翌日。マルクトにのよる広報としての活動初回配信の開始より15分ほど前。ゲーム開発部の面々、そしてケイは部室に集合していた。前日までゴミ屋敷同然だった部室は綺麗に片付けられ、掃除もされている。マルクトが帰った後、鬼の形相になったケイがそれはもう恐ろしい勢いでモモイ達を説教、その後に片付けを強行した。結局、その日で片付いたのは散らかっていたものだけとなり、山のようになっていたゲーム開発用の資料や機材は後日ということになった。
そうして、少し早めに全員が集まったのでマルクトの配信が始まる前に、少しでも片付けようと考えてケイがその山を崩していた時だ。
「あれ……このカセット……。モモイ、TSC2のカセット、機材の山の中にありましたけど……?」
「え?いやいやそんなはずないよ、ケイ。だって昨日マルクト先輩にカセットを渡したはず……」
モモイが慌ててカセットをレトロゲーム機にセットして起動を確認すれば、確かにタイトルロゴでTSC2のロゴが表示されていた。
次の瞬間、とてつもない速度でモモイの頭が回転し始めた。TSC2のカセットはここにある。部室においてあるのは、カセットはラベルも張ってないものだけだったと記憶している。ゲームの組み込みに使用したカセットは、使用するレトロゲーム機が生産中止になる前、最後に使用されていたという最終版のカセットだ。
逆に初期の頃のカセットタイプもゲーム開発部では保有していた。最終版のカセットと初期型のカセットは一見よく似ており、裏面のロット番号を確認しなければ確認できない。そうして、その初期タイプに組み込んでいたゲームはといえば――
「……モモイ。まさか、あなた」
「やっちゃった、かも。多分マルクト先輩に渡したの初期型カセットで……中に入ってるのは……TSC」
TSC。それは、ゲーム開発部においては様々な意味を持っている。モモイとミドリが入部するキッカケとなり、目覚めたばかりのアリスの情緒・人格形成や、彼女にとってのモモイ、ミドリ、ユズ、そしてケイとの繋がりを示すかけがえのない宝物と言ってもいい。
しかし、それはそれである。ゲームとしての評価は言ってしまえば『クソゲー』であり、アリスも『TSCはクソゲーです!』と言い切るほど。ケイに至っては、生徒としての身体を得る前に勧められたが全力拒否する有り様。とにかく、ゲームとして評価しだすときりがない程に酷評が飛び出てくる。致命的なバグや進行不能バグなどは出ていないが、仮に評価できるとすればその点だけというくらいなのだ。一切バグが出ていない、というのはとてつもなく凄いことではあるのだが、ゲームのほうがあまりにもすぎて、実は殆ど気づかれていない。
TSCについては今はゲーム開発部の面々は『どうして駄目だったのか』『どうすべきだったのか』『どう改善していくか』と、ちゃんと分析を行い、そうして当時シャーレの先生に協力してもらいながら生まれたのが、評価を得ている『TSC2』なのだ。
「ま、まずいです!アリス達はゲームを初めてやるマルクトにとんでもないものを渡してしまいました!」
「明らかに初めてゲームをやる相手にやらせていいものではありませんよ……!」
最初に動揺を見せたのはアリスとケイだ。TSCは二人にも大きく関わりのあるもので、それは良くも悪くもである。そして、TSCがどれだけ過酷なゲームであるかも理解している。
昨日のマルクトの期待と楽しさに満ちた笑顔を思い出すと胸が張り裂けるような思いだった。セミナーの広報としての最初の活動にゲームという方法を選んでくれて、自分達を信頼してゲームの選択を任せてくれたというのに自分達はなんてことをしてしまったのだと。
「マルクトの連絡先は……駄目です、昨日聞き忘れてます!アリス、そちらは!?」
「アリスも連絡先とモモトークを聞き忘れてしまっています……。そ、そうだ。ダアトやティファレトは!?」
「あの二人、この時間帯はそれぞれが部活動だから反応できないと思う……。配信は後で追うって昨日の夜言ってたね……うわーん!ど、どうしよう!」
「ア、アインちゃん達は……?マルクト先輩の配信なら最優先でリアルタイムに絶対視そうだけど……」
昨日の夜来ていなかった三人のことをユズは思い出す。そうして慌ててアリスは3人のうち履歴の一番上にあったソフの連絡先をコールする。
『あれ、アリス?どうしたの?お姉様の配信もうすぐだから、手短にしてくれると助かるかなー』
電話先のソフの後方からは『どうしました?』『アリスからですか?』と他の二人の声もする。どうやら、自宅に居るようだ。
「そのマルクトのことなんです!き、緊急事態なんです!」
『お姉様が緊急事態!?ど、どういうこと!?』
「じ、実は……」
