのは経験で、自信と度胸。だから華琳様は私を付けられた)
桂花は秋蘭を信頼しています。だからのび太を信じました。
桂花の瞳に決意の色を見て取りのび太は命じました。
「武器を捨てるな」
上が決断しないと部下は動けません。はっきりとした態度に士気を高める兵士達。賊は逆に落ち着きを失いました。
「ふざけるな! この女がどうなっても良いのか」
交渉の主導権を取り戻そうと激昂して短剣をちらつかせる賊ですが、桂花の首筋から刃先が離れた瞬間、のび太は矢を放ちました。
風を切り肉の繊維にめり込む音が桂花にも聞こえました。
腕に突き刺さった矢に絶叫をあげて短剣を取り落とした賊。体の拘束が解けた瞬間、桂花は賊を突き飛ばしました。兵士達がすかさず取り押さえます。
「確保!」
一気に疲れを感じて脱力した桂花は座り込みました。
「桂花様。怪我は?」
「……大丈夫よ」
崔林伍長の伍が反対から合流して来ました。
「裏から逃げてきたのは二人でした」
合わせて三人。多過ぎず妥当な数です。
これで全員かと辺りを見回すと、廃屋の陰から飛び出す馬の姿が見えました。
「糞っ!」
農耕用の駄馬だとしても相手は馬です。走って追いかけるには距離が開きます。桂花が諦めの顔でのび太に視線を向けると、のび太はすっと弓を構え馬に乗って逃げる賊に狙いを定めました。
(ごめん)
もう迷いはしません。心で謝罪しながら矢を放ちました。
「やった!」
肩を打ち砕かれて賊が落馬する姿が見えました。
捕縛に向かう部下の兵士たちの姿を見送るのび太は、やむを得ないとは言え人を傷付けた事で心が痛みました。
「流石ですね、隊長!」
兵の称賛に対してのび太の表情は優れませんでした。のび太はなんと言ってもまだ子供です。だから桂花は思わず慰めの言葉をかけていました。
「あんたは悪くないわよ」
そう言ってくれる桂花の気持ちに頭を下げるのび太でした。
捕縛された賊は町に連行され、取り調べの後に全員斬首となりますがのび太は知りません。知ればますます落ち込んだ事でしょう。
のび太が賊を捕らえて帰ったとの報告に、教え子の無事を喜ぶ秋蘭とは異なり華琳は表情を曇らせました。
「華琳様?」
華琳様第一の春蘭は主の不満を感じ取りました。
「桂花を付けたのは私の誤りだったわ。私がのび太を甘やかしてしまったみたいね」
のび太が賊を殺す事無く捕らえた事は、華琳にしてみれば失敗と言えました。
戦場での度胸を付けさせるのも第一ですが、政に携わる者としては後顧の憂いを絶つ為にもその場で殺す事が時には必要な決断です。
戻ったのび太は労いの言葉の後に、恩賞として休暇を貰いました。
「のび太は今の国を見て回り、見聞を深めてきなさい」
与えられるだけでは成長をしない。獅子は我が子を谷に突き落とすと言います。
一部を除いて大多数の人は失敗から学びます。
旅先で死に直面すれば否応なしに戦わなければなりません。世の中は綺麗事だけでは済まない。
何事も経験と言う考えです。のび太に拒否権はありません。
元々、のび太の持ち物は少なく出発の準備はすぐに終わりました。
「あんた抜けてる所があるから気を付けるのよ」
「のび太、旅先でも修練を忘れるな」
などと見送りの言葉と共に餞別として贈られた西方から渡ってきたと言う馬、ロシナンテにまたがりのび太は北の都を目指します。
2.その頃のドラちゃん
所は変わって現代。東京都練馬区で放射能漏れの噂が立ち上っていました。事故現場は月見台にある小学校の校庭。超小型原子炉を開発した天才少年科学者野比のび太が、実験に失敗したと言う話になっています。
ママと一緒にワイドショーを見ていたドラえもんはお茶を吹き出し現場に駆けつけました。
「あれまあ」
学校の生徒・職員や周辺住民は避難させられていました。
マスコミも締め出され、自衛隊と警察が完全に現場を封鎖しています。簡単には潜り込めません。ですがドラえもんには簡単です。タンマウォッチで世界の時間を止めて中に入りました。
「御苦労様で~す」何て声をかける余裕すらありました。
校庭に出来たクレーターの周りにバラバラになったトイレの残骸が散らばっています。たずね人ステッキで位置を探そうにも、こう散らかっていては話になりません。
「ええっと、これでもない、あれでもない……」
あれこれとポケットから道具を取り出して見付けたのは懐中電灯のような道具。壊れた物を元に戻す復元光線です。とりあえずは残骸を片付けてのび太を見付けるのが第一です。鼻唄混じりに片付けると、ステッキを取り出しました。
「のび太君はどこかな」
さっぱりとしたクレーターの中心で、ステッキを地面に立てて手を離しました。倒れた方向にのび太が居るはずです。
埋まっていたり怪我をしていたとしても、ドラえもんの道具なら治せます。
――――が、ステッキは倒れません。
「お?」
ぱちぱちと瞬きをするとドラえもんの額に汗が流れました。余裕は無くなり沸き出す嫌な予感。
ただの事故では無いと悟りました。
「の、の、の、のび太君!」
叫び声をあげるドラえもんですが、答える者は誰もいません。
3.誤認逮捕
「はぁ……」
盛大な溜め息を吐くのび太。とりあえずは、漢の都である洛陽に向かってはどうかと勧められ、道なりに進んできたのですが簡単には行きませんでした。野
犬に追いかけられて道を見失い川沿いに進んでいると不審者として捕らえられました。
「で、道で迷っていたと?」
のび太の首筋から流れる血。食い込んだ剣を握るのは目付きの鋭い女性でした。
「言い訳をするならもう少しましな嘘を考えろ。馬盗人め」
蹴りが打ち込まれ嘔吐するのび太を囲むのは三人の女性。
一人は先程から剣を突き付ける女性、もう一人は眼鏡をかけた黒髪のクールビューティー、もう一人は三人の中で一番地位が高いらしいピンクブロンドの美女。
三人の共通点と言えば、今まで出会った女性の中でも一際、露出度が激しくて褐色の肌を持つと言う事です。
「止めてください、本当です。この馬も華琳様がくれたんです」
ピンクブロンドの美人さんはのび太の返事に苦笑を浮かべながら頭を踏みつけます。
擦り傷で血を滲ませていましたが容赦はしません。それどころか足に力を加えてきました。
「馬は君の持ち物だとしても、道に迷ったは。いやいや、無いでしょう。だってここ江東よ。洛陽は北、こっちは南よ。貴方はどこの間者かしら?」
体の線を強調した衣装で近付かれた事よりも、直接的な暴力にのび太は狼狽えています。ジャイアンの様な理不尽な暴力です。
「み、南?」
「そそ」
のび太はおっちょこちょいな所があります。方向音痴もその一つです。
のび太の素な反応が面白かったのか、美人さんはくすりと笑いクールビューティーさんに尋ねました。
「冥琳はどう思う?」
眼鏡を指先でくいっとあげると所見を述べました。
「この子供が嘘を言ってる様にも思えない。だが子供が持つには贅沢な代物だな。矛盾がある」
馬は希少価値が高く平民の年収に相当します。ロシナンテは西方の馬と言う事で品質の違いも窺えました。
「そうねぇ」
それが江東の小覇王、孫策との最悪な出会いでした。