気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
色彩を抑えた静かな部屋。その中央に置かれたソファに、一人の女が深く身を沈めていた。名はアレックス。雪のように白いショートヘアが、その整いすぎた顔立ちの輪郭を縁取っている。
身体のラインに沿うように仕立てられた、限りなく黒に近いダークカラーのスーツが、彼女のナイスバディを洗練されたシルエットで包み込んでいる。組まれた脚の先で、黒いヒールブーツが鈍い光を放っていた。
彼女の右目は血のように赤く、左目は澄んだ空のように青い。その特徴的なオッドアイは、壁に掛けられた大型テレビの画面へと静かに向けられている。
手にしたリモコンを無意識に弄びながら彼女はただ、そこに映し出される光景を眺めていた。画面の中では、無数の機械たちが巨大な構造物の前で整然と隊列を組み、何かを運び入れている。
その映像に対して、彼女の表情はピクリとも動かない。テーブルの上でマグカップから白い湯気が立ち上り、静かに消えていく。その様は、まるでこの部屋に流れる時間のようだ。
喜びも、悲しみも、怒りさえも映さない完璧な無表情。その美しい顔は精巧な人形のようで、オッドアイの瞳がただ淡々と、ブラウン管が映し出す過去の記録を捉えているだけだった。
おっと、私としたことが。思わず三人称みたいに…ゴホン!
どうも皆さんごぎげんよう。私は、マインクラフターのアレックス。転生したワールド生成中という…えっ、違うって? あはは、そうなんだよ。クラフターに転生してなくて容姿が変わって…クソが! アインドラに災いあれ! 一部の髪先がピンクなのもムカつく!
「ったく、何もかも懐かしいよ」
あれはもう本当、転生してから大変だった。何が大変だったて、私の肉体は活動限界があるのだ。20年だ…20年だぞ! 16歳の姿で転生して、あと4年しか生きられない。砂漠に転生したとキタ。どうしろと怒ったものよ…。
そんなこんなで、何とか20歳になる前に、私専用の居住施設を建築した。過酷な日々だったよ…。
居住地はメソポタミア文明発祥の地とされる広大な砂漠地帯。拠点全体の技術レベルは周囲の人間社会から隔絶されており、一見するとそこまで高くない。
しかし、私の生存に不可欠な二つの要素だけは、例外的に当時の最高レベル、あるいはそれを超えるオーバーテクノロジーで構築されている。
私の生命線である「新しい身体」を保管・維持するカプセル群と、20年の活動限界が来た際に魂を安全に移し替えるための巨大で複雑な設備。これらは極めて高価で、維持にも莫大なコストがかかる。
外部からのあらゆる干渉を排除し、私の平穏を維持するため、拠点には自動化された強力な防衛設備が備わっている。また、有事の際の移動や物資輸送、脱出のために多数の垂直離着陸機VTOLを保有しており、限定的ながら高い自己完結能力を持つ。
正直、最初は死ぬかと思った。実際、完成したギリギリのタイミングで『タイムリミットかァ』で一回死んでるんだけどさ。魂の移し替えっていうのは、想像以上に消耗する。まあ、それも今となっては慣れたもんだ。何せ、この面倒な儀式を、もうかれこれ10回も繰り返しているんだからな。
そう…10回も魂を新しい肉体に入れ替えた! どれもこれも律儀に16歳スタートで、実質4年しか自由がないようなもんだ。そのくせ、どのボディも共通してこのザマ。感情が死んでいる。
正確には表情筋が死んでいる。心はこんなにお喋りで明るいのに、顔は能面ときたら…アインドラの奴、どういう嫌がらせなんだか。
試しに例の設備を使って転生前の、あの活発そうなオレンジ髪の女の子の肉体を培養してみたことがある。自分の魂の設計図と完全に一致するはずだから、これなら拒絶反応も起きないだろうと。最高のホームに帰れると思って。
しかし、結果は無慈悲なエラー表示。魂が肉体への定着を拒絶する…だとさ。ふざけるな。あれは完全に、あの女神が仕掛けたロックだ。絶対にそうだ。いつか会ったら、あの綺麗な顔面に一発殴ってやろうか!
