『ゴッドファーザー』はいいぞぉ……。
マフィア映画はいいぞぉ……。
トリニティ総合学園内のとある建物。
かつて校舎の一つとして使われ、今は廃墟となったその場所は人知れず改修されて利用されている。
トリニティでは存在すら疑われている人物、ゴッドファーザーのファミリーが拠点にしているのだ。
立地はシスターフッドの敷地からそう遠くはない場所だが、打ち捨てられた廃墟ということもあり生徒たちは近寄らない。またシスターフッドが一応管理しているという暗黙の了解があり、他の派閥や勢力も自分たちの管理下に置こうとはしなかった。
……実際はゴッドファーザーが根回しをして手に入れた場所であるが。
シスターフッドが一応の管理をしているというのもファミリーの人間が流布した
この俺──理徒コレオがその廃墟を管理していた。
そして今、改修されて落ち着きと品のある建物へと生まれ変わったは元廃墟には客が訪れていた。
ゴッドファーザーの力を借りたいとやって来たトリニティ総合学園の生徒である。
たしか猫同好会というサークルに所属していると記憶している。以前、ファミリーの
しかし、少し前からファミリーとは距離を置くようにもなっていたが。
廃墟へやって来た彼女は迎えとして待機していたファミリーの
其所で椅子に座って待っていた俺と、その周りを囲むような位置に控える三人の部下の前で話を切り出した。
「……拾ってきたのは一年前です。汚かった体を綺麗にしてあげて、病院にもつれていきました。ご飯もあげて健康になるようにし、躾だってしっかりしました。賢い子で毛並みも美しくトリニティに相応しい品のある猫になりました」
飼い猫の話を訪ねてきた生徒はする。
どうやら相当可愛がっていたらしい。
しかし、表情は暗い。天井から降る照明の光で目元に影ができているせいでもあるが。
「ある時でした。同級生の幾人かが私の猫を見たいと言ってきました。私は快く猫を披露しましたが、トイレに入っている間に同級生たちは私の猫を傷つけ、痛め付け、打ち捨てたのです。私が戻ってきた頃にはあの子は鼻が折れて……美しい毛並みも…血で汚れていたんです……。うっ…うっ…ぐすっ」
その時の事を思い返しながら話していたせいだろうか、すこし涙ぐんだ様子を見せたので、部下に指示して気付けの果実水を彼女に飲ませる。
訪ねてきた生徒は少し落ち着きを取り戻し話を続けた。
「私は同好会の友人たちと共に猫を痛め付けた同級生に法の裁きを与えるべくティーパーティーに訴えました。そして、簡易的な裁判が行われましたが、そこで奴らは大した罪に問われませんでした。せいぜい罰金という端金を払うだけでした。金を払えばその日の内に奴らは自由の身ですよ?!私は茫然自失としていました。そして奴らはそんな私を嘲笑っていたんです」
声に怒気が含まれていた。かなりの恨みを持っているようだ。
「だから、同好会の皆に言ったんです。正義のためにゴッドファーザーのところに行こうって」
正直、かなりどうでもよかったが…こうした話に真摯に向き合ってきたから、こうしてゴッドファーザーの下に信頼と忠節が集まり組織を大きく出来た。
だから、目の前の生徒の願いも聞き入れるつもりではある。
ただし、タダとはいかない。約束をしてもらう。楔となって留め置き、鎖となって縛る約束を。
「どうして始めから俺のところに来なかったんだ?」
ティーパーティーはトリニティの最高位の意思決定機関だ。
同好会が訴えてきたことなど無視するものだ。むしろ簡易的とはいえ裁判を開いてくれたのは幸運だろう。
開かれた裁判なぞ形だけだろうが。だから大した罰にも罪にもならなかったのだ。
なら、最初から俺を頼れば良かったのだ。
制裁の方法など幾らでも用意できる。
「どうしたら良いでしょう?何でも言ってください。願いを聞いて欲しいんです」
「どんなことだ?」
訪ねてきた生徒が俺の耳元に近づき、願いを告げる。
「……奴らを殺してください」
耳を疑った。
キヴォトスでは殺人は許されない大罪だ。忌避されていると言ってもいい。
確かにゴッドファーザーは冷酷だが、殺人をするほど残酷ではない。ファミリーの人間にそんなことはさせられないし、シスターフッドを…サクラコさんを守るための組織が禁忌を犯すわけにはいかない。
「…………それはできない」
「お礼はいくらでも出します」
拒否に対して対価を即答。俺が都合の良い見方をされているようで結構だな。
そもそも虫の良い話だ。距離を置いていたくせに困ったら泣きついてくるとは。
