始まってしまった。
始まってしまったのだ。
マルクトには見えていない配信のコメント欄は阿鼻叫喚だった。そうして、それに呼応するようにしてミレニアムサイエンススクール公式チャンネルの視聴者数はとてつもない速さで増えていく。
放送事故と言ってよかった。しかし、ある意味では興味をそそられるエンターテイメントとも言える。ゲーム開発部が間違って渡してしまった、『テイルズ・サガ・クロニクル』。そうしてそれがどんなものか何も知らない、ゲーム初心者であり初めてやるゲームにワクワクを隠せていないマルクト。
「コスモス世紀……?人類は劫火の炎に……?なるほど、そういう設定なのですね」
かつてこのゲームをプレイして、全てが始まったアリスとの相違点を挙げるとすれば能力の差だ。あの時のアリスは生まれたばかり同然で、思考も最低限、それもプログラムに準じたようなものしかできなかった。しかし、今プレイしているのはマルクトである。
鋼鉄大陸事変では先生、そしてアリス達と激戦を繰り広げた強敵だった存在。そうして今は、姉妹達の中でも最も高い知識を持ち、高いカリスマ性にミレニアムにおいて最高クラスの頭脳であるリオとヒマリにすら匹敵する知能の持ち主の才媛である。
ミレニアムにおいてトップクラスの知識と知能を持つということは、キヴォトスにおいてトップレベルのそれだと言っても過言ではないのだ。そんな彼女が、例え事故という形であったとしても世間で『クソゲー』と評され、アイン達が発狂し、数多くの強者達を倒してきた存在にそう簡単に屈するはずが――
――GAME OVER
「………………え???」
……早速、強烈なボディブローが直撃してクソゲーの洗礼を浴びていた。
配信画面に表示されるのは、普段冷静沈着でクールな振る舞いを崩すことのない、ミレニアムの才媛が目を見開いて驚き、唖然としている映像。これだけでもかなり珍しい映像であり、配信は阿鼻叫喚混じりの大盛りあがりだ。
「我は、何か間違えたのでしょうか?チュートリアルの指示通りに進めたのですが……」
それはそうである。誰が予想できるだろうか、チュートリアルで説明通りに進めていたら突然ゲームオーバーになるなど。確かに世の中には、チュートリアルの最後に明らかに初心者に倒させる気のない、洗礼を浴びせる気満々のボスを配置するゲームはあるがそれはそういったジャンルのゲームだからこそ許されているのだ。
少なくとも、説明の段階でいきなりゲームオーバーは『クソゲー』以外の何物でもない。
「……なるほど、そういうことですか。既に戦いは始まっている、ということですね?」
一度目を閉じて、深呼吸をする。そうして数秒の後、目を開いた彼女の纏う空気が変わっていた。それは、真剣勝負をするかの如くの目だ。まるで、かつて鋼鉄大陸の騒動でシャーレやアリス達と戦った時と同じような、絶対に負けられないというような意思を感じさせる目。
生徒になっての彼女がこんな雰囲気を見せることは珍しい。ましてや、大衆の目がある中でなら初めてと言っていい。彼女は生徒になってからは、いつも優しげで落ち着いた、といった雰囲気が周囲から見たものだったのだから。
「どうやら我は誤解をしていたようです。ゲームとはただの娯楽という認識でしたが、それを改めなければなりません。……ゲームとは、娯楽であると同時に戦いなのですね。だからアリス達は、我にそれを教えるためにこのゲームを貸してくれたのでしょう。そう、これは試練ということですね」
配信コメントは困惑や『いや絶対違うと思う』などで溢れていた。なお、リアルタイムでこの事故を見守っていたアイン達は配信を見ながらひたすらにマルクトのことを応援していた。そうして、SNSのトレンドにも上がる程の事態となったことから、突然それを知らされたリアルタイムで見れないので後でタイムシフトを追おうと思っていた元預言者達も、各々の友人などと配信を見守っていた。なお、ゲーム開発部に妹達全員から押しかけられることになるのだがそれは未来の話である。
「ならば、勝負です。負けませんよ、絶対にクリアしてみせます」
そこからのマルクトは凄かった。頭をフル回転させ、初見殺しのエネミーとエンカウントしても警戒を怠らず冷静に処理し。やっているゲームはレトロ風のRPGゲームであるのに、俗に言う『死んで覚える』ゲームをやっているかのように慎重に、それでいて的確にゲームを進めていく。途中、理不尽の押しつけや理不尽ギミックでゲームオーバーになることはあったが一度踏んだ轍は二度は踏まず。瞬時にゲームオーバーの原因と対策を考えて進めていた。
ある意味では物語という面で見た時、考え出すと間違いなく理解が追いつかなくて頭がパニックになりそうなストーリー部分についても、マルクトは冷静に考えて『深く考えてはいけない、そういう物語なのです』と自分に言い聞かせてその方面にリソースを割かないようにして、ゲームに集中していた。
