「それでマルクト、何か買うものでもあるのですか?」
「いえ、特に急ぎで買うものはないですね」
「えっと……それでは何故ここに?」
「何も目的がなくとも、こうしてショッピングモールを歩いているだけでも楽しいものですよ。……といっても、これは我も妹達からの受け売りで。我も少し前まではケイ、あなたと同じようなことを思っていましたよ」
目的地としていたショッピングモールは、やはりと言うべきかそこそこに空いていた。今日が平日であること、そして大規模なイベントがDU地区で行われていることが理由だろう。とはいうものの、このショッピングモールは比較的最近できたばかりの新しい施設だ。セミナーとミレニアムの企業が協同で作り上げた、ミレニアムの中心近くに存在する大規模ショッピングモール。数々の専門店やプロ御用達の専門店に、一般層の客向けに飲食店や衣料品店、ゲームセンターやイベントモールなども存在している。
「意味があることなのかはわかりません。ですが、我はこうして色々なお店を見て回ったり、行き交う人々を見たり。なんと言えばいいのでしょうか、そこにある日常を眺めるのがとても好きです。それに、今は買うものがなくとも見て回っていれば、何か買いたい物も見つかるかもしれません。アリス風に言えば……ゲームの宝探しのようなものです。それに、我はこうしてケイと話しながらお店を回っているだけでもとても楽しいですよ」
「そう言われるとちょっと照れますね……。しかし、宝探しですか、ふふ。確かにアリスの言いそうな言い回しです」
「ケイ、あなたは日常の過ごし方がいまいちよくわからないと言っていましたね。まずは、そうですね。楽しいことを広げてみるのはどうでしょうか。貴女が好きなお洒落のように、好きを増やしていくのです」
「楽しいを増やす、ですか。なるほど……」
「そうだ。折角なので写真を撮ってもいいですか?ミレニアム公式SNSにも上げたいのですが……。ユウカからは何気ない日常の写真なんかも上げてくれると嬉しい、と言われていまして」
「し、写真ですか!?いや、別にいいですが……えっと、SNSに上がるんですよね?服装とか、変な所ありませんよね?」
「大丈夫です、とても似合っていますから」
「う、うう……少し恥ずかしいですが……。 って、あれは……?」
「む?どうしました? ――おや、あの子は」
写真を取ろうかという話をしていれば、ふとケイの視界に留まる姿があった。
薄金色の背中まであるストレートの髪に赤い瞳。そして、着崩されたミレニアムの改造制服と白のジャケット。言ってしまえばギャルのような雰囲気を感じさせる少女であり、かなり背の高いマルクト程ではないが、それでも生徒としては160センチ半ば程はあろうかという背丈。
「ゲブラ?」
「んん……?あれ?マルクトねーねにケイじゃん!やっぴー!」
「や、やっぴー……?」
ケイが声を掛けると、彼女も此方に気がついたようですぐに人懐っこい笑顔を向けて来るのはゲブラ。元預言者の一人にして、今は生徒としてミレニアムの治安維持や法廷執行をしている所で活躍している。C&Cをセミナー直下の部隊だとするなら、こちらはセミナーの直下だが自治区の秩序と理、そして平和の維持部隊である。彼女は平時と勤務中のオンとオフがしっかりと切り替えられており、部隊としての勤務中は冷徹で無慈悲なミレニアムの法と理を重んじる『絶対零度の執行者』などと言われているが、オフの時は今のように。明るく今時の生徒、というよりは俗に言う明るくて誰にでも優しいギャルのような雰囲気である。
なんとも不思議な、あまり聞いたことのないような挨拶を返されて困惑するケイ。自分とは違うタイプの生徒であり、平時の彼女のような性格の知り合いの生徒は実は居ないのだ。モモイはどちらかといえば明るいという部類だし、ミレニアムという自治区の気質故か真面目な知り合いが多い。なので、こういった今時と言っていいのか、明るくて弾けるようなタイプはよくわからない。
「ああ、これ?なんでもトリニティで流行った挨拶の別バージョン風とかで、SNSで大流行した挨拶なんだよね。語源はわかんないけど、なんか明るくてよさげじゃない?あーしは結構好きだよこの挨拶!てか、ねーねとケイの私服超いいじゃん!」
