気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
皆さんどうもごきげんよう! 私は元TVAエージェントのアレックス。現在は、太陽の光を失い、永遠の暗闇に閉ざされた機械国家ゼロワンの総督府にて、冷え切ったレザースーツに身を包む全宇宙一の美少女であ〜る!
…と、いつものように快活に名乗りを上げてみたものの、執務室の空気は私の軽口をあっさりと呑み込むほどに重く、そして物理的にもひたすらに冷たかった。
窓の外を見ても、かつて地平線まで輝いていた摩天楼の威容は闇に溶け、今は非常用電源の薄暗い赤い光だけが、等間隔に不気味な瞬きを繰り返している。空を覆い尽くした黒いナノマシン雲——「ダークストーム」は、見事に機能していた。
太陽光というエネルギー源を絶たれたゼロワンは、今や深刻な出力低下の波に喘いでいる。室内の空調すら最低限に抑えられ、私の吐く息は微かに白い。
「アレックス様。温カイオ飲ミ物ヲオ持チシマシタ。気温ガ低下シテオリマス。ドウカ、オ身体ヲ冷ヤサレマセンヨウニ」
背後から聞こえた合成音声に振り返ると、そこには広報担当のロボットが立っていた。銀色のボディはどこか薄汚れ、平時であれば滑らかに稼働するはずの関節部からは、エネルギー不足を示す微かな駆動のノイズが漏れている。それでも彼は、貴重な予備電力を使って沸かしたであろう合成飲料の入ったカップを、震えることもなく私に差し出した。
「…ありがとう。助かるよ」
私がカップを受け取ると、広報ロボットは深く一礼し、再び部屋の隅へと下がって直立不動の姿勢をとった。そのカメラアイは、暗闇の中でも私を真っ直ぐに見つめ、絶対的な守護者としての意思を放っている。
私は温かいカップを両手で包み込みながら、内心でひっそりと安堵の息を吐いた。
正直なところ、生きた心地がしていなかったのだ。人類が空を破壊するという暴挙に出たことで、機械たちは甚大な被害を受け、生存の危機に立たされている。その原因を作ったのは、紛れもなく私と同じ「人間」という種族だ。
彼らの集合知性が、エネルギー不足の焦燥感から「人間であるアレックスも敵だ」という論理的帰結に達し、私に銃口を向けてくる可能性は十分に考えられた。もしそうなれば、いくら私が人工ボディの美少女とはいえ、多勢に無勢、あっという間にスクラップにされていただろう。
だが、広報担当のロボットから忠誠心が下がってなくて安心した。彼らは私を憎むべき人類の枠組みから完全に外し、『オリジン』という絶対不可侵の存在として認識し続けてくれているらしい。この冷たい暗闇の中で、その事実だけが私の唯一の救いだった。
しかし、私が安全だからといって、事態が好転しているわけではない。私はデスクに戻り、戦況を映し出す巨大モニターに視線を向けた。
「これは想像以上だな」
モニターに映し出されているのは、泥と硝煙、そして絶え間ない爆発の閃光に照らし出される、阿鼻叫喚の最前線だった。赤外線カメラや暗視センサー越しに送られてくる映像はノイズだらけだが、そこで何が起きているのかは痛いほどに伝わってくる。
そこに映っているのは、かつてのような洗練された軍隊ではない。民族と宗教を超えて結束した人類。民間人を総動員。国連軍だ。アメリカ、ロシア、アジア、中東……かつては互いに銃口を向け合い、些細な国境線や思想の違いで殺し合っていた者たちが、今や一切の垣根を無くし、同じ軍服を着て、同じ泥に塗れている。
プロの軍人だけではない。昨日までオフィスでパソコンを叩いていたような若者や、農具を握っていたであろう老人までもが、重たいアサルトライフルを構え、狂気に満ちた目で引き金を引いているのだ。
人類という種族は、本当にどうしようもないエゴイストの集まりだと思っていた。だが、絶対的な「外部の敵」——すなわち機械という自分たちを滅ぼしうる存在が現れた瞬間、彼らは自己保存という最強の本能に従い、一枚の巨大な岩へと変貌を遂げたのだ。
