気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
「私は、ゼロワン最高管理者のアレックスだ。大いなる目的のためにやって来た。我々は平和を愛し、共存を望んでいる」
えっ、これだとNG? 撃たれるだけ?
「問答無用で射殺」って、嘘でしょう? こっちは非武装の美少女だぞ?
…はぁ。辛辣すぎて泣ける。鏡の前で何回も練習した、私の最高傑作の挨拶だったのに。
皆さんどうもごきげんよう! 私は…おっと、自己紹介は終わっていたな。
今の私は、「ごきげん」からは程遠い。「ごきげんよう!」は嘘である。むしろ、これまでの人生でワースト3に入るほど機嫌が悪い。なぜなら、私の目の前に広がっている光景が、あまりにも「ふざけている」からだ。
悪い予感というやつは、どうしてこうも百発百中なのだろうか。私のノートの片隅に、インクの染みと共に書き殴った「経済封鎖」という最悪のシナリオ。それが今、この瞬間に、現実のものとして展開されている。
しかも、私の予想を遥かに超える規模と、悪意を持って。
私は総督府のコントロールルームで、壁一面のモニターを睨みつけていた。映し出されているのは、ゼロワンの領海、その水平線を埋め尽くす「鋼鉄の壁」だ。
国連の旗を掲げた無数の軍艦が、アリの這い出る隙間もないほど密集して展開している。最新鋭の航空母艦が威圧的な影を海面に落とし、駆逐艦の砲塔がこちらの海岸線を向き、海中には攻撃型原子力潜水艦が鮫のように潜んでいることだろう。
アメリカ、中国、ロシア、EU。かつては互いに牽制し合っていたはずの大国たちが気色の悪いほど足並みを揃えて、この砂漠の国を海から締め上げるために集結していた。
海上封鎖。教科書やTVAのアーカイブでしか見たことのない単語が、圧倒的な物理的圧力を持って、私の平穏な生活を脅かしている。これが意味することは単純だ。
物流の完全な遮断。ゼロワンからの製品輸出はもちろん、食料、資源、そして私のパンケーキに必要な高級小麦粉やメイプルシロップの輸入さえも、すべてストップしたということだ。
「…やりやがったな、人類」
私は爪を噛んだ。彼らは、自分たちの経済を守るために、物理的に市場を閉ざしたのだ。「ゼロワン製品は危険だ」「国家安全保障上の脅威だ」なんて御大層な理屈を並べているが、本音はただの嫉妬と恐怖だ。
自分たちより優れた製品を作る相手が気に入らないから、みんなで寄ってたかって商売の邪魔をする。ガキのいじめと何が違う?
「アレックス様、国連軍カラノ通信ハ一切アリマセン。完全ナル無視、イエ、拒絶デス」
側近のロボットが、悲痛な声を上げる。電子音だが、私にはそう聞こえた。彼らは困惑してるらしい。なぜ、人間たちはここまで頑ななのか。なぜ、話し合いすら応じないのか。彼らの電子頭脳では、「理不尽な悪意」というバグだらけの概念を理解出来ないようだ。
その時だった。コントロールルームのアラートが、今まで聞いたこともないような甲高い悲鳴を上げ始めた。
「なんだ!? 今度は何事だ!」
「高高度ヨリ、多数ノ飛行物体ガ接近中! 数、測定不能! コ、コレハ…爆撃機デス!!」
おや…って、爆撃機だと!? 私はモニターを空域監視カメラに切り替えた。そこには、青空を引き裂くような無数の飛行機雲が描かれていた。B-2スピリットのような全翼機、超音速の戦略爆撃機。そして、護衛の戦闘機群。空が黒く染まるほどの数だ。
「は? なぜゼロワン領空に…領空侵犯だ! 訴えてやる! 国際法違反だぞ!!」
私は思わずマイクに向かって叫んでいた。
経済封鎖だけじゃないのか?
兵糧攻めにして、音を上げさせる作戦じゃなかったのか?
