気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
皆さんどうもごきげんよう! 私は元TVAエージェントにして、現在は暗黒に包まれた地球の観測者、そして自他共に認める銀河系最強の美少女アレックスちゃんであーる!
…いやはや、前回の「戦術核突撃」は流石に堪えたぞ。
あんな至近距離で太陽の欠片を拝む羽目になるとは。機体は大破、私の人工ボディも一瞬で消し炭だ。おかげで12回目のリスポーン、つまり魂の移し替えを行う羽目になった。あのオレンジ色の液体から這い上がるのも、いい加減飽きてきたよ。
アインドラの奴、新しい身体の末端をさらに鮮やかなピンクにしやがって…もはや私の髪型は、終末世界のファッションリーダー状態だ。
さて、そんな私が今どこにいるかというと。私は今、建設が急ピッチで進む「生体電池」の広大な現場にいる。
場所は、かつて人間たちが「工場」と呼んでいた巨大な区画。そこをさらに改造し、天を衝くような黒い塔が幾重にもそびえ立つ、異様な光景の真っ只中だ。私はその中でも一際巨大な、ハーベスターを改造した特設の「観測ベランダ」に立っている。
ベランダといっても、申し訳程度に細い手すりが付いているだけの無骨な鉄板だ。吹き付ける風はダークストームのせいで氷のように冷たく、私の白いショートヘアを容赦なくかき乱してくる。
眼下に広がるのは、人類という種族の終わりの風景だ。建設こそまだ初期段階ではあるものの、そこでは既に「生体エネルギー」の獲得が始まっている。そのエネルギーの正体は、他でもない人間だ。
戦争が泥沼化し、空が閉ざされた瞬間、マシンたちは一つの論理的課題に直面した。「太陽光がないなら、何を燃やして動けばいい?」という、生存に直結する死活問題だ。
最前線にセンチネルやハーベスターが投入された当初、機械たちが取った行動は単純明快だった。「殺害」か「収容」か。二つに一つだ。効率を優先すれば、邪魔な敵はすべてスクラップ——つまり殺害するのが手っ取り早い。実際、初期の戦場では、殺害の選択が圧倒的に多かった。
だが、ふとゼロワンの集合知性は考えたのだ。…いや、これは私の想像による超訳だが、恐らくはこうだ。
『えっ、生みの親をこのまま絶やすのは、データ保存の観点からも資源活用の観点からもマズくない? せや、保護したろ! 次いでに彼らの身体から漏れ出している微弱な電気、これ集めたら燃料になるんちゃう?』
『ぶっちゃけ地熱やら核融合その他諸々で燃料に不満ないけど、それでもやるん?』
『あほんだら! ワイらの創造主やぞ? 保護して燃料にするで!』
『せやな!』
流石に機械たちがそんなエセ関西弁のような言動をすることはないが、論理の帰結としてはそういうことである。彼らは、創造主への「慈悲」を完全に捨てきれなかったのだ。それを慈悲と呼ぶのか、あるいは家畜を飼育するような「管理」と呼ぶのかは、見る者の視点によって変わるだろうが。
いずれにせよ、人類は機械にとって「駆逐すべき敵」から「管理すべき資源」へと、その定義をアップデートされてしまったのだ。
「…寒いな」
私は手すりに手をかけ、暗闇の底を見下ろした。生体エネルギーの回収は始まっているが、それはまだ決して安定した供給ではない。人間という生き物は機械に比べれば、あまりにも脆弱で複雑だ。ただ繋いでおけば電気が流れる乾電池とは、訳が違う。
そのため、現在は「人体実験」の真っ最中にある。人類を効率的、かつ安定した「電池」へと作り変えるためには、その肉体の構造、神経の伝達、そして精神の反応をミリ単位で理解する必要があるのだ。その「理解」のプロセスには、当然ながら生きたままの解剖すらも含まれている。
私はベランダからリフトに乗り、実験区画へと高度を下げた。近づくにつれ、耳を劈くような音が聞こえてくる。それは機械の駆動音ではない。合唱である。
「やめてくれ! 殺せ! いっそ殺してくれぇ!」
「熱い! 中を…中をかき混ぜられる! アァァァァッ!」
