機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
正確には、映画が1月に公開したので、その時点で既に一周年ですが、アニメ版が4月から放送したので、それに合わせて、リメイクをしたいと思います。
リメイク理由としては、もう1度ジークアクスを書いてみたいのと、当時はジークアクスの放送に合わせたライブ感を重視した内容もありましたので、後に疑問にある部分があった部分。
それらを含めて、執筆を目的にしたいと思いました。
死を理解した時、人間は何を思うのかという問いに、俺は何度も違う答えを用意してきたつもりだった。
怒りだとか、諦めだとか、誇りだとか、そんな見栄のいい単語を並べて胸の内を飾り立てれば、戦場の臭いを一瞬だけ誤魔化せる。
だが眼前に迫る終端は、そんな化粧を一息で剥がしてしまうだけの重さを持っていた。
俺の答えは一つしか残らなかった、もう一度会いたいという、情けないほど生々しい執着だった。
「……」
通信の空白は、宇宙の真空よりも冷たく、どこまでも俺の耳孔を刺してくる。
黄の巨体がゆっくりと旋回し、モノアイの光が獲物を値踏みするように俺を捉え続けていた。
装甲の色と図体の威圧感が、説得力のない神像みたいに虚飾を振りまいている。
「やはり君の存在は厄介だな、ランガ・ロード」
シロッコの声は、操縦系のノイズを突き抜けて直截に脳髄へ滑り込んでくる。
あの男は言葉で人を動かすのではなく、言葉を使って人の内側を露出させ、そこに釘を打ち込む。
ティターンズの制服を着ていた頃から、俺は何度もその釘に触れてきたし、エゥーゴへ鞍替えしてからは、釘を抜く痛みも味わってきた。
「……そうかよ」
返事は短く、しかし舌の根に溜まった鉄の味が、もう長々と喋る余裕など残していないことを告げていた。
操縦桿を握る手は意外なほど落ち着いていて、震えそうな指先だけが人間の弱さを裏切らずに主張している。
ペイルライダーは、俺がどこの旗を掲げようが一緒に飛び、弾が尽きれば敵の武器をもぎ取り、撤退すべき時は躊躇なく背を向けることを許してくれた相棒だった。
このグリプスの末期まで引きずり回した機体は、既にフレームが泣き、推進剤は乾き、関節は怒鳴りながら動いている。
それでも俺は、機械にすがるしかないほど人間らしい。
「もうちょっとだけ、付き合ってくれよ、相棒」
応えるようにバイザーが淡く光り、センサーが危険を数値化して提示してくる。
危険という言葉が、今さら俺を止める理由になるなら、俺はティターンズに入る前に立ち止まっていたはずだ。
「HADESか、そのような物に頼っているから……」
「ごちゃごちゃ五月蠅いんだよ!!」
怒鳴った瞬間、俺の平時の皮膚が剥がれ落ち、戦場人格が表に出るのを自覚する。
感情を切り離して、最短手だけを選び取り、殺すのではなく制圧するために壊すという、あの冷たい手癖が戻ってくる。
それを嫌悪しているはずの俺が、それでもその人格に救われてきたという矛盾が、胸の奥で泥のように沈殿していた。
操縦桿を前に押し出すと同時に、ペイルライダーの推進剤が火を吹き、宇宙にありえないはずの炎の幻を俺の視界に刻む。
距離が詰まるたび、シロッコの機体は悠然と、まるで俺の突進そのものが計算の内だと言わんばかりに姿勢を整えた。
ビームライフルの閃光が連続し、俺は最小限の動きでそれを避け、避けるだけでは足りないと理解してさらに詰める。
「特攻か、がっかりさせる!」
見下した声が背骨を叩くが、俺の狙いはもう決まっている。
勝つために必要なのは派手な一撃ではなく、相手の余裕を剥ぎ取り、機体を黙らせるための一点だ。
限界を越えた加速で内臓が引き千切られる感覚が走り、鼻から血が溢れても、俺の指は離れない。
「甘い!」
間近で振り下ろされるビームサーベルが、宇宙の闇を裂く。
だが俺はその刃を見ていない、刃を振る腕も見ていない、俺が見ているのは装甲の隙間と、そこに潜む“奪える可能性”だけだ。
「俺の狙いはこっちなんだよ!」
フロントスカートの縁を無理やりこじ開け、装甲の合わせ目をこねる感触が、まるで獣の顎をこじ開けるみたいに生々しい。