そのまま近づいてくるときゃいきゃいと騒がしくしながら、二人の服装を絶賛し始めるゲブラ。特に彼女としては、ケイの私服というのは見るのが初めてだったようで目を輝かせながら褒めちぎっていた。そんなベタ褒めされていると、ケイも嬉しくもあり恥ずかしい気持ちになってくる。
「んんっ……。ゲブラ、ケイが困っていますのでそれくらいで。似合っているのは同意見ですが」
「あっ、ごめんねケイ。ついつい興奮しちゃって……」
「い、いえ大丈夫です。褒めてもらえるのはその……嬉しかったですし……」
「やば、超かわいいんだけど。マルクトねーね、ケイお持ち帰りしていい!?あーしの家で着せ替えとかしたい!」
「駄目に決まっているでしょう。本当にかわいいものに目がありませんね貴女は……。それに、これからケイは我とショッピングモールを見て回る予定なので」
「えっ、なにそれあーしも行きたい!……と言いたいんだけど、ちょっと用事があるんだよね」
心底残念そうに、肩を落として言うゲブラ。しかし、現在の彼女は着崩しているとはいえ制服である。つまり、何かの用事でここまで来ているのかもしれない。
「うーん……なら二人の写真撮ろうよ!ねーねの私服姿も結構珍しいし、ケイの私服なんて超レアじゃん!?むしろ撮らないの勿体ないよ!」
「丁度写真の話をしていたところなんですよ、そうだ。ならゲブラも一緒に映りますか?」
「えっ……あーでも、あーし今制服だし……二人みたいにちゃんとした服じゃないから恥ずいっていうか……」
「ふふ、大丈夫ですよ。ゲブラは今時の生徒という感じでかわいいですから。それに、仕事中のあなたも、部隊服のスーツとコートが似合っていてとてもかっこいいです」
「え、えへへ……ねーねに褒められるの最高に嬉しい……」
「ちなみにミレニアムの公式SNSに写真上げますけど、いいですか?」
「りょ!どれだけバズるか楽しみだなあ!」
写真慣れしてるんだなあとケイは思いながらゲブラを見る。そういえば、時々雑誌のモデルみたいなこともやっていたなとも思う。よく読んでいるファッション誌に彼女がモデルとして映っていた時は、それはもう声を上げて驚いたものだ。
「ケイ、もう少しこちらに。ゲブラが見切れてしまうのですみませんが」
「こ、こんな感じですか?」
「はあー……ケイのお肌ぷにぷにしてて艶もあって最高……。んーこの香水結構いいね!今度何使ってるか教えてよ!」
「それは構いませんが……って、な、なにどさくさに紛れて人の肌触ってるんですか!?」
「はい、では撮りますよ」
そうして撮影された写真には、カメラに向かってテンション高めにポーズを取るゲブラと微笑んでいるマルクト、そしてあたふたしながらも笑顔のケイが映っていた。これはアリス達とのモモトークやマルクトの姉妹達のモモトーク、そしてミレニアム公式SNSにアップロードされた。
……なお。ミレニアム公式SNSでの反応はとてつもなく凄かった。私服の美少女二人と制服の美少女ギャルが身を寄せ合って撮っているオフの写真である。再び途方も無い速度で拡散されたのもそうだが、ある妹の一人が光の速さで画像を保存してクールに去って行ったのは言うまでもない。
「それじゃ、あーしはそろそろ行くね!ケイ、今度あーしや他の妹達とも服とか色々見に行こう!」
「それは、まあ……構いませんが」
「本当!?言質取ったよ?約束だよ、楽しみにしてるから!」
するとブンブンと手を振って去っていくゲブラ。彼女の進行方向を見れば、少し離れたところには制服姿の、これまた見慣れた姿が一人。とても長い金色の長髪に、隠れた片目。C&Cのアスナである。どうやら、今日の彼女はアスナ、恐らくはC&Cの関わる何か予定があったようだ。
「約束、ですか……えへへ……」
「ケイ?」
「あ、いえ。な、なんでもないですよ!?ゲブラとした約束が楽しみだなとか、そんなこと全然思ってませんから!」
「ふふ、はい。そういうことにしておきましょう」
「う、ううー……」
約束、その言葉をケイは噛み締める。今までは殆の交友関係が、アリス達やヒマリやリオなど、鋼鉄大陸の時の関係者で完結していた。マルクト達や預言者達とも、日常的に話すことはあっても交友関係がそこまで深いわけではなく事務的に近いものだった。新しい友人や知人関係が広がっていく、その嬉しさを今彼女は噛み締めていた。