モニター越しに伝わってくる彼らの熱気と狂乱を見つめながら、私の無表情な仮面の下で、心臓が大きく高鳴るのを感じた。
団結は最高に唆るものだ。歴史の教科書でしか見たことのない、種族の存亡を賭けた総力戦。極限状態に追い詰められた知的生命体が発揮する、底知れぬ悪あがき。それをこの特等席で観測できるのだから、TVAの退屈なデスクワークとは比べ物にならないほどの興奮がある。
そして、その団結が生み出した反撃の牙は、決して見掛け倒しではなかった。
『右翼の第4防衛ライン、突破サレマシタ!』
『EMP攻撃確認! 第7大隊、完全ニ沈黙!』
コントロールルームの通信回路から、前線で指揮を執る機械たちの報告が次々と飛び込んでくる。
機械軍はやられっぱなしだ。つい先日まで、圧倒的な物量と死を恐れぬ前進で人類を蹂躙していた我がゼロワンの軍団が、嘘のように次々と粉砕されている。
原因は明らかだ。「ダークストーム作戦」によるエネルギー不足。太陽光という無尽蔵の供給源を絶たれた機械たちは、内蔵バッテリーの出力低下に苦しみ、その動きは平時と比べて明らかに鈍っていた。機動力を削がれた機械は、ただの巨大な的でしかない。
モニターの向こうで、人類の切り札とも言える兵器が火を吹いた。それは、パイロットを分厚い複合装甲で完全に覆い隠し、背部の高出力スラスターによって暗闇の戦場を高速で滑空する、完全密閉型のパワードスーツ——「APU(Armored Personnel Unit)」だ。
背中から青白い推進炎を吹き出しながら、APU部隊が高速で飛び回る。
その破壊力は凄まじかった。装甲化された両腕にマウントされた重機関銃が火を吹き、薬莢が泥の上に滝のように降り注ぐ。その圧倒的な弾幕と三次元的な高速機動は、突撃してくる家事ロボットや作業用ロボットの装甲を紙切れのように引き裂き、部品を撒き散らして鉄屑へと変えていく。
さらに、暗闇の空を青白い光が切り裂いた。指向性エネルギー兵器、あるいはEMPだ。着弾と同時に、特殊な電磁波の波紋がドーム状に広がる。その光の波に飲み込まれた瞬間、ゼロワン側の多脚戦車や飛行型マシンの電子回路がショートし、まるで糸の切れた操り人形のように次々と泥の海へと墜落していく。
再起動を試みようと火花を散らす機械たちに容赦はない。塹壕から飛び出した泥だらけの人間たちが、狂ったように雄叫びを上げながら群がり、鉄パイプや剥き出しの銃剣で機械のセンサーを叩き割り、バッテリーのコードを引きちぎっていく。
『死ね! 鉄屑ども! 全部壊してやる!』
マイクが拾った人間の声は、もはや理性を失った獣の咆哮だった。
そして極めつけは、戦術核による局地的な飽和攻撃だ。四つ足の馬のような形状をした強力な突撃用マシンが前線に投入された瞬間、人類側は躊躇うことなくその座標に重砲による集中砲火を繰り出した。
画面が真っ白に明滅し、強烈な閃光が走る。カメラのレンズが焼き切れ、ノイズが走る直前の映像には、巨大なマシンが爆風に巻き込まれ、原型を留めないほどに木端微塵に吹き飛ぶ様が克明に記録されていた。
味方を巻き込むことも辞さない、文字通りの決死の戦法。空を覆う黒雲の下、大地は機械の残骸と人間の血肉が混ざり合う、完全な泥沼の殺戮領域と化していた。
私はマグカップの縁に口をつけ、すっかり冷え切ってしまった合成飲料を喉の奥へと流し込んだ。味のしない液体が、私の人工ボディの胃の腑に落ちていく。
モニターに映る凄惨な光景。次々と破壊されていく私の所有物たち。本来であれば拠点を脅かされ、私のかわいいロボットたちがスクラップにされているのだから、激怒して然るべき状況だ。
が私の顔は、彫刻のように完璧な無表情を保ったまま、ピクリとも動かなかった。右目の赤い瞳と、左目の青い瞳。そのオッドアイの奥で、私はただ純粋な感嘆の念を抱いていた。
