機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第103話

 メッサーラの残骸は、背後の白い回廊でまだ火花を散らしていた。

 

 黒い翼を失った機体が壁にもたれ、時々、赤い火の粉だけを吐く。その光は、濡れた夜道に落ちる煙草の火みたいに小さかった。さっきまで白い回廊を支配していた影は、もうこちらを追ってこない。

 

 けれど、勝ったという感触は手の中に残らなかった。

 

 操縦桿を握る指は熱を持っている。HADESの赤い表示は限定待機まで落ちているのに、まだ骨の内側で低く鳴っている。俺はビームサーベルを二本とも構えたまま、ガンダムXを奥へ進めた。

 

「ドゥー、音はどうだ」

 

「白い音が深い。さっきまでの観察する音じゃない。もっと重くて、踏み潰すみたいな音」

 

 補助席の声は細いが、揺れてはいなかった。

 俺は背中越しに頷く代わりに、ガンダムXの速度を一段落とした。白い壁に並ぶ表示板には、名前らしい文字がなかった。番号、処置区分、接続率、耐久値。人間の輪郭を削り落としたみたいな文字列だけが、淡い夜灯の下で流れている。

 

「ここで、みんな名前を剥がされたのか」

 

「たぶん。白い部屋は、呼ばれないための場所だった」

 

 ドゥーがそう言うと、補助席のハーネスが小さく鳴った。

 彼女は自分の胸の前で端末を抱き直したのだろう。俺は振り向けない。けれど、その音だけで十分だった。

 

 俺はサーベルの出力を少し絞り、通路脇から伸びる接続線だけを切った。

 線は生き物みたいに跳ね、白い床へ落ちる。奥の方で警報が鳴っている。一定の間隔で響くその音は、心拍みたいなのに、どこにも体温がない。

 

『ランガ、こちらラル。外縁の追撃は抑えているが、長くは持たん』

 

「了解。奥へ進みます。ただし、救出路は切りません」

 

『それでよい。剣は前へ向けろ。だが、帰る道を背中で忘れるな』

 

『メッサーラの無力化により、敵の観察系統は一時的に低下している。だが、火力管制だけは生きている』

 

 ガトーの声が、白い回廊に硬く響いた。

 

「火力管制。つまり、バスクの側ですか」

 

『そう見るべきだ。シロッコが目なら、あれは拳だ。説得や観察ではなく、握り潰すための系統だ』

 

 拳。

 その言葉だけで、昔の戦場の焦げた匂いが鼻の奥へ戻ってきた。ティターンズの名が持つ色は、俺の中ではずっと黒に近い。だけど、この場所にあるのは白だ。白い壁、白い照明、白い部屋。汚れを隠すために塗り重ねた白が、かえって奥の黒さを浮かび上がらせている。

 

「ランガ、HADESの音が少し強い」

 

「分かってる。待機のままにする」

 

「うん。今は、走らなくていい」

 

 ドゥーの言葉に合わせて、俺は足を止めた。

 目の前の隔壁には、大きな扉があった。白い装甲板の中央に、赤い火力管制のラインが走っている。その赤はHADESの赤より濁っていて、帰る道を示す灯りには見えなかった。

 

 扉が開き始めた。

 

 中枢区画は、巨大な火力制御室だった。

 壁一面に砲撃管制のモニターが並び、その下で無数の接続ケーブルが床を這っている。奥には、サイコ・ガンダム系列機の影が複数、縦に眠っていた。白い巨体の頭部や腕部だけが暗がりから覗き、怪獣が目覚める前の格納庫みたいに、空気そのものが重い。

 

 赤い光が一つ灯った。

 続いて二つ、三つ。

 眠っているはずの巨体の目が、順番に開いていく。

 

『ようやく来たか』

 

 通信が開いた。

 

 その声は、シロッコのように滑らかではなかった。

 鉄板を引きずるような低さがあり、聞くだけで白い壁が狭くなる。モニターの奥に男の姿が映る。大柄な影、鋭いゴーグル、机上に並ぶ火力管制の表示。そこにいるだけで、周囲の機械が命令を待っているように見えた。

 

「バスク・オム」

 

『その名を知っているか。ならば話は早い』

 

 バスクは端末を操作し、俺たちの前へ幾つものデータを投影した。

 そこに並んでいたのは、人名ではなかった。被験体番号、処置履歴、反応係数、再接続適性。リオの仮登録データも混じっている。ドゥーを示すムラサメ系列の記号も、冷たい白で表示された。

 

『回収対象が二つ、離反兵器が一つ。さらに旧式の亡霊が、ガンダムの皮を被っている』

 

 俺の手が、操縦桿の上でわずかに鳴った。

 ビームサーベルの光が、白い床を赤く染める。HADESの待機表示が一度だけ強くなった。

 

「ランガ」

 

 背中から名前が来た。

 

 俺は息を吐いた。

 マチュへ送れなかった文章が、端末の奥で眠っている。リオは医療区画で息を繋いでいる。ドゥーはここにいる。番号ではなく、名前で呼ばれるために、ここにいる。

 

「それは番号じゃない。リオだ。ドゥーだ」

 

『兵器に名を与えたところで、性能は変わらん』

 

「変わる。少なくとも、俺の撃つ場所は変わる」

 

 バスクの口元が、硬く歪んだ。

 笑ったのだと気づくまで、少し時間がかかった。

 

『ならば試してやろう。名前を呼んで、砲火が止まるかどうかをな』

 

 奥のサイコ・ガンダム系列機の影が、重く軋んだ。

 赤い管制光が一斉に太くなり、白い部屋中枢が巨大な砲身の内側へ変わっていく。床下から低い駆動音が昇り、ガンダムXの装甲が細かく震えた。

 

『ランガ、敵火力管制が起動した。こちらからの援護線は細い』

 

『若い者よ、そこで止まるな。だが呑まれるな』

 

 ラルさんとガトーの声が遠く聞こえる。

 俺は二本のサーベルを構え直した。刃の赤が、白い部屋の床に二本の線を引く。HADESはまだ待機。俺の手も、まだ俺の手だ。

 

「バスク」

 

『何だ、旧式の亡霊』

 

「名前を返してもらう」

 

 通信の向こうで、鉄を噛み砕くような笑いが響いた。

 

『返すものなどない。あるのは、使える兵器と、使えない肉だけだ』

 

 その言葉が白い部屋の奥で反響した瞬間、眠っていた巨体の一つが完全に目を開いた。

 赤い光が、怪獣の眼のように俺たちを見下ろす。

 

 俺はサーベルを下げなかった。

 ドゥーの呼吸が背中にある。HADESの赤は、まだ帰る道の色でいてくれる。

 

「だったら、奪い返す」

 

 バスクの笑い声と、巨大な機体の起動音が、白い部屋中枢で重なった。

 次の瞬間、火力管制の赤い光が、俺たちへ向けて一斉に降り注ごうとしていた。

 

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