「さて、では色々と見て回りましょうか。帰りの時間まではまだまだあります」
「……そうですね。確かにマルクト、あなたの言っていたようにふっと見てみたいものや、買いたい物が浮かびました」
手持ちは大丈夫だろうかとも思うが、余程散財しない限り大丈夫だろうとケイは判断した。つい先日も、リオやヒマリからの案件で臨時収入があったし、趣味の衣類関係やお洒落用品で最近はそこまで使っていない。それに、色々と見たい欲が出てきたのは確かだがそこまで使うことはないだろう。そう考えた。
……その考えをケイは甘かったと後で思うことになる。
大型複合商業施設。そこは、年頃の生徒にとっては『楽園』であると同時に、誘惑の魔の手があらゆる方向から迫る『魔境』なのだから。
◆ ◆ ◆
最初はマルクトの言うように、色々見たいものが本当に出てくるのだろうかと思っていたケイ。だが、ここは楽園にして魔境。それほどまでにオフの時の大型複合商業施設とは恐ろしい場所なのだ。
なお、時々黒いスーツ姿に黒いひび割れた顔の異形の大人が『クックック……いい万年筆ですね……少々お高いですが』などと言いながら高級文具店で悩んでいたり。
木人形のような大人が美術用品店で真剣に足を止めたり、イベントで開催されてる絵画展で展示作品を眺めながらぶつぶつと独り言のように作品を評論したり。
顔のない絵画を抱えた大人が本屋で翻訳版の作品を読んでは、大量の本を購入したり時にはくどくどと翻訳版の作品を辛口で評価したり、時にそれにあわせて小声で『そういうこった……!』と聞こえたりしているが気の所為ではない。
そうして、そういった大人達を気にする店員や住民、生徒達ではない。このキヴォトスにおいては超常の存在は溢れているのだから、最早慣れたものである。
……時々、というか結構な頻度で本来こんな場所にまず居るはずがないだろうという、トリニティの。それも超重役の一人がバレバレな変装で、しかもミレニアムにおける最高戦力の一人とも言えるスカジャンがトレードマークの少女とゲームセンターで遊びに興じているが。それも気の所為ではない。
そんな魔境へと足を踏み入れる生徒がここにまた一人――
―――若者向けの衣料品店。
「新作の服……これ、すごくいいですね……うっ、でも結構な値段が……。 ――そ、そうです。ゲブラと出かける約束もしましたし?それに、アリス達とも出かけることもよくありますから必要経費です、必要経費……うう、でも……」
「試着なさいますか?」
「へっ!?あ、その。ええと……」
「折角です、試しに着るだけ着てみたらどうですかケイ?我も店内の小物などが見たいので、気にしないで下さい」
「そうですか?……な、なら着るだけ。着るだけ!どんな感じか確かめないといけませんからね!」
結局、ケイはその服を買った。その後も、気になるからという理由で色々な服を試着して、大半を購入した。
この時点で結構な散財なのだが、それでも彼女はとてもご満悦である。既に魔境の誘惑に負けつつあった。
――アクセサリー専門店
「こちら、有名なゲームメーカーである『SE社』とのコラボ商品でして……。『ロマン・サーガ』に『ラストファンタジー』、『ドラゴン・テイルズ』の3作品とのコラボ商品になります」
「この赤と青のペアネックレス……すごくいいですね。それにどれもアリスが好きな作品です……」
「SE社の取締役の、アクセサリーにとても詳しい方が監修に関わっているのでどれもとてもしっかりとしています。デザインもいいので今売れ筋の商品となります」
「その方は聞いたことがありますね……。アリスが『オンラインゲームはまだやったことないですが、この作品はすごいです!ストーリーがとてもいいと聞いたのでそのうち是非やりたいです!』と絶賛していたタイトルを作られている方ですね」
「そういえば、以前アイン達もその方の話をしていたことがありますね。我もゲームのことはまだよくわかりませんが、とてもすごい方だとかで」
「本当にどれもデザインがいいですね……。アリスとお揃いのペアアクセサリー……へ、へへっ……。ち、ちょっと手にとって見てもいいですか?」