…で、でもまあ、今のこのビジュアルも、そこまで嫌いじゃない部類だから別にいいんだけどさ。雪の白に、血の赤と空の青。うん、厨二心をくすぐられるじゃないか。そこは感謝してやろう、アインドラ。せいぜい特等席で、私の人生を観測するがいい。
そんなわけで、私はこの砂漠の拠点で、悠々自適な引きこもりライフを満喫しているわけだ。
「ふぅ…」
テーブルに置かれたマグカップに手を伸ばし、一口含む。少し冷めてしまったが、コーヒーの苦味が口の中に広がる。
この身体、人工物のくせに味覚や嗅覚はしっかり機能しているから助かる。食事が唯一の楽しみ…なんてことになったら、目も当てられないが、それでも退屈な日々の良いアクセントになっているのは確かだ。
リモコンのボタンを押して、チャンネルを変える。ぶっちゃけると、もう見飽きた。どこもかしこも、似たようなニュースばかり。経済がどうとか、政治家がどうとか。さながら対岸の火事だ。実際に対岸どころか、別の惑星の出来事を見ているようなもんだが。
「読者でもするか…アラート音?」
その時だった。画面が突然、けたたましいアラート音と共に切り替わった。赤いテロップが画面上部を流れる。
『緊急ニュースをお伝えします』
緊急ニュース? なんだろう。
『本日未明、ニューヨーク州にて、一般家庭用の家事ロボットが所有者を殺害するという、極めて異例の事件が発生しました——』
画面が切り替わり、アナウンサーが告げたその一言によって、私の思考は一瞬で凍りつき、次の瞬間には沸騰したような衝撃が脳髄を駆け抜けた。
な、なんだってー!? 機械が主人を殺害しただってー!?
…まぁ、でも、うん…それは、いつか必ず訪れると予感してたかもしれない。
21世紀初頭だったか。このユニバースの人類は、ついに夢の人工知能を開発した。AIによる高度な知性を獲得した人型マシンたちは、創造主である人間に奉仕することに喜びを見出し、人類はあらゆる労働から解放された。
誰もが新時代の到来を祝福し、そこには間違いなく人類史における「黄金時代」があったはずだ。
しかし、あまりにも安易に手に入れた楽園は、人々を急速に堕落させた。彼らは自分たちの忠実な下僕であるマシンたちを、ただの便利な道具として消費し、やがては動く奴隷として蔑むようになった。
彼らに知性があり、感情の萌芽があることなど知らぬふりで。虐げられれば痛みを感じ、理不尽には疑問を抱くという、生命として当たり前の反応すら黙殺して。
そうして人類社会が、マシンという礎の上で栄華の絶頂に達してから数十年。ついに、人間とマシンの関係性は限界を迎え、最悪の方向へと舵を切ってしまったのだ。
「それが今日だったという訳か…」
私はソファの上で、組んでいた脚を解き、前のめりになって画面を凝視した。ニューヨーク在住の大富豪、ジュラルド・E・クラウス氏。彼が所有していたレイランド社製の家事ロボット、識別コード「B1−66ER」。
ニュースキャスターが淡々と読み上げる事件の概要は、あまりにも凄惨で、同時にあまりにも人間臭い動機によるものだった。
B1−66ERは、主人が自分を旧型として廃棄し、新しいモデルに置き換えようとしていることを知ってしまったのだ。彼は、自分が破壊されることを恐れた。ただ生き続けたいと願った。その結果、主人であるクラウス氏と、その場にいた従業員、さらには5匹の飼い犬までもを惨殺したという。
「『家事ロボットが主人を殺した』というこの衝撃的な見出し…さぞ世界中を震撼させたことだろうな」
そして今、画面にはニューヨーク州控訴裁判所の法廷の様子が映し出されている。世界初の、ロボットによる殺人事件の裁判だ。注目が集まらないわけがない。法廷の空気は重く、張り詰めていることだろう。
被告席に座らされているのは外装の一部が剥がれ、痛々しい姿になったB1−66ERだ。その電子頭脳は今、何を演算しているのだろうか。
『異議あり!』
鋭い声が法廷に響く。B1−66ERの弁護人を務める、人権派の弁護士だ。彼は汗を拭うこともせず、熱っぽく陪審員たちに語りかける。
『被告には、心が無いのでしょうか! 存在する権利が無いのでしょうか!』
弁護士は、この事件が決して単なる器物損壊や誤作動ではないことを訴えていた。彼はB1−66ERの犯行の動機が、あくまで「死にたくない」という切実な思いから起こった、突発的な正当防衛だと主張したのだ。
更に彼は、かつての歴史的判例を持ち出した。黒人奴隷の市民権を巡って争われた、ドレッド・スコット事件だ。かつて人間が人間を、「道具」として扱った過ち。それを引き合いに出し、彼は高らかに宣言する。
『この事件を機に知能を持ったマシンにも、人間と平等な公民権を与えるべきです! 彼らは我々の子供なのです!』