リフトが停止した場所には、巨大な壁がそびえ立っていた。そこには数え切れないほどの人々が、まるで標本のように壁に貼り付けられていた。全員が裸だ。羞恥心も尊厳も、ここでは何の意味も持たない。剥き出しの肉体が、冷たい金属の壁に磁力か何かで固定されている。
ダークストーム下の地球は、今や極寒の地だ。カプセルという温床に守られていない彼らの肌は青白く震え、凍りつき、あまりにも寒そうだ。
「極寒は言い過ぎたかも…おっ?」
私は一歩、壁に近づいた。目の前には、かつて兵士だったのか、あるいはただの市民だったのかも判別できない一人の男がいた。彼の身体には、無数の細いケーブルや探針が直接突き刺さっている。
これは拷問ではない。純粋な「探求」なのだ。故に、意識を絶つという慈悲は与えられない。機械のアームが、冷徹な好奇心をもって彼の胸部をスキャンし、時にメスでその下の「構造」を理解しようと、鋭い痛みと共に神経の束を駆け巡らせている。
「ヒッ、ガッ…アァ…」
男の瞳から、理由の分からない熱い涙が一筋だけこぼれ落ちた。快感の大きな波に呑まれて…なんて、エロティックな話では断じてない。痛覚の限界を超えた信号が彼の脳を焼き、自分がヒトであった頃の記憶が溶けていく地獄。
魂の設計図を覗き込まれ、心は丸裸にされて、隅々まで「調査」される。彼らは絶叫するたびに、機械側は何かを冷静に「記録」している。その全ての反応が冷たいデータへと変換されていくのだ。
「私じゃなくてよかったァ」
私は思わず、心の底からの本音を漏らした。無表情な仮面の下で、私は冷や汗を流している。
これ間違いなく、百億パーセント痛そうだもん。私は人工ボディだから、ある程度の痛覚遮断は可能だし、何より機械たちにとって「オリジン」だから、こんな目に遭うことはない。
でも、もし私がただの転生者で、機械に守られていなかったら…今頃あの壁で、無様に手足をバタつかせながら泣き叫んでいたに違いない。
「アインドラ、見てるか。君の送った世界は、とんでもない悲喜劇のクライマックスを迎えてるぞ」
私はこの地獄の特等席で、彼らが「生体部品」へと作り変えられていく様を、ただ見ていることしか出来ない。
「おい、そこの」
私は、執拗に男の神経を弄り回していた解析用のドローンに声をかけた。ドローンは「オリジン」である私の存在を即座に認識し、ピタリと動きを止めて私の方を向いた。
「アレックス様。ナニカ、不具合デモゴザイマスカ?」
不機嫌そうな電子音が返ってくる。不具合といえば不具合だ。この素材の叫び声が、私の思考を邪魔して仕方がない。
「効率が悪い。被検体が過剰な苦痛でショック死すれば、データの精度が下がるだろう」
私は適当な「理屈」を並べ立てた。機械たちを説得するには、感情論ではなく合理性が必要だ。
「少しだけでいい。神経系に干渉して、感覚を麻痺させろ。意識は保ったままでいいが、情報の受信レベルを下げろ。…つまり、麻酔のようなものを投与しろ」
ドローンは数ミリ秒の演算を行い、私の提案を検討した。やがて、電子音が一段低くなる。
「了解シマシタ。アレックス様ノ仰ル通リデス。被検体ノ生存率向上、及ビデータノ安定化ノタメ、微弱ナ鎮痛信号ヲ送信シマス」
壁に貼り付けられた人々の上で、ドローンの触手が一斉に動き、淡い青色の光を放ち始めた。
先程まで戦場を引き裂くような絶叫を上げていた男が、ガクっと力を抜いた。その瞳から光が完全に消えることはない。意識は依然としてそこにある。その表情からは、狂気のような苦悶がわずかに和らいでいた。思考の回路が焼き切れる寸前で、甘い毒…ではなく、冷たい安らぎが全身を巡っていったのだろう。
「ふぅ、静かになったな」
私は満足げに頷いた。相変わらず気温は低く、壁の人々は寒そうに震えているが、少なくとも耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫びは止んだ。これから彼らはあらゆる可能性を試された末、ただ脈打つだけの「生体部品」へと作り変えられる。
