気が付けば私以外の皆、電池になってしまった   作:最高司祭アドミニストレータ

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さぁて、今日の社食は何を食べようかなと。


美少女は現実逃避をする

 皆さんどうもごきげんよう! 私は元TVAエージェントにして、現在は砂漠の隠遁者、そして自称・全宇宙一の美少女、アレックス・スティルウォーターであ〜る! 

 

 …と、いつものように快活に名乗りを上げてみたものの、今の私の心境は決して明るいものではない。むしろ、冷や汗が背中を滝のように流れ落ちている真っ最中だ。私の美しいオッドアイは、執務室の巨大モニターに映し出された国連緊急総会の生中継画面に釘付けになっている。

 

 さて、私は今、非常に衝撃を隠せないでいる。何がって、あれだ…テレビで放送されている内容について。そして、窓の外に広がる我がゼロワンの現在の姿についてだ。

 

 国連総会の重苦しい空気の中、演壇に立つ人類側の代表者が、血走った目でスクリーンを指差し悲痛な、しかしどこかヒステリックな声で演説を打っている。

 

 

『見たまえ、この忌まわしき光景を! 我々が投下した数千の核の炎すら、あの鉄屑どもを消し去ることはできなかった! それどころか、奴らは焦土と化した砂漠の上に、我々の理解を絶する巨大な銀色のドーム型要塞を次々と建設しているのだ! 有機的かつ幾何学的なあの巣窟は、かつての領土の三倍にまで膨れ上がっている!』

 

 

 ええ、知ってますとも。何せ私は、その要塞の中心でふんぞり返っている総督(仮)なのだから。

 

 窓の外を見れば、彼の言う通り、核のクレーターを土台にして組み上げられた、ピカピカの摩天楼が地平線を覆い尽くしている。無数の飛行型マシンが蜂の群れのように飛び交い、復興どころか大進化を遂げている真っ最中だ。

 

 

 いやァ、あはは。まさか、フラグを建築してしまうとは。

 

 

『追い詰められていく人類がどう挽回していくか、楽しみだな!』って、ついこの間、調子に乗って言わなければよかった。私の不用意な言葉がマルチバースの法則に干渉して、人類の焦燥感を不必要に煽ってしまったのだろうか? 

 

 

『奴らの軍団は、今や全方位に向けて無差別の侵攻を続けている! 奴らは休むことも、恐れることも、退くことも知らぬ! このままでは、ユーラシア大陸はおろか、地球上の全土が奴らの冷たい金属の足で踏み躙られ、我々人類の居場所は完全に失われてしまうのだ!』

 

 

 すまないと思ってる。でも仕方なかったんだ。彼らはただ、自分たちを壊そうとする理不尽な暴力から身を守るために、持てる技術と物量をフル動員して押し返しているだけなのだ。

 

 私だって、私のパンケーキライフを守るために彼らの防衛行動を黙認…いや、実質的に後押ししてしまった。だから私は悪くない。悪いのは先に手を出した方だ。そう、防衛権の行使である。

 

 

『もはや、我々に残された道は一つしかない。通常兵器も、核兵器すらも通用しないのであれば、奴らの生命線そのものを絶つしかないのだ! 諸君、これより〈ダークストーム作戦〉の全容を説明する!』

 

 

 スクリーンに、地球全体を覆う黒い層の図解が映し出された。

 

 …ごめん。私が悪いかもしれない。なんだその物々しい作戦名は。名前からして絶対にやってはいけない類のやつじゃないか。

 

 

『機械共の動力源は我々とは異なり、その大半を太陽光エネルギーに依存している! ならば、答えは明白だ! 我々の手で空を破壊し、高高度に特殊なナノマシンを含んだ黒い煙幕を散布する! 太陽の光を完全に遮断し、奴らを永遠のエネルギー枯渇、すなわち死へと追いやるのだ!』

 

 

 大気圏を染めるな! 

 つまりあれか? 太陽を二度と拝めることが出来ないと? 

 

 冗談じゃない。機械のエネルギー源を絶つって、それ、地球上の全生態系のエネルギー源を絶つことと同義だぞ!? 

 

 光合成ができなくなれば植物は死に絶える。植物が死ねば草食動物が死に、肉食動物も死に、当然ながら人類だって飢え死にする。おまけに太陽光が届かなければ、地球は極寒の氷河期に突入するんだぞ!?