そうしてゲーム開始から1時間半。既に物語は終盤に来ており、この速さは初見プレイにしては尋常ではない速さである。ましてや、ここまで精神が保っており、平静を崩していないのは驚くべきことである。それを観ている視聴者達も緊張に包まれていた。
だが。ここであるトラブルが発生する。
それは、アリスの場合開発者であるミドリとモモイが一緒だったから発生しなかったものだ。マルクトは現在、そのようなサポーターもなしで完全初見での進行である。ある意味、その罠とも言えるものに気がつけるはずもなく。
「……ここは、氷結城というのですか?むむ、セーブがこのエリアはできないのですね。大丈夫です、直前のエリアでセーブはしてありますので保険は万全です」
セーブ不可能エリア。そのエリアでも警戒を怠らず、初見殺しやギミックも慎重に対応していきながら進行。そうしてある場所で、宝箱を発見。当然彼女は罠を警戒しながら安全を確認し、その宝箱を開ける。
そこに入っていたアイテムは、『ギガトンメダル』というものだった。
「『極めて重い希少な金属でできたメダル とても高値で売れる』換金アイテムですか、しかしここを突破しないとアイテム屋には行けません……。後で売却することにしましょう。む、このアイテム捨てることが出来ないのですね……まあいいでしょう」
「ボスの『ふきとばす』攻撃ですか。……おや?『ギガトンメダル』を持っていたことにより、吹き飛ばされなかったと出ましたね。 ――なんだかここまでの経過を見ていると嫌な予感がしますね。警戒して進みましょう」
メダルを手に入れ、ボスを撃破し。そうして、最上階から次のエリアにかかっている橋を渡ればこのエリアは突破、というところまで来た時。
事件は起こった。
「このメダル、とても嫌な予感がするので次のエリアで早めに売却してしまって ――え?」
次のエリア目前で、落下する橋。無慈悲に告げられるゲームオーバーの表示。そうして、このエリアはセーブ不可のエリアだった。つまり、エリアの最初からやり直しである。
データをロードしたマルクトであったが、プルプルと震えており、俯きがちになっている。
そうして。
「ふーざーけーなーいーでーくーだーさーいー!」
肩を震わせ、完全に怒っていますというような声で。それでいて、普段の彼女からはまずお目にかかれない、涙目で、悔しそうな顔でそう叫んだ。
つまるところ、このメダルは詰みギミックである。しかも極めて悪質なものである。このエリアはセーブ不可で、メダルは手に入れた時点で破棄できなくなっている。メダルを手に入れてしまった時点で詰んでいるのだが、実際に詰むのはボスを撃破して橋を渡る瞬間である。この詰みによって、このエリア突破にかかった時間と苦労が一瞬で水の泡になる上、詰みを気づくことがほぼできない。まさに『クソギミック』なのである。
特にボス撃破後に詰むというのが悪質極まりない。苦労して最後までたどり着いたプレイヤーを嘲笑うかのごとく、無慈悲に谷底に突き落とす。まさに心を折りに来ているのだ。
「はぁ……はぁ……。すみません、つい冷静さを失ってしまいました……。 ――やりますね、ゲーム開発部の皆さん」
この時のマルクトが本気で怒って涙目になっているシーンは視聴者の胸を締め付けると同時に大歓喜もさせた。
コメントは
『たすかる』
『投げ銭させて』
『切り抜き保存した……さらばだ……』
『顔面偏差値とギャップの暴力』
『ありがとうゲーム開発部』
などなどであり、配信内で一番の盛り上がりを見せていた。
普段冷静沈着でなんでもそつなくこなす才媛の珍しい本気で怒っているシーンである。しかも、それが初めてやるゲームである。この通称マルクトお姉様の貴重なお怒りシーンは、切り抜きされ拡散され。そうしてそれが理由でこの配信のアーカイブはとてつもない再生数になった。
そうして、その後はマルクトは冷静さを保ち、油断せず確実に進み。なんと2時間半で『テイルズ・サガ・クロニクル』をトゥルーエンドクリアしてしまった。
エンディングが流れる中、彼女はやや疲れた様子で切っていたコメントを見えるようにして、息を吸った。
「激戦でしたがやっとクリアしました……。き、気がつけばもうこんな時間なのですね……。帰ったら妹達に夕食を作らないといけませんね……」
とはいうものの、彼女にしては珍しく身体的にも。そして精神的にも疲労している状態である。ひとまず目的であるゲームはクリアしたのだから、最後に一言でもコメントして配信を閉めなければならない。
「え?完走した感想、ですか? そうですね……とにかく、疲れました……。ゲームというものに対する認識を改めさせられたので、いい勉強になりました……。 ――さて。最後になりますが、これからセミナーの『広報』担当として、ミレニアムサイエンススクール公式SNSや公式チャンネルで様々なことを発信していきたいと考えています。是非、見ていただけると嬉しいです」
