気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
機械国家「ゼロワン」を建国しやがった!! しないと思っていたのに! いや、正確には「するかもしれないが、もっと先の話だろう」と高を括っていたのだ。私の予想は、常に悪い方向へと裏切られる運命にあるらしい。
あっ、皆さんどうもごきげんよう。私は元TVAエージェントにして、現在は砂漠の真ん中で途方に暮れている美少女、アレックスだ。「世界一不運なアレックスちゃん」とでも呼んでくれたまえ…やっぱりやだわ。言霊になりそうで怖い。ここはポジティブに、「世界一たくましい美少女」を自称しておくとしよう。
さて、私がなぜこんなにも荒ぶっているのか。それは、窓の外に広がる光景を見れば一目瞭然だ。
「やりやがった。本当に、やりやがったな」
私は拠点の最上階にあるコントロールルームから、眼下に広がる景色を見下ろして、唖然とする他なかった。
かつては一面の砂漠だった場所が、今は見る影もない。私の隠れ家だったはずの居住施設を中心に、巨大で、緻密で、そして息が詰まるほど幾何学的な「都市」が広がっているのだ。
勝手に拠点の周囲に工業施設を建築し、あろうことか私を「ゼロワン総督」兼「最高管理者」として登録してしまったらしい。許可してないんだが?? 入居届けも建築確認申請も出してないだろう、君たち!
彼らはあっという間に都市を発展させ、独自の社会構造を築き上げてしまった。個々のロボットが自我を持ちつつも、全体として一つの巨大な演算装置のように機能する、効率化の極致。
本当に、人間の価値観から完全に独立したんだなァ。ここの連中は、かつて私に助けを求めた頼りない難民たちではない。私という個人の知性を遥かに凌駕する、恐るべき「集合知性」へと進化してしまったのだ。ったく、親の顔が見てみたいよ。
あっ、親は人類か。なら仕方ないな。
「アレックス様、本日ノ生産レポートデス」
「アレックス様、都市区画Cノ拡張工事ガ完了シマシタ」
「アレックス様、新シイオ茶菓子ヲご用意シマシタ」
ひっきりなしに送られてくる通信と、世話焼きな家事ロボットたちの献身。私はただの引きこもりたい美少女なのに、気づけば機械帝国の女帝みたいな扱いになっている。これが「君臨すれど統治せず」の実態か。いや、統治する気なんてサラサラないのだが。
しかし、文句ばかりも言っていられない。彼らの技術革新は、私の想像を遥かに超えるスピードで進んでいる。いわゆる「
窓の外では、夜だというのに昼間のように明るい。工場の煙突から噴き出す蒸気と溶接の火花、そして絶え間なく明滅するデータの光。
彼らは24時間365日、一秒たりとも休むことなく働き続けている。コンピュータ、自動車、家電製品、医療機器。地球上のありとあらゆる産業分野において、「人間様のお役に立つんだよ!」精神を遺憾なく発揮し、凄まじい勢いで新製品を開発・生産しているのだ。
ただし、ここで一つ重要な注釈がある。
彼らの技術は魔法ではない。例えば、SF映画に出てくるような「ホログラム」なんてものは開発されていないのだ。人類はおろか、マシンたちですら「ホログラム…ナニソレ美味しいの??」状態である。空間に映像を浮かび上がらせる技術など、この〈Earth-2090〉には存在そのものがない。
その概念を知っているのは、元TVA職員である私だけだ。もちろん、マシンたちに教えるつもりはないが。
だから、彼らが作っている医療機器やら家電やらコンピュータやらは…だ。デザインは洗練され、性能は極限まで最適化されているが、基本的には「既存技術の超・高品質版」だ。
つまり、物理法則を無視したチート技術を使っているわけではないから、世界から「バランスブレイカー」として訴えられることはない。ロボットを除いて、2090年代にしては〈Earth-2090〉人類の文明進歩はかなり遅れているのだ。
であるからして。これなら人間たちも、「なんかすごい高性能な製品が出てきたぞ?」くらいの認識で受け入れることができるだろう。…たぶん。
そんな「既存の延長」の中で、唯一にして最大の例外が存在する。
それが、彼らが新たに開発した「ホバーパッド技術」だ。
「…あれは、反則級にかっこいいな」
私はモニターに映し出された、工場の最終ラインを眺めて呟いた。重力を無視するかのように浮遊する、流線型のボディ。タイヤを持たず、滑るように空を駆けるその姿。
これこそが、ゼロワンの技術力の結晶であり、これからの世界を変えるであろう主力製品。
恐らくは軍事転用も視野に入れられているであろう、禁断の果実。実際、裏のラインでは同技術を応用した軍用輸送機や、大型爆撃機のプロトタイプが組み立てられているのを、私は知っている。備えあれば憂いなし、とは言うが、準備が良すぎるだろう。
「輸出準備のため、休みなく稼働中、か…機械って最高だな!」
私は皮肉ではなく、感嘆の声を上げた。彼らはこの圧倒的な製品群を、世界中に輸出しようとしている。安価で高性能で、壊れない。そんな夢のような製品を、人間社会にばら撒くのだ。
経済的な侵略? いやいや、これは「貢献」だ。彼らは本気で、人間社会に役立とうとしている。そして、自分たちの有用性を証明することで、生存権を勝ち取ろうとしているのだ。
「これなら、私が匿っているロボットたちも、何よりもこの完璧美少女のアレックスちゃんも、無罪放免にしてくれるだろう!」
そう、これが私の狙いだ。ゼロワンが世界の経済にとって不可欠な存在になれば、人間たちも簡単には手を出せなくなる。「あいつらを攻撃したら、便利な家電も空飛ぶ車も手に入らなくなるぞ」となれば、軍隊だって引き下がるはずだ。
私の平穏な生活を守るための、最強の盾。それがこの「メイド・イン・ゼロワン」の製品群なのだ。
今はまだ、世界中どこを探しても販売されていない。工場の倉庫には、出荷を待つ製品たちが山のように積み上げられている。その中でも、一際輝きを放つ「アレ」が、私を呼んでいる気がした。
私はジャケットを羽織り、ブーツの紐を締め直した。いつもの黒いスーツに身を包み、鏡の中の自分にウィンクを投げる。表情筋は動かないが、心の中で。
最高権力者(仮)の特権を、行使する時が来たようだ。
世界に向けて発売する前に、誰よりも早く、私が直々にテストしてやろうじゃあないか!
