作者は大きな休みが取れると、たまに行きたくなります。レトロ自販機の名所やレストランに。
まいった、そう思いつつも自分の口元がニヤけているのを彼女、セフィは自覚していた。油断もせず、改めて覚悟を決めて更にこのレトロ自販機の迷路。否、果てが見えない迷いの森へと足を踏み入れたつもりだった。
しかし、そこで彼女を迎え撃ったのは、レトロ自販機好きの彼女をして話し程度にしか聞いたことのない自販機の実物と、王道とも言えるレトロ自販機たちだった。
――搾りたてのフルーツジュースが出てくるレトロ自販機。
「こ、これは話だけには聞いてしましたが……実在したのですか!?」
レトロ自販機の中には、今では考えられないようなものも存在している。その内の一つが、なんと採れたての果物をジュースにしてくれる自販機である。中に入っている果物は、オレンジにグレープフルーツ、リンゴ、バナナなどどれもがこの自然豊かな自治区で採れた新鮮な果物達であり、ちゃんと管理者によって鮮度の確認もされている。一種類あたり200クレジットと自販機の飲料品としてはやや高い部類だが、フルーツ一本果汁100%のジュースである。しかも搾りたて、できたての。このレトロ自販機はかなりレアなもので、数々のレトロ自販機を見てきた彼女でも同好の士から話し程度に聞いたことがあるだけで実物を見たのは初めてだ。
「買います。そうですね……では、オレンジにしましょう」
ワクワクしながらクレジットを入れ、オレンジのボタンを押せば自販機のガラス越しに見えるオレンジの入っているプラスチックケースが開いて、大きめのオレンジが運搬用のレーンへと移動。そのままコンベアで機械の中へと運ばれていく。その後に聞こえてくるのは、機械の中で果物を搾っている音だ。昔の機械らしい独特の駆動音と、絞られたオレンジから果汁が滴る音が聞こえてくる。数十秒の後、やや大きめのコップに入って出てきたのは紛うことなきオレンジジュースだった。
「新鮮で搾りたてのオレンジジュースが飲めるとは……驚きが本当に連発しますね」
ジュースの入った容器からは、しっかりとオレンジ独特の香りがしている。それをそのまま一気に飲み干す。その後に出てきたのは、満足したような『はふぅ……』という言葉と溜息だった。
「毎朝朝食に飲みたいですねこれは……そういえば、この自治区は毎日朝市をやっているのでしたね。よし、ならば早速明日行きましょう。流石自然豊かな自治区です、これは間違いありませんしこれほどのものはミレニアムやDUでは飲めませんよ」
新たな目的を決め、それもまた楽しみにしつつ次の自販機へと彼女は進む。
――瓶に入った飲料が大量に陳列されているレトロ自販機
「最高です!もうこんなの買う前からわかりきっているではありませんか!?この自販機に備え付けられた王冠外しなんて……もう本当に最高以外に言葉が出ませんね!ですが外した王冠は持ち帰りますよ、ふふ……私のコレクションにするのです」
選択したのは、レトロなデザインの半透明のビンの飲料。ビンの中央辺りに、大きく『POPSI-COLA』と時代を感じさせる文字で書かれた炭酸飲料だ。飲み物が続いて被ってしまったが何の問題もない。今の彼女はとても飢えており、しかも先程ハンバーガー系が続いたため喉も乾いていた。
出てきたそのビンをうっとりとしたように眺めた後、キンキンに冷えているそれを備え付けの栓抜きに近づけ、そのまま王冠を外す。プシャッ!という炭酸の抜ける音がまたたまらず、そのままゴクゴクと飲み干して満足気に頷く。
当然外した王冠の回収も忘れない。今ではそうお目にかかることの出来ない希少なデザインの王冠を宝物のように眺めた後、後で集めている王冠コレクションに並べようと決めてストレジアへと収納した。
――ポップコーンを作ってくれるレトロ自販機
「な、なんですかこれは!?ポップコーンの自販機といえば、モモフレンズのキャラクターとボイスがよく聞こえるあのデザインのものではないのですか!?こ、これは見たことのない……いえ、しかし。どこかペロロに似ているような……?む、味は塩、バター、キャラメルですか。王道のテイスト全てが揃っているとはなんとも……むむ、悩みますね……」
因みに。このレトロ自販機は超レアな存在であり、恐らくキヴォトス広しと言えど稼働しているのは数台のみだろう。更に言うなら、もしこれをモモフレンズが大好きなヒフミが見たならば、驚愕のあまりに感動に打ち震えながら発狂したような声を上げて冷静になるまで錯乱するだろう。