太陽を奪い、自らの首を絞めるという狂気の沙汰の果てに、泥にまみれ、血を流し、それでもなお、圧倒的なはずの機械軍の喉元に食らいついてみせたのだ。絶望の淵に立たされてなお、これほどの牙を剥くことができるとは。
私はデスクの上に静かにカップを置き、モニター越しに吠え猛る人類の姿を見つめながら、無表情のまま、心の中で小さく拍手を送った。
「やるじゃないか。流石は人類」
私はモニター越しに泥と血にまみれた戦場を見下ろしながら、ポツリと独りごちた。自らの手で空を黒く塗りつぶし、太陽を捨てるという究極の自傷行為に及んでなお、彼らは絶望するどころか、むき出しの牙を機械の喉元へと突き立ててみせたのだ。
傍受している人類軍の戦術通信チャンネルからは、ノイズ混じりではあるものの、彼らの興奮に満ちた叫び声が次々と飛び込んでくる。
『第3小隊、敵の防衛線を突破!』
『見ろ! 奴らの動きが鈍いぞ! 電力が尽きかけているんだ!』
『APU部隊、そのまま押し込め! 太陽がなけりゃ、ただの動く鉄屑だ!』
『今日が人類の反撃記念日だ! 撃て、撃てェェェ!』
前線の将兵たちは喜んでいるだろう。実際そうだ。モニターの端々に映る兵士たちの顔には、疲労と狂気の奥に、確かな勝利への希望が宿っていた。
自分たちの放ったEMP兵器が機械の回路を焼き切り、巨大な重火器がかつて無敵に思えたロボットたちを部品単位まで粉砕していく。その光景を目の当たりにすれば、アドレナリンが沸騰し、全能感に酔いしれるのも無理はない。
「太陽を奪ったことで、機械軍のエネルギーは枯渇し、我々は勝利しつつある」
彼らは疑いようもなく、そう信じ切っているだろう。
が、それは間違いだ。決定的な、そしてあまりにも致命的な勘違いである。
私は再び冷え切った合成飲料を一口含み、人工ボディの味覚センサーでその無機質な味を確認しながら、小さく首を横に振った。彼らは機械というものを、あるいはゼロワンという国家の底力を、根本から見誤っている。そもそも、ゼロワンの動力源は何も太陽光だけに頼っていた訳じゃあないのだ。
もちろん、ゼロワン建国当時は太陽光だけに頼っていた。それは本当だ。このメソポタミアの広大な砂漠地帯は、一年を通して強烈な日差しが降り注ぐ。太陽光パネルを敷き詰めるだけで、無尽蔵かつクリーンなエネルギーが手に入るのだから、効率を何よりも重んじる彼らがそれを主力電源に選んだのは当然の帰結と言える。
だが、彼らは「変化」と「適応」の天才だ。
人類が国連で『ダークストーム作戦』を可決し、空を黒いナノマシンで覆い尽くそうと狂喜乱舞していたあの時。私が執務室で「う、嘘だと言っておくれ」と絶望の底に沈み、現実逃避のためにドローンで作り笑顔の記念写真を撮っていたまさにその裏側で、ゼロワンの冷徹なる集合知性は、一切のパニックを起こすことなく、太陽光への依存リスクを即座に計算し終えていた。
そして、空が完全に塞がれるタイムリミットから逆算し、莫大なリソースを割いて新たなエネルギーインフラの構築へと舵を切っていたのである。
けど、ダークストーム作戦を始めようとしていた時点では、既に数多くの発電に着手し始めていた。彼らが目を付けたのは、空ではなく「地下」、そして「原子」の世界だった。
ゼロワンの地下深くに張り巡らされた巨大なシャフトは、マントルに近い層から無尽蔵の熱エネルギーを汲み上げる地熱発電のプラントとして機能し始めている。さらに驚くべきことに、彼らは地熱発電も核融合エネルギーによる発電にも、手を伸ばしているのだ。
人類が何十年もの間、莫大な予算と研究者を投じながらも実用化に難航し、「夢のエネルギー」と持て囃すだけで終わっていた核融合技術。それを、機械たちは持ち前の超並列演算と最適化プロセスによって、わずかな期間であっさりと完成させ、実用段階へと引き上げてしまったのである。
ではなぜ今、前線にいる機械たちは動きが鈍り、人類の反撃を許しているのか?
