1.黄巾賊
始まりはいつも単純です。
ある所に天和、地和、人和と言う仲の良い三姉妹が居ました。裕福ではありませんでしたが、女は股を開き身体を売る事でも稼げますし、それなりに楽しく毎日を過ごして居ました。
「お姉ちゃん美味しい物が食べたいな」
「もう、姉さんたら」
そして三姉妹を御輿として担ぎ上げに、太平道を名乗る勢力による反乱が勃発しました。
これに対して漢王朝は諸侯に討伐を命じました。
世に言う黄巾の乱です。
美羽は亡き孫堅から統治者としての義務や責任を学んでいました。時には戦場に出る事も上に立つ者のお仕事です。しかし不安もありました。
「のび太よ。客将として妾に着いてきてくれぬか?」
「良いよ」
もじもじと指先を膝の上で組み換える美羽に、のび太は即答しました。
「本当に良いのか?」
戦場に出ると言う意味を理解してないのでは無いかと思い、もう一度確認しました。ですがのび太の答えは変わりません。
「良いよ。僕達は友達じゃないか」
のび太は笑顔で頷きました。純粋な友情からの物です。
「妾とのび太は盟友。愚問じゃったな」
照れ臭そうにありがとうと言うと、のび太の背中に顔を押し付ける美羽。不思議そうな顔をするのび太でした。
「さすがお嬢様。その年で男を操る手練手管、そこに痺れます! 孫家の方にでも習ったのでしょうか? あ、痛っ!」
「勝手な事言わないでくれる」
後頭部を押さえて七乃が振り返ると呆れた表情で雪蓮が立っていました。
「う~オッパイお化けめ」
「何ですって?」
青筋を浮かべ近寄る雪蓮。じりじりと後退りする七乃は、次の瞬間には脱兎のごとく駆け出しました。
「こら、待ちなさい!」
「嫌ですよ~」
出陣の準備で忙しい時に走り回る大将軍と実戦部隊の指揮官。傍迷惑です。
「何やってるんじゃ。七乃とお姉様は」
「さぁ?」
今度は即答出来ませんでした。
2.COIN作戦
反乱は民衆の支持の有無が重要です。支持も無く拠点、物資、兵力の何れかを失えば沈静化されます。
マラヤで起きた共産ゲリラの反乱に対してイギリスが行った反乱鎮圧は、ハーツ・オブ・マインドと言って敵と味方の分離を行いました。支持層を失えば反乱は長続きしません。
美羽は比較的、安定した統治を行っていました。今回、領内に出現した賊は他国から流入した物で領民に刃を向ける訳ではありません。
袁術軍の取るべき戦略は単純で、敵野戦軍の撃破。
「まったく迷惑ですね」
七乃は美羽と過ごす憩いのひとときを邪魔されて仏頂面です。
黄巾賊の数は凡そ二百。先鋒と言った所でしょうか。
「七乃。あやつらは何が不満なんじゃ?」
「それはですね、孫策さんに聞きましょう」
ぎょっとして雪蓮が怒鳴る。
「どうして私に振るのよ」
「いや~、劉表さんの所で焚き付けていたのは孫策さんじゃないですか」
雪蓮は荊州での反乱を支援していました。
「貴女だって賛成したじゃない!」
劉表は美羽の領土を狙っており、再三、手出しをして来ていました。直接的に暗殺者の派遣をする以外にも、領内で放火や略奪を行っていました。
「ええ、ええ。お嬢様にちょっかい出すような悪い人にはお仕置きが必要ですからね」
ゴミを燃やそうと火を着けたら母屋にまで燃え移って来たと言う感じです。
七乃と雪蓮が自分達の話に夢中に成って、美羽の質問はうやむやに成ってしまいましたが、結局の所で主義主張は関係ありません。ご飯が食べれて贅沢が出来れば良い。それが欲求です。
「お嬢様の為にも早々に退場して頂きましょうか」