「あんたらのサークルとは知り合ってからそこそこの年月が経ったが、相談とか願い事は今度が初めてだな?最後にあんたらのサークルに招かれて猫と触れ合ったのはいつだったかな?うちのファミリーの構成員があんたらのサークルで可愛がっていた幾匹かの猫の名付け親なのに……はっきり言ってあんたら、俺の友情を退けた」
思い出を反芻しながら問い詰める。
相手の罪悪感と後悔を少し擽る話し方で。
「要は……借りを作りたくなかった」
「いえ…トラブルを避けたかったんです」
「なるほどね……あんたらにとってトリニティは天国。学業は前向きでサークルの活動は充実、正義実現委員会と学園の規則が守ってくれる。友達に用は無いか……」
ゆっくりと逃げ道を塞いで、言い訳を受け流しつつ、相手の不義理を指摘する。
そうしていけば段々と相手の手札が無くなっていく。
「それが……今になって駆け込んで『ゴッドファーザー、正義を!』か?」
不機嫌である、と敢えて受け取らせる。
我々を敵に回すのか、と思わせる。
「敬意を表したわけでもない。友情の証も無い。軽々しくゴッドファーザーの名を口にしていたことにも思い付かない。そしてこっちの事情や暇の有無を考えもせずやって来て、金を出すから人を殺してくれか?金で?」
「い…いいえ、正義をお願いしてるんです」
「お前が可愛がっていた猫は殺されたわけではないだろう」
「では、痛め付けてください。あの子と同じように。どれほどお出しすれば……」
金で決着を付けようとする。つまりは後腐れの無い方法で解決したいのだ。俺と俺のファミリーから離れたいがために。
それは認められない。仕事を頼むなら、仕事をしてもらう。
俺は椅子から立ち上がり、一瞬思考を整理するように訪ねてきた生徒から視線を外す。
周りの部下たちはその動きに合わせて、何時でも動ける態勢を取った。
それを確認してから、俺は返答をする。
「なあ…おい。なあ…おい。俺が何をしたからそこまで軽く見られるんだ?友人として頼まれれば、今日にでもそのろくでなし共を叩きのめしてやれるものを。あんたらのような正直者の敵になるなら、俺にとっても敵だからな……」
友情に頼れ。言い換えればファミリーとの関係を絶やすな。そして我々は同じ仲間である。
暗にそう告げながら、俺は人差し指を訪ねてきた生徒の眼前で立てて、凄む。
「…………思い知らせもしよう」
どのような方法を採るかは語らない。
俺が鋭く睨み、どうして人差し指を眼前に持ってきたのかも。
語る必要はない。相手は分かっているからだ。この後の言動でファミリーがどうするかを。
「……友として」
訪ねてきた生徒が苦々しく言って願う。
しかし、それをすぐには受け取らない。まだ、誠意を聞いていなければ示せてもいない。
「……ゴッドファーザー」
恭しく頭を下げて礼を尽くす。
俺が差し出した手の甲に口付けをする。
「うむ、よろしい」
上下関係を体感させたことで理解してもらえたようだ。
とはいえ今すぐ何かを頼むつもりはない。
「いずれ…俺の方からも何か頼み事をするかもしれない。それまでは……この制裁は多忙な日々の慰めとして受け取っておこう」
ゆったりと振る舞い相手の緊張を解してやりながら、応接室の出入口となっている扉へと誘導する。
声も柔らかくすれば訪ねてきた生徒は願いが聞き届けられたことに安堵した。
「ありがとうございます」
「なんの」
そうして猫同好会の案件は片付いた。
依頼を受け入れてもらった件の生徒は
面倒な事だが無視はできない。こうやって得た繋がりは後々、事態に対処する手札になってくれる。
俺は応接室の扉の前で息を吐き出して、やれやれと額を掻いた。
「随分と勝手な人でしたね、ボス」
室内で共に話を聴いていた部下──アンダーボスの一人である『
「本当です。ボスを何だと思っているんだか」
同じくアンダーボスの『
室内にはもう一人アンダーボスが居るが彼女はぷるぷると震えていた。理由はなんとなく予想できる。
「とりあえずこの案件はサナ…お前に任せる。お前ならやりすぎることはないからな」
「畏まりました、ボス」
「それと……」
「も、もももも申し訳ありません~!!ボス~!!」
視線をぷるぷるしていたアンダーボスに向けた途端、震えていたその者は見事な土下座で俺の足元に伏せった。
シェンとサナは驚きつつも呆れ、俺は思わずため息をついた。
「……うっかりやりすぎた、だっけか?ソニ?」
「はいぃぃ……ホント申し訳ありません~!」
土下座のアンダーボス『
彼女にはシスターフッドの敵対派閥や将来的に邪魔になるであろう政敵への襲撃を任せていたが、予定より多くの敵対者を倒してしまった。要は暴走して本来攻撃するつもりではなかった相手にまで襲撃を仕掛けたのだ。