強引な動きに機体が悲鳴を上げ、操縦系が警告を乱発するが、俺はそれを無視し、敵の腕の軌道を読み切る。
「まさかっ……お前」
「武器がないんだったら、奪えば良いンだよぉ!!!」
叫びと同時に、シロッコのサーベルを握る腕の装甲を切り裂き、宙を舞った光の刃を、俺は反射で掴み取った。
奪った武器の重量も癖も確かめる暇はないが、これで状況は対等になるはずだと、戦場人格が冷たく告げる。
両手で構え、ペイルライダーを真っ直ぐ突っ込ませ、決着を短時間でつけるための角度と速度を揃える。
「ぐぅ!」
「はぁぁぁぁ!!!」
斬りかかるが、黄の巨体は鈍重などという先入観を嘲笑うように軽く躱し、俺の刃は空を掠めて虚しく光を散らした。
その瞬間に理解する、俺は勝てないのではなく、勝たせてもらえないのだと、あの男は最初から俺の“限界”を理解した上で遊んでいる。
意識が朦朧とし、視界の端が白く滲み、HADESの加速が脳の奥を焼いていく。
「ランガ!」
その声が聞こえた瞬間、俺の胸のどこか柔らかい部分が、戦場の硬質な時間を破って顔を出した。
俺は反射で振り向き、モニター越しの幻影に縋ろうとしてしまう。
幼馴染みで、失ったはずで、二度と会えないと決めつけて、だからこそ心の奥に封じ込めてきた名前が、喉の手前まで上がってくる。
「っ」
「隙を見せたな!」
その一言で、俺は自分が何をしたのか理解する。
戦場で一度でも視線を逸らせば、世界は即座に牙を剥き、理屈ではなく結果で罰を与える。
シロッコの動きが加速し、サーベルの光が俺の機体の死角へ滑り込み、回避は間に合わないと脳が告げた。
限界以上に引き上がった力が、俺の中の何かをさらに別の層へ押し上げる。
ニュータイプの素質があったのかどうかなんて、今さら確かめる術はないが、HADESは人間の輪郭を削り、残った部分だけを尖らせていく。
感情が排除され、恐怖も痛みも、単なる情報として処理され、俺は俯瞰で戦場を見ているような錯覚に陥った。
「これは……」
その時、歌声のような何かが聞こえた。
それは誰かの声なのか、宇宙のノイズなのか、あるいは俺の頭蓋の内側で鳴っている幻聴なのか、区別がつかないほど遠く、しかし確実に心臓に触れる旋律だった。
爆発するような炎ではなく、沈む海のような感触が、操縦席の隙間から浸み込んでくる。
俺は溺れていく、酸素はあるのに息ができず、手足が重くなり、視界が深い青に塗り替えられていく。
そして理解する。
死とは、肉体が止まることではなく、世界の側がこちらを必要としなくなることだ。
俺がどれだけ「もう一度会いたい」と願っても、その願いを受け止める世界が消えれば、願いは行き場を失って漂流するだけになる。
だが、その漂流の終わりに、奇妙な引力が生まれた。
歪みだ。
一年戦争の歪みが積み重なり、歴史の接合面が軋み、そこに俺という異物が楔として刺さった結果、世界は自分の傷口を塞ぐために俺を別の場所へ押し出そうとしている。
ゼクノヴァという言葉を、俺はまだ知らない。
それでも現象としての“移送”だけは、骨の髄で理解できた。
最後に見えたのは、黄の巨体でも、血の色でもなく、遠い場所でこちらを呼ぶような、誰かの影だった。
マチュ。
失ったはずの存在が、なぜか俺の死の直前に声として届き、俺の意識を引き戻す。
守れなかった過去が、守りたい現在へ変換される、その瞬間の痛みだけが、俺を人間に留めた。
沈む。
沈む。
沈み切ったところで、俺は不意に“落下”をやり直すように体を投げ出される。
次に目を開けた時、モニターに映る星空の配置が、どこか狂っていた。
識別信号も、航宙図も、知っているはずの地平も、まるで別の宇宙の方言を喋っている。
俺は息を吸い込み、喉の奥に残った鉄の味を飲み下す。
操縦席の片隅に、さっき奪ったはずのビームサーベルの表示が、異様に静かな光で残っていた。
そして通信回線の向こうから、聞き慣れない雑音に混じって、若い誰かの声が、確かにこの世界の言葉で叫んだ。
「……聞こえる? そこにいるの?」
俺は答えない。
答えた瞬間に、自分がどこへ来てしまったのかを認めることになる。
だが、胸の奥に残った執着だけが、もう一度会いたいという願いだけが、勝手に返事を用意してしまう。
