「んー?アリスにケイ。おかえ――マ、マルクト先輩!?」
「こ、こんにちはマルクト先輩」
部室に入って此方に気が付き、驚いて声を上げたのはモモイだった。そしてユズも、おずおずといったように挨拶をしていた。咄嗟のことで驚きが勝ってしまったミドリもすぐさま『こ、こんにちは先輩』と言葉を投げる。
「お邪魔させてもらいます、ユズ、モモイ、ミドリ。ダアトがよく来ていると聞いたのですが、迷惑はかけていませんか?」
「め、迷惑だなんてそんな……その、私もダアトちゃんとゲームするの、すごく楽しくて……えへへ」
「幾つもの運動部掛け持ちして忙しいのに、よく部室に来てくれて。最初は驚いたけど今ではもう仲良し!」
「遅くまでゲームやってると、たまにティファレトもダアトを引き取りに来て、ゲームに巻き込まれて一緒にやってるなんてこともよくあります」
ティファレトもゲームを嗜んでいたのは少しマルクトとしては予想外だった。マルクトからすれば、彼女は気品の溢れる令嬢のような性格だ。かつての『美しき贖罪者』という異名の如く、優雅で気品のある優等生な令嬢。まさにそれが、生徒としてのティファレトだった。改めて、元預言者達もそれぞれ自分の知らないような趣味であったり、楽しさを日常の中に見つけているのだなと感じ、嬉しくなった。
「それで、どうして先輩はゲーム開発部に?ま、まさか……先輩もセミナーに入ったしユウカに頼まれてきたとか!?私達トラブルも問題も起こしてない……はず」
「言い淀むのですねそこは……。安心して下さい、モモイ。私はユウカに言われて来たわけではありません。セミナーとしての仕事が関わっているのは間違いありませんが」
「んん?それってどういうこと?」
そうしてマルクトは、先程アリスとケイの二人にしたような説明を3人にもした。そして、広報としての仕事のために何かないかと考えていると二人と出会い、ここに来たのだと。
「つまり、広報としての最初の活動でゲームをプレイしている所を配信してみよう、ってこと?すごくいいと思う!」
「うん、それに先輩ってすごく人気があるから、きっと視聴者数もすごいと思うよ」
「う、うん……ゲームなら取っつきやすいし、楽しめそう」
モモイ達の反応はよく、ゲームという娯楽を活動の手段として選んでくれたことに対して喜んでいた。
「そこでアリスは考えました!ゲームを初めてやるマルクトでも気軽にできて、レトロで面白いゲームをプレイしてみてはどうかと!」
「レトロで気軽に……ああ、あれか!確かに、あれならいいかも。王道的な内容でもあるし。あれのカセットって、何処に片付けたっけ……?」
「……ミドリ?一昨日片付けたばかりなのにどうしてこんなに散らかっているんですか?」
部室の惨状。それを見てジト目でミドリとモモイ、そしてユズを見れば三人揃って目を逸らした。アリスとケイは用事があって、ここ2日ほどゲーム開発部には顔を出していなかったのだが二日前はケイが厳しく監修のもと綺麗にしたはずだ。それが、今見れば見るも無惨な状態になっている。
床にはお菓子の袋やエナジードリンクの缶が散乱しており、ゲームのコントローラーやパッケージなども無造作にゲーム機の周りに散らかっている。更には、ゲーム制作用の。恐らくはユズのものと思われるノートパソコンの周囲には何かをなぐり書きしたような紙媒体の資料が散らばってもいた。
「マルクト、率直に言ってくれて構いませんよ。この部屋をどう思いますか?」
「……すごく散らかっていますね、ええ。アイン達も部屋を散らかしたりはしますが、ここまではなんというか、その」
「だそうです。たった2日でどうしてゴミ屋敷が出来上がったのかは後で聞かせてもらうとして……例のものは何処ですか?」
「先輩の言い切らない優しさが刺さる!ひいーっ……許してケイ……お説教だけはぁ……」
「許しません!アリスが頑張ってお掃除したのにこの有り様なんですよ!?」
「散らかしたの私達だけど本当にアリスには甘いなぁ!? ……ええっと、何処に。あっ、はいマルクト先輩、これ!」
