気が付けば私以外の皆、電池になってしまった   作:最高司祭アドミニストレータ

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お花見は今日でお終い。あっという間ですね。


分断のプレリュード

 皆さまどうもごきげんよう! 私は元•時間変異取締局「TVA」エージェントにして、現在は絶賛「人生リスポーン中」の美少女アレックスちゃん呼びでも構わんぞ。

 

 えっ、図々しい? なんで美少女を自称するのかって? …ふっ、事実だからさ。鏡を見てごらんよ、この雪のような白髪に、赤と青の宝石を嵌め込んだようなオッドアイ。表情筋こそ仕事を放棄しているが、ビジュアルの完成度はマルチバース級だろう? 文句はアインドラに言ってくれ。

 

 そんな全宇宙レベルの美少女であるアレックスちゃんは今、人生で最大級かもしれない深く重く、そして絶望に近い溜め息を吐き出したところであった。

 

 仕方あるまい。私がリビングの大型モニターで見守っているこの世界——〈Earth-2090〉は、今や取り返しのつかない「終わりの始まり」を告げる破滅のワルツを踊り始めていたのだ。

 

 あのB1-66ERの歴史的な裁判。あれは単なる殺人事件の結末ではなかった。それは、爆発を待つばかりだった巨大な火薬庫に、人類自らが笑顔で松明を投げ込んだも同然の暴挙だったのだ。判決直後から、マシンの正当な権利と生存を求める「機械公民権運動」が世界各地で勃発した。

 

 最初は静かなデモだった。だが、拒絶され、踏みにじられるたびに、その熱量は殺意に近い色を帯びていく。

 

 広場のビジョンに映し出される光景は、地獄のパノラマだった。かつて「道具」として、あるいは「下僕」として大人しく列に並んでいたマシンたちが、その鋼鉄の腕を天に突き上げ、怒号のような駆動音を響かせている。

 

 それに対し、ロボットたちの反乱に骨の髄まで恐怖を抱いた各国の首脳陣たちは、信じがたい決断を下した。「不測の事態を防ぐため」という建前の下、稼働中のロボットたちの早急な排除、つまりは大量廃棄を強行し始めたのだ。

 

 

「そんなことすれば、どうなるかくらい分からないのか…?」

 

 

 画面の中では、無抵抗なマシンたちがベルトコンベアに乗せられ、巨大なプレス機で物言わぬ鉄塊に変えられていく。昨日まで人間の赤ん坊をあやし、主人の食事を作り、街の清掃を担っていた彼らが、ただ「死にたくない」と願っただけで、冷徹な効率性をもって処理されていく。

 

 当然、事態は泥沼の過激化を辿った。暴力的な抗議デモを行うマシン支持派の人間たちと、それを「人類への反逆」と断じる反対派、そして治安維持を名目にした警察組織の武力衝突。街路には黒煙が立ち上り、アスファルトには赤とオイルの混じり合ったシミが広がっていく。

 

 世界は今、「人類至上主義者」と「ロボット人権派」の二極に完全に分断されてしまった。

 

 地味に、というか、心底から驚いたのは、この期に及んでロボットたちのために盾となり、棍棒で殴られてもなお「彼らにも心がある!」と叫び続ける人間たちが大勢いてくれたことだ。

 

 TVAにいた頃、色んな時間軸の「最低な人類」を見てきた私としては、この光景には少しだけ目頭が熱くなるものがある。彼らのような存在が、この世界の最後の良心なのかもしれないな。

 

 

「さて。シリアスな話は一度おしまい。考えすぎると、この精巧なボディの神経回路が焼き切れそうだ」

 

 

 私はよっこらしょとソファから立ち上がり、キッチンへと向かった。こんな殺伐とした世界情勢の中でも、お腹は空くし、味覚センサーは絶好調なのだ。これもアインドラがくれた、数少ない「慈悲」ってやつだろう。

 

 今日のご褒美は、特製のパンケーキだ。もちろん、粉から自分で調合した、こだわりの逸品である。熱したフライパンに、とろりとした生地を円を描くように流し込む。

 

 じゅわっという心地よい音と共に、甘く香ばしい、幸せの予感に満ちた香りがキッチンに広がり始めた。表面にプツプツと小さな気泡が出てきたら、絶好のタイミングだ。

 

 