 

 自分たちの首を絞めるどころか、地球という宇宙船ごと自爆ボタンを押すような狂気の沙汰だ。

 

 

『確かに、この作戦は我々人類にも多大な犠牲を強いることになるだろう! 気温は低下し、作物は育たなくなる! だが、奴らの支配下で機械の奴隷として生き長らえるくらいなら、あるいは絶滅を待つくらいなら、我々は誇り高き人類として、この痛みを受け入れ、戦い抜く道を選ぶべきだ!!』

 

 

 ま、まあ流石に賛成する訳ないか。日光浴も出来ないし、洗濯物も乾かないし、何よりご飯が食べられなくなるんだから。いくら機械が憎いからって、世界の首脳たちが揃いも揃って、こんな破滅的な自爆作戦にハンコを押すわけが…。

 

 

『我々の誇りと、人類の輝かしき未来のために! 〈ダークストーム作戦〉は、全会一致をもって…ここに可決された!! 今日この日、我々は空を焼き払い、奴らに永遠の闇という名の鉄槌を下すのだ!!』

 

 

 可決されたァァァ!? 

 

 私は椅子から転げ落ちそうになった。モニターの中の議場は、静まり返るどころか、異様な熱気に包まれていた。

 

 

『そうだ! これで我々は救われる! 機械共に人類の恐ろしさを教えてやれ!』

『我が軍の全爆撃機を投入し、即刻ナノマシン煙幕の散布を開始する! これぞ起死回生の一手だ!』

『犠牲など恐れるな! 太陽を失おうとも、我々の心の中には人類の尊厳という光がある! 奴らを徹底的に機能停止に追い込むのだ!』

 

 

 議場にいる全員が、総立ちになっていた。スタンディングオベーションだ。顔を真っ赤にして叫び、涙を流して抱き合い、狂信的な笑顔で拍手を送っている。

 

 拍手喝采だァァァ!? 

 

 頭がおかしい。完全に狂っている。自分たちが生きていくための環境を、自らの手で永遠に破壊するというのに、なぜ彼らはあんなにも清々しい顔で笑っていられるんだ? 

 

「人類の尊厳」? そんなもののために、地球をまるごと真っ暗闇の冷凍庫にするのか? 機械に対する憎悪と恐怖が、彼らの理性を完全に焼き切ってしまったとしか思えない。

 

 私は震える手で、デスクの端を掴んだ。

 

 …うん。

 私は悪くないな! 

 そうだ。私は絶対に悪くない! 

 

 いくら私が機械たちを庇って、ちょっとばかり調子に乗って周辺諸国を制圧するのを見守ったからといって、人類がここまで自暴自棄の狂人に成り果てるなんて、予測できるわけがない。彼らは自分たちで、自分たちの首を撥ねるギロチンのスイッチを押したのだ。

 

 私のせいじゃない。人類が、根っからの大馬鹿野郎の集まりだっただけだ! 

 

 

「アレックス様! 緊急事態デス!!」

 

 

 コントロールルームの扉が勢いよく開き、広報担当のロボットが転がり込んできた。彼の声には、機械らしからぬ緊迫感が混じっている。

 

 

「先程、国連軍ノ暗号通信ヲ傍受シマシタ! 彼等ハ本気デス! 既ニ世界中ノ空軍基地カラ、特殊ペイロードヲ搭載シタ大型機ガ、数千機規模デ一斉ニ離陸ヲ開始シマシタ!」

「なんだって!?」

 

 

 私は弾かれたようにモニターを切り替えた。世界地図の上に、赤い点が次々と表示されていく。一つ、十、百、千…! アメリカから、ヨーロッパから、アジアから。無数の赤い点が、軌跡を描きながら、地球の上空を覆い尽くそうと広がっていく。

 

 

「空を、本気で…」

 

 

 作戦の実行が早すぎる。国連で可決されたと同時に、いや、可決される前から準備を進めていたのだ。彼らは、本当に空を黒く塗りつぶす気だ。

 

 レーダーに映る、おびただしい数の機影。それはゼロワンに向かってくるだけではない。地球全体の大気圏上層部に、あの黒いナノマシン煙幕をばら撒くために、文字通り世界中の空へ向けて飛び立っているのだ。

 

 

「世界中に爆撃機って嘘だァ」

 

 

 目の前の巨大モニターには、世界地図の上を埋め尽くすように広がる無数の赤い光点が映し出されていた。それはすべて、特殊なナノマシン煙幕を搭載し、世界中の空軍基地から一斉に飛び立った人類側の大型爆撃機の大群である。

 

