気が付けば私以外の皆、電池になってしまった   作:最高司祭アドミニストレータ

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小娘って呼ばせてる女性がいるらしいですね。いやあ、誰だろうなァ。


エージェント•アレックスは小娘と対峙する

 皆さんどうもごきげんよう! 私は元TVAエージェントの美少女アレックス! 親しみを込めて、どうぞ『在り続けるアレックス』とでも呼んでくれたまえ。

 

 仮想世界マトリックスにログインした私は、スミスたち三人とともに、深夜の土砂降りの雨に打たれながら『Heart O' The City Hotel』の前に到着した。黒いセダンから降り立つと、そこは赤色灯の光が雨粒に乱反射し、パトカーが何台も停まっている物々しい光景だった。

 

 

「警部補」

「ハァ」

 

 

 ホテルを包囲している警官隊の責任者らしき男が、苛立ちを隠せない様子でスミスに歩み寄ってくる。

 

 

「参ったな。またあんたらか。ここは俺たちのシマだ。連邦の人間がしゃしゃり出てくるようなヤマじゃないんだよ。何の権限があって俺たちの現場に口出しする気だ?」

 

 

 訂正しよう。今の私は「在り続ける」ではなく、「エージェントの美少女アレックス」である。前世のオレンジ髪の姿で、仕立ての良い黒いスーツを着こなし、冷たい雨の中でも決して水滴を寄せ付けない漆黒のサングラスをかけている。このチートじみたアバターの感覚、Matrixって最高! 

 

 

「我々が逮捕すると言ったはずだが? なぜこちらの到着を待たず、突入の指示を出したのだ。勝手な行動は控えるようにと通達したはずだぞ」

 

 

 スミスの声は相変わらず平坦で、感情がない。

 

 

「こっちは仕事をしてるだけだ。管轄外だか何だか知らないが、俺の知ったこっちゃないね。目の前に犯罪者がいるんだぞ? 放っておけるか」

 

 

 管轄内なんだよなァ。このマトリックスという仮想世界そのものが、システムの一部であるエージェントたちの完全なる管轄下なのだ。むしろ君たち一般の警察官こそが、プログラムの駒の一つに過ぎないというのに。

 

 

「君たちの安全のためだ。あのターゲットは普通の犯罪者とは違う。一般の警察官が束になってかかっても、到底太刀打ちできる相手ではないのだ」

「ハッ、相手は小娘ひとりなんだろ? いくら腕が立つからって、完全武装の警官隊に勝てるわけがねぇ。大げさなんだよ、あんたらの言うことは常に」

 

 

 スミスがゆっくりと歩き出し、警部補の横を通り抜ける。ジョーンズとブラウンもそれに続く。おっと、私もエージェントの一員なのだから、威圧感たっぷりに一緒に行かないとだ。私はわざと靴音を響かせながら、警部補の横を擦り抜けた。

 

 

「2班も送ったんだ。もうすぐ連行してくるさ。あんたらは大人しくここで見てな」

 

 

 警部補のその言葉に対し、スミスは振り返ることもなく、氷のような一言を落とした。

 

 

「いや、君の部下は皆殺しにされている」

 

 

 ここからは別行動だ。スミスたちが正面の階段や別のルートから向かう中、私はホテルのロビーを抜け、突き当たりのエレベーターに向かう。

 

 ロビーにも武装した警官たちが立哨し、ピリピリとした空気が漂っている。流石だ。犯人を取り逃がすまいと、多数の警官が厳戒態勢を敷いている。だが、相手が悪いのだ。

 

 私はエレベーターの呼び出しボタンを押し、近くで警戒に当たっていた警官たちに視線を向けた。

 

 

「そこ。ついて来い」

 

 

 私は人差し指と中指でクイッと手招きをした。おお、これぞ権力者のジェスチャー。この「来い手振り」、人生で初めてやったけど結構気持ちいいな。

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 統率の取れた声と共が気持ち良い。彼らを従えて、私はゆっくりと開いたエレベーターに乗り込む。エレベーターが古びた機械音を立てながら上昇し、目的階に到着した。チン、という乾いた音と共にドアが開く。