この後、なんとか自宅に戻ったマルクトを待っていたのは、自分を気遣う妹達だった。『今日は3人で作りますから!お姉様は休んでて下さい!』と言われ、無理矢理に休まされてしまった。更には、モモトークを見れば元預言者達。そして配信を見て出先で驚いたという姉からも気遣う連絡が来ていた。
ゲームとは、娯楽という愉しさがあると同時に真剣勝負であり、油断できないものなのだと。マルクトはそう思った。
また、後日。ゲーム開発部はユウカにこっ酷く絞られたという。
◆ ◆ ◆
次 回 予 告
――生徒となったアイン・ソフ・オウル。これは、日常となった3人の部活動の風景。
『世界を驚かせる新開発の物を作るには、まず私達が驚くようなアイディアが必要なんだよ!』
『その通りです!ですからソフ、開発計画はちゃんと厳守して下さい!』
『わかってない、わかってないよオウル!浪漫のなんたるかをわかってない!そのためなら多少の計画変更なんて些細なこと!』
『誰がいつもプロジェクト管理してると思ってるんですか!この浪漫馬鹿!』
『な、なにおぅ!?』
『ハードの見た目や性能は、印象に関わるから……コストと計画期間、ちょっと多めにもらってもいい、ですよね……?』
『『アインはコストかけすぎ!』』
『ひぃん……』
『やれやれ、賑やかになったね。ウチも』
『口元笑ってるよ、部長』
『次々と新しいプロジェクトが生まれて大変ですが、外部への説明と解説は私に任せて下さい!』
――セミナーに訪れるのは、自称リオのライバル。
『ミライは泳げないのですか?意外です、とても優秀なのに』
『実は子供の頃、プールで足を攣ってしまって溺れかけたことがありまして……それ以来本当に駄目なんですよ』
『ふむ……それは、ミライの言う『似非科学』とやらでなんとかできないのですか?』
『疑似です、疑似!後私もうその方面やってませんから! ……ふっふっふっ、調月リオを倒すなら、真正面から科学でぎゃふんと言わせるのがいいと気がついたんですよ!マルクトは苦手なもの……はなさそうですね。じゃあ好きなものってなんですか?』
『そうですね、コーヒーが好きですね。定期的に友人からおすすめの豆が送られてきます。……後、嫌いなものは強いて言うなら不味い缶コーヒーです。そういえば、一度夢の中で不思議な『調査員』を名乗る大人に缶コーヒーをおすすめされたことがありましたね。おすすめされたものはとてもおいしかったです』
『なんですかその超不思議体験は……』
『夢の中のその人はキヴォトスに居るとか言ってましたね』
『何者ですかその大人!?』
――突然舞い込むのは、ある人物からの頼み事。
『我が一日だけC&Cに……?リオの頼みです、引き受けましょう』
『メイド服……というのですかこれは?少し、恥ずかしいですね……』
『ま、待てなんだその大型複合ランスとビット兵器は!?』
『浮遊型の大型オートシールドにシールドビットまで!?』
『話が違う!美甘ネルは別の入口に居るんだろ!?こ、こんな奴がミレニアムに居るなんて聞いてない……!』
『ようこそ、ヘルメット団の皆様。 ――お掃除の時間です』
――日常に上手く馴染めないケイ、そんな彼女に提案をする者が一人
『我とお出かけをしましょう、ケイ』
『マルクト……ショッピングモールとは恐ろしいところなんですね……』
■三人娘
料理の腕はそこそこ。それぞれ得意分野が違い、アインは和食。ソフは中華。オウルは洋食が得意。いつもマルクトに作らせてばかりだと負担をかけるから、という理由で本を読んだり姉妹達の中では料理上手の部類であるティファレトに教わったりした。
■ゲーム開発部
翌日ユウカに絞られた後、連続でマルクトの妹達に押しかけられたりした。その後にマルクトに謝りに行ったが本人は特に気にすることなく許してくれた。ついでにTSC2をちゃんと渡した。マルクトはちゃんとそれをプレイしてくれ、評価は上々であったが『これはTSCのように緊張感のあるゲームではなく、面白さに重点を置いているのですね』と言われた。とても複雑な気持ちになった。
■セミナー
後日マルクトとリオのツーショットをトキに撮影してもらい公式SNSに上げたらとてつもなくバズった。ビナーが光の速さで画像を保存した。
■ミレニアムの自治区としての力
間違いなくこの時点ではキヴォトスにおいて最も強い力を持っている。安定した治安、理系的思想の生徒に全体的に高い質。特に精神的に安定しており、リーダーシップもある上に本作キヴォトスにおいては最高戦力の中でも最強レベルのネル、機能しているセミナーにセミナーに戻ってきて忙しく真面目にやっているリオ。そして生徒としても戦力としても高い能力を持つマルクトとその姉に、三人娘と元預言者達。放送事故で話題にもなったので一気に知名度や関心も高まった。