「さて、どうしましょうか……」
ある日。ミレニアムサイエンススクールのキャンパスを1人歩く少女が居た。本日の天候は晴れ、降水の予報もなく当面は天気の良い日が続くと朝のニュースで言っていたことを思い出す。だが、そんな明るい内容のものに対して、少女は困ったような。悩んだような表情だった。
「……こうして一人になると、やることに困るものですね。はぁ」
彼女の名は、『天童ケイ』。ミレニアムサイエンススクール一年生であり、ゲーム開発部であるモモイ達の友人にして、アリスの家族でもある。彼女の所属する部活動は特異現象捜査部。ミレニアムでは名高い才媛であるヒマリや、一年生ながら優秀な才能を持ち何事も効率を重視するエイミと同じ部活動なのだが、基本的に彼女がよく足を運んでいるのは家族であるアリスが所属しているゲーム開発部である。
特に最近は、謂わばゲーム開発のプロジェクトマネージャー兼総括管理兼雑務全般などなど……と。かなり多岐にわたることをゲーム開発部で手伝ったり、あまりに生活能力の低いゲーム開発部メンバーに対して保護者の如く小言を言ったりしている。もとを正せば、掃除したにも関わらずたった2日でゴミ屋敷が完成したり、開発計画を丁寧にケイが作ったにも関わらず工程を完全に無視して期限前にできていない、遊んでばかりいたせいで進捗がほぼないといったことになっているゲーム開発部の面々に責任があるのだが。
そんなミレニアムの生徒となってからは日々忙しく、また楽しくしているケイがこうして1人で困ったようにとぼとぼと歩いているのには理由がある。今日はゲーム開発部全員があるゲーム雑誌の取材とイベントのためミレニアムを離れており、不在にしているのである。ケイの所属は特異現象捜査部であり、今回の取材とイベントはゲーム開発部に依頼されたものだ。その結果として、今日一日ケイは実質の所、お休みになってしまった。
特に忙しいわけでもなく、自由な時間が確保されているつまるところ休日である。だが、大切にしておりよく行動を共にしているアリスは今日は不在。ゲーム開発部の面々も不在である。やることを考えてみても、ゲーム開発部の部室の掃除は昨日綺麗にやってある。特異現象捜査部の部長であるヒマリからの頼まれ事も、早々に片付けてしまっているため急ぎのタスクはない。
……つまるところ。やることが思いつかないのだ。
鋼鉄大陸での騒動を経て、生徒としての身体を手に入れたケイ。それにより、家族や友人と生徒として過ごせるようになったことは喜ばしいことだった。しかし、彼女は言ってしまえば生徒として生まれたばかりに等しい。キヴォトスでの生活には慣れてきても、こうして生徒としての休日の過ごし方や趣味、日常という生き方についてはまだよくわかっておらず悩んでいることも多いのが現状だ。
こんな日をどう過ごそうか。いっそのこと、一日家に籠もってモモイ達から勧められたゲームをやってみようか、結構な本数を積んでいたはずだ。そんなことを考えながら歩いていると、ふと。見慣れた姿が視界に入った。
「……マルクト?」
「おや、ケイですか。おはようございます、貴女も散歩ですか?」
「ああいえ、そういうわけではないのですが……」
「ふむ。我はこんな天気のいい朝はのんびりと散歩するのも気持ちがいいだろうと思って、つい足が外へと向いて歩いていたことろです」
時間はまだ朝早い時間。偶然会ったのはかつては互いに全力を賭さなければならないほどの相手であるマルクトだった。最近の彼女は話題性に欠かない。とはいっても、その原因の一端はある意味自分達にもあるのだが。
鋼鉄大陸での騒動を知らない生徒からは、突然生徒会長として表舞台にも戻ってきたリオと共に転入という形で現れた、15人もの転入生の1人であり、セミナーの『広報』に就任した人物として知られている。本人の穏やかな人柄に清楚で気品のある立ち振舞、本人のカリスマ性もあってミレニアムの生徒から莫大な人気を集めている。それ以外でもとある一件のせいで新たな一面が見つかったり、それが自治区外にも認知されて今やキヴォトスでもかなりの有名人と言ってもいい。
「生徒として、此方での生活や日常を楽しめているようでなによりです。……嫌味とかじゃないですよ?なんというか、羨ましいなと思って」
