機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
前回こじ開けた裂け目は、白い軍勢の中に残った細い傷口みたいに見えた。
ジュピター・ノード03の外縁防衛線は、もう一度塞がろうとしている。白い接続線が傷口の縁で蠢き、赤い観測光が奥から瞬いていた。その光は、雨上がりの水たまりに映る街灯みたいに揺れているのに、そこには温度がない。
「ガンダムX、中央線へ入ります。救出路は閉じさせません」
俺はシールドを前へ出し、背中の重い装備を揺らさないように姿勢を整えた。未完成の背部装備は、今日も沈黙している。けれど、その沈黙が今はありがたかった。余計な答えを機体が出さないまま、俺は自分の手で進める。
『君は奥へ行け。帰す道は、我々が背中で支える』
ラルさんのグフが左へ出た。ヒート・ロッドが白い接続線を絡め取り、青い機体が裂け目の縁をさらに押し広げる。続けて二刀のサーベルが交差し、追撃に入ろうとした改修ハイザックの膝と推進器だけを切った。
『シロッコの目は読ませるな。君が見ているものを、敵に答えとして渡すな』
ガトーの青いリック・ドムは右翼の砲撃制御ノードを撃ち抜き、赤い観測光を一つずつ潰していく。砲撃は敵を派手に吹き飛ばさない。だが、敵が次に撃つための骨を、先に折っていた。
俺は二つの青い背中に押されるように、白い回廊へ入った。
基地内部は、外から見たよりもずっと静かだった。壁も天井も白く、通路の奥には薬品の匂いを思わせる薄い光が滲んでいる。宇宙の中に作られた場所なのに、古い病院の廊下を歩いているような感覚が、コックピットの中まで入り込んできた。
「ドゥー、奥に声はあるか」
「白い音は多いけど、人の声じゃないものが混ざってる。誰かが待ってるんじゃなくて、こっちを見てる」
補助席の声が、いつもより少し低い。ドゥーの指は手動切断スイッチに添えられているはずだ。俺は振り向けない。けれど、彼女がスイッチを握り潰すのではなく、触れて確かめている姿が頭に浮かんだ。
「観測端末を探す。見てくる目だけを潰します」
回廊の側壁に、赤い小さな光が灯った。俺はビームライフルの出力を絞り、装甲ではなく端末だけを撃った。赤い光が散り、白い壁に焦げ跡が一つ残る。
次の瞬間、回廊の奥から圧が来た。
音ではない。光でもない。白い廊下の空気そのものが、誰かの視線に変わったようだった。コックピットの温度表示は変わっていないのに、首筋だけが冷える。かつて別の戦場で感じた、あの冷たい重さが、白い壁の奥からこちらへ歩いてくる。
「ランガ、違う静けさがある。白い音の奥で、何かが息を止めてる」
「分かってる。あれは、人を助けてって呼ぶ音じゃない」
白い回廊の奥が割れた。
黒に近い機体色をまとったメッサーラが、MA形態で低く滑り込んでくる。巨大な影が白い壁を裂き、高出力の砲口がこちらへ向いた。星のない廊下に、黒い彗星が入り込んできたようだった。
『ほう、その機体でここまで来るか』
通信に乗った声は、柔らかいのに刃物の背で喉を撫でるようだった。
「シロッコか、お前は」
『過去に縛られた者が、未来を守ると言うのか。面白い矛盾だな、ランガ・ロード』
メッサーラの砲撃が来た。
俺はシールドを斜めに構え、回廊の壁へ熱を逃がした。白い壁が焼け、溶けた装甲材が雨粒みたいに散る。宇宙に雨は降らない。けれど、溶けた白が流れる光景は、どこかで見た涙の跡に似ていた。
「ランガ、前だけ見ないで。右の壁、砲撃の反射が来る」
「右を受ける。ガンダムX、姿勢を低くする」