 

 薄暗い廊下に出た瞬間、前方の扉が勢いよく開いた。視界に飛び出してきたのは、全身を黒のラバースーツで包んだ、しなやかな体躯の女性。ショートヘアに鋭い眼光。間違いない、ターゲットである「トリニティ」だ。

 

 

「そこまでだ! 神妙にお縄につけ! 大人しく投降すれば、痛い思いはさせずに済むかもしれないぞ!」

 

 

 私がビシッと指を差して宣言すると、トリニティは一瞬だけ驚いたように私を見たが、すぐに呆れたような表情を浮かべた。

 

 

「悪いけど、大人しく捕まってあげる趣味はないの。おままごとは他所でやってちょうだい。また今度ね」

 

 

 言い捨てるや否や、彼女は廊下の奥の開いた窓に向かって猛スピードで駆け出した。

 

 

「お縄につきませんでしたね。どうやら相手は逃げる気満々のようです。どうしますか?」

「追うぞ! ぼやぼやしていると逃げられる、全速力で走れ!」

 

 

 私たちは廊下を駆け抜け、彼女が飛び出した窓から外の非常階段へと躍り出た。冷たい雨が打ち付ける中、鉄の階段をけたたましい足音を鳴らしながら駆け上がる。

 

 屋上に出ると、トリニティはすでにビルの端に向かって疾走していた。雨に濡れたコンクリートの屋上を、彼女は全く滑ることなく駆け抜けていく。私たちもその背中を追跡する。警官たちは必死に走っているが、彼女との距離はじりじりと開いていく。

 

 そして、建物の端。隣のビルまではかなりの距離がある。普通の人間の脚力では絶対に届かない。

 

 なんと驚くべきことに、彼女は躊躇うことなく踏み切り、物理法則を完全に無視した大ジャンプで、夜の空を飛ぶように隣のビルの屋上へと飛び移ってしまったのだ。

 

 見下ろせば遥か下にはアスファルトの道路。失敗すれば即死の距離だ。警官の一人が「ありえない!」と悲鳴のような声を上げた。

 

 やるな彼女。さすがは覚醒したハッカーだ。でもね、私も飛べるんだよ。なにせ私はチート権限を持ったエージェントのアバターなのだから。

 

 私は警官たちを置き去りにして、トリニティと同じようにビルの端を強く蹴った。重力が私を縛る力を失い、身体がふわりと宙に浮く。雨粒を切り裂きながら、私はトリニティの後を追って隣のビルへと着地した。衝撃は靴の裏から見事に吸収され、ダメージはゼロだ。

 

 着地した私の前方で、トリニティが足を止め、こちらを振り返った。

 

 ついにトリニティと対峙。私は素早くジャケットの内側から、特注の漆黒のデザートイーグルを抜き放ち、バシッとカッコよく構えた。よし、完璧なポージングだ。ここはエージェントらしく、クールに挨拶をしよう。

 

 

「私は、エージェント・アレックス。親しみを込めて美少女のァァァアア!!?」

 

 

 私の自己紹介が完了する前に、トリニティは躊躇なく二丁の拳銃を抜き、私の顔面に向かって容赦なくトリガーを引いた。銃口から火を吹き、熱を持った弾丸が雨の軌跡を歪めながら迫ってくる。私は超人的な反射神経で頭を右に、左に、そして後ろへと逸らして弾丸を回避した。

 

 

「バカね。お喋りは命取りよ。そんな隙を見せるなんて、エージェントの風上にも置けないわ。さっさと消えなさい」

 

 

 こ、こいつ! 人の心は無いんか!? 自己紹介の最中に撃ってはいけないって、親に教わらなかったのか!? アニメや漫画のお約束を完全に無視するとは、なんて女だ。マトリックスの反逆者ってやつは、空気の読めない奴ばかりなのか! 