死を理解した時、人間は何を思うのか。
俺は今になって、別の答えを手に入れた。
生き延びてしまった者は、死の向こう側でさえ、守りたいものに縛られ続ける。
「はぁ!?」
喉の奥から、言葉というより反射に近い声が漏れた。
目覚めた瞬間に押し寄せた感触は、宇宙服の内側に溜まる汗とも、操縦席の振動とも違う、鈍くて湿った現実の重みだった。
痛みも、熱も、匂いもある。
つまり俺は、死んでいない。
生き残ったという事実が、まず最初に気持ち悪かった。
「……知らない天井だ」
口をついて出たその言葉は、妙に落ち着いていた。
だが落ち着いているのは声だけで、胸の内側は、警報灯が点きっぱなしの格納庫みたいにざわめいている。
天井の材質は金属でもないし、艦艇の配線でもない。
コロニー居住区の安物の内装に似ているのに、決定的に記憶と噛み合わない。
身体を起こすと、薄い布が肩から滑り落ちた。
ベッドという単語が先に浮かぶ。
戦場でそれを連想すること自体が、すでに現実が裏返っている証拠だった。
部屋の周囲を見回す。
散らかっている。
散らかり方が、軍の居住区のそれとはまるで違う。
規律のない生活の残骸が、床一面に積もっている。
潰れたカップ麺の容器、乾いたスープの匂い、投げ捨てられた衣類。
人がいる。
人がいた。
あるいは、今もいる。
「誰かの部屋に迷い込んだのか? いや……」
否定が早い。
俺は自分の声の速度で、脳が無理やり結論を急いでいるのを知った。
未知の状況で、思考を止めるのが一番危険だと、ティターンズの訓練で骨に叩き込まれてきた。
だから判断は速い。
速すぎて、時々、心が追いつかない。
違和感がある。
「ここがどこか分からない」だけではない。
もっと根っこの部分で、何かの噛み合わせがずれている。
音の反響が違う。
空気が違う。
重力の癖が、わずかに違う。
それは理屈では説明できないのに、体が先に察してしまう種類のズレだった。
ふと、机の上に視線が止まる。
紙とプラスチックが混ざった、薄いカード。
身分証明書に見えた。
軍で使っていたものより雑で、しかし生活の匂いが染みついている。
俺はそれを手に取り、記載された名前を読む。
「……俺の名前だって」
喉が乾いた。
紙片一枚で、世界が一段深く歪んだ気がした。
ランガ・ロード。
俺は確かにそうだ。
だが、この部屋の主が俺であるはずがない。
俺は今さっきまで、宇宙で死にかけていた。
いや、死んだはずだった。
そこへ、インターホンの音が響く。
金属板を叩く音ではなく、生活用品の軽い電子音。
それが逆に怖かった。
戦場では爆音が日常だ。
静かな音ほど、何かを隠している。
「誰だ」
声を低くして言う。
反射的に周囲を確認した。
武器になりそうなものは、ない。
机の角、椅子の脚、ガラスの破片。
そんなものしかない。
ここがどこか分からない以上、油断はできない。
敵がいるかもしれないし、敵ではないものがいる可能性だってある。
ゆっくりと立ち上がる。
足裏が床を踏む感触が、やけに生々しい。
その生々しさが、俺の中の警戒を余計に尖らせた。
「おぉい、起きている?」
扉の向こうから声がした。
女の子の声だ。
いや、少女と呼ぶには、少しだけ大人びた響きがある。
俺はそこで、思考が一瞬止まった。
「ぇっ」
情けない声が漏れる。
幻聴だと思った。
死にかけた脳が、最後に欲しかったものを作り出しているのだと、そう結論づけたくなった。
だが、インターホンの音も、足音も、声も、全部が現実の質感を持っている。
現実なら、俺はここにいる。
ここにいるなら、扉の向こうにも何かがいる。
「聞こえているかぁ、おぉい」
繰り返される声。
聞き覚えがあった。
あるはずがない。
あるとしたら、それは俺の記憶が勝手に重ねているだけだ。
「嘘だ」
小さく呟いた。
確信はない。
けれど否定する気持ちとは反対に、信じたい気持ちだけが強く、胸の奥で暴れている。
あの時、守れなかった。
守れなかったから、もう会えないはずだった。
だから、これは嘘でなければならない。
同時に、嘘であってほしくない。
俺はドアノブに手をかけ、体重を預けるように扉を開いた。
