機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第100話

 前回こじ開けた裂け目は、白い軍勢の中に残った細い傷口みたいに見えた。

 

 ジュピター・ノード03の外縁防衛線は、もう一度塞がろうとしている。白い接続線が傷口の縁で蠢き、赤い観測光が奥から瞬いていた。その光は、雨上がりの水たまりに映る街灯みたいに揺れているのに、そこには温度がない。

 

「ガンダムX、中央線へ入ります。救出路は閉じさせません」

 

 俺はシールドを前へ出し、背中の重い装備を揺らさないように姿勢を整えた。未完成の背部装備は、今日も沈黙している。けれど、その沈黙が今はありがたかった。余計な答えを機体が出さないまま、俺は自分の手で進める。

 

『君は奥へ行け。帰す道は、我々が背中で支える』

 

 ラルさんのグフが左へ出た。ヒート・ロッドが白い接続線を絡め取り、青い機体が裂け目の縁をさらに押し広げる。続けて二刀のサーベルが交差し、追撃に入ろうとした改修ハイザックの膝と推進器だけを切った。

 

『シロッコの目は読ませるな。君が見ているものを、敵に答えとして渡すな』

 

 ガトーの青いリック・ドムは右翼の砲撃制御ノードを撃ち抜き、赤い観測光を一つずつ潰していく。砲撃は敵を派手に吹き飛ばさない。だが、敵が次に撃つための骨を、先に折っていた。

 

 俺は二つの青い背中に押されるように、白い回廊へ入った。

 

 基地内部は、外から見たよりもずっと静かだった。壁も天井も白く、通路の奥には薬品の匂いを思わせる薄い光が滲んでいる。宇宙の中に作られた場所なのに、古い病院の廊下を歩いているような感覚が、コックピットの中まで入り込んできた。

 

「ドゥー、奥に声はあるか」

 

「白い音は多いけど、人の声じゃないものが混ざってる。誰かが待ってるんじゃなくて、こっちを見てる」

 

 補助席の声が、いつもより少し低い。ドゥーの指は手動切断スイッチに添えられているはずだ。俺は振り向けない。けれど、彼女がスイッチを握り潰すのではなく、触れて確かめている姿が頭に浮かんだ。

 

「観測端末を探す。見てくる目だけを潰します」

 

 回廊の側壁に、赤い小さな光が灯った。俺はビームライフルの出力を絞り、装甲ではなく端末だけを撃った。赤い光が散り、白い壁に焦げ跡が一つ残る。

 

 次の瞬間、回廊の奥から圧が来た。

 

 音ではない。光でもない。白い廊下の空気そのものが、誰かの視線に変わったようだった。コックピットの温度表示は変わっていないのに、首筋だけが冷える。かつて別の戦場で感じた、あの冷たい重さが、白い壁の奥からこちらへ歩いてくる。

 

「ランガ、違う静けさがある。白い音の奥で、何かが息を止めてる」

 

「分かってる。あれは、人を助けてって呼ぶ音じゃない」

 

 白い回廊の奥が割れた。

 

 黒に近い機体色をまとったメッサーラが、MA形態で低く滑り込んでくる。巨大な影が白い壁を裂き、高出力の砲口がこちらへ向いた。星のない廊下に、黒い彗星が入り込んできたようだった。

 

『ほう、その機体でここまで来るか』

 

 通信に乗った声は、柔らかいのに刃物の背で喉を撫でるようだった。

 

「シロッコか、お前は」

 

『過去に縛られた者が、未来を守ると言うのか。面白い矛盾だな、ランガ・ロード』

 

 メッサーラの砲撃が来た。

 俺はシールドを斜めに構え、回廊の壁へ熱を逃がした。白い壁が焼け、溶けた装甲材が雨粒みたいに散る。宇宙に雨は降らない。けれど、溶けた白が流れる光景は、どこかで見た涙の跡に似ていた。

 

「ランガ、前だけ見ないで。右の壁、砲撃の反射が来る」

 

「右を受ける。ガンダムX、姿勢を低くする」

 