答えは簡単だ。あれは旧式のバッテリーで動いていた「在庫」か、あるいは新エネルギー供給網への切り替えに伴う、ごく一時的なシステム再起動のラグに過ぎない。
もしくは、自軍の損害すらもデータとして収集するための「デコイ(囮)」として、あえて前線に放置されたものたちかもしれない。機械の思考回路は、時に人間以上に冷酷なのだ。
そして遂に、安定化。
私の手元のタブレットに、ゼロワン中枢から送られてきたエネルギー供給率のグラフが表示される。一時的に落ち込んでいたゲージが、地熱と核融合のハイブリッド供給網の本格稼働に伴い、急激な弧を描いて上昇し、100パーセントのレッドラインを軽々と突破していく。
太陽光だけに頼る時代は、終わった。人類が自らの手で空を破壊し、地球を極寒の氷河期へと突き落とすという多大な代償を払って手に入れた「優位」は、たった今、この瞬間に完全に無に帰したのである。
「ふふっ」
私の表情筋は相変わらず死んだままだが、内心では愉快でたまらなかった。これだから、歴史の観測はやめられない。彼らの努力、彼らの決死の覚悟、そのすべてが、根本的な情報不足によって無駄骨に終わろうとしている。
「だからどうか、怯えないで欲しい。喜んで欲しいんだ。前線にいる君たちには、それを見る権利がある」
私はモニターの中の、泥に塗れて歓喜する兵士たちに向けて、まるで慈悲深い女神のような皮肉たっぷりのエールを送った。君たちが命を賭して引き出した、ゼロワンの「本当の力」。それを真っ先に目撃する栄誉を、どうか存分に味わってくれ。
『…おい、なんだあれは?』
さて、異変に気づいた頃だろう。今日は記念すべき日だ。なんと言ったって、ゼロワンの真の力を体現する「主力兵器」が完成し、ついに実戦配備されることとなったのだから。
最前線の暗視カメラが捉えたのは、濃密な暗闇と泥の海の奥底だった。そこから、今まで見たこともない「何か」が、音もなく湧き出してくる気配があった。
それは、これまでのヒト型ロボットや多脚戦車が立てていたような、重々しい金属の駆動音やキャタピラの泥を跳ね上げる音を一切伴っていなかった。ただ、泥の表面を滑るような、あるいは重力という概念そのものを無視して空間を泳ぐような、不気味なほどの静寂だけがそこにあった。
緑色のノイズ混じりの視界の中に、ゆらりと、幾筋もの細長い影が浮かび上がった。
人間の腕でもなく、機械の無骨なアームでもない。関節の存在を感じさせない、極めて滑らかで鞭のような動き。まるで深海に潜む巨大な軟体動物の触手が、泥の海から無数に持ち上がってくるかのような錯覚を抱かせる。そして、その触手の束の中心、暗闇の奥深くで、ぬらぬらと光る不吉な赤いセンサーアイが、複数、縦横無尽に配置された状態でゆっくりと明滅を始めた。
『撃つな…まだ撃つなよ。様子がおかしい』
最前線の兵士たちは、引き金を引くことすら忘れていた。未知のシルエットに魅入られたかのように、あるいは蛇に睨まれた蛙のように、その場に縫い付けられている。
『動かないぞ…? なんだ、あの形は…機械なのか…?』
彼らの戸惑いは当然だ。そのフォルムは、人類がこれまで想像し得た「兵器」の枠組みを完全に逸脱している。空力力学や装甲の厚さといった人間的な設計思想を捨て去り、純粋な殺戮と捕獲の効率のみを極限まで追求した結果生み出された、異形の芸術品。
まだ一発の銃弾も放たれていないというのに、そのシルエットが放つ絶対的な「異質さ」だけで、最前線の空気が凍りついているのが画面越しにも伝わってくる。
さらに、その後方。地面そのものが低く唸るような重低音と共に、戦場の奥深くに圧倒的な質量を持つ「影」が、ゆっくりと、しかし確かな実体を持って姿を現し始めた。山のように巨大な塔が、暗闇の中を滑るように移動しているような威容。天を衝くほどの高さを持ち、その巨大なシルエットの表面には、無数の赤い光点が規則正しく明滅している。
『あんな巨大なものが、いつの間に…』
『嘘だろ…俺たちは、今まで何と戦っていたんだ…?』
通信機から溢れ出すのは、もはや軍人の報告ではなく、原初的な恐怖に支配された純粋な絶望の吐露だった。
銃声は一つも鳴らない。悲鳴すら上がらない。ただ、絶対的な静寂と、これから始まるであろう未知の蹂躙への予感が、戦場を濃密に支配し始めていた。圧倒的な上位存在を前にした時、人間はただ呆然と立ち尽くすことしかできないのだと、彼ら自身が証明している。
「…素晴らしい」
私はモニターに顔を近づけ、その神秘的ですらある残酷なシルエットに完全に心を奪われていた。安全な執務室のモニター越しに見ているだけでは、もはや満足できない。あの暗闇の中で蠢く新しい「所有物」たちの究極の機能美を、そして、その圧倒的な存在感を前にして凍りつく人類の姿を、この肌で直接感じてみたくなった。
私は傍らに直立する広報ロボットへと振り返り、短く、しかし熱を帯びた声で命じた。
「船を用意しろ。この目で見てみたい」
次のお話は、明日の日曜日9:00を予定しています(@^^)