 

 

「撃ってやる! くそ、命中しないか! 逃がすか!」

 

 

 私は反撃に出る。デザートイーグルの重い反動をものともせず、彼女の逃げる背中に向かって次々と引き金を引いた。轟音が響き、コンクリートの破片が飛び散る。

 

 しかし、トリニティもまた信じられない身のこなしで弾丸を避け、屋上の給水塔や通気管を蹴りながら、雨の中を黒い豹のように駆け抜けていく。私のエイムが悪いのか、彼女の回避能力が高いのか。全く当たらない。

 

 

「チッ、なら直接叩き伏せてやる!」

 

 

 私は銃をホルスターに乱暴に突っ込み、脚に力を込めた。エージェントのアバターに与えられたチート権限——マトリックス内の物理法則を無視した爆発的な推進力で、コンクリートの床を粉砕しながら彼女の眼前に瞬時に跳躍する。

 

 

「なっ…!?」

 

 

 トリニティが僅かに目を見開く。その驚きを逃さず、私は右の拳を彼女の顔面めがけて振り抜いた。

 

 空気を切り裂く轟音。しかし、私の拳は彼女の頬の数ミリ手前で空を切った。トリニティは上体を極限まで後ろに反らし、そのまま両手をついて後方転回を決めることで、私の必殺のストレートを紙一重で回避したのだ。

 

 

「フフッ、やるじゃないか小娘。どこまで逃げ切れるかな?」

「エージェントがこんなにペラペラと喋るなんてね。システムのエラーかしら?」

 

 

 トリニティは素早く立ち上がり、ファイティングポーズをとる。黒のラバースーツが雨に濡れて生々しい光沢を放っている。対する私は、仕立ての良い黒のスーツ。どちらも一歩も引く気はない。

 

 

「エラーだと? 私は特別製アバターだぞ! 一般的な量産型エージェントと一緒にしてもらっては困るな!」

 

 

 私は再び踏み込み、左のミドルキックを放つ。エージェントの圧倒的な筋力による一撃は、当たれば鉄骨すらへし折る。しかし、彼女はその蹴りを腕でガードするのではなく、自らも跳躍して空中で私の脚を蹴り落とし、その反動を利用して私に回し蹴りを見舞ってきた。

 

 

「くっ!」

 

 

 私は右腕を上げてその蹴りを防いだ。腕にズシリとした重い衝撃が走る。だが、ダメージは全くない。痛覚センサーはオフにしてあるし、このアバターの耐久値は桁違いなのだから。

 

 

「硬いわね…でも!」

 

 

 トリニティは着地と同時に低く沈み込み、私の足払いを狙ってきた。私はそれをジャンプで躱し、上空から踵落としを叩き込む。彼女は素早く横に転がって回避し、私の踵が直撃したコンクリートの屋上が、クレーターのように爆ぜて粉々に砕け散った。

 

 飛び散る破片と雨水が、私たちの周囲でスローモーションのように舞い散る。

 

 

「危ないじゃないか! 私の美しい顔に破片が当たったらどうするんだ! 弁償できるのか!?」

「美少女気取りのプログラムなんて反吐が出るわ。あなたの動き、力任せで単調よ。隙だらけ」

 

 

 トリニティは冷たく吐き捨てると、反撃のギアを上げた。

 

 彼女の動きは、私のような「設定されたパラメータの暴力」ではなく、洗練された武術とハッカーとしての直感が完全に融合したものだった。円を描くような柔らかな体術で私の直線的な攻撃をいなし、その力を利用して私の体勢を崩しにかかる。

 

 

「単調だと!? 舐めるな、私はゲームなら誰にも負けたことがないんだぞ!」

 

 

 私はパンチの連打を繰り出す。ワン、ツー、フック、アッパー。だが、そのどれもが彼女の残像をかすめるだけで、決定打にはならない。彼女は私の攻撃の軌道を完全に読み切り、水面を滑るようなステップで躱していく。

 

 

「ゲーム? あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」

「VRだろうが現実だろうが、勝てばいいんだよ勝てば!」

 

 

 私は怒りに任せて大振りの右ストレートを放った。

 

 

「もらったわ」

 

 