結局、二人揃って売れ筋のアクセサリーは各種買ってしまった。マルクトは3人の妹達に、そうしてケイはアリスへのプレゼントと自分用に。後日、3人の妹達にもアリスにもとても大喜びされた。
――ゲームセンター
「ここは恐ろしい所です……ですが、私は戦わなければなりません……!アリスのために、そう!アリスのために!」
「あの、ケイ?そんな鋼鉄大陸の時のような鬼気迫る真剣な表情になっていても大量の小銭を握りしめながらそれを言うのは……」
「マルクト、あの景品の数々が見えないのですか!?モモフレンズグッズにアリスの好きなゲームやアニメのグッズ……見て下さい!ウェーブキャットの『現場ver』のロングクッションですよ!?ほし……いえ、アリスのためです!」
「今明らかに自分の欲が見えてませんでした……?」
結局、あまりケイはクレーンゲームが得意ではなかったようで次々と小銭をゲーム機という奈落の箱へと落としていく。そうして、焦りを見せたケイを見てとうとう見ていられなくなったマルクトが動いた。
「欲しいのはどれですか、ケイ」
「え?ええと、ではウェーブキャットのクッションを……」
「――こうですね。取れました」
「…………えっ?」
そうして次々と景品を確保していくマルクト。更には『この台は駄目ですね、アームが弱すぎます』『なるほど、この台はアームは強いですが特定の位置に調整できなくしてあるのですね』などと言ってゲーム機を選別、ケイの欲しがっている景品を次々と確保してしまった。
「次はどれでしょうか、ケイ」
「いえ、その。私が欲しいものやアリスやモモイ達にあげたいのは全部取れたので……あの、店員さんがそろそろ勘弁して欲しいという顔をしているので、それぐらいで」
「ふむ?我はまだまだいけますが?」
むふー、と。満足げかつ自信たっぷりの顔でそんなことを言うマルクトだが店員としてはたまったものではない。
他の客も、
『あの綺麗でかっこいい人すごくない……?』
『てかあれ、もしかしてマルクト先輩?ポニテって珍しいよね』
『私服綺麗でかっこいい……じゃああの隣のかわいい子誰?妹さんの一人?リボンお揃いだし』
『はぁー……眼福、かっこいい先輩とかわいいあの子並んでると絵になる……』
『ヒョワッ!?……はぁ尊いマジ無理。私どれだけ前世で徳積んだの?しゅき……』
『またいつもの発作が出て倒れておられるぞ』
などとざわめいている状況である。
「いや本当店員さん泣きそうなので。なんでそんなに上手いんですか」
「……以前、コクマーにコツを教わりまして。それででしょうか」
「なんてことをしてるんですかあの子は」
ケイのストップが入ったが、獲得した景品はまさに山。それら全ては今まで購入したもの同様、宅配サービスでそれぞれの自宅まで送ってもらうことになった。
その後も、様々な専門店や季節で開催されていたイベントなどを二人は巡り、時間は過ぎていくのだった。
■ゲブラ(生徒の姿)
オンとオフの切り替えがきちんとしている、元預言者達の中でのギャル娘。マルクトのことを『ねーね』と呼ぶ。生徒としての能力は、戦闘に寄ったものでありそれを活かしてミレニアムの治安維持部隊に所属している。テンション高めの今時な生徒という雰囲気だが、かなり頭もよく勤務中はオフの時とは考えられないほどの。言葉遣いも丁寧口調になり、まるで別人なのではと思うほどに無慈悲で冷徹な、ミレニアムの秩序と理を厳守する番人になる。
しかし平時ではテンション高めのお洒落やかわいいものなど今時の流行りが大好きな生徒である。ケイもよく読んでいるある有名雑誌の担当者に声をかけられて、読者モデルなんてこともやっている。特にミレニアムで交友があるのは、C&Cのアスナとカリン。プライベート以外でも、たまにC&Cの任務を手伝って欲しいと依頼されることがある。
その着せ替え人形は恋をするの喜多川海夢みたいな見た目をしている。
■うらがき
ひとまず外伝として投稿していた部分を編集し、連載版としての移植が完了しました。今後はマルクト達やその周囲の生徒の物語はこちらに投稿していくつもりです。
なんで切り離したのかといえば、外伝だけで後々結構な文字数になるものを全く関係のない物語と一緒にしてもいいものかと悩み、最終的に分離を決めました。
ともあれ。今後とも彼女達の物語を楽しんで頂ければ嬉しい限りです。