あの正義実現委員会にまで喧嘩を売ったらしい。
「敵対するべきでない相手には攻撃しないと約束したよな?約束は守って欲しいんだがな……特に仕事の約束は」
「どうしますか?とりあえず鉛弾でもぶちこみます?」
サナが物騒なことを言う。こいつとは昔からの付き合いだが、銃の流通と整備を担わせているせいか時々物言いが過激になりがちだ。暗殺のように相手の虚を突く戦い方は頼りにはなるが。
「いえ、この前D.U地区担当のカポ・レジームを罷免したばかりです。それよりも上の役職の者に罰を与えたら、構成員の忠誠が揺らぐかもしれません」
シェンがそう助言する。ファミリーがまだ小さかった時に
「じゃ、じゃあお許しくださいますか!?ボス!!」
ソニは舞い上がらんばかりの嬉しさを押さえきれないのか、顔をあげて俺を見た。少々頭が足りないところがあるが、忠誠心が高く戦闘では常に前線で指揮を執るソニは頼れる武闘派である。集団戦なら敵無しと言える。
「まあ…大して咎めはしないが、しばらくは謹慎してもらう」
「えぇ……そんなぁ……」
「いや、お前だけじゃない。シェンやサナ、俺もしばらくは活動しないこととする。ゴッドファーザーとそのファミリーは活動を停止する」
「「「どうしてですか?」」」
綺麗に重なったアンダーボスたちの声は少し面白い。
それなりに苦楽を共にしてきた彼女たちには悪いが、俺の行動原理はサクラコさんにある。
ファミリーの活動停止もそこに起因する。
「約束したからな」
「歌住サクラコの噂ですね」
シェンは見抜いていたようだ。さすがの考察だ。
「俺たちファミリーの動きに合わせてサクラコさんの噂が流されている。つまり俺たちの動きを把握しているか、迅速に情報を操れる第三者がいるということだ」
「前者であれば裏切り者がいるかもしれませんね。後者なら我々かそれ以上の組織力を持っている者と対峙する。どちらにしろ厄介ですね」
「裏切り……」
サナが冷たく呟いて、ソニが殺気立つ。
血の気の多い二人だ。
「今のところはどちらもあり得る…としか言えない。だから活動を停止して相手の出方を伺う。炙り出せれば良し、相手も行動しなくなればサクラコさんの噂が薄まって良し。どう転んでも俺たちに損は無い」
我ながら学生がやることじゃないと思う。根本的な解決にはなっていないし、相手が敵だと決めつけて排除するようなやり方だ。しかし、ここはキヴォトスでトリニティで、銃弾と策謀が行き交う世界だ。今更だろう。
その一方で酷く汚く、大人が用いる中でも悪辣な手段に感じて気分が悪い。
だがやらなくてはならない。
「約束だからな。自分のため……いや、サクラコさんのための」
恩人を守ると自分に約束した。
どうにかすると恩人に約束した。
なら、徹底的にやるまでだ。
・蚕手野ソニ
ファミリーのアンダーボスの一人。
犬耳が生えた女子生徒で高等部二年。
前線で陣頭指揮を執るのが得意な指揮官タイプ。普段は部下と共に傭兵として活動している。
時々昂って暴走してしまう悪癖があり、中等部の時にまだファミリーを築いたばかりのコレオと戦争をして敗北。その時の部下共々アンダーボスとしてファミリーに取り込まれて以降、忠誠を誓っている。
名前の由来はコレオと同じく映画『ゴッドファーザー』の登場人物『ソニー・コルレオーネ』、劇中では父のヴィトーから『サンティノ』とも呼ばれる。
・暮目サナ
ファミリーのアンダーボスの一人。
黒豹の特徴を持つ女子生徒であり、コレオの右腕的存在。高等部二年。
中等部の時にファミリーの創設に関わっている古参幹部であり、鉄砲玉としての腕も高い。
ファミリーの武器流通と装備の整理を一手に引き受け、襲撃や抗争時には彼女が武器を用意する。そのせいか武器に詳しく、時折物騒な言動をする。
名前の由来は映画『ゴッドファーザー』にてコルレオーネ・ファミリーに忠誠を誓う古参幹部『クレメンザ』
・阿場多シェン
ファミリーのアンダーボスの一人。
梟の翼を腰から生やす女子生徒。高等部三年。
コレオのファミリー創設を手伝った最古参幹部であり、元相談役(コンシリエーレ)として組織を支えたコレオの盟友。
ファミリー内ではコレオの思考をある程度予測して行動できる希少な人材であると同時に、ファミリーで彼に意見できる数少ない人物。
名前の由来は上記の暮目サナと同じく映画『ゴッドファーザー』のコルレオーネ・ファミリーの初代相談役(コンシリエーレ)である『ジェンコ・アッバンダンド』