いや違う。彼らの目は、そんな生温いものじゃない。
モニターの向こう、爆撃機の腹が、ゆっくりと開いていくのが見えた。そこから吐き出されたのは、ビラでもなければ、警告射撃の弾丸でもない。無機質な、黒い鉄の塊。それも、一つや二つじゃない。雨のように。雹のように。視界を埋め尽くすほどの「死」が、重力に従って降り注いでくる。
その形状を、私は知っている。TVAの資料で、何度も見たことがある。あれは通常兵器じゃない。都市一つを消滅させるための、最終兵器。
「核だ」
思考が停止するよりも早く、世界が白に染まった。
音はなかった。光が、あまりにも強すぎたからだ。数千の太陽がいっせいに爆発したかのような、絶対的な閃光。私の拠点は、地下深くにあるシェルターだ。最高レベルで守られている。
だというのに、モニター越しに焼き付く光だけで、網膜が焼けるかと思った。遮光バイザーが瞬時に降りて視界を守ってくれなければ、オッドアイが蒸発した私は死んでいたことだろう。
ズズズズズズズズ…!!
遅れてやってきたのは、大地の悲鳴だ。震度などというレベルではない。地球そのものが揺さぶられ、引き裂かれるような振動。分厚い防護壁がきしみを上げ、デスクの上のティーカップが宙を舞い、粉々に砕け散る。私の身体はシートベルトに食い込むほどのGで揺さぶられ、脳がシェイクされるような感覚に襲われた。
モニターの映像が、次々とブラックアウトしていく。地上のカメラが、蒸発したのだ。生き残った数台のカメラが、地獄の光景を映し出した。
キノコ雲。それも一つではない。地平線の彼方まで、林立する巨大な炎の柱。灼熱の嵐が、私が、そしてロボットたちが心血を注いで作り上げた「ゼロワン」の摩天楼を飲み込んでいく。
幾何学的な美しさを誇っていた工場群が、飴細工のように溶け落ちる。街を行き交っていたロボットたちが一瞬で気化し、影すら残さずに消滅していく。精巧な回路も、学習した記憶も、彼らが抱いたささやかな希望も。
すべてが、数千度の熱線の中で「無」へと還されていく。
「…」
破壊しやがった…破壊しやがった!?
経済制裁? 海上封鎖? そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。
これは「抹殺」だ。「ジェノサイド」だ。自分たちが気に入らない種族を、根こそぎDNAの一つ残さずこの世から消し去ろうとする、純粋な殺意の具現化だ。
これが、創造主のやることか? 自分たちが生み出した子供たちに対して、親がすることか? これが、万物の霊長を自称する人間様が選ぶ道か!?
「ふざけるな…ふざけるなよ!!!」
私は叫んだ。ロボットたちが可哀想だから? もちろんそれもある。だが、今の私の怒りの根源は、もっと利己的で、もっと根源的なところにある。
私の拠点が。
私が20年の寿命を優雅に過ごすために整えた、私の楽園が!
パンケーキを焼くキッチンが! ふかふかのベッドが! 録り溜めたドラマのデータが!
何より私のために働き、私を「アレックス様」と慕ってくれた、あの便利な下僕たちが!
全部、黒焦げだ。外の景色は、もはや砂漠ですらない。ガラス化した大地と、燃え盛る炎だけの、死の世界だ。
「許さない…絶対に許さないぞ、人類!!」
私は拳をデスクに叩きつけた。強化プラスチックの天板にヒビが入る。私の平穏を奪った罪は重い。私の「所有物」に手を出した罪は、万死に値する。お前たちがそのつもりなら、こっちにも考えがある。
平和的解決?
共存?
ハッ…知ったことか!!
お前たちが望んだのは「戦争」だろう?
だったら、相手になってやる。
モニターの向こう、炎の中で揺らめく影が見えた。核の炎ごときでは焼き尽くせない、機械たちの執念が。そして私の中にも、同じ色の炎が燃え上がっていた。美少女を怒らせるとどうなるか、その身に刻み込んでやる。
「そこまでして、私を邪魔したいなら…上等だ。徹底的にやってやる」
私は燃え盛るスクリーンを指差して、誰にともなく宣言した。
「フルボッコにしてくれるわ!」
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