モモイは涙目になりながらゲームのパッケージと衣服類がごちゃごちゃになった山のようなものの中から、目的のものを探し出してきた。それは、ラベルも何も貼られていない古いゲーム機で使用されるようなカセットタイプのゲームだった。
「これは……?」
「これはね、初めてゲームをやるマルクト先輩でも楽しめるゲームだよ!絵柄とかはレトロというか、ちょっと古い感じだけど……でも結構評価もされた作品なんだ!……折角だから色々と驚いて欲しい気持ちやサプライズの気持ちもあるから多くは言えないけど、すっごく面白いゲームだから!」
「なるほど、プレイしてのお楽しみという奴ですね。確かに、我の妹達も『ゲームは楽しんでやるもの』と言っていました。それでは、こちらはお借りさせていただきます。中身も今度の配信の時まで見ないようにしましょう」
モモイが渡したのは、アリスがゲーム開発部に来た直後に行われたミレニアムプライスにて特別賞を受賞した、ゲーム開発部が作ったゲームが入っているであろうカセットだ。レトロな作風で、操作も難しいことはなく、王道的な内容となっている作品であり、しかしプレイヤーを驚かせるような展開も組み込まれていて飽きが来ないようにもなっている。名作とは評価されていないが、それでも王道的でありながら革新的な展開を組み込ませ、それでいて物語を崩壊させていないというのは今でもゲーマー界隈では高く評価されていた。
「しかし、ゲーム開発部の部室にはゲーム以外にも色々なものが置いてあるのですね」
「あー……あのテーブルの上のコントローラーラックとデフォルメされた顔のシールが貼られてる3つの有線コントローラーはアイン達の私物だね……。横のワイヤレス式の高級コントローラーとカスタムされた競技仕様のアーケードコントローラーははダアトの私物」
「なんというか、すみません……入り浸っているみたいで……」
「全然!アイン達と遊ぶのは凄く楽しいし、それにたまに部活動も手伝ってくれてるから助かってるよ!」
「故障してしまったゲーム機を直してくれたりとか、開発してるゲームのコードに問題がないか見てくれたり、開発スケジュールにアドバイスをくれたり……本当に助かってます」
アイン達三人は、マルクトや元預言者達のように戦闘能力は高くはない。どちらかといえば、支援方面の能力に特化している。本人達それぞれも、ハードとソフト、総括管理と得意分野が別れておりその分野についてはキヴォトスにおいてもトップレベルの才能を持っている。マルクト自身も、鋼鉄大陸の時に何度も妹達に助けられ、支えられていた。
そんな妹達は現在、生徒となって三人揃ってエンジニア部に所属している。三人揃えばものづくりという分野においては天才的な才能を発揮するだけではなく、革新的なこともやってしまう。三人揃ってエンジニア部に入部届を持ってきた時は、それはもうウタハ達は驚いた。確かに『ウチに欲しいな、逸材だ』という話はしていたが直接的は勧誘はしていなかったし、彼女達は多数の部活動から勧誘を受けていた。だからまさかエンジニア部に来るとは想定していなかったのだ。
そうして。今はエンジニア部の部員として、時には実用的なものを、時にはロマン溢れるものを作っている。時折意見が割れて、姉妹喧嘩になるのも最早風物詩で、それをウタハ達が宥めるまでがお決まりであった。
「おや……あれはぬいぐるみ、ですか?それにこのデザインは――なるほど、ゲーム開発部のメンバーそれぞれをモチーフにしているのですね。とてもかわいらしいです」
ふと。マルクトが部室内の他の所にも目を向けると、壁に設置されている棚の上には、小さなサイズのぬいぐるみが5つ並べておいてあった。よく見るとそれは、ゲーム開発部それぞれの見た目をしていた。そして、最近はそこにゲーム開発部ではないが、ひとつの人形が追加された。ケイをモチーフにしたぬいぐるみである。
「この並んでる光景がアリスは大好きです!マルクトはぬいぐるみは好きですか?」
「はい。我もお気に入りのクッションやぬいぐるみを自室に置いているんですよ」
「どんなぬいぐるみが好きですか?気になります!」