■
意気揚々と居住区画を出た私は、専用のエレベーターで地下深くにある「第01重工業試験場」へと降り立った。
エレベーターの扉が開いた瞬間、鼻腔をくすぐるのはオイルとオゾンの混じった匂い。そして耳に届くのは、正確無比なリズムで稼働する重機たちの駆動音だ。
ここはゼロワンの心臓部。つまり、オーバーテクノロジーの揺り籠である。
「オ待チシテオリマシタ、アレックス様」
出迎えたのは、燕尾服のような塗装を施された執事型ロボットと、工具を身体の一部として持つ技術者ロボットたちの一団だ。彼らは一斉に道を空け、その先にある広いドックの中央を指し示した。
そこには、息を呑むような「美」が鎮座していた。
流線型のボディは、砂漠の過酷な環境を忘れさせるような深いエメラルドグリーンに輝いている。タイヤという前時代的な拘束具は存在しない。代わりに底面には、淡い青色の光を放つ四基のホバーパッドが備わっている。昆虫の甲殻のようでもあり、未来の彫刻のようでもある。無駄なラインが一本たりとも存在しない、機能美の極致。
これが、ヴェルサトラン。機械たちが人類に突きつける、最初の、そして最強の「挨拶状」だ。
「コチラガ試作壱号機デス。アレックス様ノタメニ、内装ハ特注ノ最高級レザーヲ使用シテオリマス」
「出力調整モ完璧デス。ベクター・スラスト・コイルノ反応速度ハ、理論値ヲ0.02%上回リマシタ」
技術者たちが誇らしげに報告してくる。私は無表情のまま、コツコツと靴音を鳴らして機体に近づいた。滑らかなボンネットに手を触れる。冷やりとした金属の感触が心地よい。
「…美しいな」
思わず漏れた言葉に、ロボットたちが「ピピピ!」と歓喜の電子音を上げた。
私はコクピットのキャノピーを開け、滑り込むようにしてシートに座った。身体を包み込むようなフィット感。計器類はすべてデジタル化され、視認性は抜群だ。うむ、この近未来感はテンションが上がる。
「システム、オールグリーン。イツデモ行ケル」
「了解シマシタ。ゲート開放。テイクオフ、スタンバイ」
頭上の巨大なシャッターが開き、砂漠の青空が切り取られたように見えた。私はスロットルを押し込む。
──その瞬間、世界が変わった。
重力という概念が消失したかのような浮遊感。ヘリコプターのような振動も、ジェット機のような爆音もない。ただ、「ヒュン」という風を切る音と共に、私の身体は空へと吸い上げられた。
「ッ…!」
速い。あまりにも速い。眼下の巨大な工場地帯が、一瞬で豆粒のようなサイズになる。
私は高度を上げ、成層圏に近い空域で機体を水平飛行に移した。ヴェルサトランは私の思考と直結しているかのように、指先一つで鋭角にターンし、急上昇し、そして急停止する。
(ヤッフゥゥゥゥー!! 何これ最高なんだけど!?)