 俺はシールドを回し、反射してきた二射目を受け止めた。HADES監視端末が視界の端で赤く揺れる。最短で相手の推進系を潰す射線が、一瞬だけ脳裏へ浮かんだ。機械が差し出す答えは速い。速すぎて、人の名前を踏み越える。

 

 俺は照準をずらした。

 

「俺は過去を殺しに来たんじゃない。過去に奪われたままの名前を、取り返しに来た」

 

『名前か。兵器として扱われた者へ、今さら人間の形を返すつもりか』

 

「今さらでも、返す。ドゥーも、リオも、まだ奥にいる誰かも、番号で終わらせない」

 

 メッサーラが変形した。MA形態の加速から一転し、MS形態へ起き上がる。その腕が回廊の天井すれすれを掠め、高出力砲がガンダムXの足元を焼いた。俺は後退しない。だが、追わない。中央線を守る位置から、メッサーラの進路だけを止める。

 

『追ってこないのか。君の中には、もっと分かりやすい怒りがあるはずだ』

 

 シロッコの声が、白い回廊に薄く広がった。

 

 操縦桿を握る手の中で、マチュへ送れなかった言葉が揺れた。ドゥーの呼吸が後ろにある。リオの名前が医療区画のモニターにある。ラルさんとガトーが、外で帰る道を支えている。

 

「俺が前へ出るだけなら、お前は笑うんだろうな」

 

『笑うかどうかは、君の選択次第だ』

 

「なら、笑わせない。俺はここで道を守る」

 

 俺はビームライフルを撃った。狙ったのはメッサーラ本体ではない。回廊の側面に残っていた観測端末と、次の砲撃のために開きかけていた制御シャッターだ。赤い光が二つ消え、メッサーラの射線が一瞬だけ細る。

 

『ランガ、右翼の砲撃ノードを沈黙させた。そちらの回廊は十秒だけ開く』

 

『左翼の接続線群も切った。若い者を奥へ送る道は、今しかない』

 

 ラルさんとガトーの声が重なる。

 俺はその十秒で、メッサーラへ突っ込む代わりに、白い回廊の奥をスキャンした。ドゥーの呼吸が一度乱れ、それから細く続く。

 

「ランガ、奥にまだいる。白い部屋の先、複数の途切れた声がある」

 

「位置を送れ。追撃じゃなく、救出路として記録する」

 

『君は、戦いの熱を削いでまで人を数えるのか』

 

「数じゃない。名前に戻すための場所を覚えているだけだ」

 

 メッサーラが再びMA形態へ畳まれた。黒い影が白い回廊の奥へ滑り、撤退というより、こちらの反応を持ち帰るように距離を取る。シロッコは勝ちに来たわけじゃない。俺が何を選ぶのかを、見に来たのだ。

 

『HADESを抑え、怒りを飲み込み、救出路を選ぶ。君の矛盾は、まだ観察に値する』

 

「観察したいなら見ていろ。俺は、お前の盤面に置かれた駒じゃない」

 

『そう言える者ほど、盤面の上でよく動くものだ』

 

 通信が切れ、メッサーラの影が白い奥へ消えた。

 追える距離だった。追えば、一撃くらいは入ったかもしれない。けれど、俺はシールドを下げず、中央線から外れなかった。

 

 HADES監視端末の赤が収まる。

 背後の補助席で、ドゥーが長く息を吐いた。

 

「ランガ、戻れる。今なら、道が閉じる前に戻れる」

 

「戻る。ここでシロッコを追うために、名前の場所を失うわけにはいかない」

 

『よく留まった、ランガ。帰す道を持ったまま、次の扉を見るのだ』

 

『メッサーラの撤退先を追跡した。白い部屋の奥ではない、さらに深い中枢制御区画へ向かっている』

 

 ガトーの声に、俺はモニターへ新しい座標を固定した。

 白い回廊の奥に、次の扉がある。シロッコが待つ場所。白い部屋を見下ろす場所。過去の影が、現在の名前を奪おうとしている場所。

 

「次は、そこへ行く」

 

 俺は操縦桿を握り直した。力を込めすぎず、逃げるほど緩めず、帰る道を覚えた手で握る。

 

「過去を殺すためじゃない。過去に奪われたものを、返してもらうために」

 

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