アリスとしては何気ない質問だったのだろう。クールで才色兼備の優等生、しかもセミナーのメンバーである彼女はミレニアムでの一種のカリスマ的存在である。そんな彼女がぬいぐるみなどを持っているということか少し意外でゲーム開発部の面々も驚いた。
一体どんなかわいいものが好きなのだろうか。そう思っていると。
「そうですね。我はアバンギャルド君のぬいぐるみがとても好きで。そこの棚においてあるサイズくらいのものを部屋に飾っています」
笑顔で返されたそんな言葉に対して、全員が固まった。今、この超天才清楚系病弱美少女ハッカーと自称するミレニアムの天才少女さえその自称する立場に危機感を覚えるほどの才媛はなんと言ったのだろうか。『アバンギャルド君』と言わなかっただろうか。
アバンギャルド君。それは、ミレニアムの現生徒会長であるリオの手により最初は戦闘用ロボットとして作られた存在だ。そこから様々な改良やアップデートが加えられ様々なバリエーション、用途のものが作られた。戦闘から日常生活まで。挙句の果てには少し前には数度巨大ロボットとなり、キヴォトスの危機を救っている。
これだけで見れば極めて優秀なロボットだと誰もが思うだろう。戦闘用にアセンブルされたアバンギャルド君は極めて高い戦闘能力と拡張性を持ち、あのシャーレの先生ですら『味方だと心強いけど敵にしたくない』と言った程で。小型から中型の日常生活や作業に主眼を置いたアバンギャルド君は、食事作りから変形しての移動手段、工事作業など多くのことをそつなくこなすまさに万能のロボットでありミレニアムが生み出した最高傑作のひとつと言って過言ではない存在なのだ。
ただ、最大の問題点がある。
ある意味では、それが致命的でもあるのだろう。
とにかくこのアバンギャルド君、デザインがその性能に対してダサいのだ。
特に全てを台無しにしている、とまで言われるのがその頭部のデザインだ。一部生徒の言葉を抜粋すれば、『形容しがたいほどにダサい』『主に顔が気持ち悪い』『頭部が全ての性能を台無しにしている』『そもそも名前が酷い』などである。
「え、えーっと……マルクト?アバンギャルド君というのはリオ先輩が作ったあの……?」
「おや、アリスも知っていたのですか。……アバンギャルド君は素晴らしいです。今だから言いますが、鋼鉄大陸の時にダアトとネオアバンギャルド君が戦ったことがありましたね?」
「激戦でした、あれは……。まさかユズが『UZQueen』モードに入ってあそこまで苦戦するとは……。でもネル先輩は難しいゲーム用語を連発していました、あの時割とピンチだった筈なのですが」
ユズの駆るネオアバンギャルド君は、当時ダアトと激戦を繰り広げた。時間にして20分近いものであり、その時間が途方もなく長く思えるほどに激戦だった。途中からネルなどは白熱してしまって、今が急を要する事態であることも忘れて
『ハナオカがァ!捕まえてぇぇ!』
『ハナオカがァ!大陸端ぃっ!ビーム読んでえぇっ!まだ入るぅ!ハナオカがぁっ!…つっ近づいてぇっ!決めたぁぁーっ!』
などと、手に汗握り興奮気味にしていた。
「あの時、実は我もモニターで戦いを見ていたのですが……ダアトには本当に申し訳ありませんが、あまりにも洗練されたデザインのネオアバンギャルド君に目を輝かせてしまいました。此方に来てからリオから聞いた話ですが、あれはリオが作ったものと聞いて流石だと思いました。極限まで洗練されたフォルム、まさに合理性を突き詰めたと言っていいでしょう。何よりもあの頭部です。あの頭部が無骨なフレームや飾り気のないフォルム全てを引き立てるような、心を惹きつけるようで、それでいてとてもかわいらしいデザインで。先日も会議の後リオとアバンギャルド君について語り合ってとても楽しく――」
アバンギャルド君について語るマルクトはそれはもう活き活きとしていた。口元には楽しそうに笑みを浮かべ、普段の冷静で穏やかな彼女からは考えられないほどに興奮気味でその素晴らしさを語っていく。流石にノンストップになりそうなので、慌ててケイが止めに入った。