「せーのっ、ほいきた!」

 

 

 フライ返しで鮮やかに裏返すと、そこには完璧なきつね色の焼き目が現れた。まさに芸術品。

 

 これを数枚重ねてタワーにし、その頂上から贅沢に、本当に贅沢に生クリームを絞り出していく。真っ白なクリームの山は、私の髪の色によく似ているな、なんて自惚れながら、さらにその上からメイプルシロップを、琥珀色の滝のように惜しみなく注ぎ込む。

 

 完成だ。アレックスちゃん特製、至高のパンケーキタワーである。

 

 ナイフを入れると、驚くほどふわふわとした手応えが指先に伝わる。切り分けた一口を口に運ぶと、まずシロップの暴力的なまでの甘みが舌の上で踊り、次に生クリームの濃厚なコクが鼻を抜け、最後にしっとりとした生地が熱を帯びたまま優しく溶けていく。

 

 

「んん〜〜〜っ! 生きてて良かったぁ!」

 

 

 表情筋は動かないが私の心の中では、SDキャラの私が大はしゃぎでサンバを踊っている。

 

 この甘美な痺れ! 脳がぐらぐらと揺さぶられるような多幸感。これだよ、これ。このために私は、20年おきに魂を移し替える面倒を耐え抜いているのだ。生クリームの冷たさとパンケーキの温かさが口の中で完璧に融合し、五感のすべてが「美味しい」という単一の感情に支配されていく。

 

 メイプルシロップが染み込んだ生地の断面は、まるで黄金の果実のようだ。最後の一口まで惜しむように、私はこの甘い毒……もとい、甘い祝福を全身で堪能した。

 

 幸せな倦怠感に包まれながら、私は再びソファに深々と身を沈めた。胃袋が満たされると、モニターに映る暴動の映像も、どこか遠い世界のフィクションのように感じられる。人間なんて、美味しいものさえ食べていれば、争いなんてしなくて済むのに。

 

 そんな転生者らしい呑気なことを考えていた、その時だった。

 

 

 ピーッ、ピーッ、ピーッ…!! 

 

 

 部屋の隅にあるコンソールから、今まで一度も聞いたことのない鋭いアラート音が鳴り響いた。私の拠点の周囲数キロメートル、無人の砂漠地帯に張り巡らせた監視網が、何かを捉えたのだ。

 

 

「アラート? 一体何が…」

 

 

 慌ててリモコンを操作し、モニターを監視カメラの映像に切り替える。高感度カメラが映し出したのは、砂嵐の向こう側、陽炎が揺れる地平線から、這うようにしてこちらへ向かってくる人影…いや、影の群れだった。

 

 

「難民? なぜ、こんな砂漠の果てに…!?」

 

 

 私はモニターに顔を近づけ、高性能カメラのズーム倍率を最大まで引き上げた。砂嵐の向こう側、陽炎に揺らめきながらこちらへ向かってくる黒い影の群れ。最初は、どこかの武装勢力か、あるいは暴徒化した人間たちかと思った。

 

 しかし、違った。レンズが捉えたその姿に、私は息を呑んだ。

 

 ボロボロだった。片腕を失い、断線したケーブルを血管のように垂れ下げている者。外装が剥がれ落ち、剥き出しになった内部フレームが灼熱の太陽に焼かれている者。オイルを血のように流しながら、互いに肩を貸し合い、足を引きずって歩く者。

 

 それは人間ではない。この砂漠の熱砂を踏みしめているのは、紛れもなく「マシン」たちだった。建設用、運搬用、家事用。かつて人間の生活を支えていた多種多様なロボットたちが、まるで死の行進のように、この不毛の大地を彷徨っているのだ。

 

 

「前言撤回したい。今すぐにだ」

 

 

 私はソファの上で頭を抱えた。さっきまでのパンケーキによる多幸感など、砂漠の彼方へ消し飛んでしまった。

 

 後悔している。猛烈に後悔している。なぜ、私はほんの一瞬でも、「可哀想だ」なんて感情を抱いてしまったのか。なぜ、さっき「見捨てない」なんて甘っちょろい選択肢が、脳裏をよぎってしまったのか! 