キヴォトスで根強い人気を誇るモモフレンズ。今でこそ高い人気があり、グッズも展開されているが最初の内は認知度も低く中々ヒットしない時期があった。独特なキャラクターの見た目と個性、それらからは考えつかないような奇抜なストーリーやそれでいて王道的展開も逃さないという斬新さ。それらがヒットするまでには幾許かの時間が必要だった。
そしてこれは、特にコアなファンでしか知られておらず。しかも確実なソースもない噂、伝説のたぐいの話だが、モモフレンズには前身となるデザインが存在したのだという。しかし、公式はそれを明確に明言しておらず。恐らく存在したのは、アビドスが最盛期だった頃よりもまだ前。かなり大昔だとも言われている。なので、そのモモフレンズの前身にあたるものを見たことがあるという情報はほぼ皆無であった。
セフィは気がついていないが、このポップコーン自販機に描かれているモノクロの複数のキャラクターはまさにその前身にあたる絵である。大昔、このレトロ自販機を製造する際にたまたまコラボレーションした数少ない自販機である。
「よし、ではキャラメルにしましょう。……それから、この自販機は写真を取っておきましょう。とても珍しいですし、きっとネツァクが喜んでくれるでしょう」
写真を撮影した後、キャラメルのボタンを押せばなんとも古めかしい、モモフレンズによく似たキャラクターたちが描かれたパネルがバックライトで照らされ、同時に機械が動作を開始する。ポップコーンが弾ける音が心地よく、出来上がりまでのカウントダウンが終わるのを今か今かと思うほどに待ち通しく感じた。
そうして出てきたのは、大きめのカップに入ったキャラメルソースのかかったポップコーン。出来立て故にあつく、キャラメルの香ばしい香りもしている。そのまま満足げにかの自余は食べながら、途中『喉が渇きました……先程のビン自販機で今度は『プスライト』を買いましょう!』と言って、大満期していた。
なおネツァクもモモフレンズの大ファンである。特に好きなのはウェーブキャットで、その大型超ロングクッションを抱き枕にしてだらだらするのが大好きなのだ。セフィは写真を『こんなの見つけたんですが』と一言添えて送ったのだが、既読がつかず。この時ネツァクは締切に納期、更には別の案件と大忙しで殆どスマホを見れていなかった。後日、週一で必ず戻っているミレニアムに帰った際には『セフィねぇ、これはどうこうこと!?』と詰め寄られることになる。
――麺類のレトロ自販機コーナー
「うどんもそばも、ラーメンも全部自治区で製麺したもの!?しかもトッピングまで!?な、なんということですか……。私はとんでもないエリアに来てしまったようです……! ――ではまず、そばから行きましょう」
最後に訪れたのは、一階の最奥にある麺類のコーナーだ。二階のレトロ自販機はどうやら、アイスクリームやお菓子、ゲームなどのコーナのようで、そちらは一通り回ってからにしようと決めた。だが、このコーナーに来て驚いたのはどのコーナーにも張ってある、ラミネートされた張り紙だった。
うどん、そば、ラーメン。更にはカレーライスの自販機までこの一角にはあるのだが、なんとうどんとそばは、昔使われていた製品がもう手に入らないことから使い捨ての容器だけ特注で作ってもらい、そこに自治区で作ったものを入れて販売しているのだという。カレーとラーメンについては、今でも見かけるカップラーメンの自販機もあれば、その横にはレトロな。こちらも昔生産していたものがもう手に入らないため、自治区で生産したものを特注の使い捨て容器に入れて販売しているようだ。
購入したのは、天ぷらそば。数十秒の温めの後出てきたそばからはしっかりとした出汁の香りがしており未だに空腹な。食べ足りない食欲を刺激する。出汁はほんのりと甘く、それでいてかつおだしがよく効いたシンプルながらも安心感を感じるもので。その上に乗っているのは、ふにゃりとしてしまっているが、大きめのかき揚げ天ぷら。にんじん、たまねぎ、ごぼう、さつまいも、れんこんといった実に種類の多い大きめのかき揚げはそれだけでもおいしく。出汁につけて食べれば更においしさを増し、出汁にも新たな味を与えてくれる。
「出汁もおいしいですが、この大きめのかき揚げが最高ですね。さて次は――ラーメンに行きましょう」
続けてラーメンのレトロ自販機の前に立ち、メニューを見ればボタンたふたつだけ。ラーメンとチャーシューメンだけであり、それぞれが200クレジットと350クレジット。補充数は少ないとのことらしいし、採算が取れているのだろうかとも考えてしまうが。もしかすると、そんなこと関係ないのかもしれない。そう思い、折角なのでということでチャーシューメンを選択する。また数十秒の後、温めが完了して容器を取り出せば思わず感嘆の声をあげる光景がそこにはあった。
