Mission : Protect Their Youth. 作:晴沙萪
赴任して何日か経ち、あの山のように積まれた書類も
全て一通り目を通すことができた。
おかげで徹夜かつソファで寝ていたこともあり身体はバキバキで
首と肩が凝りまくりだ。
伸びをしていると、それを見かねたアロナからお説教が飛んでくる。
『先生、ベッドで寝てくださいとあれほど......』
「軍にいた時は慣れっこだったんだけどね〜。
歳とったなぁ......」
『まだ20代じゃないですか......』
そんな軽口を叩きつつ書類を片付ける。
読みながらジャンル分けをしていった分、ただしまうだけでいいのだが......
「片腕じゃキツイな」
いかんせん量が多い。
『義手使ったらいいじゃないですか。まだ誰も来ないですよ?』
「確かにね。誰か来ても音で分かるし使ってもいいんだけど」
確かに音や気配ですぐ分かるが、そもそも隠してるのは義手であることがバレると、生徒たちが気を使ってくるのではと心配しているから骨折に見せかけている。
とはいえ、ここ数日間書類作業で身体をまともに動かしていないため鈍っているのではと心配になっていた。
それなら片付けついでに筋トレすれば、幾分かマシになるだろうという魂胆である。
「文明の利器に頼るのも悪かないけど、筋トレだと思えば大したことないね」
『そうですか? 先生がそういうならいいですけど......』
何故かアロナは不満そうだと思ったら、
何かを思いついた顔をした。
表情がコロコロ変わって愛くるしい。
『そうです! 私がセンサーになればいいんです!』
「へ? 急になんの話?」
『先生は義手を見られるのが嫌なんですよね?
ならば私がセンサーになって部室に来るまでを検知すれば! 義手を問題なく使えますよね!』
「そんなに気にしてくれてたのか......
まぁそれでアロナの気が済むなら構わないよ」
別に使わないようにしてるわけではないんだけど......アロナにはそう見えているらしい。
生徒の気持ちや行動にはなるべく応えたいから許可すると、アロナは任せてください! と意気揚々としていた。
確かに義手の整備する時はありがたいかもしれない。
あーだこーだ話してるうちにあらかたしまい終え、シャワーに入り心身をリフレッシュし、服も着替えてエプロンをつけ朝ご飯の用意をする。
メニューはコーヒーと焼いた食パンにレタス、カリカリに焼いたベーコン、スクランブルエッグにケチャップをかけるだけだが。
『先生って料理できるんですか?』
「本当に簡単なものだけね、一人暮らしもしてたし」
今回のは料理した扱いには入らないけど、と付け加え焼いている間にコーヒーの準備をする。
初日の夜に驚いたけど、コーヒーの道具が揃ってあること。
そもそもキッチンがあることにも驚きはしたが。
生徒会長ってもしかして凝り性だったりしたのか? とか考えつつカップに注いでいく。
インスタントであれ、本格的であれ、やはりコーヒーの匂いは素晴らしい。
「先生、おはようございます......わぁ、いい匂いですね!」
カラカラカラとドアを開けて入るユウカ。
「おはよう、ユウカ。もう少しで終わるから座って待ってて」
実は昨晩ユウカとモモトークなる連絡手段でシャーレに当番制度があることを伝えたら、「行きます!」と言ってくれたので、わざわざ来てくれる代わりに朝ご飯用意することにした。
朝食を運ぼうとしたらアタシが片腕なのを見て、ユウカが手伝うと言って立とうとしたので止めた。
片腕あれば皿くらい余裕で運べる。
「お待たせ、簡単なもので悪いね」
「とんでもないです! いただきます!」
ベーコンの焼き加減が〜、シャキシャキのレタスが〜と食レポしながら頬張るユウカを見て、作ってよかったと心から思った。
......ああ、だからアイツはしょっちゅう料理を振る舞っていたのか。
だったらもっと感想を言ってやればよかったなと、思い出に浸りながらコーヒーをすする。
「ごちそうさまでした! すごく美味しかったです! 機会があればまた食べたいです!」
「ほんと? そんな大層なもんじゃないけどね。
これから当番の子達にはお礼として作ることにしようかな」
料理の勉強もしておこうかと考える。
わざわざ遠くから来てくれるのだから、ちゃんと割に合ったものを作ってあげなくては。
「そしたら先生の凄さは料理って知れ渡ってしまいますね......
あれ? みんなに知れたら私が食べる機会が減る......?」
いやしかし食べて欲しいけど、私が食べられなく...うーん...と頭が良いはずのユウカがこんなことで頭を悩ませているのが微笑ましいが、やること(あと面白いから)があるので放置する。
──────
やること。それはシャーレを襲っていた不良たちの引き取り。
リンからの情報だと、本当に討伐し矯正局にぶち込んだらしい。
だがその中にワカモはいなかった。
彼女達は今までも同じことをして矯正局送りにされてきたはず。
そして出ても変わらない。
なら早く引き取ってあげないと、もっと手遅れになるし、手も届かなくなってしまう。
だが矯正局に行くなら正式な書類がないと、入ることすらできないのではと考え聞いたところ、リンには「こちらで伝えておきます」と言ってくれた。
おかげで持ち物が少なくなった。身軽が一番。
エプロンを取りジャケットを羽織り矯正局に向かう道すがらユウカに今回のことを話した。
するとユウカは、
「どうして先生は、あんな連中を気にかけるんですか?
退学や停学の原因がどうであれ、変わらず問題を起こし続ける連中をわざわざシャーレに配属させるなんて、私は理解できません。
規則を守ってる生徒との公平さはどうなるんですか」
と、怒りのこもった声色で言った。
「まぁ......ユウカの言いたいことも分かるよ。
だからと言ってアタシは見過ごすことはできないし、したくないんだ」
「それは......“大人”だからですか?
それとも”先生“だから?」
どっちなのだろう。きっとどっちもだ。
ただこれは建前。
「確かにアタシは“大人”で、“先生”だ。
不良だろうがなんだろうが必ず生徒を教え正し導く。
......でもそんな建前で動きたくない。
アタシのは......理屈じゃないんだ。
純粋に困って苦しんでる人はほっとけない。
君達のような子供達は特に。
アタシはアタシで彼女達を救いたい」
聞こえはいいけどね、と笑う。
「いえ......でも、どうしてそこまで......」
「............見てきたから」
「見てきた?」
元いた世界で嫌と言うほど見てきた。
殴られないために必死に押し殺した表情。
銃声、薬莢の音、地雷の爆発音。
あの世界にいる子供達を普通だなんて思いたくない。
「......いや、なんでもない。
ごめん、忘れて」
「...先生は一体何を見てきたんですか?
私達が銃を持っているときの顔、すごく辛そうでした。今もそうです。
出会ったばかりの私が言うのはおかしいかもしれませんが、先生の抱えているものを一緒に抱えることはできないんですか......?」
ユウカがまっすぐ目を見てくる。
その目から逃げるように、目を背ける。
「......うん、ダメ。
君達は抱えなくていい。
こんなの......抱えてほしくない」
こんなクソみたいな現実は子供が背負うにはあまりにも重すぎる。
「そう......ですか......」
二人の間にはただ重たい空気を纏った足音が響いた。
街の喧騒が遠く感じた。