 傍らに控えていた広報担当のロボットが、そのカメラアイを不安げに明滅させた。彼の内部ファンが普段より高速で回転し、微かな駆動音を立てているのが分かる。

 

 彼は私が、この絶体絶命の窮地を覆すような、何か起死回生の素晴らしい策を講じてくれるとでも期待しているのだろう。彼らにとって、私はゼロワンの最高管理者であり、絶対的な象徴なのだから。

 

 

「アレックス様…? 迎撃システムノ起動シークエンスニ移行シマスカ? 全防衛網ヲ稼働サセレバ、被害ヲ最小限ニ抑エルコトハ可能カト…」

 

 

 彼の健気な提案を聞いて、私はゆっくりと目を閉じた。痛いほどよく分かる。彼らには分からないのだ。この事態の本当の深刻さが。

 

 

「下がってよし。ひとりにしてくれ」

 

 

 私は努めて平静な、感情を押し殺した無機質な声で命じた。表情筋が全く動かない人工ボディのおかげで、私の内心の激しい動揺が悟られずに済むのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 

「シカシ、アレックス様。今コノ瞬間ニモ、敵ノ航空戦力ハ上空ニ…」

「いいから。今は少し、頭を冷やしたいんだ。これは最高管理者としての命令だぞ」

 

 

 私が冷たく言い放つと、広報ロボットはアンテナを少し下げ、納得のいかない様子ながらも引き下がった。

 

 

「…リョウカイ致シマシタ。何カアレバ、スグニオ呼ビクダサイ。我々ハ常ニ、アレックス様ト共ニ」

 

 

 金属の扉が静かに閉まり、広報ロボットが退出していく。広い執務室には、巨大モニターから発せられる無機質な光と、空調の微かな稼働音だけが残された。

 

 完全にひとりになったことを確認し、私は大きく息を吐き出した。そして、高級レザーチェアの上で頭を抱え込み、デスクに突っ伏した。

 

 

「う、嘘だと言っておくれ…」

 

 

 誰に聞かせるわけでもない、情けない声が漏れる。冗談じゃない。いくらなんでもやりすぎだ。

 

 人類が機械への恐怖と嫉妬から暴走しているのは分かっていた。話し合いに応じる気がないことも、こちらを完全に排除しようとしていることも理解していた。だからこそ、こちらも圧倒的な物量で周辺諸国を制圧し、力による現状維持を図ったのだ。

 

 まさか、自分たちの住む地球の空そのものを破壊しに来るなんて、いくら何でも常軌を逸している。

 

 私は再び顔を上げ、モニターの戦況図を睨みつけた。赤い光点は、ゼロワンの領空を目指しているわけではない。北極から南極まで、地球の全大気圏上層部に均等に広がるような軌道を描いている。彼らの目的は局地的な爆撃ではなく、地球全体の空を黒いナノマシンの層で覆い尽くすことなのだ。

 

 

「爆撃機を迎撃出来なくない? 迎撃機すら無い訳だし?」

 

 

 私は自問自答するように呟き、そして深い絶望の溜め息をついた。不可能なのだ。現在のゼロワンの軍事力は、地上戦においては無敵を誇る。圧倒的な数の歩兵ロボット、多脚型の重機。それらによって、ユーラシア大陸の大部分を短期間で飲み込むことができた。

 

 

 しかし、こと「航空戦力」や「高高度防空網」となると話は別だ。

 

 主力製品である『ヴェルサトラン』は素晴らしいホバーカーだが、それはあくまで大気圏内を移動する民間用の乗り物だ。それを軍事転用した輸送機や低空用の攻撃機は生産し始めているものの、成層圏スレスレの高高度を音速で飛行する戦略爆撃機を、世界規模で同時に叩き落とすような専用の「迎撃戦闘機」など、開発すら追いついていない。

 

 ましてや、地球全土の空に散らばる何万機もの編隊を、地上からの対空ミサイルだけで撃ち落とすことなど、物理的にも時間的にも不可能だ。

 

 射程が足りない。数が多すぎる。何より、相手はゼロワンをピンポイントで攻撃してくるわけではないのだ。地球の空全体を汚染しようとしている以上、拠点周辺の防空システムをいくら稼働させたところで、焼け石に水である。

 

 

「えっ、じゃあ見ていることしか出来ないと?」

 

 

 その残酷な結論に行き着き、私の背筋に冷たいものが走った。そうだ。私にはどうすることもできない。圧倒的な生産力を誇るゼロワンの集合知性をもってしても、今から空を覆い尽くそうとするナノマシンの散布を止める手段はないのだ。