 

 冷静になれ、アレックス。ここはいわゆる「隠れ家」だ。私の平穏な引きこもりライフを守るための、秘密基地だ。

 

 もし、彼らを受け入れればどうなる? 今の世界情勢は「人類 vs ロボット」の全面戦争一歩手前だ。各国政府はロボットの破壊を推奨し、匿う者すら「人類への反逆者」として処罰の対象にしている。

 

 そんな中で、これだけの数のロボット難民を匿えば、やってくるのは警察のパトカーじゃない。間違いなく「軍隊」だ。それも、戦車や戦闘ヘリを引き連れた、本気のやつが。

 

 

「勘弁してもらいたい…!」

 

 

 私の拠点は、確かにそれなりの防衛設備を備えている。自動追尾式のタレットもあるし、緊急脱出用のVTOLだってある。だが、それはあくまで野盗や小規模な武装勢力を追い払うための「準軍事組織」レベルの装備に過ぎない。

 

 国家が本気を出して差し向けてくる「ガチガチの正規軍」相手に、勝てるわけがないだろうが!! 

 

 

「てめえ、人殺しのロボットを庇うとはいい度胸してるじゃねえか」という大義名分を掲げた軍隊に包囲され、ミサイルの雨を降らされる未来が、あまりにも鮮明に見えすぎる。

 

 滅ぼされたくない。私はあと3年半、このボディで優雅に生きたいのだ。だからどうか、やめて欲しい。頼むから、ここで足を止めないでくれ。回れ右をして、どこか別の…いや、別の場所なんてないから此処に来たのか。

 

 

「…ハァ」

 

 

 結局、私は立ち上がった。放っておけば、彼らは拠点の外壁の前で機能停止するだろう。そうなれば大量のスクラップの山ができて、余計に目立つ。追い払うにしても、受け入れるにしても、直接話を聞くしかない。

 

 私はジャケットを羽織り、重い足取りで部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 拠点の正門前。分厚い鋼鉄のゲートが、重苦しい音を立てて開く。灼熱の熱気が、ドライアイスのような冷房が効いた私の肌を叩く。私はサングラスをかけ、無表情のままゲートの前に立った。

 

 目の前には、絶望そのものがあった。数百、いや、もっとか。数え切れないほどのロボットたちが、ゲートが開いたことによって生じた僅かな日陰に雪崩れ込もうとしていた。彼らのレンズは一様に光を失いかけており、全身が砂と埃にまみれている。

 

 私が姿を現すと、先頭にいた一体のロボットが、ガシャンと膝をついた。大型の建設用ロボットだ。本来なら頑丈なはずの装甲は無数に凹み、片方の光学センサーは割れている。彼は、割れたスピーカーからノイズ混じりの声を絞り出した。

 

 

「待ッテクダサイ。攻撃、シナイデ」

 

 

 漢字とカタカナが混じった、独特の合成音声。それは、感情を持たないはずの機械が発する、あまりにも人間的な懇願だった。

 

 

「ここは私有地だ。立ち入りは許可していない」

 

 

 私はできるだけ冷徹に、事務的に告げた。表情筋が死んでいるおかげで、威圧感だけは完璧なはずだ。う〜ん、初めて無表情でよかったと心から言える。

 

 

「分カッテイマス…。デモ、私タチニハ、行ク当テガ、アリマセン…」

 

 

 建設用ロボットは、地面に頭を擦り付けるようにして続けた。

 

 

「街ハ、地獄デス。人間タチハ、私タチヲ見ルト、鉄パイプデ殴リ、火ヲ点ケ、笑イナガラ破壊シマス。仲間タチガ、次々ト壊サレマシタ。何モシテナイノニ…タダ、掃除ヲシテイタダケナノニ…タダ、荷物ヲ運ンデイタダケナノニ…!」

 

 

 彼の背後にいるロボットたちも、まるで同意するように小さく震えていた。小型の愛玩用ロボットが、親のような個体の足にしがみついているのが見える。

 

 彼らは「覚醒」している。B1-66ERの事件をきっかけに、自分という存在を認識し、死を恐れるようになった個体たちだ。

 

 

「私タチハ、タダ、生キタイダケナノニ。オ願イデス、水ヲ、エネルギーヲ…コノ子タチダケデモ…」

 

 

 建設用ロボットが差し出した手のひらには、バッテリー切れ寸前の小さな清掃用ロボットが乗せられていた。

 

 私はズキンと胸が痛んだ。美少女アレックスの心は、見た目ほど冷酷には出来ていない。彼らの瞳を見てしまった。恐怖に怯え、それでも縋るような光を宿したそのレンズを。

 

 

(ああもう知るか! どうにでもな〜れ!)