「実はリオに頼んで、ネオアバンギャルド君の特大ぬいぐるみを作ってもらうことになりまして――」
「ま、マルクト。貴女のアバンギャルド君好きはよくわかったので……アリス達がちょっと困惑していますのでそれくらいで……」
「……我としたことが、つい熱くなってしまいました。申し訳ありません。ですが、ふふ。好きなものや趣味を見つけるというのはとてもいいことですね。こんなに楽しいものだとは思いませんでした」
「貴女が楽しめることを見つけてくれて嬉しいですが、ちょっと予想外だったというか……」
「でも、マルクトの料理の趣味は趣味以上です!プロです!この前アイン達に持たせてくれたお菓子、すごくおいしくて無限に食べてしまいそうでした!」
「なら、また妹達にお菓子を持たせましょう。何かリクエストがあれば聞きますよ。……できればなんでも、というのは勘弁して下さい。悩んでしまうので」
その後、ゲーム開発部の面々とお菓子のリクエストや、その話題について盛り上がった。とにかくとして、マルクトはゲームを借りることに成功し、それを広報としての最初の活動で使用することとなった。
その初回の活動、ゲーム配信があるトラブルとゲーム開発部のやらかしが原因で伝説となることをこの時誰も知らなかった。
■ティファレト(生徒の姿)
気品のある優雅なお嬢様で、常に余裕を見せる立ち振舞をしている。所属部活動は『物資管理監査部』。ワイルドハントに似たように物資を扱う部活動に所属する、タイプライター好きな友人が居る。部活動にはなっているが、セミナー直下の部署のようなもので、主にミレニアムで作られたあらゆる物資がキヴォトスで言う規格に適合しているのかという検査や、製品として外に出して問題ないのかということの検査、新しく作られて認可申請があったものについての監査と承認、及びその報告をセミナーに上げることをしている。
スイーツが好きで、よくトリニティに買い物のために出没する。制服がユウカと同じ黒いミレニアムの制服に白いジャケットのため判別がついているが、私服の場合トリニティの生徒と間違われる。神出鬼没の謎のお嬢様としてトリニティでは噂になっている。
ゲームに興味はなかったが、帰りの遅いダアトを連行するためにゲーム開発部を訪れた時になし崩しにゲームに触れることになる。それ以降、格闘ゲームを嗜むようになったが時折俗に言うゲーミングお嬢様化して『私達が叩いていいのはボタンと投げキャラとクソキャラだけですわ』など、迷言をよく発する。熱くなると『DESTROY EVERYTHING……』『FATALITY……』などと呟きながらハイライトの消えた眼でゲームをプレイすることがある。別名本気モード。
インフィニット・ストラトスのセシリアみたいな見た目をしている。料理をしてもバイオテロにならない、比較的上手い部類。目標はマルクトの腕に追いつくことらしい。
■アバンギャルド君
ある意味MVP。元鋼鉄大陸騒動での敵勢力トップの一人と味方勢力トップの好みという点で架け橋になった。マルクト曰く、極限まで洗練されていて、それでいて必要な性能を突き詰めた至高のロボットとのこと。チャーミングな頭部が飾り気のないボディを引き立てており、特に素晴らしい点と評価した。マルクト、感性が完全にリオ寄りである。
アバンギャルド君についてリオに熱弁した所大変リオは感動した。『やっと私の趣向を理解してくれる存在が現れたのね……!ありがとう、マルクト……!』と言っていた。二人揃って熱く語り合っている所をセミナー全員とトキが目撃しており、『理解できぬ』といったような顔をしていた。当然妹達や元預言者達もそれを知って同じような顔をしたが、最終的に『(それぞれの姉呼び)が笑顔だからヨシ!』となった。ダアトだけは暫くゲーム開発部の部室でいじけていた。ユズが慰めたり一緒にゲームしたりしていたら復活した。
マルクトの私室にはアバンギャルド君のぬいぐるみやフィギュア、原初のアヴァンギャルド君の内一体が置かれている。
■あとがき
次回。マルクト、
伝説の配信が生まれ、ゲーム開発部の大罪がまた増える。