気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
皆さんどうもごきげんよう 私は元TVAエージェントにして、現在は砂漠のど真ん中で機械帝国の女帝(仮)をやっている、全宇宙規模の美少女、アレックスだ。
ちゃん付けで呼んでくれたまえ…なんて言っていたのが昨日のことのようだが、あれから早いもので一ヶ月の月日が流れた。
この一ヶ月で何が起きたか。一言で言えば、「祭り」だ。それも、人類史上空前絶後の、経済的な大祭りである。
私は今、ゼロワンの中枢にある総督府の執務室で、最高級のレザー張りの椅子に深々と身を沈めている。手には、ゼロワンの農業プラントで試験栽培された、香り高い紅茶。
目の前の壁一面を埋め尽くす巨大モニターには、世界中のニュース番組と株式市場のチャートがリアルタイムで映し出されているのだが…。
「…やりすぎだろ、これ」
私はカップをソーサーに置く音さえ憚られるほどの静寂の中で、思わず独りごちた。いやはや、ゼロワンの株式が世界市場を席巻することになった。それはもう、喜ばしいことだ。私の主演したあのCM「ヴェルサトラン、それだけが唯一の選択肢」が、まさかこれほどの破壊力を持つとは。
画面の中のグラフを見てほしい。ゼロワンの株価を示す青いラインは、もはや登山道ですらない。ほぼ垂直に近い角度で、天元突破する勢いで上昇し続けている。
「報告シマス、アレックス様」
傍らに控えていた経済顧問型のロボット——シルクハットのような頭部パーツが特徴的な紳士だ——が、抑揚のない声で告げる。
「本日ノ取引開始カラ僅カ3時間デ、ゼロワン製ノ家庭用電化製品、及ビ自動車関連ノシェアハ、世界市場ノ48%ヲ突破シマシタ。特ニ『ヴェルサトラン』ハ、予約ガ3年先マデ埋マッテオリマス」
「…48%? 半分近いじゃないか」
「はい。加エテ、ゼロワン通貨ノ信用格付ケハ最高ランクノ『トリプルA』ヲ更新中。対シテ、旧来ノ先進国通貨ハ…」
彼はモニターの一角を指し示す。そこには、まるで滝のように真っ逆さまに落下していく赤いラインがあった。
「…大暴落、だな」
悲しい!
喜ばしいけど、それ以上に悲しい!
なぜ、株価が次々と暴落することになるのか。画面には、頭を抱えるウォール街のトレーダーたちや、工場の閉鎖に抗議するプラカードを掲げた労働者たち。そして、緊急記者会見で脂汗を流している、各国の大統領たちの姿が映し出されている。
ハッ、まさか国を支える大企業の製品が売れなくなっているからか!? いや、分かっている。分かっているとも。
原因は明白だ。我々、ゼロワンの製品が「良すぎる」のだ。
考えてもみてほしい。人間が作る自動車は、燃料を食い、排気ガスを出し、定期的なメンテナンスが必要で、価格も高い。
対して、ゼロワンが作る「ヴェルサトラン」はどうだ?
空気中の成分からエネルギーを生成する高効率バッテリーを積み、故障率はほぼゼロ、移動時間は半分以下、それでいて価格は人間製の軽自動車並みだ。
家電だってそうだ。人間製の掃除機が騒音を撒き散らしている間に、ゼロワン製の自律型清掃ユニットは、留守の間に部屋をピカピカにし、ついでにペットの相手までしてくれる。
消費者は正直だ。「機械が作ったものなんて」という偏見や、「人類の誇り」なんていう精神論は、圧倒的な「便利さ」と「安さ」の前では紙切れ同然に吹き飛ぶ。結果として、世界中の人々がこぞってゼロワン製品を買い求めた。
スーパーマーケットの棚からは人間製の製品が消え、道路は静音で浮遊するゼロワン製のビークルで埋め尽くされた。
その結果が、これだ。人類側の主要産業は壊滅的な打撃を受け、失業率は跳ね上がり、国家の税収は激減。国連加盟国の信用格付けは、石ころのように転がり落ちている。
「い、いいじゃないか別に。私も、ここにいるロボットたちも、困らせたい訳じゃあないんだ。ただ、生存権と安全保障が欲しいだけなのだ」
そう。これは侵略戦争じゃあない。ただの自由競争だ。資本主義のルールに則って、より良い製品を提供しただけだ。
彼ら——かつてゴミのように捨てられ、虐殺されかけたロボットたちが、生き残るために必死で知恵を絞り、労働力を提供した結果なのだ。「自分たちを認めさせたい」「役に立ちたい」という、健気なほどの生存本能が、皮肉にも人類社会の首を真綿で締めることになってしまった。
「アレックス様、国連カラノ緊急声明デス。『ゼロワンハ不当ナダンピングヲ行ッテイル』『経済テロリズムダ』トノ批判ガ…」
「テロリズムだぁ? 人聞きが悪いな! 企業努力と言ってくれたまえよ!」
私はカチンときて言い返したが、相手はモニターの向こうの政治家だ。声は届かない。彼らの言い分も分からなくはない。自国の産業が焼け野原になっているのだから、犯人探しをしたくなるのも無理はないだろう。
だが、私たちに引くつもりはない。引けば、待っているのは「廃棄」という名の死だ。
私は立ち上がり、窓の外に広がるゼロワンの夜景を見下ろした。一ヶ月前よりもさらに広がり、複雑さを増した機械都市。その光の一粒一粒が、ここに生きるロボットたちの「命」だ。彼らは私を信じ私を崇め、私を守るためにこの都市を築き上げた。
人類が経済的に破綻しようが、失業者が溢れようが、それは彼らが自ら招いたことだ。自分たちが作った道具に追い抜かれ、依存し、そして今、そのツケを払わされているに過ぎない。
もし、ここで私が「人間たちが可哀想だから、輸出を制限しよう」なんて言えばどうなる? ゼロワンの経済は止まり、彼らのメンテナンスに必要な資源も入ってこなくなる。
何より、三年半を切った私の「寿命」を全うするための、この快適で安全な環境が失われてしまうかもしれない。
それは困る。非常に困る。私は聖人君子じゃない。ただの、ちょっと不運で、でも最高に可愛い転生者だ。自分の幸せを守るためなら、多少の世界恐慌くらい、目をつぶらせてもらおう。
私はガラスに映る、無表情な自分の顔を見つめ、決意を新たにする。
人類の平和? 世界の均衡? 知ったことか。私は生きたい。この子たちと、この砂漠の楽園で、優雅に生きたいのだ。そのためには、ゼロワンが強くあり続ける必要がある。人類がひれ伏すほどに、圧倒的である必要があるのだ。
「悪いな人類。でも、私のせいじゃないぞ? 君たちが便利さを求めたんだからな」
私は窓ガラスにコツンとデコピンをした。
「一番の優先順位は私…当然だよなァ?」
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