「……その様子だと、コンビニなどに行くために朝から歩いていた、という訳でもなさそうですね。 ――悩み事ですか?」
「えっ、な、なんで分かるのですか!?」
「これでも沢山の妹達の姉ですよ、我は。なにか悩んでいたり、困っていたりする時我の妹の中にも沈んだようにしていたり、憂鬱そうにしていたりしている子も居ます。部活でやっている設計や生産管理で行き詰まっているケセドなどは、見ればすぐにわかる程ですし。落ち込んでいると、溜息ばかりついていつもの元気もなくティファレトの差し入れのお菓子にも手を付けないんですよ」
「あのケセドが……?ち、ちょっと考えられないですね……。しかし、なるほど。――姉は強しというやつですね」
「こうして偶然あったのも何かの縁です。我でよければ相談にのりますよ?」
確かに、自分よりも遥かに生徒としての日常や此方での生活に順応しているマルクトに相談してみるのはいいかもしれないとケイは思った。こうして見ると、確かに彼女には人を惹きつけるものや包容力があるなと感じる。
「実は――」
そうしてケイはぽつり、ぽつりと話し始めた。生徒になってから中々キヴォトスでの日常に馴染んでいけないこと、1人の時間をどうやって過ごせばいいのかいまいちわからないということ。今日はアリス達は不在で、丁度そんな状況で悩んでいたとマルクトに話した。
すると、彼女は『なるほど』と言葉を返し、少し考え込んだ。そうして。
「ケイ、今日は時間があるのですよね?」
「え?それは、まあ。今話した通り今日は一人なので……。やることもやってしまいましたし……」
「なら、我と出かけませんか?丁度我も、今日は一人なのです」
突然、そんな提案を笑顔でされたケイは思わず驚愕の声を上げてしまった。
◆ ◆ ◆
何度もおかしなところはないかと気にして、ケイは姿見の前で自分の服装を確認した後、自宅を出た。このキヴォトスの生徒として暮らすようになって、まだ数少ない趣味とも好きなこととも言えるのが、身だしなみに気を使うこと。つまるところ、お洒落だった。
だからと言うべきか、現在アリスと暮らしている自宅の自室には大きめのクローゼットや収納スペースがあり、そこには普段着ている制服からお洒落に気を使った私服や余所行きの服まで、そこそこの数の衣類がきちんと整頓され綺麗に収納されている。
髪型はいつもと変わっていない、白の長髪に黒いリボンだが、リボンのほうは此方に来てからアリスから『いつでも場所を選ばず使えるように』とプレゼントされたシンプルなリボンである。曰く、自分へのプレゼントを考えて先生と一緒に選んだものらしい。
紺色のオフショルダーニットのトップスに白のロングスカート。ニーハイソックスと黒いブーツ。晴れているとは言え少し風があるため、トップスの上には薄黒のデニムジャケットを羽織っている。突然のことだったためあまり時間はかけられなかったが、軽く化粧と桜色のネイルもして準備完了。本人は自分のお洒落程度にしか思っていないが、その装いはカジュアルかつかわいらしいもので、歩けば道行く者は目を奪われるほどだろう。
行き先は最近ミレニアム中心部に出来たショッピングモールだ。様々な専門店がテナントとして入っておりミレニアムという自治区らしく、かなり専門的な店も存在している。そのため、ミレニアムの学生だけではなく企業関係者なども利用し平日といえどかなりの賑わいを見せる。週末や祝日はかなりの人の量があり、そのためトラブルもよく起こるためミレニアムの警備員が常駐していたりする。
今日は平日。そうして、中心方面に向かう人の量はそこまで多くはなかった。恐らくはアリス達が行っているDU地区での大きなイベントや、それに関連してのお祭りのような催しで多くの生徒や住民はそこちらに行っているのだろうなとケイは思いつつ、待ち合わせ場所。リニアレール駅の噴水前に到着する。
「さて……マルクトはもう来ているのでしょうか。待ち合わせより少し……いえ大分早いですねこれ」
待ち合わせより30分以上は早い。突然の申し出と、普段あまり一緒には出歩かない相手との外出ということでやや緊張と、鼓動が早くなっているのが自分でもわかる。今までは出かけるにしても、アリスやゲーム開発部の面々とが多かったのだ。