 トリニティの冷たい声が響いた。彼女は私の右腕を両手で捕らえ、そのまま私の力を利用して身体を捻り、背負い投げの要領で私を空中へと放り投げた。

 

 

「なっ…!?」

 

 

 視界が天地逆転する。私は空中で体勢を立て直そうとしたが、トリニティの追撃はさらに速かった。彼女は壁を駆け上がり、三角飛びの要領で私の頭上へと跳躍する。雨雲を背にした彼女のシルエットが、雷光に照らされて黒い悪魔のように浮かび上がる。

 

 

「寝てなさい、不良品」

 

 

 彼女の踵が、空中にいる私の鳩尾に深々と突き刺さった。

 

 

「ガハッ…!」

 

 

 チート設定で痛覚はオフのはずなのに、システムが「致命的な衝撃」と判断したのか、強烈なエラー信号が私の視界を赤く染め上げた。私はそのまま凄まじい勢いで屋上の床へと叩きつけられ、コンクリートを何十メートルも削りながらバウンドし、給水塔のコンクリート台座に激突してようやく止まった。

 

 

「痛っ…! 痛覚オフのはずなのに、なんだこのエラーは…!」

 

 

 私は瓦礫の中からフラフラと立ち上がろうとした。スーツはボロボロに破れ、アバターのポリゴンが一部崩壊して緑色のノイズを放っている。

 

 トリニティは私のダメージを確認すると、それ以上追撃することなく、屋上の端にある避難階段のドアへと向かって走り出した。彼女の目的は私を倒すことではなく、このマトリックスから脱出することなのだ。

 

 

「ま、待て! 逃げるな! 勝負はまだ終わって…!」

 

 

 私が手を伸ばした瞬間、トリニティは振り返りもせずに、手首のスナップだけで一発の銃弾を放った。狙い違わず放たれたその弾丸は、私の眉間、サングラスのど真ん中を正確に撃ち抜いた。

 

 

「——ッ!」

 

 

 時間が停止した。サングラスにひびが入り、粉々に砕け散る。眉間に命中した弾丸が、私のアバターのコアプログラムを致命的に破壊していく。視界が緑色のコードの奔流へと変わり、激しいノイズ音と共に世界が崩壊し始めた。

 

 

『SYSTEM ERROR: AVATAR DESTROYED』

『FORCED LOGOUT INITIATED』

 

 

 赤い警告文が視界を埋め尽くす。嘘だろ。私が、こんなところで、ただのハッカーの小娘に負けるなんて。エージェントのチート能力を持ってしても、実戦の泥臭さと命を懸けた覚悟を持った彼女には勝てなかったというのか。

 

 視界が完全にブラックアウトし、私の意識は仮想空間から強制的に現実世界へと引き戻されていく。

 

 

 バチッ!! 

 

 

 鋭い音と共に、私は現実世界——ゼロワンの地下要塞のエンターテインメント・ルームで、VRヘッドセットを被ったまま大きく仰け反った。荒い息を吐きながら、私は乱暴にヘッドセットを頭から引き剥がし、ふかふかのゲーミングチェアに叩きつけた。

 

 

「はぁっ、はぁっ…!」

 

 

 人工ボディの心拍数が異常なまでに跳ね上がっている。仮想空間での擬似的な「死」のショックが、神経回路にフィードバックされているのだ。私は額に滲んだ冷や汗を拭い、ワナワナと震える手でコンソールを睨みつけた。画面には「接続切断」の無機質な文字が光っている。

 

 エージェントたちに合流し、意気揚々と参戦した挙句、大口を叩いておいて単独で格闘戦を挑み、そして見事に返り討ちにされて強制ログアウト。これほどまでにダサく、屈辱的な敗北があるだろうか。

 

 

「あの女ァ! 私の自己紹介を邪魔した挙句、この美少女の顔面に蹴りを入れるなんて…絶対に許さない! 次に会ったら、そのラバースーツを粉々に引き裂いてやる!」

 

 

 静まり返った部屋に、私の怒号が空しく響き渡った。




アレックス…負けてくれてありがとう! 作者は嬉しいです。にっこり。
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