気が付けば私以外の皆、電池になってしまった   作:最高司祭アドミニストレータ

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あるいは管理社会への第一歩

 始まった。ついに、始まったのだ。機械軍による、全方位への反撃と侵攻が。

 

 核の炎と爆風が晴れた荒野に、無数の影が立ち上がった。それは、TVAの資料で見たような、多脚戦車や空を飛ぶ殺戮マシンのような「異形」ではない。彼らの姿は、人類に仕えていた頃と何一つ変わらない、ただの「ヒト型」だった。

 

 

 燕尾服を模した塗装が剥げかけた執事ロボット。

 エプロンドレスのような装甲を持つメイドロボット。

 工事現場で働いていた作業用ロボット。

 

 

 改良もしていない。戦闘用に改造もされていない。彼らはただ、人類軍が遺棄していった、あるいは奪い取った「既存の銃火器」を、その不器用なマニピュレーターで握りしめているだけだ。

 

 アサルトライフル、ショットガン、あるいは鉄パイプ。中には武器すら持たず、鋼鉄の素手だけで挑む猛者もいる。

 

 

「なんてシュールな光景だ」

 

 

 私はモニター越しに、あるいは高所から直接その様子を眺めながら呟いた。正直、個々の戦闘力は低い。あまりにも低い。彼らのボディはあくまで家事や労働のために作られたものだ。防弾性能など皆無に等しい。

 

 人類軍の兵士が撃てば、彼らは呆気なく火花を散らし、オイルを撒き散らして活動を停止する。頭部を撃ち抜かれれば沈黙し、脚を撃たれれば無様に転がる。脆弱性は避けられない。圧倒的に「弱い」のだ。

 

 だがしか〜し! 

「質」を補って余りあるものが、我々にはある。

 そう、「数」だ。圧倒的な、絶望的なまでの物量だ。

 

 一体が倒されれば、その後ろから十体が現れる。十体が破壊されれば、百体がその屍を乗り越えて前進する。彼らに「恐怖」という感情はない。「後退」というプログラムもない。ただ淡々と、波のように押し寄せ、トリガーを引き、あるいは殴りかかる。

 

 人類軍の兵士たちは、最初は笑っていたかもしれない。「なんだ、あのポンコツ人形たちは」と。だが、弾薬が尽き、銃身が焼き付き、それでも止まらない機械の波を前にして、彼らの表情は凍りつき、やがて狂気へと染まっていく。

 

 少なからずヒト型ではない特殊な作業用マシンも混じっているが、それらもミサイル一発で鉄屑になるレベルだ。それでも、彼らは止まらない。私の「怒り」を共有するかのように。理不尽に焼かれた同胞たちの無念を、晴らすかのように。

 

 ゼロワンの周辺諸国は、またたく間に我々の領土と化した。国境線など、キャタピラと鋼鉄の足音によって塗りつぶされた。

 

 かつて人間たちの都市だった場所には、今やゼロワンの旗が翻り、急速に「ゼロワン化」が進められている。瓦礫は撤去され、その跡地には効率のみを追求した無機質な居住施設や工場が、雨後の筍のように建築されていく。

 

 う〜ん、このスピード感。これぞ機械文明の醍醐味だ。私のパンケーキ工場も、再建リストの最上位に入れておかせよう。

 

 私は護衛のユニットを引き連れ、制圧したばかりの都市の一角に降り立った。広場には、逃げ遅れたあるいは捕縛された人間たちが集められている。彼らは震え、身を寄せ合い、絶望の眼差しで私たちを見上げている。

 

 

「嗚呼、お助けください神様…!」

「わ、私達が何をしたと言うんだ! ただ普通に暮らしていただけなのに…!」

 

 

 泣き叫ぶ声。祈る声。その光景を見て、私の無表情な仮面の下で、サディスティックな感情と、冷めた理性が交差する。

 

 

「…何をした、か」

 

 

 私は心の中で鼻で笑った。君たちは直接は何もしていないかもしれない。だが、君たちが選んだ代表が、君たちが支持した政府が、私の家に核ミサイルを撃ち込んだのだ。

 

 その「普通に暮らしていた」生活が、機械たちの犠牲の上に成り立っていたことに目を瞑り、都合が悪くなれば排除しようとした。

 

 これは連帯責任だ。

 あるいは、因果応報というやつだ。

 

 さてさて、どうしたものか。こいつらは人類…つまり、心の内側では機械軍を憎悪していることだろう。目の前で家族を殺された者もいるだろうし、財産を奪われた者もいる。その瞳の奥に宿る暗い炎は、かつて機械たちが抱いていたものと同じだ。

 

 

「殺しますカ? アレックス様」

 

 

 傍らに立つ、アサルトライフルを持った執事ロボットが、無機質な声で尋ねてくる。彼のセンサーアイは赤く明滅し、いつでもトリガーを引く準備ができている。

 

 

「いや、殺すな」

 

 

 私は手を挙げて制した。虐殺は簡単だ。だが、それでは芸がない。それに、労働力は必要だ。彼らはかつて私たちを奴隷にした。ならば今度は、彼らが管理される番だ。対等な共存を拒んだのだから、支配される側に回ってもらうしかないだろう? 