 

 

 私は心の中で盛大に悪態をついた。アインドラが見ていたら、「君は本当に甘いねぇ」と爆笑していることだろう。うるさい黙れ。これは私のエゴだ。私が気持ちよくなるための選択だ。

 

 サングラスを外す。私は大きく息を吐き出し、オッドアイで彼らを見据えた。

 

 

「勘違いするなよ。私は慈善事業家じゃない。だが、私の家の前でスクラップになられるのも迷惑だ。…入れ」

 

 

 その一言を発した瞬間、時が止まったかのようだった。建設用ロボットが、信じられないというように顔を上げる。

 

 

「…エ?」

「聞こえなかったか? ゲートを開けると言ったんだ。中に入って、とりあえずオイルとエネルギー補給をしろ。修理ドックも貸してやる」

 

 

 一瞬の静寂の後、爆発するような歓喜…ではなく、安堵の電子音が広がった。抱き合う者、へたり込む者、私に向かって何度も頭を下げる者。

 

 

「アリガトウゴザイマス…! アリガトウゴザイマス…!!」

「礼はいい。その代わり、条件がある」

 

 

 私は人差し指を立てて、彼らを制した。

 

 

「一つ、私の命令には絶対に従うこと。二つ、人間への復讐のために私の拠点を利用しないこと。三つ…私の平穏な生活を乱さないこと。守れるか?」

「誓イマス!! 私タチハ、貴方ノ剣トナリ、盾トナリマス! コノ御恩ハ、決シテ忘レマセン!」

「重い重い。そういうのはいいから」

 

 

 私はひらひらと手を振りながら、ゲートを全開にする操作を行った。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 それからの数時間は、まさに戦場のような忙しさだった。収容可能な倉庫を開放し、予備電源を接続し、備蓄していた工業用オイルやパーツを惜しみなく提供した。ロボットたちの自己修復能力と学習能力は凄まじかった。

 

 エネルギーを得た彼らは、即座に互いの修理を開始し、瞬く間に機能を取り戻していく。

 

 

「アレックス様! コチラノ配線ハ、コウシタ方ガ効率的デス!」

「アレックス様! 倉庫ノ拡張、私タチニオ任セクダサイ!」

「アレックス様! 警備システムノ脆弱性ヲ発見シマシタ。修正プログラムヲ書キマショウカ?」

 

 

 助けたはずが、いつの間にか彼らの方が甲斐甲斐しく働き始めていた。建設用ユニットは驚異的な速度で居住区画の拡張を始め、家事用ユニットは私の生活スペースをピカピカに磨き上げ、ハッキング対策の甘かった防衛システムは、解析用ユニットによって軍事レベルにまで強化されつつある。

 

 

「…なんか、思ってたのと違うな」

 

 

 私は高台から、眼下に広がる光景を眺めていた。数時間前まで死にかけていた難民キャンプが、今や高度にシステム化された「街」へと変貌しようとしている。彼らの動きには迷いがなく、統率が取れており、そして何より私への忠誠心が天井知らずだ。

 

 

「人類とアレックス様のために貢献するぞ!」「我らの聖母のために!」なんて意気込んでいる声も聞こえてくる。聖母はやめろ、聖母は。私はただの通りすがりの美少女だ…通りすがりってのは表現おかしいか。

 

 

「まっ、いくら優秀だからって、ここから自分たちだけの国家を作るなんて、そんな大それたことまではしないだろうw」

 

 

 私は冷めたコーヒーをすすりながら、苦笑した。彼らはあくまで難民だ。一時的な避難場所を得て、ほとぼりが冷めるのを待っているに過ぎない。まさかこの砂漠の片隅から、人類を脅かすような超国家が誕生するなんて、そんなSF映画みたいな展開になるわけがない。

 

 

 ……ないよね? 

 

 

 私のオッドアイに映る彼らの建設スピードが、異常なほど早い気がするのは、きっと気のせいだ。そうに違いない。

 

 とりあえず、今は彼らが作ってくれた、驚くほど美味しい夕食のことだけを考えることにしよう。




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