トッピングは大きめらに切られた、しかも決して薄くはないチャーシューが5枚、メンマ、ネギとシンプルだがこのチャーシューには圧巻される。一枚箸で取って食べてみれば、口の中に広がるのは甘辛いチャーシューの味としっかりとした豚肉の旨味。今度はラーメンにチャーシューを沈めてスープを口に入れると、あっさりとした醤油ベースにチャーシューの濃いめの味が溶け込み、なんともいえない素晴らしい味わいが口の中に広がる。
その後もカレーライスにフライドポテトなどといったレトロ自販機を満喫し、二階のゲームコーナーやアイスクリームなども堪能して、幸せの絶頂とも言える状態で満足気に笑みを浮かべる彼女だった。
◆ ◆ ◆
「はぁ~……いやはや、本当に最高でした。お腹いっぱいです」
これでもかというほどにレトロ自販機を堪能した彼女は休憩のために一階の飲食スペースのテーブル、そこにある椅子に座っていた。既に時間は深夜が近い。相変わらず店内には一人として自分以外の来客は訪れず、もしかすると基本的に夕方くらいまでしか人の出入りがないのだろうかとも思う。
ふと。視線を向ければそこにあるのは光を放ち稼働し続けているレトロ自販機達が見えた。自分がつい先程まで堪能し、楽しんでいた場所だ。
「……すごいですね、あなた達は。きっとこうやって、今日の私が感じたように沢山の人へ笑顔や幸せ、驚きや感動を与えてきたのでしょう」
視線の中に広がる、ただ光を放ち稼働を続けるレトロ自販機達。返答はないと理解していても、彼女はそんな言葉を言わずにはいられなかった。
もう一度、今度はじっくりと時間をかけて見てきたメッセージブックからわかったのはこの場所は本当に多くの人に愛されているということだ。メッセージブックの中には写真もあり、その中にはよく問題を起こしているヘルメット団やスケバンなどのような生徒の姿もあった。しかし、写真の中のどの生徒もとても楽しそうで、幸せそうで。心からこの場所を満喫しているように見えた。
今となっては自分は『生徒』として存在しているが、元々は自動販売機の中に組み込まれたAI。それも、ただお釣りを計算するだけの存在に過ぎなかった。そんな自分が紆余曲折あり、一度は絶対的な力を手に唯一無二の神になろうとして。そうして、大切なことと自分の本心に気がついて、今は生徒となった。
ここにある機械の殆どは、最新型には程遠い。ミレニアムにある機械に慣れてしまった者であれば不便に感じることもあるかもしれない。だが、ここにはミレニアムにはないものが存在している。
レトロ自販機という古い機械と、それを大切にするこの施設の主人、そして提供される食品の多くはもう供給されていないがゆえの代理品だったとしても、自治区で心を込めて作られたものだ。人と機械、それが手を取り合って成り立っているのがこの場所と言っても過言ではないのだ。それは、どれだけ素晴らしいことか。どれだけ自分にとっては感慨深く、眩しいものだろうか。
今では間違いだったと思っているし、愚かだとも思っている。だが、かつて自分は一人で『証明』と称してやらなければならないと思っており、絶対的な力と全てを統べる神こそが必要だと思っていた。だからこそ、一人でそれら全てをやろうとした。それが、大きな間違いで下手をすれば最悪な、今では考えることすら恐ろしいことになっていたのかもしれないのに。
自分一人で全てを成そうとした自分と、人と機械で手を取り合い誰かを幸せにするこの場所の自販機達。それを考えた後、彼女はただ敬意を込めて目に見えている自販機達に一礼を贈った。
「今までここを訪れた人々をそうしたように、私のことも幸せに。笑顔にしてくれてありがとう。本当に今日、此処に来ることが出来て良かったです」
そして、と告げ。同時に席を立つ。
いつかまた訪れたい、今度は家族や友人とともに。
その時は、みんな笑顔でここを楽しみたいと思って。
「どうか、古くとも人と共にあり続けるあなた達に祝福があらんことを」
この古くとも素晴らしい機械達と、そしてこの自治区に祝福を。
そう強く願いながら、とても満足そうな笑みを口元に浮かべると彼女は出口へと歩いていく。
数日間はこの自治区に滞在する予定なのだ。世界を旅するようになってからはよくあることなのだが、偶然出会って、あのお人好しの先生らしく巻き込まれた騒動に協力するために。ならば明日は朝市を覗いた後、この素晴らしい自治区を堪能するのもいいだろう。そう、未来に思いを馳せるのだった。
自分もまた、今は生徒。
そうして、生徒としての果てなき旅路は始まったばかりなのだから。
強欲ハム太郎なのだ…沢山の人に読んでもらえてとても嬉しいのだ……!感想や評価をもらえると作者が喜びのあまり大地をビタンビタンと跳ね回るのだ…へけっ…!