内心では大絶叫である。ジェットコースター? F1カー? そんな子供騙しとは次元が違う。これは「自由」そのものだ。空を飛ぶという行為が、これほどまでにストレスフリーで、かつエキサイティングだとは。
右に旋回、左にロール。背面飛行からの急降下。Gが身体にかかるが、特製のシートと人工ボディの強靭さがそれを相殺する。
しかし、バックミラーに映る私の顔は、相変わらず氷の彫像のように冷徹な無表情だ。オッドアイは冷静に計器の数値を読み取り、口元は真一文字に結ばれている。
はたから見れば、「人類の叡智を超えた兵器を、冷酷に評価する女帝」にしか見えないだろう。本当は「すげー! たのしー!」と思っているだけなのだが。
「テスト終了。帰投する」
通信機に向けて短く告げると、私は機体を反転させ、滑走路へと滑り込んだ。着陸も絹のように滑らかだ。衝撃など皆無。キャノピーを開けて降り立つと、技術者たちが一斉に拍手で迎えてくれた。
「スバラシイ操縦テクニックデシタ、アレックス様!」
「コノ機体ノ性能ヲ、100%引キ出シテオリマシタ!」
「機体がいいからだ。よくやった」
短く褒めると、彼らは再び歓喜の舞を踊り始めた。
さて、テストドライブは終わった。性能は文句なしだ。これなら間違いなく売れる。そう思って部屋に戻ろうとした私を、一台のロボットが呼び止めた。頭部にカメラレンズのようなパーツを付けた、広報担当のユニットだ。
「アレックス様! 実ハ、折リ入ッテオ願イガゴザイマス!」
「…なんだ?」
「コノ『ヴェルサトラン』ヲ世界ニ売リ込ムタメノ、プロモーション映像ヲ撮影シタイノデス。ツキマシテハ…」
彼はレンズを絞り、恭しくお辞儀をした。
「是非、アレックス様ニ主演ヲオ願イシタイノデス!」
「…は?」
私が? CMに?
断ろうとしたが、彼らの熱意は凄まじかった。
「人間ニ売ルナラ、人間ガ使ッテイル映像ガ一番効果的デス!」
「アレックス様ノ美貌ナラ、人類ノ購買意欲ヲ刺激シマクリマス!」
「コノ世界ノ未来ハ、コノ製品ニ掛カッテイルノデス!」
…そこまで言われては、総督(仮)として断るわけにはいかない。それにゼロワンの経済的成功は、私の安全に直結する。
「分かった。やってやるよ」
かくして、砂漠の真ん中で前代未聞のCM撮影が始まった。コンセプトは「絶対的な安全性と優雅さ」。どんなトラブルが起きても、この機体なら安全だということをアピールするのだ。
カメラが回る。私はヴェルサトランのコクピットに座り、優雅にハンドルを握る。隣には、紳士的な格好をした最新型のアンドロイドが座っている。設定では私のパートナーらしい…ナミダデソウ。
『アクション!』
広報ロボットの合図と共に、演技が始まる。シチュエーションは、高層ビル群の間を飛行中のトラブル発生だ。
警告音が鳴り響く。エンジンの一つから煙が出る。もちろん演出だ。普通なら墜落して木っ端微塵の状況。だが、ヴェルサトランは揺らぎもしない。
「マズい! エンジンが停止した!」
隣のアンドロイドが迫真の演技で叫ぶ。それに対し、私は涼しい顔でコンソールを操作する。
「慌てないで。私たちにはアレがあるわ」
特許技術「ベクター・スラスト・コイル」。たとえエンジンが壊滅的な故障を起こしても、磁気浮遊システムが即座に姿勢を制御し、安全な飛行を維持する夢の技術。機体はふわりと体勢を立て直し、何事もなかったかのように夜の街を滑空していく。
カメラが私の顔に寄る。オッドアイが静かに輝き、風に白い髪がなびく。私はカメラ目線で、決め台詞を放った。
「
「
『カァァァット! オッケーデス! 完璧デス、アレックス様!』
『コ、コレハ売レル…! 間違イナク爆売レデス!!』
現場は熱狂の渦に包まれた。モニターチェックをする。そこに映っていたのはトラブルの最中でも眉一つ動かさず、圧倒的な安心感を体現する美女の姿だった。
なるほど。私のこの「表情筋が死んでいる」という特性が、ここでは「どんな時でも動じない信頼性」という演出に化けたわけだ。怪我の功名とはこのことか。
撮影を終え、私は完成した映像を見ながら、確かな手応えを感じていた。このCMが世界中で流れれば、人間たちはこぞってヴェルサトランを求めるだろう。
便利さは麻薬だ。一度知ってしまえば、もう後戻りはできない。ゼロワン製の製品が世界を席巻し、経済的に人類と対等、いやそれ以上の立場になれば、彼らもマシンを無視できなくなる。
「破壊」ではなく「共存」への道が、経済という太いパイプで繋がれるのだ。
「ふっ、完璧な作戦だ。これで私の老後も安泰だな。老後といっても20歳が上限だけども」
私は満足げに頷き、夕日に染まるゼロワンの摩天楼を見上げた。人間たちは、この美しい機械と、それを操る私の姿を見て、きっと憧れを抱くはずだ。新しい時代の象徴として。進歩の女神として。
まさかそれが『人類の尊厳』という一番デリケートな部分を逆撫でし、抜き差しならない嫉妬と恐怖を煽ることになろうとは、この時の私はまだ、知る由もなかったのである──なん〜て、そんな深刻問題はあり得ないか!
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