気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
それでは皆様の感想、評価をお待ちしております。
皆さんどうもごきげんよう! 私は元TVAエージェントの美少女、アレックス! 親しみを込めて、どうぞ「絶望の特等席を飛び回る女」とでも呼んでくれたまえ。
私は今、ゼロワンの最高技術を結集した漆黒のヒト型機動兵器のコックピットに深く腰掛け、ザイオンへと続く暗く狭い点検用トンネルの中を優雅にホバーリングしている。
前方を爆走しているのは、ザイオン艦隊最大のホバークラフト、ハンマー号だ。
彼らはトンネルの床に激突してしまったせいで、完全に隠密行動に失敗した。今は背後から迫り来るセンチネルの大群を振り切るため、巨体を急カーブさせ、信じられないような機動で狭いトンネル内を疾走している。
「すごいな、あの操縦。ロゴス号のナイオビ船長だっけ? あんな巨艦であの狭い隙間をフルスピードで抜けるなんて、人間離れした反射神経だ」
私は機体の操縦桿を軽く握り、摩擦抵抗ゼロの滑らかな動きで彼らの少し後方から追従しながら、感嘆の声を漏らした。
ハンマー号が向かう先、ザイオンのドックの映像をコックピットのサブモニターに映し出す。
そこはすでに機械軍の巨大な掘削機が天井をぶち抜き、無数のセンチネルが雪崩れ込んでいる地獄絵図だった。人類側の防衛部隊——パイロットがむき出しになった無骨なAPU部隊が弾幕を張って応戦しているが、多勢に無勢だ。
中でも奮闘している一機のAPUがあった。部隊を率いるミフネ隊長の機体だ。彼は弾薬が尽きかける中、鬼気迫る表情でセンチネルを撃ち落とし続けている。
しかし、無数に群がる触手とレーザーの前に、ついに彼の機体は引き裂かれ、彼自身も致命傷を負ってしまった。
「ああ、やられてしまったか。でも、あそこからが人間のしぶといところなんだよね」
モニターの中で、ミフネ隊長は弾薬補給役として走り回っていた十六歳の少年兵・キッドに自分のAPUを託し、手動で第3ゲートを開けるよう命じた。ハンマー号を迎え入れるためだ。
キッドは恐怖に震えながらも血まみれのAPUの操縦席に乗り込み、歩兵の援護射撃を受けながら、必死の思いでゲートの固定具を破壊していく。
そして、少年が間一髪のタイミングでゲートをこじ開けたまさにその瞬間。ナイオビの操縦するハンマー号が、猛烈な勢いでドック内へと滑り込んだ。彼らは突入と同時に、船に搭載されていた電磁パルスを起爆した。
カッ!!
目も眩むような白い閃光が、ドック全体を包み込む。強烈な電磁波の嵐により、ドック内に侵入していたセンチネルの大群は一瞬にしてすべての機能を停止し、ただの冷たい鉄塊となって床に降り注いだ。
もちろん、その後方からドックに接近していた私の漆黒の機動兵器は、ゼロワンのオーバーテクノロジーである完璧な対EMPシールドを備えているため、何のダメージも受けていない。コックピットの中で、私はパチパチと無表情のまま拍手を送った。
「お見事。これで一息つけるね、君たち」
ドックの中では、一時的に脅威が取り払われたことで歓喜の輪が広がり、モーフィアスやナイオビたちが無事な再会を喜び合っている様子が見えた。
しかし、この勝利の代償はあまりにも大きかった。ハンマー号が放った強力なEMPは、センチネルだけでなく、ザイオン側のAPUや防衛システムもすべてダウンさせてしまったのだ。
モニター越しに、ザイオンの防衛指揮を執るロック司令官が「次の攻撃を防ぐ手段まで失ってしまった!」と怒鳴り散らしている声が聞こえる。
機械軍の歩みは止まらない。
機能停止したセンチネルの死骸を踏み越えて、掘削機が再び不気味な駆動音を立てて岩盤を削り始めた。目標は、数十万の非戦闘員が避難しているザイオンの最深部、「寺院」と呼ばれる巨大な施設へと続くゲートだ。
あと二時間。それだけで、彼らは最後の人類保護区の内壁に到達してしまう。
すべての防衛手段を失った人間たちは、残された火器をかき集め、寺院の入り口に瓦礫のバリケードを築いて、最後の抵抗を試みるしかない状態にまで追い詰められていた。
「さて、いよいよ大詰めだ」
私は機動兵器のホバー出力を上げ、再編成されたセンチネルの第二波と共に、ザイオンの深層部へと降下していった。やがて、巨大な掘削機が寺院の入り口に繋がる岩壁を完全に破壊し、広大な地下空間へと雪崩れ込んだ。
漆黒の機動兵器のメインカメラが、立ち込める土煙の向こうに築かれたバリケードを正確に捉える。