俺はシールドを回し、反射してきた二射目を受け止めた。HADES監視端末が視界の端で赤く揺れる。最短で相手の推進系を潰す射線が、一瞬だけ脳裏へ浮かんだ。機械が差し出す答えは速い。速すぎて、人の名前を踏み越える。
俺は照準をずらした。
「俺は過去を殺しに来たんじゃない。過去に奪われたままの名前を、取り返しに来た」
『名前か。兵器として扱われた者へ、今さら人間の形を返すつもりか』
「今さらでも、返す。ドゥーも、リオも、まだ奥にいる誰かも、番号で終わらせない」
メッサーラが変形した。MA形態の加速から一転し、MS形態へ起き上がる。その腕が回廊の天井すれすれを掠め、高出力砲がガンダムXの足元を焼いた。俺は後退しない。だが、追わない。中央線を守る位置から、メッサーラの進路だけを止める。
『追ってこないのか。君の中には、もっと分かりやすい怒りがあるはずだ』
シロッコの声が、白い回廊に薄く広がった。
操縦桿を握る手の中で、マチュへ送れなかった言葉が揺れた。ドゥーの呼吸が後ろにある。リオの名前が医療区画のモニターにある。ラルさんとガトーが、外で帰る道を支えている。
「俺が前へ出るだけなら、お前は笑うんだろうな」
『笑うかどうかは、君の選択次第だ』
「なら、笑わせない。俺はここで道を守る」
俺はビームライフルを撃った。狙ったのはメッサーラ本体ではない。回廊の側面に残っていた観測端末と、次の砲撃のために開きかけていた制御シャッターだ。赤い光が二つ消え、メッサーラの射線が一瞬だけ細る。
『ランガ、右翼の砲撃ノードを沈黙させた。そちらの回廊は十秒だけ開く』
『左翼の接続線群も切った。若い者を奥へ送る道は、今しかない』
ラルさんとガトーの声が重なる。
俺はその十秒で、メッサーラへ突っ込む代わりに、白い回廊の奥をスキャンした。ドゥーの呼吸が一度乱れ、それから細く続く。
「ランガ、奥にまだいる。白い部屋の先、複数の途切れた声がある」
「位置を送れ。追撃じゃなく、救出路として記録する」
『君は、戦いの熱を削いでまで人を数えるのか』
「数じゃない。名前に戻すための場所を覚えているだけだ」
メッサーラが再びMA形態へ畳まれた。黒い影が白い回廊の奥へ滑り、撤退というより、こちらの反応を持ち帰るように距離を取る。シロッコは勝ちに来たわけじゃない。俺が何を選ぶのかを、見に来たのだ。
『HADESを抑え、怒りを飲み込み、救出路を選ぶ。君の矛盾は、まだ観察に値する』
「観察したいなら見ていろ。俺は、お前の盤面に置かれた駒じゃない」
『そう言える者ほど、盤面の上でよく動くものだ』
通信が切れ、メッサーラの影が白い奥へ消えた。
追える距離だった。追えば、一撃くらいは入ったかもしれない。けれど、俺はシールドを下げず、中央線から外れなかった。
HADES監視端末の赤が収まる。
背後の補助席で、ドゥーが長く息を吐いた。
「ランガ、戻れる。今なら、道が閉じる前に戻れる」
「戻る。ここでシロッコを追うために、名前の場所を失うわけにはいかない」
『よく留まった、ランガ。帰す道を持ったまま、次の扉を見るのだ』
『メッサーラの撤退先を追跡した。白い部屋の奥ではない、さらに深い中枢制御区画へ向かっている』
ガトーの声に、俺はモニターへ新しい座標を固定した。
白い回廊の奥に、次の扉がある。シロッコが待つ場所。白い部屋を見下ろす場所。過去の影が、現在の名前を奪おうとしている場所。
「次は、そこへ行く」
俺は操縦桿を握り直した。力を込めすぎず、逃げるほど緩めず、帰る道を覚えた手で握る。
「過去を殺すためじゃない。過去に奪われたものを、返してもらうために」