しかも今回の相手はマルクトである。今はもう鋼鉄大陸での騒動での遺恨や思うことについては自分の中で精算したつもりだが、やはり緊張というか。意識してしまうことはある。
「何やらざわついていますね。今日はこのあたりではイベントなどはなかったはずですが……」
人はそこまで多くなく、人集りができているというわけではなかったが多くの視線が噴水のある方向に集中しており何事だろうかと思いケイも近くに寄る。そこで見たのは、思わず言葉を失うものだった。
「あれ……え?マルクト、ですよね……?」
グレーのシャツに紺のデニムジーンズ、靴は黒のレザースニーカー。シャツの上にはステンカラーコートを羽織っており、左手の手首には銀色の腕時計をつけている。髪はいつもは結っていないものを、偶然か自分と似たような黒いリボンでポニーテールにしていた。彼女の白磁のような肌や白い髪と対象的に黒が基調となる服装であり、全体的に大人びたという雰囲気が似合う装いだった。
そこに居たのはマルクトだった。自分はつい待ち合わせ時間よりかなり前に来てしまったが、まさかそんな自分より先にマルクトが来ているのは想定外だった。遠目で見ていれば、ミレニアムの学生から声をかけられていたり軽く談笑しているのが見える。その仕草ひとつひとつに気品があって、挙動だけで目を惹く。
最近の彼女はセミナーに入ったり色々な自治区にセミナーの仕事で顔を出したりと交友関係が広がっているのだろう。そういった、どんどん生徒としての生活に馴染んだりしていっているのには、やはり羨ましさを感じた。
「ん?ケイ、随分と早いですね」
「それはこっちも言いたいのですが……いつから来ていたのですか?私が言えたことではありませんが、約束の時間までは30分以上ありますが……」
そのまま眺めているのもどうかと思い、かなり早いが。というよりは、マルクトもかなり早く来ているため意を決して彼女へと近づけば、此方に気がついたようで声をかけてくる。
「ふふ、ケイとお出かけするのがどうにも楽しみでつい早く来てしまったのです」
「そ、そう言われると悪い気はしませんね!なんというか……マルクト、随分と雰囲気が変わりましたね」
「ふむ、そうでしょうか?」
「あの時……鋼鉄大陸の時は余裕がなかったと言うか、鬼気迫るというか。いやまあ、そちらの事情も知っていますしそうなっていたのは当然なんですが。今はなんというか、憑き物が落ちて、余裕もあって。とても楽しそうです」
「――そうですね。あの時は必死でした。デカグラマトン、今は名前を変えていますが……長姉には目的があって我にも、そしてアイン達にもありました。それぞれの思いと考えがすれ違って、絡み合った糸のようになって。……もし、もしも一歩変わっていればそれがもつれて切れる事態。最悪のことになっていたかもしれません」
「でも、そうはならなかった」
「はい。全てアリスやケイ、貴女達やリオ達。そして……シャーレの先生や、思い切り喝を入れながら殴り飛ばしてくれたネルのお陰です」
もし、あの騒動の時にシャーレが居なかったら。万全の状態のC&Cに、かつてないほどの本気状態だったネルが居なければどうなっていたのか。そう考えることはケイにもある。
だが、そうはならなかった。ならなかったのだ。
結果として、最良と言っていい結末を掴み取ることが出来た。それは、奇跡と言っていいだろう。誰も欠けていない。マルクトも、アイン達も預言者達も。そして、今は世界を旅する長姉、新たな名を得たデカグラマトンも。
「今が幸せだから、なのだと思います。我が今、とても楽しくよく笑えるようになったのは」
「楽しいから、幸せだから笑う……そうですね。まったくもって、その通りです」
それについては全く持って同意だとケイは思う。
「私達は、ちゃんと今ここに居ます」
「そうですね。……数々の奇跡を経て、今があるのだと思います」
それくらいに自分やマルクト達のこれまでは奇跡の連発だったのだ。その内ひとつでもなければ、きっと今はあり得なかった。
「さて、辛気臭い話はこれくらいにしましょう。 ――その服装。よく似合っていますよ、ケイ。とてもかわいらしいです」