「そうね」
七乃の口調は柔らかい物でした。ですが二人の目は獲物を前にした猛禽類の様でした。
「のび太さん、お嬢様をお願いしますね」
緊張の色を浮かべながらものび太は大きく頷きました。困った友達を助ける事は当然です。まして美羽は女の子なのですから。
作戦は簡単明瞭が求められます。正面で支えている間に両翼から叩くと言う作戦です。
のび太は曹操の元で校尉だった事もあり、本陣を守る親衛隊に混ざって中隊を預けられました。
「へぇ、敵にも六韜を読んでる人が居るみたいですね」
七乃の声に敵に目を向けると柵を築き始めていました。柵で敵を食い止める事は、地形防御の効果を上げる為です。
「籠られると厄介ね。行くわ」
雪蓮が自分の部隊に走って行きます。防御が固まる前に叩く積もりです。
朝廷に反乱を起こした賊は死罪。良くても奴隷の身分に落とされ終身刑です。犯罪者に人権はありません。
と言うわけで遠慮無く攻撃命令をが下されました。
「放てぇ!」
号令を合図に矢が柵を構築中の敵に降り注ぎました。傷口を広げる様に雪蓮が敵の中に突っ込みました。
お馬さんは優しい気性ですが戦場では凶器その物です。
真っ正面からぶつかった場合、その衝撃力を受け止めれる人は殆ど居ないでしょう。馬に蹴りあげられ馬蹄で踏み砕かれる。死ななくても半身不随に成ります。怖いですね。
遠目に見れば血風と呼べば良いのでしょうか。孫策隊が斬り込んだ周りには血潮が吹き荒れて居ます。くちゅくちゅと聞こえる水音は血溜まりを踏み荒らす馬蹄の音で、硬化して粘着性の高まった血液が糸を引いていました。
のび太の顔色は悪くなる一方です。
ですが戦場に立つと決心した以上、のび太は目をそらす事はしませんでした。
「あらあら、事前の策もあった物じゃないですね。伝令、紀霊さんに連絡線を断つよう前進命令」
雪蓮によって敵の野戦築城は阻害されました。七乃は混沌とする戦場も何のその、と平然とした様子で戦果拡大をすべく指示を出して居ました。
七乃からの指示で紀霊隊が後方遮断に動き出しました。目的は変わらず敵の撃滅です。
敵に対して袁術軍の動員兵力は二千。もっと動員する事も出来ましたが、二百程度の賊相手には十分過ぎと言える兵力です。
包囲が完成されると単調な流れ作業に成ります。剣や槍で追い込み矢の雨に封じ込め後は押し潰すだけ。
ゆっくりとですが確実に相手の兵力を削いでいきます。怖いですね。
「そろそろ終わりですね」
小一時間も叩いたでしょうか。敵の抵抗が見るからに衰えています。武器を捨て投降の意思を示した者も、負傷者も分け隔てなく殺しました。犯罪者の再犯率は高いから妥当な処置です。
勝利を確信した頃に新手の敵が現れました。
黄巾賊の後続を見て七乃は眉をひそめました。
「劉表さん、全部此方に押し付ける積もりですね」
本隊が現れる事は予想していましたが、敵の半分位が武器を持たぬ老若男女です。賊の家族と思われます。
敵は敵と言う事で遠慮はしません。雪蓮は新手に向かって馬を走らせました。
「あはははは」
ちょっと待ってと相手は言いたかったかもしれません。爆笑しながら斬りかかってくる血塗れ姿の雪蓮に凍りつきます。すべて返り血で傷一つ負っていない所が彼女の凄さです。
黄巾賊は慰謝料云々言う前に次々と切り殺されて行きました。気付けば死体の山に仲間入りです。
「にゃっ!?」
突然、敵の後方に新たな集団が現れました。七乃も予想外だったのか失言に口元を押さえています。
敵の後詰めでしょうか?
