機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
白い回廊の奥で、メッサーラの影が翼を畳んだ。
次の瞬間、黒い機体はMA形態のまま壁面すれすれを滑り、回廊そのものを弾丸に変えるような速度で突っ込んできた。白い壁に赤い観測光が並び、そのすべてが俺の手元、ガンダムXのシールド、背後の補助席まで測っている。
「来る。正面じゃない、右の壁に一度当ててくる」
ドゥーの声が背後から飛んだ。
俺はシールドを正面ではなく斜めへ立てた。
直後、メッサーラの高出力ビームが右壁を焼き、跳ねた光が雨のように散ってガンダムXへ降りかかる。白い壁面を伝う溶融金属が、細い水筋みたいに流れ落ちた。
「反射砲撃か。回廊を盾じゃなく、銃身にしている」
『理解が早い。だが、理解した時にはもう次が来る』
シロッコの声が、通信に薄く混ざった。
メッサーラは壁面を蹴るように機体を反転させ、MA形態からMS形態へ起き上がった。巨体が白い天井をかすめ、こちらの頭上から砲口を向ける。逃げれば救出路が空く。受ければ左腕がもたない。迷う間もなく、二射目が降ってきた。
「左腕、まだ使うぞ」
俺はシールドを上げ、背部装備の重さを逆に使って機体を沈ませた。衝撃がフレームを通って腰へ響く。シールド表面が焼け、警告が赤く散る。HADES監視端末の端が、呼吸するように一度だけ点滅した。
『その機体には、もっと速い答えを出せるものが眠っているはずだ。なぜ使わない』
「使えば、お前が喜ぶからだろ」
『君が怒りに身を任せるなら、観察は容易になる。過去の君は、それほど難しい人間ではなかった』
メッサーラの腕部が開き、細いビームが回廊の観測端末をかすめて俺の左右を塞ぐ。白い壁の中に、昔の戦場の色が重なった。焼けた空、爆ぜた装甲、倒れた仲間の輪郭。あの時の俺なら、敵も壁も檻もまとめて焼いていた。
「ランガ、前に行きすぎてる。今の照準、奥まで貫く」
ドゥーの声が、操縦席の背中を叩いた。
俺は引き金を絞る寸前で照準を下げた。ビームはメッサーラではなく、側壁の観測端末だけを撃ち抜く。赤い目が一つ消え、白い回廊の奥でノイズが乱れた。
『破壊できるものを残したか。以前なら、そうはしなかっただろう』
「昔の俺なら、ここで全部を焼いていたかもしれない」
喉の奥に、鉄の味が残った。
操縦桿を握る指先が軋む。HADESの赤い表示が、さっきより長く光る。
「けど今は、帰る場所を背負っている」
マチュへ送れなかった文章が、サブ画面の端に保存されている。
補助席にはドゥーの呼吸がある。医療区画にはリオの名前がある。さらに奥には、まだ名前を呼べない誰かの途切れた声がある。
そのどれも、俺が死に急いでいい理由にはならない。
『帰る場所か。美しい言葉だが、それは刃を鈍らせる』
「違う。刃の向け先を間違えなくなる」
メッサーラが再びMA形態へ畳まれ、斜め上から突っ込んできた。速い。回廊の白が黒い影に裂かれ、観測光が残像になって流れる。俺はシールドを引き戻すが、間に合わない。
肩部装甲に直撃が入った。
ガンダムXが横へ弾かれ、背部装備が遅れて暴れる。姿勢制御が乱れ、補助席のハーネスが鳴る。
「ドゥー、大丈夫か」
「切ってない。まだ戻れてる」
彼女はそう言って、短く息を吸った。
「ランガ、今のHADESの音、前と違う。壊すためだけの音じゃない」
「ドゥー?」
「赤い音の下に、細い帰還灯みたいな響きがある。ランガが呑まれなければ、たぶん道になる」
HADES監視端末が、今度ははっきりと赤く灯った。
その光は血の色に見えた。けれど、コックピットの奥に反射した赤は、発進デッキの誘導灯にも似ていた。進めという色ではない。戻る場所を示す色。
『迷う時間が長い。戦場では、その一瞬が命取りになる』
メッサーラがMS形態へ起き上がり、高出力砲を構える。
回廊の白い壁が、砲口の光で青白く染まった。ここで受ければシールドが死ぬ。避ければ救出路の記録端末が焼かれる。機体が、俺にもっと速い答えを寄越そうとする。
俺は、赤い表示へ目を向けた。
「HADES、封印解除を限定許可。戦術補助は俺の入力を越えるな」
『ランガ、何をする』
ガトーの声が割り込む。
「暴走させません。俺が使います」
『ランガ、君の手を離すな』
ラルさんの声が短く入った。
「離しません。今度は、死ぬために起こすんじゃない」
俺は補助席の方へ振り向かずに言った。
「ドゥー、HADESが俺を持っていきそうになったら、名前を呼べ」
「呼ぶ。ランガって、何度でも呼ぶ」
その返事を聞いて、俺は解除キーを叩いた。
赤い光が計器を走り、ガンダムXのフレームが低く震える。未完成の背部装備が、眠っていた獣の背骨みたいに軋んだ。システム警告が重なり、けれど操縦桿は俺の手の中に残っている。
『ほう。死に急ぐ刃ではなく、誰かを帰すための刃か』
シロッコの声が、初めてわずかに色を変えた。
メッサーラの砲撃が放たれる。
俺の視界の時間が細く伸びた。光の線、壁の反射角、メッサーラの次の変形軌道、シールドの残存耐熱、すべてが赤い線で結ばれる。
けれど、引く線を選ぶのは俺だ。
「HADES、俺を喰うな、俺の手で、お前を使う」
俺はシールドを半歩下げ、ビームライフルを構え直した。
ガンダムXの赤い光が白い回廊を裂き、メッサーラの黒い影と真正面から向かい合う。
次の一撃の前に、白い世界が細く止まった。