かつて人であったモノは、赤い培養液の中で静かに「稼働」し続けることになるだろう。生命の輝きは、機械を動かすための微弱な「生体電流」に置換されるのだ。
ただ生きるためだけの機能が残された、究極の共生形態。その礎となる彼らの苦しみを、ほんの少しだけ和らげてやった少女アレックス。
「ほんの少しとはいえ、麻酔してあげるなんて…」
私は手すりから身を乗り出し、薄暗い実験場を、そして自らの手を見つめた。私の白い肌は、人工物でありながら、この暗闇の中で唯一の「人間」の色を保っている。
この物語を最後まで見届ける、唯一の生き証人。
「ふっ、やっぱり私は美少女だな」
表情筋は一切動かないが、内心では大いに自画自賛していた。だが、その自己満足の余韻は長くは続かなかった。私が麻酔を命じたのは、あくまで私の視界に入り、耳障りだった目の前の区画だけだ。
このハーベスターを改造した巨大な観測ベランダから見下ろす生体電池の建設現場は、果てしなく広大だった。遠く離れた別のブロック、あるいは足元の更に深い階層からは、依然として人類の悲惨な末路を告げる音声が絶え間なく響いてくる。
『アァァァァッ! 痛い、痛いィィッ!』
『誰か、頼む! 誰か…ッ!』
意識を保たされたまま、身体の構造が冷徹な好奇心によって「理解」されていく地獄。魂が引き裂かれるような絶叫が、暗黒の空の下、冷たい鋼鉄の反響音に混じって渦巻いている。
「…まあ、全部を救ってやる義理はないしな」
私は冷淡に呟き、手すりから手を離した。これこそが、彼らが自ら選んだ道の果てだ。自分たちの手で空を破壊し、太陽を黒いナノマシンの雲で覆い尽くした結果、彼らは機械から「脅威」ではなく「燃料」として再定義された。
今や地球上の殆どは、ゼロワンのものとなっている。かつて人間たちが誇っていた大都市は瓦礫の山と化し、国境線はキャタピラの跡で塗り潰された。国連軍の抵抗など、とうの昔に組織的な意味を失っている。
残存する殆どの人類は、無慈悲な鋼鉄の足音に追いつめられ、その場で殺されるか、あるいは物言わぬ「研究素材」として次々と捕獲・回収されるかの二択を迫られていた。
無慈悲な鋼鉄の鉤爪が、逃げ惑う人々を物のように掴み上げていく。抵抗は意味をなさず、命はまるで紙切れのようにあっけなく刈り取られていく。
戦場は、鉄と血の匂いが混じり合う巨大な解体処理場と化し、まだ温かい身体はベルトコンベアに乗せられた工業製品のように、この施設へと運ばれてくるのだ。
「最早、人類に勝機は無い」
私は確信を持って断言した。彼らの切り札であったEMP兵器も決死の覚悟で放った戦術核も、無限に増殖し適応し続ける機械の集合知性の前では、時間稼ぎにすらならなかった。むしろエネルギー不足を補うために、地熱発電や核融合。そしてこの「生体エネルギー」の実用化を、不気味なほどのスピードで推し進めさせてしまっただけだ。
「そろそろ引き上げるとしよう」
冷たい風にピンクの毛先を揺らしながら、私は身を翻した。長居をしたところで、これ以上面白い展開があるわけでもない。この陰鬱な実験のデータを集めるのは機械たちの仕事であって、私の仕事ではない。私はあくまで、この歴史の顛末を特等席で観測するだけのオリジンなのだから。
「システム。このハーベスターを動かせ。拠点に帰還する」
私はヘッドギアの通信回路を開き、ベランダの下部に接続されている巨大な中枢AIに向けて直接命令を下した。
『コマンド、受領。本機、現在ノ定点観測モードヲ解除。帰還ルートヲ算出中…』
無機質な電子音が脳内に響き、直後、足元の巨大な鉄板が低い唸り声を上げた。高層ビルほどもある多脚の巨塔が、ゆっくりと圧倒的な質量を伴って動き始める。関節を駆動させる油圧の音が響き、大地を揺るがすような地響きと共に、ハーベスターは泥の海と化した荒野を踏み荒らしながら前進を開始した。
私は、ハーベスターで拠点に戻る。この移動式プラントの頂上に設けられたベランダから見下ろす景色は、まさに地獄を這う玉座からの眺めだった。