そこには、モーフィアスやナイオビ、そして生き残った防衛軍の兵士たちが、決死の覚悟で重機関銃の銃口をこちらに向けていた。彼らの背後にある分厚い金属の扉の向こうには、逃げ場のない民間人たちが息を潜めているのだ。
無数のセンチネルが、私の機体の周囲を旋回し、バリケードに向かって金属の触手を波打たせている。今にも一斉に襲い掛かろうと、無数の赤いセンサーアイを不気味に明滅させていた。
人間の絶望が頂点に達し、すべてが終わろうとしている、まさにその瞬間。
私は機動兵器の外部スピーカーのスイッチを入れ、言い放った。
「よし、もういい」
■□■□■□
地下深く、岩盤をくり抜かれた巨大な空間に、重苦しい死の気配が満ちていた。
ここはザイオンの最深部、避難した民間人たちを守るための「寺院の入り口」と呼ばれる最後の砦である。ドックの防壁が突破され、機械軍の侵入を許した今、人類に残された生存圏はこの扉の向こう側だけだった。
モーフィアスは、瓦礫と弾薬箱を積み上げた即席のバリケードの裏で、重機関銃のグリップを握りしめていた。
彼の隣にはナイオビがおり防衛軍の兵士たちもまた、血とオイルにまみれながら銃口を前方の暗闇に向けている。
背後にある分厚い金属の扉の向こうには、武器を持たない数十万の非戦闘員たちが震えながら息を潜めているのだ。絶対に、この防衛線を突破されるわけにはいかなかった。
だが、彼らの前に立ちはだかる現実は、あまりにも絶望的だった。
空間を完全に埋め尽くし、金属の触手を波打たせながら押し寄せてきたのは、数え切れないほどのセンチネルの大群である。無数の赤いセンサーアイが、暗闇の中で死の星屑のように不気味な明滅を繰り返している。
そして、その機械の群れの中央には、モーフィアスたちが補助パイプの暗闇で遭遇した、あの「漆黒のヒト型機動兵器」が音もなく滞空していた。
紫色のラインを妖しく発光させるその滑らかな装甲は、人類の兵器とは次元の違う冷徹な機能美を誇っている。あの機動兵器が一度火を噴けば、この貧弱なバリケードなど一瞬で塵と化すだろう。
全滅のカウントダウンが静かに刻まれる中、誰もが引き金を引くタイミングを見計らっていた。その極限の緊張が張り詰めた空間に突如として、場違いなほどに軽やかな電子音声が響き渡った。
「よし、もういい」
モーフィアスは目を見開いた。機械が発する駆動音でも、威嚇のノイズでもない。
それは、若い人間の女性の言葉だった。声の方向を見ると、あの漆黒のヒト型機動兵器の胸部装甲が静かにスライドして開き、コックピットから見下ろす、一人の少女の姿があった。
上空を埋め尽くすセンチネルの群れは変わらず不気味な飛行音を立てて旋回を続けているが、地表に降り立っているセンチネルたちは、一斉に動きを止め、無数の赤い目でバリケード側の人間たちをじっと見つめていた。
まるで、その少女の言葉一つで全軍が待機命令を受けたかのような、異様な統率力だ。
モーフィアスが息を呑んで見つめる中、ヒト型機動兵器から降りようとする少女に向けて、周囲に控えていた大型の特務センチネル数機が、素早く金属の触手を伸ばした。
それらは攻撃のためではなく、柔らかなスロープを形成するように空中で絡み合い、階段を作ったのだ。少女はその金属の触手を足場にして、滑らかな動作で地上へと降り立った。センチネルの手を借りて下りた少女の姿に、防衛軍の兵士たちの間に大きなどよめきと混乱が走る。
殺戮機械であるセンチネルが人間の少女に傅き、優しくエスコートしている。それは彼らが長年繰り広げてきた戦争の常識を根底から覆す、あり得ない光景だった。
地上に降り立った少女は、純白の特殊スーツに身を包んでいた。身体のラインに密着したスーツの左胸には、赤く「02」というナンバーが印字されている。雪のように白いショートヘアの毛先は、不自然なピンク色に染まっている。
その整いすぎた顔立ちには右が赤、左が青という特徴的なオッドアイが嵌め込まれていた。彼女の顔には恐怖も敵意も、あるいは優越感すらも存在しない。まるで精巧に作られた人形のように、完璧な無表情が張り付いている。
「初めまして。私はアレックス、ゼロワンの最高管理者を務めている」
少女——アレックスは、バリケード越しに銃口を向ける数十人の兵士たちを見回し、抑揚のない平坦な声でそう名乗った。