いいえ、違いました。
「夏」の旗印を掲げた集団が黄巾賊に背後から襲いかかりました。完璧なタイミングでの奇襲です。切り伏せられる人々の悲鳴が混乱に拍車をかけます。
「劉表さんな訳ありません。どこの部隊か知りませんが敵では無いようですね」
荷駄を積んだ牛馬は逃げ足も遅く、直ぐに追い付かれます。乳飲み子を抱いた女性や老人であっても、
「逆賊死すべし」と容赦がありません。
「へぇ、やるわね」
先頭を切る黒髪の女性はよく目立ちました。雪蓮は彼女の奮戦振りに感心しました。
徹底した掃討は対反乱鎮圧にとって必要な事です。生き残りを逃がしたとしても、恨みは消えずせっかくかけた情けも仇に成ります。
部隊に迷いはありませんでした。指揮官が屹然とした態度を採る事が部下の統率にも反映されています。
今回の戦でのび太は本陣を守るだけで済みましたが、女子供まで殺した事が納得できませんでした。
「なぜお年寄りや子供まで殺されるんですか!」
噛みつくのび太に七乃は相手はまだ子供なので優しく諭します。
「反逆者は存在が罪です。一族連座制ですよ。のび太さんは人殺しを許すんですか?」
「だって、そんなのおかしいですよ! 同じ人間じゃないですか」
ですが即座に否定されました。
「違います。同じじゃありません。私達は漢を代表しています。優先すべきは国であり、国を脅かす物は一刻も早く抹消すべきです」
統治者は甘くてはいけません。相手を付け上がらせるだけですから。
「失礼します。官軍の指揮官がご挨拶したいと参っておりますが、いかが致しましょうか?」
通されたのはのび太の面識者です。
「夏侯惇将軍?」
ん、と顔を向けてきた相手は正しく春蘭でした。
「お前、のび太ではないか。袁術軍で何をしてる?」
「えっと、話せば長くなりますけど……」
犬に襲われ迷子になった事、馬泥棒に間違えられた事等を話しました。
「まあ、何だ。皆には宜しく伝えておく」
のび太は肩を叩かれ慰められました。
3.ドラちゃん、動く
ドラえもんにとっての懸念は、タイムパトロールに行動を邪魔される事でした。
タイムパトロールの任務はタイムパラドックスの阻止ではありません。分岐した並行世界からの影響阻止が目的です。
彼らにとっては、どちらが正しくても自分達の歴史を脅かす者は逮捕します。そうでなければ、ホイホイと簡単に歴史を変えれれてしまいますから。
のび太の居なくなった世界が彼らにとっての正史であれば、それを修整しようとするドラえもんの行為が違法行為になります。
(だけど僕がやって来た未来は存在する)
ドラえもんは如何なる障害が待ち受けていたとしても行きます。
のび太と未来を取り戻す為、ドラえもんは時空の断層である空間の裂け目に飛び込みました。
4.狭い所が好きなんです
桂花は私室の一角に家から持ち込んだ箱を置いています。でもこの箱は空っぽです。
桂花は箱に潜り込むと蓋をしました。小さい頃からこの箱の中が好きでした。
自分だけの空間で気持ちが落ち着き考えが纏まります。
深呼吸をして目を閉じていると廊下をバタバタと走る足音が聞こえました。
「うるさい」
集中を邪魔されて苛つきながら部屋の外を窺うと、春蘭が華琳の執務室に向かっていました。
(あの馬鹿、帰って来たんだ)
春蘭は領内の黄巾賊討伐の任務を帯びてしばらく出かけていました。
報告を聞くために桂花も華琳の執務室に向かいます。
「華琳様」
「調度良かったわ。呼びに行かせようと思っていた所だから」
声をかけると入室が許され、春蘭の報告を一緒に聞きました。
春蘭曰く賊を追跡し気が付いたら袁術の領内に入っていた。そこで袁術軍と協力して黄巾賊を撃滅した。最後に、袁術軍に客将として参加していたのび太に出会ったと。
「まったく、のび太は何をやってるのよ……。袁家の財力なら、代わりの客将なんて幾らでも集まるのに」
のび太は仮にも華琳の部下、幾ら経験を積めと言っても客将までして良いと言ってません。
「それでのび太は何と?」
「道に迷ったと」
華琳はしばらく収まっていた頭痛を感じました。
迎えを送ろうかと思案したが、洛陽に向かうと言う手紙を読み、今しばらくは見聞を深めさせる意味でも自由にさせて起きました。