機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
赤い火力管制光が、白い部屋中枢の天井から降ってきた。
光そのものに重さはないはずなのに、ガンダムXの装甲が押し潰されるように軋む。壁一面の砲門がこちらを向き、眠っていたサイコ・ガンダム系列機の巨体が、鎖を引きずるみたいな音を立てて動き始めた。
『撃て。名を叫ぶ暇があるなら、燃え残った肉で証明してみろ』
バスクの声が、火力管制室の奥から響いた。
その声には迷いがなかった。
人を番号に変えることにも、番号を兵器に変えることにも、兵器が壊れれば次を繋げばいいという考えにも、ひび一つ入っていない。
「ランガ、左上の砲門、まだ人の音が絡んでる。撃ったら駄目」
「分かった。砲門じゃなく、管制線を切る」
俺はビームサーベルを握り直した。
HADESは限定待機のまま、赤い線だけを視界に浮かべている。最短距離はバスクの火力管制室へ伸びていた。そこを貫けば、たぶん早い。けれど、その線は白い部屋の奥に眠る生命反応をいくつも踏み潰していた。
俺はその線を選ばない。
「HADES、限定起動。救出対象を除外。火力管制中枢だけを優先表示しろ」
赤い表示が一度乱れ、すぐに細く整った。
白い部屋の奥で、砲門と接続線と制御核が、血管みたいに浮かび上がる。けれど、その中に混じる小さな生命反応だけは、赤ではなく薄い青で残った。
『また選ぶのか。旧式の亡霊が、戦場で医者の真似事とはな』
「医者じゃない。返しに来たんだ」
『返すものなどないと言ったはずだ。あるのは管理だ。恐怖による秩序だ。人は怯えた時だけ命令を聞く』
バスクの背後で、巨大な白い機体の頭部が持ち上がった。
怪獣が巣穴から顔を出す時みたいに、赤い眼がゆっくりと開く。砲口がこちらを向き、白い部屋全体が一つの銃になる。
「その秩序で、ドゥーを番号にしたのか」
『役に立つ形へ整えただけだ』
「リオもか」
『使える反応を拾っただけだ』
「まだ奥にいる誰かもか」
『兵器になれるなら意味がある。なれぬなら、残骸だ』
操縦桿の上で、俺の指が一度だけ跳ねた。
その瞬間、補助席から小さな音がした。ドゥーが手動切断スイッチのカバーに指を掛けた音だった。
「ランガ」
名前を呼ばれただけで、赤い視界の端が少し冷えた。
「大丈夫とは言わない。けど、俺の手はまだここにある」
「うん。じゃあ、切って。あの人の声じゃなくて、繋いでる線を」
俺はガンダムXを前へ出した。
砲撃が来る。
白い部屋の左右から高出力ビームが交差し、床の接続ケーブルが焼けて跳ねた。俺は背部装備の慣性で機体を沈ませ、二本のサーベルを交差させる。熱が刃の周囲で弾け、赤い火花が雨みたいにコックピットの外を流れていく。
「ラルさん、外縁の砲撃線を一拍だけ逸らせますか」
『心得た。若い者の道を汚す砲火は、こちらで引き受ける』
「ガトーさん、右奥の制御ノード、三秒後に露出します」
『確認した。三秒後に撃つ。君は中を断て』
青い砲火が外縁で瞬いた。
ラルさんのグフが左から敵の接続線群を引き裂き、ガトーのリック・ドムが右奥のノードを撃ち抜く。白い部屋の火力管制が一拍だけ揺れた。
その隙間へ、俺は踏み込んだ。
『撃て、撃て! 回収対象ごと焼き払え!』
「それが、お前の野望の形か」
右のサーベルで砲撃基部を断つ。
左のサーベルで接続線の束を切り落とす。
巨大な白い機体が腕を上げる前に、肘から伸びる制御ケーブルだけを斬った。
動きが止まる。