そうして事の次第を説明していく。昨日、ゲーム開発部に来て広報としての最初の活動でゲームをやってみようか、という話をしていたというところまではソフ達も和やかな雰囲気だったのだが、アリスから『モモイがTSC2と間違えて、TSCを……』と言った瞬間空気が一変した。電話先から感じるのは、明らかな動揺と絶望しているような空気だ。
『……うん、落ち着こうか。クールになれ、私。 ――って落ち着いてられるかぁ!どうするのそれ!?』
後ろからも阿鼻叫喚の声が聞こえてくる。TSCについてアイン、ソフ、オウルも知っていた。というよりは、生徒になってからその存在をゲームも好きなシャーレの先生から聞き『オススメはしないかな……』と言われ。逆に怖いもの見たさで手を出したことがある。結果、それぞれがハード、ソフト、プロジェクト管理に特化している3人は各方面からTSCを技術者としての職業病とでも言うのか。無意識に分析、暫くSAN値チェツクに失敗して発狂するという事態となった。当然クリアまでは行けなかった。これ以上続けると脳が破壊されると判断して撤退した。
「だ、だからマルクトに配信を中止するように言ってTSCを回収できないかなと……。アリス達は居場所を知りませんが、ソフ達ならと思って……」
『知ってる、けど……もう手遅れな気がする……』
「ど、どういうことですか?」
『お姉様はセミナーが仕事をする棟に新しく増設された来賓室で配信するって話してたんだけど。セミナーの管理施設だからセキュリティも厳重で簡単には入れない。そもそも配信時間までに到着できない。後、お姉様途中で電話とか入って中断とかにならないようにスマホも電源切るって言ってた。……いやまずいよ、絶対放送事故になるよ』
どうやっても手遅れだった。そうして、マルクトの配信予定時間が訪れる。妹達は、願わくば姉の天才的な頭脳で何事もなくクリアしてくれないだろうか、と思ったが。伝説となる配信は目前に迫っていた。
◆ ◆ ◆
『お、はじまった』
『配信待機画面のデフォルメキャラのセミナーメンバーかわいい』
『わくおつ』
『姉さまの配信と聞いてきた……さらばだ……』
『かえらないで』
配信開始予定時刻。ミレニアムサイエンススクールの公式チャンネルではライブ配信が開始されており、まだ準備中なのか配信が始まってもデフォルメされたセミナーのメンバーが並んで描かれており、その上に『もう暫くお待ち下さい』と書かれている絵が映されている。
初公開の絵にして、視聴者から高い評価を得ているこれは元預言者であるネツァクが描いたものである。彼女は普段はのんびりとしており、まるで猫のような自由気ままな様子だが絵を書いたり、物語を描き始めるとその表情は一変。普段からは想像できないほど真剣なものになり、満足の行く結果や経過になるまでずっとその表情のまま創作を続けている。
「むむ……これで映っているのでしょうか?」
そうして。待機画面が消えたと思ったら、映し出されたのはカメラにドアップで映っている白い髪に模様の入った金色の瞳。ミレニアムサイエンススクールの制服に身を包んだ、美少女としか言いようのない人物だった。
『ミ゙ッ……(絶命)』
『たすかる』
『表の生徒会長本当美しい』
『ふつくしい……』
『スクショした……さらばだ……』
配信が始まった時点で、とてつもない勢いで視聴者数が増え始める。それはそうだろう、今までキヴォトスにおいて現状最も大きな3大高で、広報としての活動で配信を行った学区はない。ましてや、それが最近最も勢いがあると言われているミレニアムの、突如颯爽と現れセミナーにまで入ったカリスマ的存在である才媛の配信であれば尚の事だ。
「大丈夫そうですね。皆様こんにちは、ミレニアムサイエンススクール3年。セミナー所属、『広報』担当のマルクトと申します。今日は、広報としての最初の活動ということで我の自己紹介、そしてその後配信らしくあることをさせて頂きたいと思います」
そうして始まるマルクトの自己紹介。視聴者からも色々な質問が飛び交い、答えられそうな質問を拾ってはそつなく答えていく。画面越しでも視聴者に伝わる彼女のカリスマ性、器量の良さ。ひとつひとつの言葉が、動作が観ている人間の目を離させない。彼女に惹きつけられるという、今まではミレニアムという自治区の中で収まっていたそれが配信というものを通してキヴォトス全土に発信された瞬間でもあった。
雑談の中で話された、彼女には1人の姉と3人の妹、そして10人の妹であり家族のような存在がいる、という話題も大いに盛り上がった。中には妹を自称する視聴者も出てきたほどだ。なお、アイン達と元預言者達はマルクトの『はい、全員我の大切な家族です』という笑顔で言った言葉でリアルタイムで見れていた者達が感無量といった表情になっていた。
