機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
バスクの声が途切れたあとも、白い部屋はすぐには静かにならなかった。
火力管制を失った砲門が首を垂れ、壁面に埋め込まれた赤い表示が一つずつ黒へ沈んでいく。命令だけを待っていたサイコ・ガンダム系列機の巨体は、支えをなくした人形みたいに揺れながら、それでも内部に繋がれた誰かの呼吸を手放そうとしなかった。
「ランガ、右奥に三人いる。左の音は機械だけど、中央はまだ人の音が残ってる」
補助席から届くドゥーの声に合わせて、俺はガンダムXの照準を下げた。
HADESはまだ視界へ最短の切断線を出している。けれど、赤い線の間に残る薄い青を見分けることは、もう機械だけの仕事ではなかった。
「中央の生命維持線を残して、周囲の固定装置だけ切る。救出艇へ座標を送ってくれ」
「もう送った。今度の音は、檻が閉じる時の音じゃないよ」
「それなら、最後まで開けて帰そう」
二本のビームサーベルを低出力へ落とし、白い装甲板の継ぎ目だけを斬る。
切断された隔壁がゆっくり倒れようとしたため、俺はシールドを差し込み、救出艇が通れる幅を残した。装甲同士が擦れる音は、遠くで雷が転がるように回廊の奥へ響いていった。
『救出艇一番、進入を開始します。生命反応三、接続状態を確認中です』
「急がなくていい。基地はまだ持つから、線を一本ずつ確かめてくれ」
『了解しました。ただし、外縁部の構造崩壊は加速しています』
その報告と同時に、ガンダムXの足元が大きく揺れた。
天井から白い破片が降り、シールド表面で弾けながら、雪よりも重い雨になって救出艇へ落ちてくる。俺は機体を横へ滑らせ、白い崩落と小さな艇の間へ肩を入れた。
「ランガ、左側の支柱が折れる。あと五秒くらいしか持たない」
「五秒あれば、艇が抜ける場所までは支えられる」
『そういう台詞を大丈夫の代わりに使うのは、あまり感心せんな』
通信へ入ってきたラルさんの声と同時に、左側の壁を突き破って青いグフのヒート・ロッドが伸びた。
崩れかけていた支柱へ鞭が絡み、グフが外側から引くことで、落下の向きが救出艇とは反対へ逸れていく。
「ラルさん、外縁を守っていたんじゃなかったんですか」
『君が基地を支え始めたと聞けば、様子くらいは見に来る。若い者は時々、機体の役割まで勝手に増やすからな』
『私語は収容完了後にしろ。右翼の閉鎖隔壁を破壊する』
ガトーの砲撃が回廊の奥で炸裂し、退路を塞ぎかけていた厚い隔壁の中央へ穴を開けた。
爆炎の向こうに帰還灯が見え、その青白い光が、崩れ続ける基地の中へ一本の航路を引いた。
『救出艇一番、三名の固定解除を確認しました。生命維持装置ごと収容します』
「そのまま帰還路へ乗せてくれ。俺が後ろを守る」
『ランガ、そちらのガンダムXも限界に近い。救出艇より先に潰れるつもりではないだろうな』
「潰れません。帰る順番を最後にしただけです」
『その言い方なら、今は許しておこう』
ラルさんのグフが左へ立ち、ガトーの青いリック・ドムが右の砲口を塞いだ。
二つの青に挟まれた救出艇が帰還灯を目指して進み、俺はガンダムXをその背後へ置く。白い基地の奥では、番号を映していた端末が次々と消え、その代わりに救出艇の小さな光が増えていった。
最後の艇が母艦へ入った時、ジュピター・ノード03から聞こえていた戦闘音は、遠い波のように小さくなっていた。
『全救出艇の収容を確認。ティターンズ基地中枢の戦闘反応は停止しました』
ガトーの声が回線へ流れる。
『本作戦の主要目標は達成された。残存部隊の追撃は行わない。救出対象と記録資料の回収を優先し、全機帰還する』
作戦終了という言葉は聞こえなかった。
けれど、ガトーが追撃を命じなかったことが、その代わりだった。
俺は遠ざかる白い基地を振り返った。
崩壊した外壁の隙間から赤い光が漏れ、やがて一つずつ宇宙の黒へ飲まれていく。ティターンズが奪った時間も、名前も、あれですべて戻るわけではない。それでも、白い部屋で止められていた呼吸は、今この艦へ向かっている。
「ドゥー、奥の声はもう聞こえないのか」
「聞こえなくなったんじゃないよ。近すぎて、機械の音に混じってる」
「それなら、艦へ戻れば名前を聞けるかもしれないな」
「うん。今度は本人の口から聞けるまで、待てると思う」
帰艦後の格納デッキは、冷却蒸気で白く霞んでいた。
ガンダムXのコックピットが開くと、熱を含んだ空気が外へ流れ、格納庫の冷気と混ざって薄い霧になる。グフとリック・ドムも並んで停止し、それぞれの装甲から水滴に似た冷却剤が落ちていた。
俺が補助席の固定を外すと、ドゥーは立ち上がろうとして膝を揺らした。
とっさに差し出した手へ、彼女は迷わず指を重ねる。以前なら掴まれることを嫌がった手が、今は体重を預けてから、自分の力で床へ降りた。
「一人で降りられたのに、少しだけ手を借りた」
「知ってる。少しだけ貸したつもりだから問題ない」