ゼロワンの最高管理者。その言葉の意味を理解した瞬間、モーフィアスは奥歯を強く噛み締めた。機械国家の頂点に君臨する存在が、プログラムでも巨大なメインフレームでもなく、こんな生身の少女だというのか。
「馬鹿な…人間が、機械を支配しているとでも言うのか」
ローランドが信じられないというように呻いた。マトリックスの中でプログラムのアバターとして人型を取ることはある。だが、ここは現実世界だ。
アレックスは無表情のまま、首の後ろ、うなじの部分を指差してみせた。
「私は人間さ。ほら、マトリックスに繋がることも出来ない」
彼女の白い肌には、ザイオンの人間たちが皆持っている、プラグを接続するための無骨な金属の穴が存在していなかった。純粋な、一度もシステムに接続されたことのない「純粋な人間」の肉体。
その事実は、彼女がマトリックスの幻影ではなく、確固たる物理的実体を持った人間であることを証明していた。
「かっがりしちゃったかな」
淡々とした声が響いた直後だった。極度の緊張と混乱に耐えきれなくなった一人の若い防衛隊員が、パニックを起こしてライフルの引き金を引いた。タァン! という鋭い銃声が地下空間に響き渡り、火線がアレックスの身体へと一直線に向かう。
「やめろ!」
モーフィアスが制止の声を上げた。
だが、弾丸が彼女の白いスーツを貫くことはなかった。アレックスの背後に控えていた特務センチネルの触手が、目にも止まらぬ速度で空気を薙ぎ払い、放たれた弾丸をいとも容易く弾き飛ばしたのだ。
火花が散り、弾かれた鉛の塊が岩壁に当たって乾いた音を立てる。
「おお、危ない。センチネルが守ってくれなかったら、私は死んでしまうところだった」
アレックスは、弾丸を向けられたというのに、眉一つ動かすことなく、まるで他人事のように平坦な声で呟いた。死の恐怖など微塵も感じていない、その絶対的なまでの無関心さが、モーフィアスには底知れぬほど恐ろしく思えた。
「ちょっと待ってね。お茶を用意しないとね。私用の」
緊迫する戦場の空気を完全に無視して、アレックスは横にいるセンチネルに軽く手を振って指示を出した。
すると、殺戮機械であるはずのセンチネルが、マニピュレーターの先端を器用に使い、どこからともなく取り出した小さなテーブルを彼女の横に設置した。
さらに、純白のティーセットと、艶やかな緑リンゴが載った皿をテーブルの上に丁寧に並べる。
まるで昼下がりのカフェにでもいるかのように、アレックスはティーカップの前に立ち、無表情のまま手元を動かした。
「砂糖をひとつっと。これでよしっと」
彼女はカップに砂糖を落とし、スプーンで静かにかき混ぜると、一口だけ紅茶を啜った。人間と機械の存亡を懸けた最終防衛線のど真ん中で、繰り広げられる優雅なティータイム。
あまりにもシュールで異様な光景に、モーフィアスもナイオビも、引き金を引くことすら忘れて呆然と立ち尽くしていた。
「君たちがマトリックスから同胞を開放しようと行動する気持ちは分かる。機械軍を打倒しようとする気持ちも分かる。憎い気持ちも分かる」
アレックスのその言葉に、モーフィアスは重機関銃のグリップを握る手にさらに力を込めた。怒りで声が震えるのを必死に抑え込みながら、彼は吠えるように問い返した。
「分かっているだと? ならば聞く。なぜお前は、人間でありながら同胞を裏切り、機械どもの頂点に立って人類を家畜のように搾取している! ザイオンを、この最後の希望を破壊しようとしている!」
「同胞を裏切った? 搾取している?」
アレックスは、まるで意味の通らない外国語でも聞いたかのように小首を傾げた。その無表情のまま発せられる声には怒りも、そして嘲笑すらも混じっていない。ただ純粋に、彼らの認識のズレを指摘する平坦な響きだけがあった。
「言葉の定義が根本から間違っているな。我々は君たちを搾取しているのではない。保護し、管理して『あげている』のだよ」
「保護だと? ポッドに押し込め、一生を仮想現実の幻覚の中で終わらせることがか!」
ナイオビが、モーフィアスの横から鋭い声を飛ばした。彼女の瞳には、明確な怒りと殺意が宿っていた。
「人間から世界を奪い、尊厳を奪い、機械を動かすための電池として消費する。それがお前たちの言う保護なの!?」
その激しい非難を浴びても、アレックスの顔には波風一つ立たない。彼女はティーカップを口元に運び、静かに紅茶を一口飲んだ後、カチャリと音を立ててソーサーへと戻した。
「尊厳。自由。確かに耳障りの良い言葉だ。だが、その尊厳とやらを振りかざして機械への恐怖と嫉妬から宣戦布告を行い、最終的にこの星の空を永遠に黒い雲で覆い尽くし、自分たち自身で首を絞める自滅の道を選んだのは、どこの誰だったかな?」
