夕日が傾いて彼女の顔を茜色に染め上げる。私の頬もまた茜色に染められていた。私の一歩先を歩く彼女が言った。
「ねぇひまわり。なんかつまんない。」
その子は顔を振り向かせて私に言った。むっと口を尖らせていた。私はふっと息を吐いて言う。
「櫻子、何がつまんないんですの。」
一歩先を歩いていたその子は気づけば隣にいた。そして今度は後方に。彼女は立ち止まっていた。心臓の鼓動が速まった。
「だって…」
私は後ろで立つ彼女に歩み寄る。今にも泣き出しそうな彼女のためにポケットに手を突っ込んだ。ハンカチはポケットにあるから。
けれど彼女は泣いていなかった。代わりに反抗心を一つ含んで声を上げた。
「最近、勉強教えてくれないじゃん。私が教えても良いよって言ってるのに。ひまわりはなんで私の命令を無視してるの。」
私は目の前でグッと涙を堪えた彼女を呆然と見つめるばかりだった。
「櫻子…」
この手は彼女の頬に届かなかった。届かなかった手はすっと戻っていく。何もつかめなかったこの手が憎い。
私と彼女の間には少しの距離があった。それは縮められそうで縮められなくなった溝。向こうに彼女はいる。
「今もこうしてあなたと一緒に帰ってるじゃありませんか。」
私はそれだけ言った。昔と変わってしまった自分を私はよく理解していた。彼女といる時間が減ったのも思えば仕方のないことだったのかもしれない。
「今の話じゃないもん。最近の話。ひまわりは全然分かってない。」
目の前の女の子はそう私に告げる。彼女の言葉をを私は否定できない。だって私のほうが屁理屈なことを言っているから。二人の間を風が通った。彼女の鞄のキーホルダーが揺れる。小さい頃からつけているそのキーホルダーは新調したカバンについている。
傾いた夕日は今も二人を茜色に染めている。だから私の表情も彼女の表情もよく見えない。けれど…
「こんな話がしたかったわけじゃないのに。私はこんなことがしたかったわけじゃないのに。ひまわりのせい。全部ひまわりのせい。」
私の耳に届いた彼女の言葉。ひどく重くて、まともに受け止めきれない言葉。私の焦点は揺れる。鼓動は速まる。私だってどうすることもできないこと。
いつまでも昔のままじゃいられない。そんなこと分かっているのに。彼女も分かっているのに。でも彼女はそれを私にぶつけた。
「分かりましたわ。今日は勉強、教えて差し上げますから。」
私は悪い女だ。
彼女の肩は不規則に上下していた。まるで声を発するとその反動で涙が出てきそうなくらいに。今にも泣いてしまいそうなくらいに。いつもならとっくに泣き出しているはずなのに。私の言葉に彼女は静かに頷いた。それだけであった。トボトボ私の後ろをついていく彼女。
私の胸のトゲは収まらない。チクッと痛む私の胸に私は気付かないふりをする。だって仕方ない。どうしようもない。
彼女は今日、最後まで涙を私に見せなかった。