ドゥーは俺の手を離してから、医療区画へ続く通路を見た。
担架が次々と運ばれ、仮登録端末へ文字が入力されていく。最初は番号だけだった欄に、本人の反応や記録の断片から拾った名前が少しずつ加えられていた。
リオの横には、まだ空欄が多い。
それでも、最初の二文字だけは消されずに残っている。
『ランガ・ロード、作戦終了報告は後でよい。ラル大尉が展望区画で待っている』
ガトーからの連絡を受け、俺は医療区画の前で足を止めた。
「ドゥー、一緒に来るか」
「ラル大尉がランガだけを呼んだなら、私はリオのところにいる」
ドゥーはそこで一度言葉を切り、俺の顔を見上げた。
「でも、帰る場所の話なら、あとで聞かせてほしい」
「必ず話す。今度は、一人で抱えたままにしない」
展望区画には、戦場の光がほとんど届かなかった。
遠ざかるティターンズ基地は小さな赤い点になり、進行方向には艦の航路灯だけが一定の間隔で灯っている。消えていく火と、新しく並ぶ灯りが、窓の左右へ分かれて流れていた。
ラルさんは窓際に立ち、暗号端末を手にしていた。
俺が近づくと、彼はすぐには振り向かず、遠ざかる基地を最後まで見送った。
「ティターンズの主力拠点は沈黙した。逃れた者もいるが、強化人間を使った運用網は大きく崩れたはずだ」
「全部終わったとは、まだ言えないんですね」
「人が作った過ちは、基地一つを壊せば消えるほど軽くはない。だが、今日ここで止めたものも確かにある」
ラルさんは端末をこちらへ差し出した。
表示されていたのは戦闘記録ではなく、軍の情報網を経由した暗号報告だった。識別名、保護状況、現在座標。その中にある一つの名前が、ほかの文字を押しのけるように目へ飛び込んできた。
アマテ・ユズリハ。
指先が画面へ触れる寸前で止まった。
何度も端末へ書いた名前なのに、軍の正式な記録として表示された文字は、遠い星より輪郭が強かった。
「マチュは、生きているんですか」
声にした言葉が、思ったよりも掠れていた。
「生きている。今はシャリア・ブル中佐のもとにいるそうだ」
ラルさんが表示を切り替えると、新しい座標が航路図へ灯った。
遠いけれど、届かない距離ではない。どこにいるか分からなかった時には、宇宙そのものが壁に見えた。けれど座標が一つ置かれただけで、黒い空間の中に細い道が生まれていく。
「シャリア・ブルは、マチュをどうするつもりなんですか」
「保護か、監視か、その両方かもしれん。彼女と機体が持つ力を必要としている可能性もある。直接確かめるまでは断言できん」
俺は個人端末を開いた。
送信できないまま残していた文章が、いつもの青白い光で浮かぶ。
番号じゃなく、名前を連れて帰る。
それを直接言うために、俺も帰る。
そこへ送信先の座標を入力する。
すぐに送るべきなのに、指が送信ボタンの上で止まった。
生きている。
マチュは生きていて、俺の知らない場所で、俺のいない時間を進んでいる。
再会すれば、以前と同じように笑ってくれる保証なんてない。
それでも、約束を勝手に終わらせることだけは、もう選ばない。
「迎えに行きます」
ラルさんが、わずかに眉を上げた。
「連れ戻す、とは言わんのだな」
「マチュが何を選んでいるのか、まず本人から聞きます。その上で、俺が帰ってきたと伝えます」
「それでよい。守るという言葉は、相手の道を奪った瞬間に檻へ変わる」
俺は未送信文の末尾へ、一行だけ加えた。
生きて帰った。
今から、君のところへ行く。
送信ボタンへ触れると、端末の表示がゆっくり切り替わった。
通信経路の秘匿処理が走り、まだ即時には届かない。それでも、未送信だった文字は初めて艦の外へ出ていった。
展望区画の扉が開き、ドゥーが入口に立っていた。
呼んでいない。けれど、彼女は俺の表情ではなく、端末に表示された航路座標を見ていた。
「その先に、マチュがいるの」
「ああ。シャリア・ブル中佐のところにいるらしい」
ドゥーはしばらく黙り、窓の向こうに増えていく航路灯を目で追った。
それから、自分の胸元に手を置き、いつものように白い音を探す姿勢を取る。
「遠いけど、強い音がある。真っすぐじゃなくて、何度も跳ね返ってる」
「マチュらしいと言えば、かなりマチュらしいな」
「会ったら、私は何て言えばいいのかな」
「まず名前を言えばいい。俺たちは、それを取り戻すために戦ってきたんだから」
ドゥーは小さく頷き、航路図の光へ指を伸ばした。
その指先の向こうで、新しい座標が点滅している。背後ではティターンズ基地の赤い火が消え、前方では一つずつ帰るための灯りが増えていた。
「行こう、ドゥー。今度は、戦う場所じゃなくて、会う場所を目指す」
「うん。ランガが帰るって伝えるところを、私も見届ける」
艦がゆっくり進路を変えた。
窓の外で星の並びが傾き、マチュのいる座標へ向かう航路灯が一本の線になって伸びていく。
俺はその光を見ながら、もう一度だけ送信済みの文章を確かめた。
約束を守れたとは、まだ言えない。
けれど、約束の場所へ戻るための道は、ようやくここから始まった。