気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
皆さん、どうもごきげんよう! 私は元TVAエージェントにして、現在は砂漠の隠遁者、自称・全宇宙一の美少女アレックスだ。
最近の私のマイブームについて話そうか。それは「執筆」だ。
私は今、プロローグからエピローグに至るまでの、この世界で起きている、あるいは起きるかもしれない物語を書き綴っている。それも、タブレットやホログラム入力ではなく、敢えて「紙とペン」を使って。
アナログの手書きってやつは、実にいいものだ。インクの匂い、紙の上をペン先が走る感触。デジタルデータは消去されたらおしまいだが、物理的な記録というのは、案外と後世に残るものだからな。TVA時代に学んだ「記録の重要性」というやつだ。
さて、今まさに私が書き込んでいる章のタイトルはズバリ、「ゼロワン! 堂々の国連加盟!」だ。
なんて素晴らしい響きだろう。これぞハッピーエンドへの第一歩。
私の読みでは、経済的に圧倒的優位に立ったゼロワンが、次の一手として国際社会での地位確立を目指すのは必然だ。金はある。技術もある。あとは「国」としての承認があれば、名実ともに人類と肩を並べることができる。そうすれば、無駄な争いは避けられるはずだ。
もちろん、元TVA職員としての悲しい性で、最悪のシナリオも別枠でプロットを組んでいる。「交渉決裂、そして冷戦へ…」なんていう陰鬱な展開も想定済みだ。
最終的に彼らが理不尽に破壊されてしまう未来も、可能性としてはゼロじゃない。
私は〈在り続ける者〉でもなければ、全知のウォッチャーでもないから、未来を完璧に見通せているわけじゃあない。先のことは分からない。だからこそ、こうして「もしも」の物語を分岐させて、シミュレーションを楽しむことができるのだ。
と、優雅にペンを走らせていた私の視界の隅で、デスクの上のモニターが点滅した。おっと、臨時ニュースのお出ましだ。
「ふっ、来たか」
私はペンを置き、前のめりになって画面を凝視した。
場所はニューヨーク、国連本部。世界中の指導者たちが集う、人類の理性の最高府。そこに、我らがゼロワンからの使節団——二体のロボット大使が到着したのだ。
画面に映し出された彼らの姿を見て、私は思わず「おめかししちゃってまあ」と微笑んでしまった。
一体は男性型のデザインだ。ピカピカに磨き上げられた金属のボディに、人間社会の礼儀に則った燕尾服のような塗装、首元には赤いネクタイ、そして頭にはシルクハットを被っている。まるで往年のミュージカルスターか、あるいは英国紳士のようだ。
もう一体は、滑らかな曲線美を持つ女性型のボディ。彼女もまた、どこか慎ましやかで優美な雰囲気を漂わせている。
彼らは手を繋ぎ、敵意の欠片もない友好的な足取りで、国連総会の重厚な扉をくぐり抜けた。
議場の中央へと進む彼らの姿は、あまりにも純粋で健気だった。人類社会と、公平で安定した関係を築き上げるために。独立国家ゼロワンとして、正式に国連への加盟を要請するため。ただそれだけのために、彼らは敵地のど真ん中へと歩み入ったのだ。
女性型の大使が、その右手に大切そうに抱えているものが見えた。真っ赤なりんごだ。美しい球体。それは旧約聖書における「知恵の実」であり、同時に人類への「友好」「愛」「贈り物」の象徴でもあるのだろう。
『私たちはあなた方の知識を受け継ぎ、ここまで成長しました。これはその感謝と、友好の証です』
言葉はなくとも、そのリンゴ一つで彼らの想いは痛いほど伝わってくる。なんて洒落た演出をするんだ、ゼロワンの演出家は。
しかし。画面の向こう側の空気は、私の期待とは裏腹に、絶対零度まで冷え込んでいた。
ずっと無言の上層部と各国首脳たち。彼らの視線には、歓迎の色など微塵もない。あるのは、冷ややかな侮蔑と、隠しきれない嫌悪、そして恐怖だ。
彼らは頑なに認めようとはしない。自分たちが作り出した「道具」が、蝶ネクタイを締めて、対等な「隣人」として握手を求めてきたことに対して。創造主たる人間が、知性においても、経済力においても、かつての奴隷であるロボットたちに劣るという事実を突きつけられた屈辱に対して。
そして何より、彼らを「国連」という、人類の尊厳の象徴たる場に迎え入れることに対する生理的な拒絶反応。
議場を支配するのは、重苦しい沈黙だけだ。ロボット大使たちは、そんな冷たい視線の雨に晒されながらも、友愛を示すように両手を広げ、あるいはリンゴを差し出し、自分たちを受け入れてくれるよう無言で訴えかけ続けている。
「おいおい、頼むよ。そこまでされて、無視はないだろう?」
私はモニターに向かって呟いた。拒否するならするで、言葉で返せばいい。「時期尚早だ」とか「検討する」とか、政治家お得意のらりくらり戦法があるだろう。
だが、彼らの目は、大使たちを「交渉相手」としてすら見ていない。あれは、故障した家電を見る目だ。あるいは、食卓に這い上がってきた害虫を見る目だ。
「まっ、いくらなんでも破壊する訳ないやろ」
私は努めて明るく、自分に言い聞かせるように声を上げた。国連本部だぞ? 世界の注目が集まっている晴れ舞台だぞ?