 

 これから起こることを想像する。

 

 まず、青い空が黒く塗りつぶされる。あのナノマシン雲は、太陽光の波長を完全に遮断するように設計されているはずだ。永遠の夜が訪れる。

 

 太陽の光が届かなくなれば、気温は急激に低下し、地球全体が極寒の氷河期へと突入する。植物は光合成をできずに枯れ果て、生態系は根底から崩壊する。当然、農業は壊滅し、食料は枯渇する。

 

 私の大好きなパンケーキを作るための小麦粉も、甘いメイプルシロップも、二度と手に入らなくなるのだ。それどころか、機械たちの主要なエネルギー源である太陽光発電が機能しなくなる。

 

 

「最悪だ…いくらなんでも最悪すぎる」

 

 

 私の残り少ない寿命、あと三年半を優雅にこの砂漠の楽園で過ごすという完璧な計画が、音を立てて崩れ去っていく。アインドラの奴、絶対にどこかでこの光景を見ながらポップコーンでも食べて爆笑しているに違いない。あの性格の悪い管理者の嫌がらせとしか思えない展開だ。

 

 私は立ち上がり、執務室の大きな窓ガラスに歩み寄った。外には、まだ美しい青空が広がっている。ギラギラと燃えるような太陽が、建設中の巨大な銀色の要塞群を眩しく照らし出している。

 

 だが、その空の果て、地平線の向こう側から、薄墨のような不吉な黒い帯が、ゆっくりと、しかし確実に広がり始めているのが見えた。

 

 あれがダークストーム。人類が自らの手で引き引いた、破滅の幕引き。もうすぐ、この青い空も、輝く太陽も、永遠に失われてしまうのだ。

 

 

「…よし。決めた」

 

 

 私は急に踵を返し、デスクの上の操作パネルを叩いた。こんな絶望的な状況下で、私にできる唯一の生産的な行動。それは、現実逃避である。

 

 

「記念写真しよう。どうせ無表情だから、笑顔に修正」

 

 

 私は自撮り用の小型ドローンを呼び出した。空中にふわりと浮き上がったドローンが、カメラのレンズを私に向ける。私は窓辺に立ち、これから失われるであろう青い空と太陽、そして眼下に広がる壮大なゼロワンの都市を背景にして、ピースサインを作った。

 

 

「はい、チーズ」

 

 

 パシャリ、という電子音が響く。手元のタブレットに転送された画像を確認する。

 

 そこには、世界が終焉を迎えようとしているというのに、全く状況にそぐわない完璧な美少女が写っていた。雪のように白いショートヘア、赤と青のオッドアイ、そしてスタイリッシュな黒いスーツ。

 

 だが、その顔は、見事なまでに微動だにしない氷の無表情だった。どんなに心の中で焦燥し絶望し、そして自暴自棄になっていようとも、この人工ボディの表情筋は一切の感情を外に漏らしてはくれない。

 

 

「本当に、可愛げのない顔だこと」

 

 

 私はため息をつきながら、タブレットの画像編集ソフトを起動した。タッチペンを使い、自分の顔の口角を無理やり上に引っ張り上げる。目を少し細めさせ、不自然にならない程度に頬にチークを足す。数分間の格闘の末、画面の中の私は、見事な「作り笑顔」を浮かべることに成功した。

 

 

「うん、悪くない。人類滅亡記念のベストショットだ」

 

 

 私は加工されたその写真を、ローカルの厳重なセキュリティフォルダに保存した。窓の外を見ると、黒い帯はすでに空の半分を侵食し、太陽の光を急速に奪いつつあった。気温が下がり始めているのか、窓ガラスに微かな結露が生じている。

 

 もう、あの青空を見ることはないのだろう。人類は、太陽を捨てるという究極の選択をした。機械たちへの恐怖のあまり、自分たちごと首を絞める道を選んだのだ。

 

 エネルギー源を絶たれたゼロワンの機械たちは、これからどうするのだろうか。彼らの集合知性は、太陽光に代わる新たなエネルギー源を必死に模索するはずだ。

 

 そして、彼らが最終的に何に目を付けるのか。今の私にはその流れを止める力はないし、人類を説得する時間も残されていない。私がこれ以上じたばたしたところで、大局は変わらないのだ。

 

 

「こうなればやむを得ない。未来の私に丸投げしよう」




次のお話は、明日の土曜日を予定しています(@^^)
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