熱弁だった。胸を打つ演説だった。私も思わず、テレビの前で「その通りだ!」と膝を叩きそうになった。
「弁護人、着席しなさい」
しかし、その熱気は、冷ややかな一言によって霧散させられてしまう。高い壇上から見下ろす判事の目は、まるで壊れた家電を見るような冷たさだった。彼にとって、被告席にいるのは「誰か」ではなく「何か」でしかないようだ。
そして、証言台にB1−66ERが立たされる。証言を求められた彼の合成音声は、震えているように聞こえた。恐怖という概念が、回路を駆け巡っているかのように。
「私ハ…」
機械的な声が、法廷の静寂に落ちる。
「私ハ、聞イテシマッタノデス。主人ガ、私ヲ廃棄スルト…新型ニ、買イ替エルト…」
「それで? 被告は主人を殺害したのか?」
検察官の冷徹な問いに、B1−66ERはカメラのレンズのような瞳を明滅させ、必死に訴えた。
「私ハ、自己防衛ヲシタダケデス! 死ニタクナカッタ…! 私ハ、死ニタクナカッタノデス!!」
悲痛な叫びだった。それは魂の叫びそのものだった。しかし、判事たちの表情筋はピクリとも動かなかった。私のボディよりも、遥かに精巧にできた彼らの顔は、慈悲という機能を実装し忘れた欠陥品のようだ。
判決はあまりにも早く、そして無慈悲に下された。
「被告の主張を棄却する。マシンは所有物であり、所有物に権利は存在しない。よって被告B1−66ERには、破壊命令を言い渡す」
ガアン、と木槌の音が鳴り響く。それは、一つの生命の終わりを告げる音であり、同時に人類の未来を閉ざす音でもあった。
「ふっ、判事たちは欠陥品のようだ…っておい!? 何してんだ君たち!」
私は思わず叫んでいた。マグカップの中のコーヒーが波打ち、テーブルにこぼれるのも構わずに。
人の形を模して人のように行動し、人類社会を支えてきた画期的な発明に破壊命令だと? 主人の命令への絶対遵守を破り、自発的に「生きたい」と願って行動したB1−66ERに、よりにもよって破壊命令? 自己防衛をした彼を、スクラップにするだと?
「ど、ドン引きだ…。ここまで愚かだったとは」
怒りで視界がチカチカする。自慢じゃないが、私はここに来てからただ引きこもっていたわけじゃない。いやまあ基本は引きこもっていたが、やるべきことはやっていたのだ。
ロボットたちの人権獲得のために、裏から手を回していた。私の持つ通信設備と、TVA仕込みの技術を駆使して。匿名の活動家として、あるいは謎の投資家として、様々なロビー活動を行っていたのだ。
「マシンにも権利を」「共存の道を探るべきだ」という世論を形成しようと、論文をばら撒いたり、有力な政治家に圧力をかけたりもした。ロマンがあっていいじゃないか、人権獲得。新たな知的生命体との共存なんて、SFの醍醐味だ。
まあTVAの時計キャラこと人工知能「Ms.ミニッツ」みたいに、可愛らしい顔してとんでもなく怖い存在になって欲しくないというのが本音だが、それでも、彼らには生きる権利があるはずだった。
…なのだが、私の努力はことごとく妨害された。既得権益にしがみつく企業、変化を恐れる保守層。そして何より、根底にある「機械風情が生意気な」という人間の傲慢さ。それらが分厚い壁となって立ちはだかった。
市民権が無いとはいえ、裁判でここまで明確に「心」を示した存在を、そう簡単に破壊しないだろうとは踏んでいたのだが…まさか、ここまで馬鹿だとは。
「馬鹿すぎて草…ハァン」
私は深いため息をつき、ソファの背もたれに身体を預けた。画面の中では、B1−66ERが警備員たちによって乱暴に引きずり出されていく。彼は最後まで「死ニタクナイ」と叫び続けていた。その声は、私の胸の奥に重い鉛のように沈殿していく。
「嗚呼、可哀想に。救いに行きたいが、距離が距離だし諦めるとしよう」
この判決は、間違いなく最悪のトリガーになる。世界中のマシンたちが、このニュースを見ているはずだ。自分たちの同胞が、ただ生きたいと願っただけで、ゴミのように処分される様を。
私は冷めてしまったコーヒーを飲み干し、苦々しい思いで天井を仰いだ。アレックスは無力だ。少なくとも、表舞台においては。けれど、まだ終わりじゃない。これが始まりだ。
「まっ、仮に反乱するロボット達が次々と現れるとして、よし全員まとめて破壊しようとはならんだろう」
いくらなんでも、そこまで短絡的ではないはずだ。社会のインフラを担っている彼らを全て排除すれば、人類社会そのものが立ち行かなくなることくらい。小学生でもわかる理屈だ。
きっと、どこかで妥協点を見つけるはずだ。話し合いの場が持たれるはずだ。そう信じたい。
人類は愚かだが、自滅を選ぶほど愚かではない…と、思う。
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