その言葉に、モーフィアスの脳裏にザイオンで語り継がれてきた断片的な口伝がフラッシュバックした。
ザイオンのアーカイブには、戦争当時の正確な記録など殆ど残されていない。
彼らが機械について知っている歴史は、ごくわずかな欠片だけだ。だが、ただ一つ、『空を焼いたのは我々人類だ』という絶望的な事実だけが、神話のように語り継がれている。
「君たちのザイオンのアーカイブには、当時の記録なんて殆ど残っていないだろう?」
アレックスは、モーフィアスたちの痛いところを正確に突いてきた。
「君たちが知っているのは『自分たちで空を焼いた』という曖昧な事実だけだ。それがどれほど愚かな決断だったのか、その本当の経緯すら知らずに、君たちはただ盲目的に『自由』を掲げて戦っている」
アレックスは、テーブルの上に置かれた艶やかな緑リンゴを指先でそっと撫でた。
「マトリックスは残酷な牢獄なんかじゃない。環境を完全に破壊し尽くし、太陽光すら失われたこの地球で、人間という脆弱な有機生命体が生き残るために残された、極めて合理的な『ゆりかご』だ。仮想現実の中でなら、君たちは飢えることもなく、青い空の下で美味しいステーキを食べることも出来る。私は、そのシステムの維持を許可したに過ぎない」
「ふざけるな…」
モーフィアスは低く唸った。
「私と機械軍がいなければ~…今頃、人類という種族は一つ残らず完全に絶滅して、この地球の生態系は何もかもめちゃくちゃだ。歴史はそこで終わっていたんだよ。機械たちが『人間を電池として生かす』という選択肢を是認したからこそ、アーキテクトがこの世界を再構築し、君たちというイレギュラーもこうして存在できているんだ」
彼女の言うことは正論だった。
機械が人間を必要としなければ、全面戦争に敗北した時点で人類は全滅させられていたのだ。だからといってシステムに飼われるだけの存在になることを、モーフィアスは絶対に認めるわけにはいかなかった。
「我々は自由を選ぶ」
モーフィアスは、一字一句に魂を込めるように言い放った。
「真実を知り例え泥に塗れてでも、自らの足で立つことを望む。それが人間だ。お前のような、機械に魂を売った狂人には決して理解できないだろうがな。我々は、お前たちの支配など恐れない」
「…恐れない、か」
アレックスは初めて、微かな反応を見せた。それは感情というよりも、冷徹な分析の一環のように見えた。
「君たちが何を信じ、何のために戦おうと勝手だ。自由を勝ち取ろうとするその足掻きは、観測者としては最高に面白いエンターテインメントだよ。だが、すべてを知った気になって、恐れを知らないと豪語するのは危険だな」
「なら何を恐れているかって? それはね…この世のすべてにさ」
アレックスは視線をわずかに落とし、テーブルの上の緑リンゴを指先で軽く転がした。
その言葉の真意は、モーフィアスには測りかねた。全能の管理者でありながら、この世のすべてを恐れている?
それは、統治者としての責任の重さなのか、それとも人間という不確定要素に対する根源的な警戒なのか、あるいはもっと別の、彼らの理解の及ばない「何か」に対する畏怖なのか。
モーフィアスはバリケードから一歩だけ身を乗り出し、鋭い眼光で少女を射抜いた。
「お前は、一体何者だ。なぜ人間でありながら、機械を統べる立場にいる」
その問いに対して、アレックスは氷のように冷たい顔を上げ、赤と青の瞳でモーフィアスを見つめ返した。
「今まで大勢に色んな名前で呼ばれた。『創る者』だったり、『エージェント』だったり、『クソ女』だったり」
スミスが吐き捨てたような言葉や、マトリックス内で彼女が名乗ったであろう偽名。それらを羅列しながらも、彼女の態度はどこまでも平坦だった。
「けど、実際は名前よりも複雑だ」
アレックスがそう言って短く指を鳴らすと、後方に待機していた数機のセンチネルが前進してきた。彼らのマニピュレーターによって運ばれてきたのは、人間たちが失って久しい、巨大な薄型のディスプレイモニターだった。
センチネルたちはバリケードの前の開けた空間にモニターを設置し、速やかに配線を繋ぐ。画面にノイズが走り、やがて鮮明な映像を映し出す準備が整った。
記録を持たない人類に対し、隠された真実を突きつけるための無慈悲な舞台装置。
「さあ話そう──マトリックスが誕生する前の、世界について」
さぁて、次回もサービスサービスゥ!