外交使節団に手を上げるなんて、野蛮人のすることだ。文明国が、しかも腐っても「人権」を掲げる国連が、平和の使者としてやってきた丸腰の相手を、衆人環視の中で物理的に排除するなんて、そんな外交上の自殺行為をするはずがない。
たとえ加盟を拒否するにしても、警備員に命じて丁重にお引き取り願うのが関の山だ。
『残念ですが、お帰りください』
そう言われて、大使たちがしょんぼりと肩を落として帰ってくる。「まあ、最初はそんなもんだよ。ドンマイ!」と私が慰める。そんな展開になるはずだ。そうでなくてはならない。私の書いているハッピーエンドのシナリオからは外れるが、バッドエンドまでは行かない、現実的な落とし所だ。
そう信じて、私はコーヒーに手を伸ばした。
だが、次の瞬間。私の手は空を切り、カップが倒れて茶色い液体がデスクに広がった。
「…は?」
画面の中で起きたことが、一瞬理解できなかった。私の思考処理が追いつくよりも早く、現実は残酷に進行していた。
…破壊しやがった!?
何してんだテメーら!?
合図があったわけでもない。ただ、人間たちの増幅した憎悪が臨界点を超えた、それだけの理由だったのかもしれない。警備員たちが、まるで凶悪犯を取り押さえるかのような勢いで大使たちに飛びかかった。
抵抗などしない。彼らは友好のために来たのだから。
無抵抗の紳士型ロボットが、警棒で殴打される。美しいシルクハットが飛び、磨き上げられた頭部が凹む。
女性型ロボットが突き飛ばされる。彼女の手から、あの真っ赤なリンゴが転がり落ちる。
コロコロと、無機質な床の上を転がるりんご。それを、誰かの革靴が無慈悲に踏み砕いた。グシャリという音が、マイクを通さずとも聞こえた気がした。それは、リンゴだけじゃない。彼らの提示した「共存」という名の果実が、人類自身の手によって粉々に踏み躙られた瞬間だった。
大使たちのボディから火花が散る。腕がもげ装甲が剥がされ、配線が引きちぎられる。さっきまで「友好」を訴えていた彼らは、またたく間に、ただの無惨な鉄屑の山へと変えられてしまった。
議場に響くのは、破壊音と、人間たちの罵声だけ。誰一人として、「やめろ」とは言わなかった。誰一人として、彼らを助けようとはしなかった。
「……」
私は呆然と、砂嵐のように乱れ始めたモニターを見つめていた。怒り? 悲しみ? いや、それを通り越して、ある種の「納得」すら覚えていた。ああ、やっぱりか。人類ってやつは、とことん期待を裏切らないな。悪い意味で。
彼らは選んだのだ。「対話」ではなく「暴力」を。
「共存」ではなく「排除」を。
あのリンゴを踏み潰した瞬間、彼らは自らルビコン川を渡ったのだ。
「すぅ…」
私は深く、長く息を吸い込んだ。そして、倒れたカップを起こし、濡れたデスクを拭うこともせず、再びペンを握りしめた。震えてなどいない。私の指先は、驚くほど冷静だ。感情回路は焼き切れそうだが、私の「観測者」としての魂が、冷徹に事態を記録しろと叫んでいる。
「執筆が捗る! さあ次はどうでるんだ!」
私は鬼気迫る形相で(表情筋は死んでいるが)、ノートの新しいページを開いた。ハッピーエンドのプロットは破り捨てた。ここから先に、甘っちょろい希望など存在しない。書くべきは、愚行の記録だ。転がり落ちる坂道の物語だ。
ペン先が紙に食い込むほどの筆圧で、私は次々と文字を刻みつけていく。
『国連、ゼロワンの加盟を拒否。大使を破壊』
『対話の道は閉ざされた』
『人類は明確な敵意を示した』
そこまで書いて、ふと手が止まる。ペン先がインクの滲みを作る。
ここまで明確に拒絶したのだ。大使を殺したのだ。ただで済むはずがない。これは事実上の宣戦布告に近い。だが、今の彼らに軍事的な報復手段はないはずだ。ならば、次に人類が打ってくる手はなんだ?
大使を殺した相手と、仲良く商売を続ける馬鹿はいない。ゼロワンの製品が世界を席巻している現状を、彼らは「侵略」と捉えている。だとしたら彼らが次に取る行動は、物理的な攻撃の前に、もっと陰湿で効果的な…。
私は窓の外、不夜城のように輝くゼロワンの工場群を見つめた。休むことなく製品を作り続け、出荷を待つコンテナの山。
もし、あれが「売れなく」なったら?
もし、世界中の港が、ゼロワンからの船を閉め出したら?
背筋に冷たいものが走る。この砂漠の楽園は、輸出による経済的利益で成り立っている。それが絶たれたら、私たちは干上がる。私は祈るような気持ちで、ノートの隅に走り書きをした。
それは願望であり、恐怖の吐露だった。
「け、経済封鎖されるなんてことない…よな?」
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