隙間から、外の廊下の光が差し込む。
安い照明の白さが、妙に目に痛い。
「あっ、ようやく出てきた」
そこにいたのは、ジト眼でこちらを見上げる少女だった。
いや、少女という言葉が追いつかない。
俺の知る彼女より、背丈が大きい。
肩のラインが少しだけ女性になっている。
そして髪の色が違う。
赤い。
濃藍が髪の間に僅かに覗いていて、それが妙に印象的だった。
色だけが変わって、輪郭と表情が残っている。
まるで、別の世界で別の生き方をした同じ人間みたいに。
喉の奥が詰まり、言葉がうまく出てこない。
それでも、名前だけは出た。
出てしまった。
「……まちゅなのか」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
理屈では止めたかったのに、感情が先に動いた。
その反射が、俺がまだ人間である証拠に思えて、余計に苦しくなる。
「マチュって、子供の頃のあだ名をいきなり呼ぶ?」
呆れたような声。
その呆れ方に、俺は息が止まりそうになった。
生きている人間は、こういう呆れ方をする。
死者は、そんな温度のある反応を返さない。
つまり、これは夢じゃない。
幻覚じゃない。
少なくとも、俺の手が届く距離にいる。
俺は考えるより早く、彼女を抱き締めていた。
腕の中の温度が、衝撃だった。
柔らかさと重さがある。
呼吸が、確かに胸を上下させている。
その確かさが、俺の中の何もかもを吹き飛ばした。
戦場人格も、冷静さも、合理も、いまは全部邪魔だった。
「えっ、ちょっ、いきなり何!」
抗議の声が近い。
肩越しに聞こえるその声が、耳の奥に刺さり、胸を満たしていく。
俺は確かめたかった。
触れた瞬間に消えるなら、それは幻だ。
離した瞬間に壊れるなら、それは夢だ。
けれど、彼女はそこに残っている。
残っているから、俺の腕に絡まり、逃げようとして、同時に戸惑っている。
「……ごめん。だけど、少しだけで良い。確かめさせてくれ」
言葉の端がかすれる。
情けない。
それでも、言わずにはいられなかった。
俺の中には、何年分もの後悔が折り重なっていて、その重さを一瞬でも軽くしてくれるものが、この温度しかなかった。
「確かめるって、何を」
問い返されて、俺は答えられない。
「生きているか」を確かめたいなんて、言えるわけがない。
言った瞬間に、俺がどこから来たのか、何を背負っているのか、全部が露出してしまう。
それはまだ早い。
早いが、体は止まらない。
震える。
自分の腕が震えているのが分かる。
戦場で手が震えたことはない。
震えるのは、怖いからじゃない。
嬉しいからだ。
嬉しいことが、こんなにも恐ろしいのかと、今さら知る。
胸の奥が熱くなり、視界が滲む。
涙が出る。
泣くつもりなんてなかった。
泣く余裕は、戦場に置いてきたつもりだった。
だが、身体の中にある温かさが本物だと分かった瞬間、俺の中の堰が崩れた。
「ランガ、なんか変だよ」
彼女の声に、俺はようやく呼吸を思い出す。
変だ。
その通りだ。
俺は変だし、世界も変だ。
だが、それを説明するための言葉が、まだ喉に引っかかっている。
「……うん、自分でも分かっている」
そう言いながらも、俺は離れることができなかった。
離したら、この温度が消えてしまう気がした。
消えたら、またあの時の後悔だけが残る。
守れなかった過去だけが、俺の中で増殖する。
彼女はまだ戸惑っている。
それでも、腕の中の抵抗が少しずつ弱くなる。
その変化だけで、俺は胸が痛い。
この世界のマチュは、俺の知らない時間を生きてきた。
俺が知らない歪みの中で、俺が知らない選択をして、ここに立っている。
そして俺は、死の向こう側から帰ってきた異物として、彼女の目の前にいる。
この再会が祝福なのか呪いなのか、まだ分からない。
分からないからこそ、今だけは、抱き締める力を緩められなかった。
「……ごめん」
もう一度だけ呟く。
謝罪は彼女に向けたものでもあり、過去の自分に向けたものでもあり、そして何より、この歪んだ世界そのものに向けたものだった。
俺はまだ、ここにいる。
それだけが確かで、それ以外の確かさは、これから一つずつ拾い直すしかない。