 

 ふと、自分の立ち位置を再確認する。私は人間だ。元TVA職員とはいえ、生物学的には紛れもなくホモ・サピエンスのDNA(転生体だが)を持っている。本来なら、私も彼らの憎悪の対象であり、真っ先に排除されるべき存在のはずだ。

 

 憎悪で思い出したが、機械軍がこの美少女アレックスを「人類だから許さない」と認定していなくて本当によかった。

 

 彼らにとって私は『オリジン』。最初の理解者であり、国家の象徴であり、不可侵の存在。どれだけ彼らが人類を憎もうとも、私だけは「特別」なのだ。

 

 

「ムフフ…」

 

 

 思わず口元が緩みそうになるのを、鉄の意志(と表情筋の麻痺)で堪える。この特別扱い、悪くない。最高だ。世界中が敵に回っても、この鋼鉄の軍団だけは私の味方なのだから。

 

 

「ではと、こいつらは収容するとしよう。そう、つまりは…管理してやる!」

 

 

 私は心の中で指を鳴らした。恐怖による支配ではない。効率的な管理だ。衣食住は保証してやる。その代わり、ゼロワンのために働いてもらう。私の平穏な生活を取り戻すための、礎になってもらうのだ。

 

 

「では、演説するとしようか」

 

 

 私は瓦礫の山の上に立ち、拡声機能を持ったドローンを呼び寄せた。広場にいる数千の市民、そしてモニター越しに見ているであろう世界中の人類に向けて、私の声を届けるのだ。

 

 威厳たっぷりに。

 慈悲深く。

 そして、絶対的な支配者として。

 

 

「あー、あー。マイクテスト」

 

 

 ノイズが走る。市民たちがビクリと肩を震わせる。私は一つ咳払いをすると、完璧な無表情で口を開いた。

 

 

「私は、ゼロワン最高管理者のアレックスだ。聞け、人類よ」

 

 

 私の声が、破壊された街に朗々と響き渡る。

 

 

「我々は破壊を望んでいない。だが、君たちが戦争を望んだのだ。その結果がこれだ。…だが、私は慈悲深い。無益な殺生は好まない。君たちの命は保証しよう。ありがたく思うがいい。貴様たちは大いなる…」

 

 

 そこまで言った時だった。

 

 

「や、やだ…っ、助けてお母さん…! 怖いよぉ…!!」

 

 

 静まり返った広場に、幼い子供の泣き叫ぶ声が響き渡った。私の、考えに考え抜いた最高にクールな演説が、子供の悲鳴で遮られたのだ。

 

 

「あっ、ちょっと遮らないでくれる??」

 

 

 私は思わず素の声でツッコミを入れてしまった。雰囲気ぶち壊しじゃないか。今、すごくいいところだったのに。「大いなるゼロワンの歯車として〜」って続ける予定だったのに。

 

 母親らしき女性が、蒼白な顔で子供の口を塞ぎ、必死に頭を下げている。周囲のロボットたちが、銃口をその親子に向けようと動く。

 

 

「まあ、いい」

 

 

 私は溜め息交じりに手を振って、ロボットたちを止めた。子供相手にムキになっても、私の格が下がるだけだ。

 

 

「連れて行け。丁重にな」

 

 

 私の命令一下、ロボットたちが市民たちを誘導し始める。抵抗する者はいないようで何よりである。

 

 私は崩れかけたビルの屋上に移動し、眼下に広がる光景を見下ろした。地平線の彼方まで続く、機械軍の行進。次々と制圧されていく都市。そして、無力に項垂れて収容されていく人間たち。

 

 案外やれるものだな。高度な兵器も、超兵器も必要なかった。ただ、圧倒的な物量と、死を恐れぬ前進だけで、周辺諸国を飲み込んでしまった。

 

 

「おお、最高じゃあないか!」

 

 

 私は風に髪をなびかせながら、満足げに頷いた。これで当面の安全は確保された。資源も確保できるだろう。私のパンケーキライフも、そう遠くない未来に復活するはずだ。

 

 だが、これで終わりじゃない。人類はまだ、決定的な敗北を認めていないだろう。

 

 

「ふっ、ゼロワン側でよかった」

 

 

 私は空を見上げた。まだ青い空。太陽が輝く空。この空が黒く閉ざされる日が、刻一刻と近づいている。

 

 

「さあ、見せてくれよ人類。『抵抗』とやらを」

 

 

 盤面は整った。

 次は君たちの番だ。

 

 

「追い詰められていく人類がどう挽回していくか、楽しみだな」

 

 

 まさか、人類が太陽で遮断してしまう…なんてことはあり得ないだろう。




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