機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ポメラニアンズとの交渉が形になった夜、俺は約束の倉庫へ戻り、隠していたペイルライダーをゆっくりと搬入した。
表の通りに運ぶには危険が多すぎるので、監視の薄い時間とルートだけを選び、機体の反応を最小限に絞り込んで移動させた。
一週間後に初戦が組まれているという事実は、戦場経験のある俺にとっても無茶の種類が違い、胃の奥に硬い塊を残す。
ジャンク屋の灯りは白くて安いのに、そこに集まる人間の目だけは鋭く、金と命の匂いを区別できる獣のようだった。
メカニックのケーンは、工具と端末に囲まれた小さな机に座り、ペイルライダーの内部ログを覗き込みながら口元を歪めた。
「それにしても、このペイルライダーって本当にとんでもないシステムだね、連邦が密かに開発していた兵器と言った所だね」
その言い方は軽いのに、情報を舐め回すような目つきは軽くなく、俺は余計な反応を見せないように呼吸を落とした。
「そうか」
俺はそれだけ返し、外装パーツの並びと固定具の規格を確認しながら、偽装改修の手順を頭の中で組み直していく。
「君、歳はかなり若そうなのに、かなりモビルスーツに乗り慣れているようだけど、本当に何者なのかい?」
ケーンの声は探りであり、同時に純粋な興味でもあり、どちらにせよ答えるほど俺は損をする。
「何者でも良いだろう、今の俺には金が必要だから」
俺は言葉を短く切り捨て、相手の関心を“目的”へ向け直すことで、素性の話題を刃物のように別方向へ滑らせた。
「金かぁ、それは俺達も同じなんだけどさ」
ケーンは肩をすくめ、工具箱から細いレンチを抜き取ると、外装固定用のレールを指で弾いて音を確かめた。
この一週間でやるべきことは単純で、外装を入れ替え、識別を誤魔化し、動作の癖を潰し、戦闘に耐える最低限の整合を取るだけだ。
ただしその“だけ”が最も難しく、部品には癖があり、癖は時間を食い、時間は金より貴重になる。
偽装改修の途中で、俺はこの機体の特性を改めて理解することになる。
ペイルライダーは戦場で完成する機体だが、同時に戦場でしか生きられない機体でもあり、余計なものを被せれば呼吸が詰まる。
「それにしても、これで本当にこの機体で勝つつもりなのかい?」
ケーンは画面から目を離さずに言い、言葉の端で“常識”をちらつかせた。
「何か問題でも?」
俺は手を止めず、固定ボルトの締め順を逆から追い直し、重心のズレを最小化するための補助ウェイトを計算した。
「ペイルライダーの動作確認の為に、少し動かして貰えるか?」
「ああいいよ」
俺は操縦席に入り、最低限の起動だけを通し、姿勢制御と関節の応答を段階的に上げていく。
微細な遅れが一度だけ指先に引っかかり、俺は同じ動作を三回繰り返して、遅れが錯覚ではないことを確定した。
ケーンは端末を叩き、配線の接点を一箇所だけ触り直し、ようやく大きく息を吐いた。
「いやぁ良かったよ、けれど本当にこのモビルスーツで戦うつもりなのかい?」
「構わない」
俺はそれだけ答え、機体の反応を記憶の奥へ押し込みながら、戦闘で必要な癖だけを残す。
「あ~うん、君の機体は確かに良い物だし性能も素晴らしいと思うけど、正直言って勝算はあるのかい?」
ケーンの言葉には技術者の不安が混じっていて、勝てるかどうかより“壊れるかどうか”を計算している。
「何か問題があるのか」
俺がそう返すと、ケーンは改修途中の外装を見上げ、露骨に嫌な顔をした。
「偽装改修を行っているモビルスーツは、はっきり言うとペイルライダーと相性はあまり良くないと思う」