中にいる誰かの生命反応は残っている。
「人を恐怖で並べて、番号で縛って、壊れたら次を繋ぐ」
俺は次の制御核へ機体を滑らせた。
HADESの赤い線が、速く、鋭く、しかし俺の手から外れずに伸びる。
「そんなものは秩序じゃない。ただの檻だ」
『檻がなければ、人は散る。弱い者は守られず、強い者に踏み潰される』
「違う。お前は守ってない。逃げ道を奪って、銃口の前に立たせてるだけだ」
バスクの顔がモニターの向こうで歪んだ。
机上の表示に赤い警告が増えていく。番号の列が乱れ、兵器価値を示すグラフが次々と黒く落ちていく。
『ならばどうする。名を返したところで、傷は消えんぞ』
「消えなくていい」
俺は一瞬だけ、マチュの未送信文を思い出した。
帰る、と書けなかった画面。大丈夫と嘘をつかなかった文章。あれを消さずに残した手で、今も操縦桿を握っている。
「傷が残っても、名前で呼べる場所へ連れて帰る」
ドゥーが背後で息を吸った。
「ランガ、中央の下。そこが火力管制の根っこ。けど、近くに生命反応が三つある」
「三つとも避ける」
『不可能だ。その出力で精密制御など――』
「見てろ、バスク」
俺はHADESの補助をさらに絞った。
速度を上げるためではなく、余計な線を消すために。赤い視界から撃墜線が消え、残ったのは、三つの生命反応を避けて制御核へ届く細い一本だけだった。
ガンダムXが沈む。
白い床を蹴る。
二本のサーベルが、十字ではなく、一本の針のように重なった。
「人を番号に戻す秩序なら、俺がここで否定する」
火力管制の根元を斬った。
白い部屋中枢が、音を失った。
さっきまで怪獣の眼のように灯っていた赤い管制光が、一つ、また一つと消えていく。砲門は首を垂れ、眠っていた巨体の腕が床へ落ちた。けれど、生命反応の青い点は消えない。
モニターに残ったのは、番号の列ではなかった。
救出対象の生命維持反応だけが、薄く、途切れながらも光っていた。
『馬鹿な……火力管制が、全系統で沈黙だと』
バスクの声が遠くなる。
彼はまだそこにいる。だが、彼の命令を待つ砲門はもう動かない。番号を兵器に変える管制線も、白い部屋を銃身にする制御核も、俺の足元で赤い火花を散らして沈んでいる。
「お前の野望は終わりだ」
俺はサーベルを構えたまま、通信へ向き直った。
「ここから先は、番号じゃない。名前で呼ぶ」
『名など……名など、戦場で何になる』
「帰る理由になる」
言い終えた時、補助席からドゥーの小さな声が聞こえた。
「ランガ、奥の音が変わった。檻の響きじゃない。まだ弱いけど、返事みたいに聞こえる」
俺はモニターの薄い青い点を見た。
三つ。いや、その奥にさらにいくつか。どれもまだ名前を知らない。けれど、番号だけで閉じられた画面はもうない。
バスクのモニターが黒く落ちた。
鉄の声は、白い部屋に残った火花の中へ沈んでいった。
『ランガ、敵火力管制沈黙を確認した。君の勝利だ』
ガトーの声が入る。続いて、ラルさんの低い声が回線に乗った。
『よくぞ、刃を選んだ。壊すためではなく、帰すための刃をな』
俺は二本のサーベルをゆっくり下げた。
HADESの赤はまだ残っている。けれど、もう牙を剥いてはいない。白い部屋の奥で、薄い青い生命反応が点滅している。
「ドゥー、次の名前を探そう」
「うん。番号じゃなくて、名前を拾う」
俺はガンダムXを白い部屋の奥へ向けた。
勝利の熱は、まだ手のひらに残っている。けれど、その熱はもう何かを焼くためではなく、冷たい檻を開くために使うものだった。