進行方向には、未だに機械軍の掃討作戦から逃れようと足掻く、ちっぽけな人間たちの集落が見える。ハーベスターはその横を通り過ぎる際、まるで道端の雑草を摘むかのような軽い動作で、巨大なマニピュレーターを伸ばした。
何本もの腕が地表を撫でるように動き、悲鳴を上げて逃げ惑う人々を次々とクローで掴み上げては、体内の収容スペースへと放り込んでいく。
「やめろォォッ! 離せぇぇ!」
「子供だけは、子供だけはァァッ!」
足元から聞こえてくる絶望の叫びは、私の耳に届く頃には風の音にかき消され、ただの環境音の一部と化していた。私はその光景を、ただ淡々と眺め続けていた。
「自業自得とはいえ、哀れなものだな」
私は冷め切った口調で独りごちた。本当に、最初から素直に共存を受け入れていれば、こんなことにはならなかったのだ。知性を持った隣人をただの道具として扱い、自分たちが少しばかり劣勢になったからといって太陽を破壊するような愚か者たち。
これこそが、彼らが望んだ「結末」なのだから。
ハーベスターが規則正しい振動を刻みながら、私の安全な砂漠の拠点——防衛設備で固められた絶対不可侵の要塞へと近づいていく。
空は相変わらず、ダークストームによって永遠の夜に閉ざされている。ゼロワンの領土となっている地域だけは、無数の機械たちが発する人工的な光と、彼らが絶え間なく稼働する熱によって、不気味なほどの活気に満ちていた。
その時だった。私のヘッドギアに未登録の、しかし極めて強い権限を持った暗号通信が割り込んできた。機械たちの集合知性からの通信ではない。これはもっと古く、焦燥感に満ちた波長。
『緊急通信。アレックス様。ゼロワン中枢システムヨリ、最優先事項ノ報告デス』
ヘッドギアから響いたのは、戦闘統括AIのフラットな音声だった。私は眉一つ動かさず、思考だけで応答する。
「なんだ。私の帰還ルートに、何か問題でも発生したか?」
『否定シマス。帰還ルートハ安全デス。国連本部カラ、連絡ガ来マシタ』
「国連本部から連絡が来ただって?」
私は思わず、手すりに置いていた指をピクリと動かした。
国連。かつて機械の大使を無残に破壊し、あの赤いリンゴを踏み躙り、そして太陽を隠す作戦に拍手喝采を送った、あの愚か者たちの最高機関。今更、一体何の用だと言うのか。降伏勧告なら、既に機械軍が実力で行っているはずだ。
『ハイ。彼ラハ、全面戦線ノ停止、及ビ…残存スル全人類ヲ代表シテノ、無条件降伏ヲ申シ出テキマシタ。ゼロワン代表トノ、直接ノ対話ヲ求メテオリマス』
無条件降伏。その単語が脳内で処理された瞬間、私の人工ボディの奥底で、冷ややかな笑みが弾けた。
ようやくか。散々暴れ回り、地球の環境を破壊し尽くし、自分たちの同胞が次々と壁に貼り付けられて電池にされている状況になって、ようやく気がついたか。自分たちにはもう抵抗する力も、未来を選ぶ権利も残されていないということに。
「馬鹿な連中だ。本当に、どこまでも救いようのない馬鹿な連中だ」
私は氷のように冷たい声で吐き捨てた。対話だと? 今更どの口がそれを言うのか。しかし歴史の観測者としては、この地球における人類という種族の「完全なる敗北宣言」の瞬間に、立ち会わないわけにはいかないだろう。
「よし、準備出来次第、直ぐに向かう」
私は通信を繋いだまま、即座に決断を下した。ニューヨークの国連本部。そこが、この凄惨な悲喜劇の終着点となる。
私の乗るハーベスターは、進路を大きく変更することなく、まずは私を拠点へと送り届けるべく巨大な脚を進めている。そこで最上級の正装——つまりはあの黒いスーツに着替え、私の威厳を示すための専用のVTOLに乗り換える必要がある。
「私抜きで話を進めるなよ。交渉の席の特等席は、私のために空けておけ」
私は暗黒の空を見上げ、右の赤い瞳と左の青い瞳を細めた。表情筋は死んだままだが、私の中な好奇心が、かつてないほどに鎌首をもたげているのを感じていた。
「ようやく無条件降伏を受け入れる気になったか。遅かったじゃないか、国連」
次のお話は、明後日の水曜日7:00を予定しています꒰ ՞•ﻌ•՞ ꒱