「う……あ、その……。あ、ありがとうございます……。その、面と向かって服装のこと褒められるのが慣れてなくてですね……」
「ふふ、大丈夫です。我なんて、以前ネツァクにコーディネートしてもらったものそのままですよ?お洒落というのはあまりよくわからないので、自分で自主性を持ってお洒落やコーディネートができるケイやネツァクは凄いと思います」
「そういえばあの子、クリエイター関係全般すごい才能でしたね……。確か絵や本だけではなくデザイナーみたいなこともやってませんでした……?」
「丁度そのことで忙しくしていますね、あの子は」
なお、当のネツァクはヴェリタスおすすめのエナジードリンク片手に『原稿の締切と頼まれてるデザイン原案……やることがおおい……んぅ……ねむい……』などと言っていた。
「ネツァクは一度火が付くと止め時見失うのでちゃんと気をつけて欲しいです……。その、マルクトもよく似合ってますよ。すごく大人っぽいというか、綺麗というか。最初、思わず見とれてました」
「そう言われると嬉しいですね。ちなみにこの腕時計、デザインはネツァクが練ってアイン達が作ってくれたんですよ」
「それ自作なんですか!?かなり高価なブランド品だと思ってました……」
「我のセミナー就任祝いにと贈ってくれました。アナログタイプのデザインなんですが、色々便利機能が詰まっていて、例えば電子決済や投影ディスプレイにタッチパネルなんてのも搭載されていますね」
「……なんというか、普通に売り出したら売れそうですよねそれ。私もちょっと欲しいですよ」
「我のは妹達の特注品ですが、製品化するプロジェクトは動いているという話をつい昨日していましたね。もしかしたら、近い内に製品化するのかもしれません」
ふと、時間を見れば話し込んでいたこともあってか丁度本来の待ち合わせの時間近くなっていた。時計を見てそれに気がついたマルクトは『さて』とケイへと告げると。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
何故マルクトが突然外出に誘ってきたのかはケイにはわからなかった。しかし、きっと自分のことを思ってのことなのだろう。これからの事で、今の自分の悩みへの答えが出るかもしれない。そう考えて。
「その、今日はよろしくお願いします。マルクト」
「ええ、こちらこそ。ケイ」
二人のとある休日、それが始まった。
■ネツァク(生徒の姿)
ヴェリタス特製エナジードリンク(非売品)を箱単位で譲ってもらい、繁忙期を乗り切ろうとしている。彼女の住むマンションの一室にこの時期行くと、並の人間ならめまいを催すほどのエナドリ臭がする。いち早く片付けて楽になってお気に入りのハンモックでぐっすり眠りたいらしい。
■ケセド(生徒の姿)
預言者達の中でも明るく元気な元気娘。マルクトのことを『姉ちゃん』と呼ぶ。走るのが好きで、所属部活動は『陸上部』なのだが彼女の走るということについては自分の足だけではなくバイクや車についても該当している。なので掛け持ちで『モータースポーツ部』『ラリー部』『設計開発部』にも所属している。いつも元気で、とにかく明るく忙しく掛け持ちしている部活を走り回っている。
口癖は、理解が出来ない自体に陥った時に出る『訳わかんないよぉー!』という言葉。実は開催が決まっている、キヴォトスの様々な自治区で専用コースを設置してレースを行うキヴォトスラリー選手権(KRC)への出場も決まっている。預言者の頃の性質の名残か、設計開発という点においても天才的な才能の持ち主。たまにエンジニア部に呼ばれ、アイン達に混ざり色々と討論を繰り返していたりする。
ウマ娘のウマ耳がなくてヒト耳がある、成長したトウカイテイオーのような見た目をしている。今の目標は、初めて開催されるKRCで初代王者になること。
■デカグラマトン(生徒の姿)
現在、世界中を旅しながらも週一で必ずミレニアムに帰ってきている長姉。好きなものはレトロ自販機。特にハンバーガーとうどん・そば・ラーメンの自販機が好きらしい。現在はデカグラマトンという名前を改めて、新たな名前で活動している。シャーレとの遭遇率が何故か高いため、よく協力要請されている。
■あとがき
私服ポニテマルクトはいいぞ……それではまた次回……さらばだ……。