「理由は理解できるが」
俺は機体全体を覆う装甲を見つめ、丸みのある輪郭と巨大な両腕が、近接制圧の自由度を奪うことを認めた。
被せた装甲は堅牢だが、堅牢さは鈍重さと表裏であり、旋回の一拍が遅れればそれだけで宇宙では死ぬ。
巨大な腕は威圧になるが、威圧は敵に狙いを与えることもあり、狩人型の戦い方とは相性が悪い。
「けれど、完全に隠す事が出来る」
俺はそこだけを切り出し、この改修の目的が勝利よりも“生存の前提条件”であることを、相手の常識へ叩き込む。
「まぁ、そうだね、なんだってここまで見た目が変われば確かにバレそうにないね」
ケーンは認めたが、納得はしていない表情のまま、完成図のシルエットを端末に投影した。
装甲に覆われた異形の輪郭は、元の機体が持っていた“状況対応の柔らかさ”を殺している代わりに、視線の網を欺くための最適な嘘を作っていた。
俺はその嘘が必要だと理解しているからこそ、嘘に身体を合わせるための訓練を、一週間でやり切る必要がある。
「さて、一週間しかない、早くやるぞ」
「そうだね」
ケーンは笑い、俺は笑わず、工具の音だけを倉庫に響かせた。
それからの七日間は、睡眠と食事と作業の境目が溶け、時間がただの数値へ変わっていく感覚だけが残った。
偽装装甲の固定、配線の引き回し、姿勢制御の再調整、反応速度の補正、そして“勝ち方”の再構築が同時進行で積み上がる。
夜明け前の冷気の中で機体を動かし、昼の雑音の中で外装を締め、夜の静けさの中でログを見直す。
やがて一週間が経ち、試合当日が来た。
俺は集合場所へ向かい、ポメラニアンズの面々と合流し、視線の痛さで自分が異物であることを再確認した。
「おいおい、本当にその機体で戦うのか」
マヴとなるジェジーが、改修後の機体を見上げて苦笑いし、その苦笑いの裏に本気の不安を隠しきれていない。
「見た目はこれだが、普通に戦うことは出来るぞ」
俺は淡々と言い、戦う前に怖がるのは当然だと理解しながらも、怖がりの足を止める言葉は持たない。
「いや、けどなぁ、宇宙だぞ」
「どちらにしても、やるしかないだろ」
俺はそこで初めて、戦場の言葉がこの場所に適用されてしまうことに、胸の奥で小さな嫌悪が生まれるのを感じた。
「けれど、その機体って、頭部ってどこなんだ?」
ジェジーの問いは半分冗談だが、半分は生存の質問であり、俺は肩をすくめる。
「さぁな、けどルールでは問題ないからな」
ルールは形を守るが、形の中身までは守らないという現実が、この違法競技の本質だ。
俺はゆっくりと機体を動かし、宇宙空間での慣性の癖を掴み直しながら、被せた装甲がもたらす遅れを身体に叩き込む。
この機体で宇宙を戦うという無茶は、俺が過去にやってきた無茶とは種類が違い、しかし逃げ道がない点だけは同じだった。
「そう言えば、確認したいんだけど」
通信が割り込み、アンキーの声が空間を刺すように届いた。
「なんだ?」
俺は短く返し、視界の端でジェジーの緊張が増すのを見た。
「エントリーネーム、何が良い?」
その問いは軽いのに、俺の中では重かった。
名前は記号だが、記号は時に人間の生き方を固定し、逃げ道を塞いでしまう。
「……エントリーネームか」
俺は一拍だけ黙り、偽物の空の下で本物の人間を思い出す。
「シローで」
俺は恩人の名を借りることで、自分がここで戦う理由を、金だけにしないための杭を心に打ち込んだ。
「シロー?まぁ良いけど」
アンキーが軽く笑い、俺は笑わずに操縦桿を握り直す。
ここから先は整備でも交渉でもなく、ただ結果が残るだけの場所だ。
俺はゆっくりと構え、偽装の重さを味方に変えるための最短手だけを頭の中で反復した。