この時点でミレニアムに対する注目はうなぎ登りであり、ひとまず広報としての目的は達していると言ってもいい。
だが。本番はここからだった。
「さて、実は我は今日の配信をどうするのかということをとても悩んでいまして。そこで、ある友人達からアドバイスを貰い折角なのでゲーム配信をやってみることにしました」
映像の中には、ラベルも何も貼られていないレトロなカセットタイプのゲームソフトを手に持って見せているマルクト。それを見た視聴者達のコメントは様々だ。ゲーム配信と聞いて期待する者、取り出されたレトロなカセットに中身は何だと興味を示す者、様々だ。
「ゲーム機は我の家族の1人が持っていたものを借りてきました。そしてゲームは、ゲーム開発部の友人から借りてきたものをプレイしてみようと思います。……ネタバレを回避するためにここからはコメントを見えなくしますね。反応できなくなってしまいますが、申し訳ありません。 ――ふふ、ゲームは初めてやるので少し楽しみです」
ゲーム開発部、という言葉を聞いて有識者の視聴者に激震が奔った。『いやまさか』『流石にないだろう』と誰もが思いつつも、胸騒ぎを隠せずに居た。そうして、カセットがゲーム機にセットされ。起動され、タイトルが表示された。
「ふむ……このゲームは『テイルズ・サガ・クロニクル』と言うのですね。それではやっていきましょうか」
コメントでは阿鼻叫喚の嵐だった。そして中には、
『む、むごい……なんちゅうもんを……』
『あっ……(察し)ふーん……デデドン!(絶望)』
『特級呪物だぞ、心とかないんか?』
『無垢な初心者にやらせていいものじゃない』
『伝説の始まり』
『放送事故不可避』
などとコメントされていた。しかし、マルクトにはそれは見えていない。コメントは完全に遮断しており、何も知らない彼女は初めてやるゲームに心を踊らせながらゲーム開始のボタンを押そうとしていた。
後に伝説となる配信が始まってしまった。
■ネツァク(生徒の姿)
まるで猫のように自由気ままで、普段はのんびりとしている。マルクトのことを『ねぇ』と呼ぶ。所属部活動は『美術部』。美術センスと創作性が高く、絵を書いたり美術品を造ったり、物語を書いたりなど創作活動が得意。ただ、本当に気ままな性格でインスピレーションが湧いたりなど、やる気を起こした時にしか行わないのだが、そういった時に創り出す彼女の作品はとても評価が高いものになる。
実はとあるペンネームでイラストを書いたり、物語を書いたりなどして活動しているのだがネット上では人気のある謎の創作家でもある。ただ本人は依頼などを受ける形ではなく、自分の気の向くままにSNSに絵や作品を投稿しているだけである。マルクトの配信用の待機画面も、姉である彼女がどうしようかと悩んでいるのを聞いた瞬間すぐに『私がやる!』と言ってすぐに作成に取り掛かった。完成した絵はセミナー各位に大好評で、コユキはずっとはしゃいでいたほどだった。実はリオがスマホの待ち受けにしている。
ウマ娘のウマ耳がなくてヒト耳があるセイウンスカイみたいな見た目をしている。普段は『うへー』となっている通常時ホシノみたいなだらけたようになっている。
■???????(生徒の姿)
マルクトと三姉妹、そして元預言者達の姉。マルクトと瓜二つの見た目をしているが、彼女は白のセミロングの髪に黒いベレー帽。黒いミレニアムの制服に、同じく黒のミレニアムのジャケットという見た目。言葉遣いこそマルクトと同じで丁寧だが冷静で落ち着いた雰囲気の彼女に対して、自信と威厳に満ち溢れ、力強い眼をしている。一人称は『私』、他人に対しては名前呼びの他には『汝』と言う。
見聞を広げたいと考えており、キヴォトス各地を1人で旅しているが、どれだけ遠くに行ってもエンジニア部も驚くオーバーテクノロジーのツールで週に一度は必ずミレニアムには帰って来る。また、旅立つ時はどの方面に行くのかをちゃんと伝え、帰ってくる時もモモトークで『今から帰りますよ!』と連絡をしている。『家族』との交流を大切にしており、戻ってきた際は必ず一人一人に顔見せしていく。各地を旅しているのでシャーレの先生との遭遇頻度が多いほか、色々な出来事に巻き込まれる。本人はそれを楽しんでいる様子。
レトロ自販機が好き。旅先で見かけると必ず何か買うくらいには好きで、最近修理が困難になってきているレトロ自販機を維持し、多くの人に知ってもらおうという活動をしている協会に多額の寄付をしている。
シャーレの先生とにある意味を込めて今はもう動いていない古ぼけた自販機を贈った。それは現在、シャーレの部室の一角で。もう動くことはないが大切に保管されている。